人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第2話:『秋葉原ハウスシッター』

◆01:幾千の酷暑を越えて-2

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「で、丸一時間かけてこの炎天下を走ってきた、と」

 今日もサマースーツを颯爽と着込んだ所長が、呆れ顔で見下ろしている。

「君って間抜けなようで計算高いようで、時々とんでもなく間抜けよねぇ」

 電話くれれば迎えに行くぐらいはしたわよ?と所長は述べる。

「……」

 事務所の床に大の字にひっくり返っているおれにはもはやコメントを返す気力も無い。そもそもこんな行動を選択する時点で充分に脳がやられていたと思われる。

「ホント、熱中症を甘く見ると痛い目にあうわよ?脳細胞が物理的に煮えちゃうんだからね。君の唯一の資本なんでしょ」
「面目ないっす……」
「っていうか、よくこんなになるまで部屋で寝てられたよね」

 炊事場から戻ってきた真凛が、水で濡らしたタオルをおれの顔に乗せる。ここにいるという事は、今回もこ奴とコンビを組むはめになったようだ。

「……鼻と口を……塞ぐな……それから……タオルはちゃんと絞れ……」

 などと言いつつ、タオルごしに吸い込む水蒸気でも今のおれにはありがたい。

「スポーツドリンクも買ってきたんだけど、文句言えるくらいなら要らないかな」
「……嘘ですゴメンナサイ……申し訳アリマセンでした真凛サマ……」

 はいはい、と手渡された缶飲料を少しずつ口に含み(すでに一気に摂取すると逆に危険な状態だった)、おれは全身の調節機能を徐々に回復させ、水分を体内に染み渡らせていく。真凛がしょうがないなあと言いつつ、机にあった下敷きでおれを扇ぐ。首もとを撫でる風が心地よかった。

「でもさ。いくら何でももうちょっと早く誰かに連絡するなりしなかったの?」
「そう言わないであげなさい真凛ちゃん。男の一人暮らしなんて一歩間違えれば、それはもう都会の孤島、コンクリートジャングルの哀れな被捕食動物に過ぎないんだから」

 亘理君は友達もいないしねえ、とつけ加える所長。

「……ひどい言われようですが、概ね正しいですよ」

 半身を起こし、真凛から再度缶を受け取って今度は一気にあおる。脳内の化学物質をちょいちょいといじって血流を増加。血管に急速に水分を補充してゆく。一瞬視界がブラックアウトしかけたが、それを乗り切ると見違えるように気分が良くなってきた。

「頭痛はどう?亘理君」
「おかげさんで吹っ飛びましたよ」

 三日も経てばそろそろ収まってくれないと困る。

「ついでにその、カロリーの類も補給させていただけると誠にありがたいのですが」
「じゃあ頑張って仕事しようね!」

 鬼。

「一人暮らしって大変なんだねえ」
「ウム。自宅通学のお前にはこの苦労はわかるまい」
「今度なんか作りにいってあげよっか?」
「……おれお前に殺されなきゃならないほど恨まれてたっけ?」

 致死劇物を食わされてたまるか。ぐあっ、下敷きで縦に殴るな、っていうかお前が振り下ろすとむしろ斬撃だ。

「して。そのまあなんというか」

 おれは携帯を弄び、言葉を濁す。

「安心しなさい。寛大な依頼人に感謝することね」

 用意していたのだろう、所長は内ポケットから封筒を抜き出すと、おれにぽん、と手渡した。

「おっおおうっおおおぅっ」

 何だかあんまり他人には聞かせられないような喘ぎ声を漏らしてしまったが勘弁して欲しい。久しぶりの諭吉先生はおれのココロを絶頂に導くに充分であったのだ。

「今日のお昼はちゃんと食べなさいよ?まずは体力をつけないとね」
「あっありがとうございます所長ぅっ」

 力士宜しく手刀を切って封筒を押し頂くおれ。ああ何とでも言うがいい、貧乏の前には誇りなど二束三文で売ってみせるともさ。

「じゃ、亘理君。オーダーよろしく!夜から直樹君も合流するから頑張って!」

 所長はおれが前金を受け取るや否や、さっさとジャガーのキーを引っ掛けて上機嫌で外に出て行こうとする。そのあまりの上機嫌っぷりに、おれの心にふと疑念の黒雲が沸いた。

「あのう、所長。またなんか企んでたり、しませんよね?」

 弊方の質問事項に対する我らが嵯峨野浅葱所長の回答は以下の通り。

「なんか企んでたら前金返す?」
「まさか」

 じゃあどっちでもいいでしょう、と言い残して、所長はとっとと去っていった。おれに残されたのは前金と、そしてその封筒から出てきたオーダーシートと、何かのカギのみ。

 時に思う。超能力やら格闘技やら人間外の遺伝子やらがあるだけで白飯が食っていけるのなら、世の中苦労はしないよなあ、と。
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