58 / 368
第2話:『秋葉原ハウスシッター』
◆12:『蛭』-1
しおりを挟む
地下鉄が駅に到着すると、おれは一人改札を抜けマンションへと急いだ。駅前でぐるりと敵に取り囲まれるかとも思ったが、幸か不幸かそういったものはなく、おれは至極あっさりと地上に出ることが出来た。すでに日は落ちており、蒸し暑い夜の空気の中、おれはひたすら走ってゆく。と。
「!!」
全く反応は出来なかった。それでもその攻撃が当たらなかったのは、向こうがあえて外していたからに他ならない。おれの目の前を槍のように何かが通り過ぎかすめていったのだ。攻撃のあった方を振り向くと、そこには脇道が口を開けている。しかし、その『何か』を飛ばしてきた相手の影は無い。
「ご招待、ってわけか……」
ヘタに断ったら背中からぶっすりやられかねない。おれはしぶしぶ、そちらの道に向かった。道なりに二回も角を曲がれば、まだ建設中なのだろうか、絶望的なまでに静かな工事現場が広がっている。お盆休みだからかどうかは知らないが、駅前に程近いと言うのに通行人は絶無だった。さながら絶壁のごとく両側に聳えるビルの隙間から、騒音を撒き散らしながら走り往く総武線が視界の端によぎる。上空には満月から下弦に傾きつつある月。蒸し暑い夏の夜だと言うのに、その男は黒いハーフコートを着込んでいた。
「どうもこんばんわ。あんたと会うのは二度目、いいや三度目だったかな」
おれは男の顔を見やる。初老とも言えるその顔は、確かにあの時おれ達の部屋を訪れた宅配便のオジサンであった。
「変装も潜入も偽装も一人でこなす、と。まったく人手不足だと大変ですねえ」
「ご心配痛み入ります。されどそういう事が生業ですのでお構いなく」
ほほ、と男が丁寧に一礼する。その姿からは、威勢のよい宅配便業者のイメージを思い出すのは難しかった。
「んで、何の用かな?悪いけどおっさんとお茶を飲む趣味は無いんだけどね」
「いえいえ。そろそろお互い膠着状態にも飽きが来たのではないかと思いましてな。決着をつけようかと思い立ちまして、ハイ。ああ、ワタクシこういう者です」
男の手から放たれた紙をおれは受け取る。そこに記載されていた社名は、
「国際人材派遣会社海鋼馬公司……別名『傭兵ギルド』だったかね」
「ご存知のようで光栄です。皆からは『蛭』と呼ばれております。前職では主に政府筋で人事関係の仕事をしておりました」
「やだやだ。公務員が民間に再就職すると、ろくなことがないね」
「そういう物言いは物議を醸すのではないですかな?」
「なあに、お役所のやり方を持ち込むと、って意味さ」
「人事はなるべく公平を心がけておるつもりなのですがねえ」
はん。おれは嘲笑する。
「テロリストへの内通者が潜伏している村の人間を、「疑わしい」という理由だけで全員殲滅して回るのも平等主義ってワケだね」
『蛭』の雰囲気がわずかに変わる。
「ほほ、お若いのに博識でいらっしゃる」
「幸か不幸か、この業界長いもんでねぇ」
おれは投げやりにコメントすると、わずかに足を引いた。
国際人材派遣会社海鋼馬公司。中国を拠点とする企業で、社名だけならまっとうな会社に見えなくも無いが、その実態は冷戦終了後の政治崩壊で職を失った各国のエージェントを雇い、世界各国へ派遣する、いわばおれ達の同業者だ。
だが問題が一つある。この雇われる連中というのは、大概が政治崩壊後、まともな職に就けなかった政府、軍隊関係の連中なのだ。敗走した政府軍、旧特殊部隊くずれ、元秘密警察。そんな連中が得意とする仕事と来れば、どうしても拉致、拷問、脅迫、爆破と言った後ろ暗いジャンルに偏らざるを得ない。
結果として、海鋼馬のエージェントと言えば各国の犯罪組織を幇助する用心棒を指すようになる。『傭兵ギルド』の異名を取るのはそのためだ。おれも関わり合いになったことが何度かあるが、『なるべく犯罪行為にひっかからないように』仕事をするおれ達と、『なるべく犯罪行為がバレないように』の連中とはハッキリ言って反りが合わなかった。
「さて。あらためて交渉をお願いしたいところですが」
「スイカの新種登録申請のデータだったら完成したぜ」
『蛭』の目が細まる。
「あんたらの狙いはあのスイカだってことは誰だって判ることなんだが。理由がどうしても見つからなくて困ってたんだよ。知的財産権や特許に詳しい人に情報を集めてもらって、ようやく判った」
「……」
ギリギリ間に合った。来音さんに知り合いの弁理士に問い合わせてもらった成果である。
「つい最近成立した、『新種作物の創作権の保護』って奴だろ。あれに登録申請をされることだけは、あんたらは阻止しなければならなかった」
本やソフトウェアに著作権が存在するように、農産物も品種改良によって創り出されたものには、創作者に一定の権利が存在すべきである、という考え方だ。とはいえ、これまではあまり徹底されておらず、日本の農家が苦労して開発した新種の苗が海外に持ち込まれ、数年後には大量に安価に逆輸入されて却って首を絞める事になった、などという事もあったとか。
「!!」
全く反応は出来なかった。それでもその攻撃が当たらなかったのは、向こうがあえて外していたからに他ならない。おれの目の前を槍のように何かが通り過ぎかすめていったのだ。攻撃のあった方を振り向くと、そこには脇道が口を開けている。しかし、その『何か』を飛ばしてきた相手の影は無い。
「ご招待、ってわけか……」
ヘタに断ったら背中からぶっすりやられかねない。おれはしぶしぶ、そちらの道に向かった。道なりに二回も角を曲がれば、まだ建設中なのだろうか、絶望的なまでに静かな工事現場が広がっている。お盆休みだからかどうかは知らないが、駅前に程近いと言うのに通行人は絶無だった。さながら絶壁のごとく両側に聳えるビルの隙間から、騒音を撒き散らしながら走り往く総武線が視界の端によぎる。上空には満月から下弦に傾きつつある月。蒸し暑い夏の夜だと言うのに、その男は黒いハーフコートを着込んでいた。
「どうもこんばんわ。あんたと会うのは二度目、いいや三度目だったかな」
おれは男の顔を見やる。初老とも言えるその顔は、確かにあの時おれ達の部屋を訪れた宅配便のオジサンであった。
「変装も潜入も偽装も一人でこなす、と。まったく人手不足だと大変ですねえ」
「ご心配痛み入ります。されどそういう事が生業ですのでお構いなく」
ほほ、と男が丁寧に一礼する。その姿からは、威勢のよい宅配便業者のイメージを思い出すのは難しかった。
「んで、何の用かな?悪いけどおっさんとお茶を飲む趣味は無いんだけどね」
「いえいえ。そろそろお互い膠着状態にも飽きが来たのではないかと思いましてな。決着をつけようかと思い立ちまして、ハイ。ああ、ワタクシこういう者です」
男の手から放たれた紙をおれは受け取る。そこに記載されていた社名は、
「国際人材派遣会社海鋼馬公司……別名『傭兵ギルド』だったかね」
「ご存知のようで光栄です。皆からは『蛭』と呼ばれております。前職では主に政府筋で人事関係の仕事をしておりました」
「やだやだ。公務員が民間に再就職すると、ろくなことがないね」
「そういう物言いは物議を醸すのではないですかな?」
「なあに、お役所のやり方を持ち込むと、って意味さ」
「人事はなるべく公平を心がけておるつもりなのですがねえ」
はん。おれは嘲笑する。
「テロリストへの内通者が潜伏している村の人間を、「疑わしい」という理由だけで全員殲滅して回るのも平等主義ってワケだね」
『蛭』の雰囲気がわずかに変わる。
「ほほ、お若いのに博識でいらっしゃる」
「幸か不幸か、この業界長いもんでねぇ」
おれは投げやりにコメントすると、わずかに足を引いた。
国際人材派遣会社海鋼馬公司。中国を拠点とする企業で、社名だけならまっとうな会社に見えなくも無いが、その実態は冷戦終了後の政治崩壊で職を失った各国のエージェントを雇い、世界各国へ派遣する、いわばおれ達の同業者だ。
だが問題が一つある。この雇われる連中というのは、大概が政治崩壊後、まともな職に就けなかった政府、軍隊関係の連中なのだ。敗走した政府軍、旧特殊部隊くずれ、元秘密警察。そんな連中が得意とする仕事と来れば、どうしても拉致、拷問、脅迫、爆破と言った後ろ暗いジャンルに偏らざるを得ない。
結果として、海鋼馬のエージェントと言えば各国の犯罪組織を幇助する用心棒を指すようになる。『傭兵ギルド』の異名を取るのはそのためだ。おれも関わり合いになったことが何度かあるが、『なるべく犯罪行為にひっかからないように』仕事をするおれ達と、『なるべく犯罪行為がバレないように』の連中とはハッキリ言って反りが合わなかった。
「さて。あらためて交渉をお願いしたいところですが」
「スイカの新種登録申請のデータだったら完成したぜ」
『蛭』の目が細まる。
「あんたらの狙いはあのスイカだってことは誰だって判ることなんだが。理由がどうしても見つからなくて困ってたんだよ。知的財産権や特許に詳しい人に情報を集めてもらって、ようやく判った」
「……」
ギリギリ間に合った。来音さんに知り合いの弁理士に問い合わせてもらった成果である。
「つい最近成立した、『新種作物の創作権の保護』って奴だろ。あれに登録申請をされることだけは、あんたらは阻止しなければならなかった」
本やソフトウェアに著作権が存在するように、農産物も品種改良によって創り出されたものには、創作者に一定の権利が存在すべきである、という考え方だ。とはいえ、これまではあまり徹底されておらず、日本の農家が苦労して開発した新種の苗が海外に持ち込まれ、数年後には大量に安価に逆輸入されて却って首を絞める事になった、などという事もあったとか。
0
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

JOKER
札幌5R
経済・企業
この物語は主人公の佐伯承夏と水森警察署の仲間との対話中心で進んでいきます。
全体的に、アクション、仲間意識、そして少しのユーモアが組み合わさった物語であり、水森警察署の警察官が日常的に直面する様々な挑戦を描いています。
初めて書いた作品ですのでお手柔らかに。
なんかの間違えでバズらないかな

私、事務ですけど?
フルーツパフェ
経済・企業
自動車業界変革の煽りを受けてリストラに追い込まれた事務のOL、霜月初香。
再就職先は電気部品の受注生産を手掛ける、とある中小企業だった。
前職と同じ事務職に就いたことで落ち着いた日常を取り戻すも、突然社長から玩具ロボットの組込みソフトウェア開発を任される。
エクセルマクロのプログラミングしか経験のない元OLは、組込みソフトウェアを開発できるのか。
今話題のIoT、DX、CASE――における日本企業の現状。

プロジェクトから外されて幸せになりました
こうやさい
経済・企業
プロジェクトも大詰めだというのに上司に有給を取ることを勧められました。
パーティー追放ものって現代だとどうなるかなぁから始まって迷子になったシロモノ。
いくらなんでもこんな無能な人は…………いやうん。
カテゴリ何になるかがやっぱり分からない。
ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした
水の入ったペットボトル
SF
これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。
ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。
βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?
そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。
この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる