人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第1話:『副都心スニーカー』

◆03:大人気ゲーム、その業界裏事情−2

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 ――所長から大雑把な概要を教わった後、すぐに一人の男性が事務所にやってきた。年齢は三十前半というところか。生真面目そうな表情で、普段は私服で仕事をしているのだろうか、いささかぎこちなさそうにスーツを着込んでいる。彼こそ誰あろう、今回のオーダーの依頼人クライアント、韮山公彦氏であった。

「依頼内容を再度確認させていただきます。フィギュアの、金型の奪還……ですか」

 おれは応接室で営業用の表情を作り、先ほど所長から手渡された『任務概要』をみやった。所長はすでに別の仕事があるとかで席を外しており、今おれの隣には、アシスタントとして真凛が神妙そうな顔をして座っていた。一度引き受けてしまった以上、依頼人にはアルバイトではなく、一人の派遣社員として対面し、交渉し、決断せねばならない。……まったく。学生バイトだろうがプロのエージェントだろうが一括りにしてしまう『派遣社員』という言葉の曖昧さに、時々おれは舌打ちしたくなったりもする。

 おれの確認に、ええ、と深刻な表情で頷く韮山氏。手元の概要によれば、彼は新進気鋭のソフトウェア会社『アーズテック』の開発部長であり、なんと今をときめくあの『ルーンストライカー』の開発主任でもあるのだそうな。

「ルーンはおれもやったクチですよ。ファーストエディションはそれこそ徹夜で」

 おれの言葉はリップサービスではなかった。最近では趣味が多様化したのか、『全国民が熱狂したRPG』とか、『発売前夜の行列が社会問題に』なんてレベルのゲームは生まれにくくなってきている。悪友の直樹が、時々何たら言うゲームの初回限定版を買う時に良く店頭に並ぶと言っていたが、それはむしろ供給する数量を抑制することで需要を煽る、という商法の一種に過ぎない。

 ところが、半年ほど前に発表されたこの『ルーンストライカー』、通称ルーンは、下は小学生から上はいい歳をした大人までが『ハマッた』傑作ゲームだった。その内容は、ボードゲームとカードゲームが一体化した、いわゆる対戦ゲームである。プレイヤーはルールに従ってボード上の互いの駒を動かし戦い、様々な効果が記されたカードを繰り出して勝敗を取り決めると言うのがその骨子だ。シンプルでありながら奥深いルールはコアなファンを数多く生み出し、徹夜で対戦に興じ戦略を練るプレイヤーが続出した。ネットで『ルーンストライカー 戦略』とでも検索すれば、おそらく千以上のページがヒットするだろう。近頃のゲーム業界では珍しい『空前の大ヒット』なのだ。

 そして奥深いルールと並んでもう一つ、ルーンの要をなすのが、カードに描かれた『イラスト』と、ボード上で駒として使用する『フィギュア』である。通常のボードゲームは基本的に一人が一セット買ってしまえばそれまでだが、ルーンでは別売りのカードとフィギュアを買い足していくことで、どんどん戦力を高めていくことが出来るのだ。丁寧かつ美麗なイラストが掲載されたカードと、精巧なデザインのキャラクターフィギュア。コレクター魂を大きく揺さぶるには十分だろう。ファンにとってはフィギュアとカードを数セット揃えるのは基本事項。そしてそこから派生したポスターやCDなど、様々なキャラクターグッズを集めていくのが常道だったらしい。おれはルールや戦略にしか興味がない人間なので、グッズ集めにはとんと縁がなかったのだが……。

 当然、ファン一人当たりが支払う金額は大きく、ルーンストライカーはいちボードゲームに留まらない経済効果を巻き起こし、現在に到る。半年ほど経過しブームは若干沈静化していたものの、先日続編である『ルーンストライカー セカンドエディション』が開発されているとの情報により、再び大きな盛り上がりを見せはじめていた。

「たしか、今週末に幕張で開催される東京ゲームフェスでプレス発表されるんですよね」

 大学の授業中に読んでいた今週のゲーム雑誌が役に立つとは思わなんだ。

「はい。『セカンドエディション』の最大の特徴は、追加ルールに併せて登場する、新たなカードとフィギュアです」

 となると、またも新たな戦略が生み出されると言うわけだ。近いうちに再び繰り返されるだろう徹夜の日々を、おれは脳裏に思い描いた。

「そのプレス発表に出展されるフィギュアの金型が……盗難にあった、と。そういうことですか」
「そうなんです……」

 韮山氏は卓に肘を突き、組んだ手の甲に額を乗せた。どうやら相当参っているらしい。
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