1 / 368
第0話:『傭兵』VS『傭兵』
◆00:ある派遣社員の戦闘−1
しおりを挟む「――ああ。そう。今月ちょっとヤバいんだ。だからまたノート見せてくれよぉ」
おれは手持ちの携帯に必死の猫撫で声を流し込んだ。
「――いや!そこは持ちつ持たれつでさ?こないだ会計学のノート見せてやっただろ?頼むよ、文化人類学は教授の話がわからないとどうにも……な?な?おれが単位ヤバいの知ってるだろ?なあ、頼むよおい……くそっ」
途切れた通話に悪態をつくおれを、隣に佇んでいた直樹が冷たく一瞥する。
「期末テストの準備か?いつ本番なんだ」
「明日の一限だよ」
「履修の進捗は?」
「まだ一回も授業出たことがない」
「……亘理。貴様の無軌道ぶりは今更だが、また随分と杜撰な計画を立てたものだな」
「仕方ねえだろ、バイト続きでそもそも授業に参加するチャンスがなかったんだ」
ましてや定年間近の石頭に定評のある教授である。授業を録画してネットで公開、なんて発想は微塵も湧いてこないに違いない。学友から融通してもらったノートと手管を尽くした代返によりなんとか出席日数は確保できているが、それはあくまで『落第はしていない』でしかない。この試験を突破しなければ、今までの涙ぐましい努力も水泡に帰すだろう。
「留年だけはしたくない。学費もう一年分稼ぐとかほんと無理ゲーですから」
「まあ、貴様の都合はどうでもいい」
直樹はそんな悩めるおれではなく、リノリウム張りの通路の向こうに視線を向けた。
「どうやら追いつかれたようだぞ」
おれは左手でいじくり回していた『サンプル』を握り直す。
「マジすか」
流石にあちらさんも有能らしい。いちいち真偽を確かめる必要はなかった。
攻撃が始まったので。
鼻孔にわずかな刺激臭。直樹の警告がなかったら、その時点で術中に嵌っていただろう。とっさに口元を袖で覆い、今度はおれが警告する。
「烏羽玉の香り。呪術師がいるぞ!」
アルカロイド系の強力な幻覚をもたらすハーブ。普通に民間医療に使われることもあるが、専門家――それも特殊な専門家にかかれば、その危険性は飛躍的に増す。
『這い寄る蔦、搦めよ葛』
何処からか術師の詠唱が響く。途端、周囲に無数のツタが出現し、おれ達に絡みついてくる。実際に植物が生えてきたわけではない。幻覚作用のある薬物を散布し、意識が朦朧としたところで強力な言霊を併用して対象を拘束する呪術だ。事前に気づいて口を覆っていなければ、たまらず術中に陥っていただろう。
「来るぞ!」
「あいよ!」
幻覚のツタはたちまち成長し、蕾を生じ花となる。そして――
『満ちる果実、八ツ裂け朔果!』
散布された化学物質が揮発、化合し、爆発を巻き起こす。事前に攻撃が読めていたからこそ、おれの被害は駅前の特売で買ったジャケットを引き裂くにとどまったが、そうでなければ身体の自由を奪われたまま爆発に巻き込まれ、ジャケットのみならず背中の肉が同じ目にあっていただろう。
「くそ、これ次の秋まで着るはずの一張羅だったんだぞ!?」
「この仕事をやっていてそれを言うか。次は通販の特売で最安値のものをまとめ買え」
『……私の術法を見破るとはな。なるほど、ネズミとはいえ、まんまと我々を出し抜いてサンプルを奪取する程度の知恵はあるということか』
通路の奥の闇から声が響く。己の実力と術式への圧倒的な自信に裏打ちされた威圧感。とっさに後ずさるおれ。敵とおれの間に、直樹が割り込む。
「そういうことだ。そしてネズミの浅知恵でも、貴様程度を噛み殺すのは造作もないぞ、『鞴』」
『ほう?私の名を知るか』
「ネイティブ・アメリカンの呪術を曲解して用いる外道と言えば、この業界でもそこまで多くはないからな」
『ベロウズ』、北米を中心に活動する呪術師。
紛争地域に潜伏し、対立勢力の憎悪を煽り戦災を巻き起こす。
『火種に風を送り込む』、邪悪な鞴野郎。こいつも出張っているのかよ。
『なるほど。では私が敵対者をどのように扱うかも知っているな?我が毒は五臓六腑をねじり、狂わせる。死んだほうがましと懇願するようになるぞ』
「お前ごときに言われるまでもなく、死んだほうがマシ、とは日々思っているさ。……おい、亘理。貴様は先に行け」
「いいのかよ?」
「どうせ薬物を吸い込んだらアウトなのだ。口先が取り柄の貴様が息を止めながら場に残っていてもなんの役にも立たん」
「そうかい、そりゃ失礼。んじゃ頑張ってくれや」
おれはあっさりとその場の全責任を直樹に押し付けると、回れ右して通路の奥に向かってダッシュした。ヤツの言うことは全くの事実であり、――おそらくおれが居ないほうがあいつはやりやすいだろう。十秒ほどして、直樹たちがいた通路から、剣戟と轟音が響き渡ってきた。
1
よろしければ、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです!感想とか頂けると踊り狂ってよろこびます
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる