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第2話:『秋葉原ハウスシッター』
◆05:お宅訪問(深夜)-2
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「…………」
おれ達は顔を見合わせると、声を消した。おれは抜き足差し足でインターホンまで移動し、画面を確認する。エントランスに人影は……なし。直樹に合図を送る。直樹は一つ頷くと、玄関に向かって歩を進めた。
オートロックマンションとはいえ、本気で忍び込もうとすればエントランスを潜り抜ける方法はいくらでもある。今も昔も防犯装置の真の役目は『その気にさせない』事にあるのだ。という事は、この玄関までたどり着くこと自体、明確な意図を以ってなされたことになる。直樹、気をつけ――
鈍い音がひとつ。ドアに接近するまで、直樹とて充分に警戒していたはずだ。いきなりドア越しに消音銃を叩き込んでくるような輩もいないわけではない。その直樹にして、完全に不意をつかれた。
「……ちぃっ!!」
直樹が飛び退る。いや、あれは飛び退ったのではない。半ば吹き飛ばされたのだ。細身とはいえ、長身の直樹を吹き飛ばすなど並大抵の衝撃では不可能のはず。それに妙だ。扉そのものには何の衝撃も音も無かったというのに!たたらを踏んで留まる直樹。スイカの海にダイブすることだけは辛うじて避けたようだ。硬質の音を立ててドアが開く。これも、扉の向こう側からカギをこじ開けたのではない。例えて言うなら自然に開いたかのような。しかしその時はそれを気にとめる余裕も無かった。何しろドアが開き、侵入者が姿を露わにしたので。
明かりの元に踏み込んできたその姿は、このクソ暑い熱帯夜にも関わらず、黒いハーフコートを羽織っていやがった。ズボンも黒。ついでに目深に被ったハンチング帽、両手にはめた皮手袋も黒。顔は陰になって確認できないが、恐らくは何がしかの覆面を被っているだろう、とおれは当たりをつけた。体格は間違いなく男。長身の直樹にも勝るとも劣らない上背も相まって、異様な迫力を醸し出していた。
男が歩を詰める。突進先は言うまでもなく直樹だ。恐らくは、先ほどのドア越しの先制攻撃で手ごたえに不足を感じたのだろう。トドメを刺す気だ。男が手袋に包まれた右手を振り上げる。
「注意一秒怪我一生」
おれの声に男は一瞬気を取られた。事前にあれだけ騒いでいたのだ、二人目が居る事は奴も当然予想していただろう。問題はおれの声の方向にあった。すでにその時、おれはとっくにインターホンの前から移動し、ドアの脇に回りこんでいたのである。金と力が無いのは抜け目の無さでカバー。玄関口に掃除用具が収納されていたのは確認済みですよ?
おれの得意コース、内角低目から三遊間をぶち抜くライナーの要領でフローリング用のモップをフルスイング。ステキな音を立てて男の胴に打撃が叩き込まれた。が、
「……頑丈なお体ですこと」
おれの手に返ってきたのは、プラスチックの柄がへし折れる音と、電信柱をぶったたいたような硬質の手ごたえだった。ダメージが通ったとは到底思えない。男はおれに振り向き、今度は左手を掲げる。
――ちっとこれは、ヤバイかな?自分でも顔が引きつるのが判る。帽子の奥から男の視線がこちらの眉間の辺りを捉えているのが感じられた。男が左の指先をこちらに向ける。その時、素人のおれでもはっきりと感じとれた。男の掌から、何か異様な殺気が放射されるのを。男は素手ではない。なにか、この体勢から『放つ』武器を持っている……?
が。
「全身が鋼鉄などという人間はな。この世に俺が知る限り一人しか居ない」
強弓から放たれた矢のような一撃が、横合いから男の喉に突き込まれ、そのまま部屋の隅へと弾き飛ばした。男の横合いから攻撃をしかけたのはもちろん直樹。ベランダ掃除用のブラシを構え、一歩前に進み出る。こちらもプラスチックの柄だが、人体の急所を狙った突きであればその破壊力はあなどれないという事だ。
おれ達は顔を見合わせると、声を消した。おれは抜き足差し足でインターホンまで移動し、画面を確認する。エントランスに人影は……なし。直樹に合図を送る。直樹は一つ頷くと、玄関に向かって歩を進めた。
オートロックマンションとはいえ、本気で忍び込もうとすればエントランスを潜り抜ける方法はいくらでもある。今も昔も防犯装置の真の役目は『その気にさせない』事にあるのだ。という事は、この玄関までたどり着くこと自体、明確な意図を以ってなされたことになる。直樹、気をつけ――
鈍い音がひとつ。ドアに接近するまで、直樹とて充分に警戒していたはずだ。いきなりドア越しに消音銃を叩き込んでくるような輩もいないわけではない。その直樹にして、完全に不意をつかれた。
「……ちぃっ!!」
直樹が飛び退る。いや、あれは飛び退ったのではない。半ば吹き飛ばされたのだ。細身とはいえ、長身の直樹を吹き飛ばすなど並大抵の衝撃では不可能のはず。それに妙だ。扉そのものには何の衝撃も音も無かったというのに!たたらを踏んで留まる直樹。スイカの海にダイブすることだけは辛うじて避けたようだ。硬質の音を立ててドアが開く。これも、扉の向こう側からカギをこじ開けたのではない。例えて言うなら自然に開いたかのような。しかしその時はそれを気にとめる余裕も無かった。何しろドアが開き、侵入者が姿を露わにしたので。
明かりの元に踏み込んできたその姿は、このクソ暑い熱帯夜にも関わらず、黒いハーフコートを羽織っていやがった。ズボンも黒。ついでに目深に被ったハンチング帽、両手にはめた皮手袋も黒。顔は陰になって確認できないが、恐らくは何がしかの覆面を被っているだろう、とおれは当たりをつけた。体格は間違いなく男。長身の直樹にも勝るとも劣らない上背も相まって、異様な迫力を醸し出していた。
男が歩を詰める。突進先は言うまでもなく直樹だ。恐らくは、先ほどのドア越しの先制攻撃で手ごたえに不足を感じたのだろう。トドメを刺す気だ。男が手袋に包まれた右手を振り上げる。
「注意一秒怪我一生」
おれの声に男は一瞬気を取られた。事前にあれだけ騒いでいたのだ、二人目が居る事は奴も当然予想していただろう。問題はおれの声の方向にあった。すでにその時、おれはとっくにインターホンの前から移動し、ドアの脇に回りこんでいたのである。金と力が無いのは抜け目の無さでカバー。玄関口に掃除用具が収納されていたのは確認済みですよ?
おれの得意コース、内角低目から三遊間をぶち抜くライナーの要領でフローリング用のモップをフルスイング。ステキな音を立てて男の胴に打撃が叩き込まれた。が、
「……頑丈なお体ですこと」
おれの手に返ってきたのは、プラスチックの柄がへし折れる音と、電信柱をぶったたいたような硬質の手ごたえだった。ダメージが通ったとは到底思えない。男はおれに振り向き、今度は左手を掲げる。
――ちっとこれは、ヤバイかな?自分でも顔が引きつるのが判る。帽子の奥から男の視線がこちらの眉間の辺りを捉えているのが感じられた。男が左の指先をこちらに向ける。その時、素人のおれでもはっきりと感じとれた。男の掌から、何か異様な殺気が放射されるのを。男は素手ではない。なにか、この体勢から『放つ』武器を持っている……?
が。
「全身が鋼鉄などという人間はな。この世に俺が知る限り一人しか居ない」
強弓から放たれた矢のような一撃が、横合いから男の喉に突き込まれ、そのまま部屋の隅へと弾き飛ばした。男の横合いから攻撃をしかけたのはもちろん直樹。ベランダ掃除用のブラシを構え、一歩前に進み出る。こちらもプラスチックの柄だが、人体の急所を狙った突きであればその破壊力はあなどれないという事だ。
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※
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