人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
44 / 368
第2話:『秋葉原ハウスシッター』

◆05:お宅訪問(深夜)-3

しおりを挟む
「さっさとしやがれ、ビビッたじゃないか」

 おれは憎まれ口をたたき、折れたモップを放り捨てて直樹の後ろに周る。

「精神年齢を若く保つコツは、刺激のある毎日を送ることだそうだぞ」

 言いつつも、倒れた男から目を離さない。

「……大丈夫かよ」
「かすり傷、というには少々きついがな。致命傷ではない」

 シャツの一部が破れ、赤いものがにじんでいるのが認められた。だが今はそんなことにかまっている暇は無かった。男が恐ろしい勢いで腹筋を収縮させ跳ね起きると、直樹に向かって右手を振りぬいたのだ。先ほど扉越しに直樹を打ち抜いたあの技か。だが一撃目と異なり、今度は直樹の方にも準備が十分出来ている。何かはわからないが、右手から一直線に放たれた攻撃をかわし、すでに懐に入り込んでいた。

 両手に短く握ったブラシの柄が、男の鳩尾に深々と食い込む。そして開いた間合いにねじ込むように逆手を振りぬくと、ブラシがさながら槍の石突のごとく撥ね上げられ、男の顎に叩き込まれた。さらに開く間合い。

 すでにその時、直樹は魔法のようにモップを旋回させ、サーベルのごとく持ち替えている。長く構えられたブラシが一閃。再び刺突が男の喉を抉る。ど派手な音がして、男がキッチンになだれ込んだ。深夜のマンションで騒ぐと近隣からの苦情が怖いんだがなあ。

「お前いつのまにそんな技マスターしてたんだよ」
「杖術など紳士の嗜みの一つに過ぎん」

 男が再び起き上がった。強烈な突きを二発喉に喰らってなお、呻き声一つ上げない。こいつ本当に人間か。そう思う間もなく、男の左手が空を切った。その狙いはおれ達ではなく……天井の照明!けたたましい音と共にガラスが砕け、あっという間に周囲に闇が満ちる。

「気をつけろ、来るぞ」

 直樹の押し殺した声とほぼ同時に、じゃ、と風が闇を裂く。かろうじて間に合ったのか、直樹のブラシと何かが衝突する音が響く。攻撃が来た方向に直樹がブラシを振るうが、すでに相手はそこには居ない。またしても攻撃。男は暗闇の中の戦闘に慣れているのか、音も立てず移動しこちらの死角から攻撃をしかけてくる。

 流石の直樹も、相手が攻撃をしかけてくる方向が読めない以上、一拍以上の遅れが出ることになる。カウンターを取るどころの話ではない。四度、五度と攻撃が繰り返されるうち、次第に直樹が劣勢になってきた。六度目の攻撃を捌ききれず、直樹の右手がブラシから弾き飛ばされる。がら空きになった直樹の胴に迫る七撃目!

 ずるん、べったん。

 擬音で表現するとこんなところか。男が派手な音を立ててスッ転んだ。

「もう少し早く出来んのか。流石に焦ったぞ」

 ブラシをたぐりよせつつ直樹がぼやく。

「精神年齢を若く保つコツなんだろ?」

 おれは空になったフローリング用のワックスの缶を放り投げた。男は慌てて起き上がろうとして手をつくが、すでにそこもワックス塗れ。無様にもう一度地面に這った。闇の中とはいえ、その隙はあまりに致命的だった。インペリアルトパーズの瞳孔が開き、微かな明かりを増幅し金色に煌めく。

「……!!」

 鈍い音が一つ。闇の中、共用廊下の僅かな明かりでも直樹の刺突は正確無比だった。男は今度は玄関まで吹き飛ぶ。

「裏事情をきりきり吐いてもらわんとな」
「この床もきっちり後始末してもらわねえとな」

 ここが勝機。逃すわけにはいかない。おれ達は間合いを詰める。男はすでに起き上がっていた。にらみ合いが三秒ほど続く。だが、三度目の突きを喰らい、流石に体力も限界に達していたのか。男はくるりと踵を返すと、共用廊下の向こうに姿を消した。

「待てっ!」

 直樹が追う。しかしそこで奴が見たのは、廊下の手すりを軽々と飛び越え、五階の高さから真っ逆さまに落ちてゆく男の姿だった。その時にはおれも直樹に追いつき、二人そろって下を覗き込む。男はまるで、何事も無かったかのようにマンション前の道路を走り、闇夜の中に消えていった。

 十秒ほど間抜けな顔をしておれ達は階下を見詰めた後、どちらともなく口を開いた。

「「知ってたか?」」

 そして互いの顔を見やり、深々とため息をつく。

「ああ、結局こうなるのかよ!今回こそは冷房の効いた部屋で寝て金が貰えると思ったのに!」
「『あの所長が持ってくる仕事はまともだったためしがない』か。一体何時までこの言葉は継続されるのやら」
「おれ達の任務達成率が百パーセントを割るときじゃないのか?」
「何はともあれ、だ」
「ああ」

 おれ達は後ろを振り返った。そこに広がるは、照明を砕かれて闇に満ちた室内と、ぶちまけられた大量のワックスであった。

「一体どうしたものやら」
しおりを挟む
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...