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第1話:『副都心スニーカー』
◆07:乱戦-2
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真凛の踏み込みの音が響くたびに大の男どもが宙に舞う。おれはすっかり観戦モードに周って、腕を組んで見物する側に回った。こう見えても、いや期待通りというべきか、我がアシスタント七瀬真凛は、実家に伝わる古武術の正統継承者なのである。
その戦闘力はバケモノ揃いのうちの事務所でも折り紙付き。中学生の時分には夜の新宿でストリートファイトに明け暮れていたというとんでもない過去を持ち、しかもそこで常に負け知らずのチャンピオンだったという。なんたって今でも新宿をとおれば『その筋』の人が腰をかがめて通り過ぎるというシロモノだ。ガッコウの体育で柔道やりました、程度のおれでは百人どころか千人束になっても瞬殺されるのがオチだろう。このブッソウ極まりないアシスタントに、年の差以前に戦闘能力で人間関係を位置付けられてしまってるせいで、おれの事務所内での発言権は近頃急速に低下中である。ふん、どーせおれはこのバイトでも味噌っかすですよと、心の中で自嘲していると、
「どぅあっ、あぶねえっ!」
真凛の暴風から逃れるように回り込んでいた警備員の攻撃。くそっ、ならやってやるよ。つかみかかってくる腕をかわして、向こう脛を蹴っ飛ばしてやる。悲鳴を上げながら警備員は後退した。ざまあみろ。と、
「このガキィ!」
警備員さんの職業的忍耐も沸点を超えたらしい。
「やれやれ!」
おれはこの狂暴娘のような格闘技のプロではないが、一応標準レベルの反射神経は持ち合わせている。怒りに度を失ったテレフォンパンチもかわせないほど鈍くはない、つもりだ。一般人でも振りかざされる暴力に竦みさえしなければ、けっこう互角に戦うことも出来るものである。要は慣れなのだ。……言ってて自分で哀しいが。
おれは怒り任せの大振りを沈みこんでかわし、伸び上がりざまに相手のごつい顎に頭突きを叩き込んだ。一撃必殺とは行かないが、相手はのけぞって崩れる。そこに追い打ち、両の手のひらで胴を突き飛ばすと、男は尻から下水の中に突っ込んだ。どうでい、なかなかおれも捨てたもんじゃないだろう?
そうこうする間に真凛は警備員を軒並み打ち倒していた。最後の一人は己の技に自信があるのだろう、バトンに頼らなかった。突如その足を大きく振り上げ、真凛に踵を斧のように振り下ろす。真凛は両腕を十字交差して防御。石同士をぶつけたような鈍い音がして――それで決着がついた。真凛が使ったのは痛み受け。踵落としを止めながら、受けの一点に自らの体幹の力をたたきつけ、相手のアキレス腱をそのまま断つ技だ、というコトをおれは知っていた。
かしゅうっ、と肺の中の空気を排出し、真凛が戦闘モードを解除するのを確認してからおれは近づいた。うかつに戦闘中に肩でも触れようものなら、無意識レベルまで自動化された迎撃によってとっても酷い目にあう事は請け合いだ。
「いやいや、さすがは先生でございますナ!これからもどうかヨシナに……」
揉み手ですり寄りつつ、気絶してる警備員のおっちゃんからスタンバトンを拾い上げる。おれが振って当たるとも思えないが、ま、ないよかマシだろう。
「気に入らない」
我らが用心棒先生は頬を膨らましご機嫌斜めのご様子である。ちなみに全員、息はしている。この業界での戦闘行為がコロシまで発展することはそうそうない。つつましく市場を形成するための、ささやかな同業者同士の不文律という奴だ。
「そんだけ暴れておいてまだ足りませんかこのオジョウサマは」
そもそも人間ブン殴りたくてこの仕事始めたんだろうに。
「なんか言った!?」
いえいえ。
「そりゃま、たしかに殴り合うのは好きだけど」
好きなのか。
「ああまで露骨に様子見に徹されると面白くないなあ」
「様子見?」
「本番前にこっちの手の内を出来るだけ覗いとこう、ってやり方。これじゃこの人たちもいい当て馬だよ」
「ああ、なるほどね。お前の技をバッチリ見てったわけだ」
おれは通路の奥の扉を見やる。本来厳重なオートロックが施されているであろうソレは、石ころが一つ挟まれており開きっぱなしになっていた。倒れ伏す警備員達の中には、あのサングラスの大男はいない。最初から見物を決め込み、本番はあちらでどうぞ、ってわけだ。おれは手元の『アル話ルド君』を起動してCADデータを検証する。ここから先はブラックボックスと化している地下施設エリアだ。何が出るかは開けてみてのお楽しみ、と。
「行くか?」
「もちろん」
おれは扉を押し開けた。
その戦闘力はバケモノ揃いのうちの事務所でも折り紙付き。中学生の時分には夜の新宿でストリートファイトに明け暮れていたというとんでもない過去を持ち、しかもそこで常に負け知らずのチャンピオンだったという。なんたって今でも新宿をとおれば『その筋』の人が腰をかがめて通り過ぎるというシロモノだ。ガッコウの体育で柔道やりました、程度のおれでは百人どころか千人束になっても瞬殺されるのがオチだろう。このブッソウ極まりないアシスタントに、年の差以前に戦闘能力で人間関係を位置付けられてしまってるせいで、おれの事務所内での発言権は近頃急速に低下中である。ふん、どーせおれはこのバイトでも味噌っかすですよと、心の中で自嘲していると、
「どぅあっ、あぶねえっ!」
真凛の暴風から逃れるように回り込んでいた警備員の攻撃。くそっ、ならやってやるよ。つかみかかってくる腕をかわして、向こう脛を蹴っ飛ばしてやる。悲鳴を上げながら警備員は後退した。ざまあみろ。と、
「このガキィ!」
警備員さんの職業的忍耐も沸点を超えたらしい。
「やれやれ!」
おれはこの狂暴娘のような格闘技のプロではないが、一応標準レベルの反射神経は持ち合わせている。怒りに度を失ったテレフォンパンチもかわせないほど鈍くはない、つもりだ。一般人でも振りかざされる暴力に竦みさえしなければ、けっこう互角に戦うことも出来るものである。要は慣れなのだ。……言ってて自分で哀しいが。
おれは怒り任せの大振りを沈みこんでかわし、伸び上がりざまに相手のごつい顎に頭突きを叩き込んだ。一撃必殺とは行かないが、相手はのけぞって崩れる。そこに追い打ち、両の手のひらで胴を突き飛ばすと、男は尻から下水の中に突っ込んだ。どうでい、なかなかおれも捨てたもんじゃないだろう?
そうこうする間に真凛は警備員を軒並み打ち倒していた。最後の一人は己の技に自信があるのだろう、バトンに頼らなかった。突如その足を大きく振り上げ、真凛に踵を斧のように振り下ろす。真凛は両腕を十字交差して防御。石同士をぶつけたような鈍い音がして――それで決着がついた。真凛が使ったのは痛み受け。踵落としを止めながら、受けの一点に自らの体幹の力をたたきつけ、相手のアキレス腱をそのまま断つ技だ、というコトをおれは知っていた。
かしゅうっ、と肺の中の空気を排出し、真凛が戦闘モードを解除するのを確認してからおれは近づいた。うかつに戦闘中に肩でも触れようものなら、無意識レベルまで自動化された迎撃によってとっても酷い目にあう事は請け合いだ。
「いやいや、さすがは先生でございますナ!これからもどうかヨシナに……」
揉み手ですり寄りつつ、気絶してる警備員のおっちゃんからスタンバトンを拾い上げる。おれが振って当たるとも思えないが、ま、ないよかマシだろう。
「気に入らない」
我らが用心棒先生は頬を膨らましご機嫌斜めのご様子である。ちなみに全員、息はしている。この業界での戦闘行為がコロシまで発展することはそうそうない。つつましく市場を形成するための、ささやかな同業者同士の不文律という奴だ。
「そんだけ暴れておいてまだ足りませんかこのオジョウサマは」
そもそも人間ブン殴りたくてこの仕事始めたんだろうに。
「なんか言った!?」
いえいえ。
「そりゃま、たしかに殴り合うのは好きだけど」
好きなのか。
「ああまで露骨に様子見に徹されると面白くないなあ」
「様子見?」
「本番前にこっちの手の内を出来るだけ覗いとこう、ってやり方。これじゃこの人たちもいい当て馬だよ」
「ああ、なるほどね。お前の技をバッチリ見てったわけだ」
おれは通路の奥の扉を見やる。本来厳重なオートロックが施されているであろうソレは、石ころが一つ挟まれており開きっぱなしになっていた。倒れ伏す警備員達の中には、あのサングラスの大男はいない。最初から見物を決め込み、本番はあちらでどうぞ、ってわけだ。おれは手元の『アル話ルド君』を起動してCADデータを検証する。ここから先はブラックボックスと化している地下施設エリアだ。何が出るかは開けてみてのお楽しみ、と。
「行くか?」
「もちろん」
おれは扉を押し開けた。
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