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第1話:『副都心スニーカー』
◆12:とある大学生の戦闘
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もっとも、そんな状況をおれは全て眺めていられたわけではない。何しろ、その時まさにぬいぐるみの群れが、逃げ場のないおれの四肢をがっちりと押さえつけていたので。
「残念です。亘理さん。貴方が日本でも有数のトップエージェントが所属するあの『人災派遣会社』フレイムアップの社員だと聞いて期待していたのですが」
向こうから投げつけられる冷たい声。
「あのお嬢さんならまだしも。あなたは全くの期待はずれですね」
その二指に摘まれた折り紙が、魔法のように姿を変えてゆく。
「……あいにくと荒事は苦手なクチでしてね」
「フレイムアップのメンバーは全員が最低でも並のエージェント以上の戦闘能力を持っている、と聞いていたのですが」
「そりゃ都市伝説の類ですね。悪いけどおれは正真正銘弱いですよ」
えへん、と胸を張る。彼女の瞳がす、と細められる。その指には折りあげられたシンプル極まりない造詣の構造物。紙飛行機、という奴だ。
「殺しはしません。しかしその肺に穴が開くくらいは覚悟してくださいね」
紙飛行機ってのは普通防弾ウェアに包まれた胸板をぶち抜けるようなモンじゃないと思うんだがね。
「最後に一つ、聞いておいて良いですかね?」
おれは問う。
「……何を?」
「いやあ。門宮さんってのは、本名なのかな、と思って」
若干の沈黙があった。警戒しているのだろう、『折り紙使い』は手にした紙飛行機をいつでも放てるよう構えている。
「貴方の亘理という名字は本名なのですか?」
「……ええ。亘理陽司。みんなにはそう呼ばれてるし、おれもそう名乗ってますよ」
彼女は一つ、息を吐いた。
「私も本名ですよ。門宮ジェイン。次の仕事で会うときは味方だといいですね」
これ以上会話を続ける必要はないと判断したのだろう、なにやら呪を唱え、紙飛行機の切っ先をおれに向ける。
「いやあ、聞いておいて良かった」
おれはぬいぐるみどもに押さえ込まれた右手を、どうにか持ち上げる事が出来た。
「これで勝てる」
ほんの一瞬。脳内を火花が走り、神経網を電流が駆け抜ける。やりすぎるなよ、とおれは呟いた。
『折り紙使い』にその言葉は耳に入っていなかっただろう。奴は最後の呪の詠唱に入っていたのだから。
「穿て!『紙飛行機』」
その手から離れた紙飛行機は強弓から穿たれた鉄矢のごとく、俺の胸を狙い迸る。時間にすれば僅か。だが、俺が護りを完成させるには充分過ぎるほどの時間だ。
「『門宮ジェインの』『紙飛行機は』『亘理陽司に』『当たらない』」
「な……」
奴の目が驚愕に見開かれた。それもそのはず。紙飛行機が俺の胸板に突き立つまさにその直前、後方の『殺捉者』と機巧人間の戦闘で炸裂した爆発の破片が、俺の体と紙飛行機の間に飛び込み、結果として紙飛行機をあらぬ方向に吹き飛ばしてしまったのだ。
「ばかな、そんな幸運が……」
俺は爆風を、立ち位置をほんの少しずらすことでやり過ごした。この目障りな形代を一瞬で全て蒸発させて、『折り紙使い』に懇切丁寧に説明でもしてやろうかと思ったが、どうも興が乗らなかった。早々に仕事を遂行することとしよう。
「いささか不出来だが、この状況で結果に向けて帳尻を合わせようとするなら、このような過程でも致し方なしか」
俺はひとりごちた。限定できる言語は残りわずか。上手く単語を並べねば。最後の最後で力尽きたなどとなれば、他の連中のいい笑いものだ。
「『亘理陽司の』、『警棒は』、『門宮ジェインの』『肌を』、『外さない』」
俺は右手首を動かし、無造作に警棒を放り投げた。くるりくるりと緩やかな円軌道で奴をめがけて飛ぶ。だが当然、こんなものにむざむざと当たりに行く愚か者はいない。奴は一歩横に移動する。
と。上空から不意に落下した欠片、先ほどの爆発で天井から剥がれ堕ちた建築材の一部が、撞球の妙技のように空中で衝突し、警棒の軌道を変えた。その先には、避けたはずの攻撃を前に、目を見開く奴がいた。
「ば……」
バカな、と声にはならなかった。軌道を変えた警棒が、奴の唯一素肌の露出した首筋に、まるで割れた壺の欠片が納まるかのようにぴたりと命中したのだ。
「ぁっ!!」
声にならない悲鳴を上げて、『折り紙使い』は電撃の衝撃で後方に弾け飛ぶ。攻撃方法がこんな玩具とは少し不満だが、仕方があるまい。
全身を押さえつけていた形代どもが一斉に力を失い地面に落ちた。あの女は一人でこれだけの形代を操りつつ、俺と戦っていたわけだ。大したものだ。その点は俺は素直に称賛する。
俺は地面に落ちた警棒を拾い上げようとして屈み――やってきた脳の裏側を引き毟られるような激痛に耐えた。目の裏で火花が散り、視界が白く染まる。
「…………~~ってぇ……」
やれやれ情けない。大分限定した単語だというのに、十個も並べずにこのザマとは。
「ま、まさか、貴方は、あ、あの――」
電撃の影響だろう、彼女はなんとか舌と手足を動かそうとしているが、上手く全身を制御できないでいた。おれはどうにかバトンを拾い上げると、ゆっくりと歩を進める。
「因果の、歪曲……ま、さか……。それこ、そ都市伝説、と思ってました、よ」
彼女がおれの『二つ名』を呟く。
「ご存知とは光栄です。名乗らないのは隠してるからじゃなく……あんまり好きじゃないんですよね、その名前。それから、おれも次に会うときは味方でいたいですよ。門宮さん」
バトンをそっと首筋に押し当てる。門宮さんは沈黙した。おれは二、三度大きく深呼吸をすると、大扉へと向かった。
「残念です。亘理さん。貴方が日本でも有数のトップエージェントが所属するあの『人災派遣会社』フレイムアップの社員だと聞いて期待していたのですが」
向こうから投げつけられる冷たい声。
「あのお嬢さんならまだしも。あなたは全くの期待はずれですね」
その二指に摘まれた折り紙が、魔法のように姿を変えてゆく。
「……あいにくと荒事は苦手なクチでしてね」
「フレイムアップのメンバーは全員が最低でも並のエージェント以上の戦闘能力を持っている、と聞いていたのですが」
「そりゃ都市伝説の類ですね。悪いけどおれは正真正銘弱いですよ」
えへん、と胸を張る。彼女の瞳がす、と細められる。その指には折りあげられたシンプル極まりない造詣の構造物。紙飛行機、という奴だ。
「殺しはしません。しかしその肺に穴が開くくらいは覚悟してくださいね」
紙飛行機ってのは普通防弾ウェアに包まれた胸板をぶち抜けるようなモンじゃないと思うんだがね。
「最後に一つ、聞いておいて良いですかね?」
おれは問う。
「……何を?」
「いやあ。門宮さんってのは、本名なのかな、と思って」
若干の沈黙があった。警戒しているのだろう、『折り紙使い』は手にした紙飛行機をいつでも放てるよう構えている。
「貴方の亘理という名字は本名なのですか?」
「……ええ。亘理陽司。みんなにはそう呼ばれてるし、おれもそう名乗ってますよ」
彼女は一つ、息を吐いた。
「私も本名ですよ。門宮ジェイン。次の仕事で会うときは味方だといいですね」
これ以上会話を続ける必要はないと判断したのだろう、なにやら呪を唱え、紙飛行機の切っ先をおれに向ける。
「いやあ、聞いておいて良かった」
おれはぬいぐるみどもに押さえ込まれた右手を、どうにか持ち上げる事が出来た。
「これで勝てる」
ほんの一瞬。脳内を火花が走り、神経網を電流が駆け抜ける。やりすぎるなよ、とおれは呟いた。
『折り紙使い』にその言葉は耳に入っていなかっただろう。奴は最後の呪の詠唱に入っていたのだから。
「穿て!『紙飛行機』」
その手から離れた紙飛行機は強弓から穿たれた鉄矢のごとく、俺の胸を狙い迸る。時間にすれば僅か。だが、俺が護りを完成させるには充分過ぎるほどの時間だ。
「『門宮ジェインの』『紙飛行機は』『亘理陽司に』『当たらない』」
「な……」
奴の目が驚愕に見開かれた。それもそのはず。紙飛行機が俺の胸板に突き立つまさにその直前、後方の『殺捉者』と機巧人間の戦闘で炸裂した爆発の破片が、俺の体と紙飛行機の間に飛び込み、結果として紙飛行機をあらぬ方向に吹き飛ばしてしまったのだ。
「ばかな、そんな幸運が……」
俺は爆風を、立ち位置をほんの少しずらすことでやり過ごした。この目障りな形代を一瞬で全て蒸発させて、『折り紙使い』に懇切丁寧に説明でもしてやろうかと思ったが、どうも興が乗らなかった。早々に仕事を遂行することとしよう。
「いささか不出来だが、この状況で結果に向けて帳尻を合わせようとするなら、このような過程でも致し方なしか」
俺はひとりごちた。限定できる言語は残りわずか。上手く単語を並べねば。最後の最後で力尽きたなどとなれば、他の連中のいい笑いものだ。
「『亘理陽司の』、『警棒は』、『門宮ジェインの』『肌を』、『外さない』」
俺は右手首を動かし、無造作に警棒を放り投げた。くるりくるりと緩やかな円軌道で奴をめがけて飛ぶ。だが当然、こんなものにむざむざと当たりに行く愚か者はいない。奴は一歩横に移動する。
と。上空から不意に落下した欠片、先ほどの爆発で天井から剥がれ堕ちた建築材の一部が、撞球の妙技のように空中で衝突し、警棒の軌道を変えた。その先には、避けたはずの攻撃を前に、目を見開く奴がいた。
「ば……」
バカな、と声にはならなかった。軌道を変えた警棒が、奴の唯一素肌の露出した首筋に、まるで割れた壺の欠片が納まるかのようにぴたりと命中したのだ。
「ぁっ!!」
声にならない悲鳴を上げて、『折り紙使い』は電撃の衝撃で後方に弾け飛ぶ。攻撃方法がこんな玩具とは少し不満だが、仕方があるまい。
全身を押さえつけていた形代どもが一斉に力を失い地面に落ちた。あの女は一人でこれだけの形代を操りつつ、俺と戦っていたわけだ。大したものだ。その点は俺は素直に称賛する。
俺は地面に落ちた警棒を拾い上げようとして屈み――やってきた脳の裏側を引き毟られるような激痛に耐えた。目の裏で火花が散り、視界が白く染まる。
「…………~~ってぇ……」
やれやれ情けない。大分限定した単語だというのに、十個も並べずにこのザマとは。
「ま、まさか、貴方は、あ、あの――」
電撃の影響だろう、彼女はなんとか舌と手足を動かそうとしているが、上手く全身を制御できないでいた。おれはどうにかバトンを拾い上げると、ゆっくりと歩を進める。
「因果の、歪曲……ま、さか……。それこ、そ都市伝説、と思ってました、よ」
彼女がおれの『二つ名』を呟く。
「ご存知とは光栄です。名乗らないのは隠してるからじゃなく……あんまり好きじゃないんですよね、その名前。それから、おれも次に会うときは味方でいたいですよ。門宮さん」
バトンをそっと首筋に押し当てる。門宮さんは沈黙した。おれは二、三度大きく深呼吸をすると、大扉へと向かった。
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