上 下
307 / 328

第305話 ランチ

しおりを挟む
 今にも降りそうな曇天の下、俺は弓流を引き連れ繁華街を歩いている。
 時雨とかには無い成熟した女性の色気漂う弓流に道行く男は一度は視線を向けてくる。恋人のように腕を組んで、見る者が見れば捕虜を連行するように、一緒に歩いている俺がいなかったら欲望溢れる繁華街だけに男が蟻のように群がってきたであろう。
 いい女はトラブルを引き寄せる、雨も降りそうだし手早く仕事を終わらせて立ち去りたいものだ。
 しかし傘を用意しなかったのは失敗だったのかもな、だが依頼を引き受けることになり依頼人と共にさりげなく帰ろうとした弓流の腕を捕まえ有無も言わさず連れて来たのでそこまで気が回らなかった。
 この女、一度逃がせば事件が解決した頃に何食わぬ顔で報酬だけしれっと貰いに来る油断ならない雌狐だからな。
 折角賀田呼びしてビジネスライクに徹して断ろうとした試みが破れた以上、弓流呼びで仲間として一緒に泥沼の行進をして貰うのは当然だろ。
 なんとか降り出す前に目的地の居酒屋の前まで来た。
 入口は戸になっていて暖簾と赤提灯がある和風居酒屋、ここで綿柴が学生時代の友人と共に呑んでいたことまでは確認されている。その後依頼人である綿柴の妻悦子に駅に迎えに来いと連絡をしたのを最後に消息が途絶えている。
 以上のことはプロ中のプロの探偵事務所の者がとっくに調査済み。今更俺がここで調べたところで名探偵よろしく行方を推理出来るとは思っていない。
 俺はな。
「どうだ何かひらめいたか?」
「何も」
 弓流は暫しこの辺りの空気を感じていたが、結局肩を竦めて答える。
 魔人弓流の能力は本人さえ意識しない得られた情報から事象を推測する超感覚計算。失踪した現場に来れば新たな情報を得て綿柴の失踪先を推測するかと思っていたが、決して帰ろうとした弓流を現場まで引っ張ってきたのは一人楽をさせるかという嫌がらせだけではない、これだけではまだ情報が足りないようだ。
 一度肌を合わせた男なら運命を握るに等しく未来の流れを予測出来るようだが、会ったことも無い男を捜し出すとなればそれなりに労力が必要らしい。
 結局地道な努力がいるようだが、それでも普通に俺が捜査するよりかは効率がいいだけでなく確実なはずだ。
「仕方ない、ここから駅に向かうぞ」
 足りないなら情報をドンドン入れてやるまでだ。ここから駅に向かったことは間違いなく、途中で何かがあったのだろう。それを弓流が感じ取ることが出来れば事件は解決できるはず。普通に地道に捜査することに比べれば楽なもんだ。
「ええ~疲れたんですけど」
 なのに弓流は不満たらたらの顔、口を尖らせて文句を言ってくる。
「お前が持ってきた仕事だろ、責任持て」
「だから責任持ってあなたに引き継いだじゃ無い」
「報酬はいらないんだな」
 それでも弓流は悦子から占い料はちゃっかり取っているだろうから元は取れている。
「もう可愛いおねーさんを養うくらいの甲斐性持ちなさいよね」
 まるで可愛い姉のように可愛く笑って甘えた声で言ってくるが、言っている内容は悪女そのものだな。
 俺はお前の夫でも恋人でもないのに何で働きもしない女の為にATMにならねばならない。
「ビジネスパートナーだ。働かない以上分け前は無しだ」
 迷惑料を請求しないだけ俺も弓流に甘やかしている。
「半々よね」
「三分の一だ」
「ちょっと強欲じゃ無い」
「お前の超感覚計算が俺を指名した案件だ、あの可能性が高い」
「やっぱそうなる」
 弓流も分かっていたのだろう、諦めたような溜息を付く。
 正直ただの失踪事件で俺を超感覚計算が選ぶとは思えない。
 考えられるのは、あの場合かめんどくさくて弓流か俺に丸投げしたかだが、この弓流の反応からちゃんと超感覚計算が俺を導き出したようだ。
「あの場合だったら俺じゃどうにもならない。お前の方で対応出来るならお前が三分の二でもいいぜ」
 この案配が難しい。一流を選べば確実だが報酬の三分の一を割り込み俺の取り分が減る。逆に三流を選べば三分の一以上の報酬を俺が手に入れられるが、リスクが跳ね上がる。
「冗談はよしてよね」
 強欲な弓流だが冗談じゃないとばかりにあっさり断ってくる。
 まあ正直報酬を睨んでの人選なんてめんどくさい、出来るなら俺も楽して確実の三分の一の方がいい。
「ならそういうことだ」
「分かったわよ。なら労ってよ」
「じょうだ・・、んっ」
 頬に冷たい水が当たった。
 どうやら雨が降ってきたようだ。
「ちょっと濡れるじゃ無い」
 確かに俺と違って弓流が着ている高そうなブランド服が似合っているのにだけに台無しになるのはもったいないか。
「丁度いい、昼飯にするか」
 これ以上降り出す前にと取り敢えず近くの飯屋に入った。ゆっくり食事をして止めば良し、止まなかったら俺が傘でも買ってきてやるか。幸い俺の方は仕事柄濡れる程度を気にしなくていい撥水機能付きのスーツだ。
 飛び込んだ店の中は時間がずれているからか比較的空いている。俺と弓流は奥のテーブル席に案内された。
 メニューを開くとズラリと種々様々なおじやが並んでいる。
 まあ体も温まるしいいか。
「決まったか?」
「う~ん、ちょっとまって」
 弓流は真剣にメニューを見ているがカロリー計算でもいているのか?
「違うわよ」
 俺の心を読んだような返事が返ってくる。
「カロリー計算なんかしないわよ。逆にしっかりエネルギーを取らないと保たないのよ」
 脳が一番エネルギーを使うというから、超感覚計算を行う弓流はカロリー消費が普通の女性より激しいのかもな。
「それでその体型とは世の女性に恨まれそうだな」
 俺から見ても節制をしているモデル並みの体型をしている。占い師を辞めてもモデルをやれそうである。
「そう。だから親しくない人の前では小食を装っているわよ」
 流石裏街道を生き抜いてきた女抜け目が無い。
「うん決めた。おじやは一つしか頼まないけど、副菜を増やすわ」
「そうか」
 
 弓流がずらりと並べられた料理の数々、俺が海鮮おじやを味わいつつ食べている間にも雨は止む気配は無かった。それどころか益々激しく降ってきているようで、俺達が食べている間にも傘の用意をして無くてずぶ濡れの者と用意周到に傘を用意していたらしい者が半々くらいで店に入ってくる。
 俺が食べ終わり食後のお茶を啜っていても弓流はまだ食していた。その顔は普段呑め狐ぶりは何処へやら幸せそうだったので、文句は言わず大人しく見守っていたのだが、やはりこの二人が揃って平穏は許されなかったのだろう。
「きゃああああああああああああああああああ」
 店内に悲鳴が轟くのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

【完結】呪いの館と名無しの霊たち(仮)

秋空花林
ホラー
 夏休みに廃屋に肝試しに来た仲良し4人組は、怪しい洋館の中に閉じ込められた。  ここから出る方法は2つ。  ここで殺された住人に代わって、 ー復讐を果たすか。 ー殺された理由を突き止めるか。  はたして4人のとった行動はー。  ホラーという丼に、恋愛とコメディと鬱展開をよそおって、ちょっとの友情をふりかけました。  悩みましたが、いいタイトルが浮かばず無理矢理つけたので(仮)がついてます…(泣) ※惨虐なシーンにつけています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

コルチカム

白キツネ
ホラー
都会から遠く、遠く離れた自然が多い田舎町。そんな場所に父親の都合で転校することになった綾香は3人の友人ができる。 少し肌寒く感じるようになった季節、綾香は季節外れの肝試しに誘われた。 4人で旧校舎に足を踏み入れると、綾香たちに不思議な現象が襲い掛かる。 微ホラーです。 他小説投稿サイト様にも掲載しております。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...