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世界救済委員会

第286話 甘え

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 全開で放出しようとした悪意を慌ててぐっと体内に押し止める。
 目の前には俺の間合いに入り込み俺をグッと見定め引き手を取る時雨がいる。本来ならこのまま拳が繰り出され俺の顎を殴り上げていたはず。だが拳は繰り出されることなく無防備な時雨が俺の胸に飛び込んでくる。
 俺は時雨が倒れないように両手で抱きしめる。
 俺が圧倒されたのが嘘のような華奢な躰付き。ガラス細工のように簡単に砕けてしまいそうだ。
 優しく大事にしないといけないというのに、急に動きを止めるとは危ないマネをしやがって。だがこのタイミングでなかったら俺か時雨どちらかが致命的な事になっていかも知れない。
 止めてくれて感謝すべきなのかもな。
「何で体が急に!?」
「なにこれ」
「ちょちょっと」
 時雨だけじゃ無いキョウにユリも体が動けなくなったようで、三者三様に己の身に起きたことが理解出来ずにいる。
 時雨は体を動かそうと必死になっているが動かず、全身から脂汗が出てきているのが見える。
 自分の体という唯一己の自由になる世界が奪われた恐怖は想像に難くない。
「意外と律儀なんだな」
 こんなマネが出来るのは俺が知る限りただ一人で予想通り駐車場に現れたのは天見だった。
「天至を目指すものとしてカリは返す」
 澄ました顔で応える天見、都合良く表れ過ぎな気もするが今は助かった。
 天に到る者として恩も怨も俗世に縛る業。速やかに精算したいということなのか乃払膜から助けてやった恩を早くも返された。
「助かったと礼は言っておくが、これで俺とお前はニュートラルになったということか」
「そういうことだ」
 あの自尊心が高い天見が俺と対等だと素直に認めるとは驚いたな。
「OK、取り敢えず長居は無用だな。話は後で聞こう」
 取り敢えず現状は俺と天見は敵でも味方でもない関係。この後敵になるか味方に成るかは、今後の展開交渉次第といったところか。
 俺は黒田へのリベンジを手伝って貰うとして、天見の狙いはどこだろうな?
 直接負けた乃払膜へのリベンジだというならの素直に協力して、ギブアンドテイクの天秤は釣り合う。
 それとも天見を利用した殻への復讐でも、俺は素直に協力できる。
 またまた全体の絵図を描いた黒田への復讐というなら、願ったり。
 だが初志貫徹、セウを狙うというならどこかで裏切るタイミングを計らないといけなくなる。
 いいね、フラットな関係から始まる謀略策略利害関係の調整は俺が好むところだ。
 血が滾る。
 このまま抱きしめていたいが仕方ない時雨を床に寝かすか。
「待ちなさいよっ。ここまで言ったのに行くの?
 なんなのよ、あんたほんとにロボットかなんかじゃないの。私達の気持ち少しは汲み取れよっ」
 動けないキョウが俺を睨み付けている目、その目に涙が滲んでいる。
 キョウは嘘偽り無く最初から最後まで苛烈に真っ直ぐ俺に向き合ってくれた。
「私だって、この仕事ロハで引き受けたのよ。
 どうしてもって言うなら少しくらいお給金払ってよ」
 ユリのユリらしい切実な気持ちなんだろうな。
 ユリがただ働きをするとは俺に自分の人生を賭けたことに偽りは無いのだろう。
「行かさないよ」
 俺の腕の中で時雨が肩を振るわせ拳を繰り出し俺の服を握り締めた。
 水に濡れた紙のような力、振り払えば簡単に振り払えてしまう。
「ほう意志の強さで天至の御言葉に抗うか。その精神力に感歎するが、あまり無理をすると心が傷付くぞ」
 天見の忠告など無視して時雨は掴んだ手を離さない。
「時雨」
「行っちゃ駄目だよ」
 自然と時雨と目が合ってしまう。
 恋する乙女の目ではないが俺を心配しているのは分かる。親しい友人くらいには認識して貰えているのかな。時雨にとってのモブだった頃に比べれば大した出世だ。
「カリは返した。この後の選択をどうしようが私は関与しない好きにするがいい。
 だが時間はあまり無いぞ、どうするか決めろ」
 三流ドラマを見せ付けられても俺に選択を委ねてくれるとは慈悲深いことで。案外本当に俺にカリを返しに来ただけなのかもな。

 完全に俺の判断に委ねられた最後の選択。

 意地はある。
 だが彼女達の思いを踏みにじってもいいものなのか?
 多分ここでこの手を振り払ったら、黒田に勝って帰っても二度と彼女達とは笑い合うことは出来ないだろう。
 俺の意地と彼女達の想い、なんでここでこんな究極の選択と突きつけられる。
 俺はただ己を貫きたいだけで誰かを傷付けたり切り捨てたりしたいわけじゃ無い。
 だが我を貫くとはそういう事なのかも知れない。
 それが分かっても可能性を模索してしまう。
 両方を取る手は無いのか?
 己と彼女達。
 独りで生きていたときには考えられない選択に心が壊れたときと同じくらい心が締め付けられ歪む。
 独りで生きていた俺の意地。
 他人を頼っては成らないと悟った人生。
 同級生も教師も誰一人俺を助けず正義の味方も表れない。
 人生は己で切り開くしか無い。
 その生き方が間違っていたなどと言わない言わせない。
 だがだからといって彼女達の思いを踏みにじってもいいものだろうか?
 愛は恋だは別にしても、ここまで俺を必要として想ってくれる者達にはもう出会えないかも知れない。
 この縁は一度きりできれたら終わり。
 両方が成立する道は無い。
 だが両方が妥協する道はある。
 それしかない。
 俺は妥協する。彼女達もまた妥協してくれることを祈って。
 高まる鼓動で口を開く。
「俺は行く」
 一斉に彼女達の顔に失望が浮かぶ。
「だから一緒に付いてきて、俺を助けてくれ」
 俺は俺の戒めを破る。
 報酬も何も無い、ただ俺は頭下げ他人の好意に甘えて助けを求めるのであった。

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