人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第1話:『副都心スニーカー』

◆09:企業の傭兵、『派遣社員』-2

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 企業間に起こる表立たないいさかいや、突発的に発生する災害、本人の強い希望により隠密に処理すべき案件。そういった依頼を、おおむね高額な料金で各所から派遣会社が請け負い、所属する異能力者を『派遣社員』として差し向ける。そして異能力者は己の能力を存分に振るって案件を解決し、報酬を得る事が出来るのである。すでにこのスタイルは現代の経済の暗部にしっかと組み込まれており、各種トラブルにおける『切り札』として定着してさえいるのだ。

 そして、対立する両者が同時にこの切り札を用いた場合に発生するのが、今おれ達が繰り広げているような異能力者達による前近代的な戦闘なのである。

 おれ達『人材派遣会社フレイムアップ』はこの派遣業界の中でももっとも零細の部類に類別される。構成員は多少流動しているが十人程度、しかもその大半がおれみたいなアルバイト員だったりする。大手派遣会社が数十~数百の異能力者を抱えていることを考えれば、その規模が伺い知れるというものである。ところが、どういうわけか『業界』内ではうちらは有名なのだ。任務達成率100%というのは嘘ではないし、ちょっとアレなメンバーが多いことも相まって、今ではすっかり『人災派遣会社』という異名のほうが通りが良くなってしまっている。

 いやはや、ロクでもない同僚がたくさんいると、おれみたいな常識人は苦労するんですよ、ホント。

 
 おれは振り返らずに壁沿いを走りぬく。もう少しで大扉にたどり着く、そう思った刹那。おれは思いっきり横っ面を張られ、無様に壁に叩きつけられていた。

「な、何だよ?」

 よろめきながら立ち上がる。見るとそこには、愛らしい瞳でこちらを見上げる熊のぬいぐるみが一匹、ちょこなんと地面に座っておられた。まさか、と思ったのもつかの間、視界が急速に沈む。後ろから足を払われたのだ、と気付いた時には地面に大の字になっていた。振り向くと、そこには何たらいうアニメに出てくる愛らしい小動物のぬいぐるみがこちらを無邪気そうに見つめている。

 本能的な危険を感じて咄嗟に横転すると、ずどん、と鈍い音が一つ。今までおれの頭があった空間に、ボーリングの14オンス玉が直撃していた。一瞬反応が遅れれば、今頃潰れた饅頭のようにあん・・をぶちまけているところである。見上げれば空箱の上に陣取る黒猫の人形が二匹。おれは跳ね起き、壁を背にして構えた。くすくす、とどこかから笑い声が聞こえたような気がした。

 ……いや、それは錯覚だ。なぜなら、金庫室の各所、積み上げられた機材や空箱の向こう側から無数に姿を表した小さなモノたちの正体は、先ほどの熊のぬいぐるみ、UFOキャッチャーの景品、ゲームのマスコット人形など、命ないモノたちだったからである。それがまるで意志のあるようにおれを一斉に見つめ、こちらを取り囲んでいた。

「一階のアミューズメントフロアの景品、だよな……」

 おれは恐る恐る一歩を踏み出す。と、ぬいぐるみの群れがまるで堰を切ったかのように襲い掛かってきた。先ほどの熊が高々と二メートル近く跳躍し(!)愛らしい脚でおれの顔面に回し蹴りを叩き込む。その途端、質量を無視した凄まじい打撃がブロックしたおれの腕に弾けた。とっさに顔面はかばったものの、今度は足首に鈍い痛み。見ればデフォルメされたワニのぬいぐるみが、がっちりとおれの踝をくわえ込んでいる。

「このっ……」

 手と足を無闇にぶん回し、熊とワニを振り払う。質量で言えばしょせんはぬいぐるみなのか、あっさりと吹っ飛んでいった。だが、地面に転がりすぐさま起き上がったその様を見るととてもダメージを受けたようには思えない。続けて休む間もなく飛び掛ってくる他のぬいぐるみを手で足で叩き落すが、これでは所詮気休めにしかならない。あっという間に背中に一撃痛打をもらい、そのままガードが崩れたところを一気に無数のぬいぐるみに押し切られて転倒した。

「痛て!痛て!痛ててぇ!」

 降り注いでくる打撃の雨を亀になって耐える。昔、新宿の飲み屋で美人のお姉さんといい雰囲気になったあと、裏道で彼氏だというアレな人にボコボコにされた記憶を思い出した。

 ちっ。

 おれは亀の体勢から大扉を見やる。距離としてはあと五メートルもないというのに、とてつもなく遠く感じる。おれを円を描くように取り囲んでいるぬいぐるみども。……こういう時、セオリーから行けば。

「そこだっ!」

 おれは二、三発貰うことを覚悟で跳ね起き、バッグを人形の群れの向こう、丁度こちらを見下ろせる位置にある高さのダンボールに向けて思いっきり放り投げた。各種の機材を詰めたバッグはそれなりの重量を有し、壁際に積まれていたダンボールの山を突き崩した。ダンボールの奥に潜んでいた人影は、おれの攻撃に怯んだ様子もなく、こちらを見て、ふふふ、とステキな微笑を浮かべてみせた。
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