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世界救済委員会

第279話 チートは楽しい

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 善意と悪意に何の違いがあろうか。
 どちらも己の意思を他者へ働きかけることに違いなし。
 同じものであり人間が分別しただけである。
 それが証拠に善意で行ったことが悪意で受け取られることなどざらである。
 主観によってころころ変わるものなどに絶対はない。
 善意と悪意に何の違いも無し。
 なのに人だけが絶対なる善を信じている。

 船酔い二日酔いのデュエットに高熱を加えた三重奏で気持ち悪い。
 痛くは無い。
 ただただ心も体も気持ち悪い。
 視界の輪郭の歪む。
 胃の中は空っぽの吐き気を抑えつつ俺は歩く。
 気を抜けば視界だけでなく思考の輪郭も崩れ落ち痴呆となる。
 蹲ったらお終いだ誰も助けてくれやしない。
 自らの足で歩き続けるしかない。
 あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
 くせる達はどうなったのだろうか。
 分からないし、分かろうとも思わない。
 この朦朧とする頭では難しいことが分かるはずがない。
 俺はただ一つの目的を果たす気力だけで歩いている。
 嫌いだが根性で気力を奮い立たせ目的地に着いた。俺がこれほど頑張っているというのに足を引っ張ろうとする奴はやはり現れる。
 それが俺の人生か。
「おいっお前、何を勝手に入ろうとしている」
 地下駐車場へと続く入口に立ち番していた警官が俺の前に立ち塞がる。
「んっ!? おっお前は」
 俺の顔を睨んだ警官は何かに気付いたように声を上げる。
「大きい声を出すなよ頭に響く。
 悪意、夢魘迷宮。
 悪意の霧に呑まれて悪夢を彷徨うがいい」
 俺が腕を振り払えば赤い霧が発生し警官を包む込む。
「なん・・・うげごおおおおおおおおおお」
 警官は蹲ると胃の中のものを吐き出して悪夢に魘される。
「ほんの少しだがスッキリした。これがチートって奴か。確かに真面目にコツコツ体を鍛えているのが馬鹿らしくなるな」
 俺の体内に凝縮された悪意をほんの少しお裾分けしてやっただけなのだが効果は絶大だな。
 セウに流れ込む悪意の7割を引き受けた俺だが予想通り神に覚醒することはなかった。とことん才能が無いらしい。神にでも悪魔にでも覚醒出来れば溜まった悪意を吐き出して楽に成れたというのに、悪意の力を溜め込む蓄電池と成っただけで終わってしまった。おかげで純粋な悪意に体を蝕われて、ただ気持ち悪い。
 俺は警官を残しそのまま地下駐車場へとつづくスロープを降りていく。

「急ぐぞ。今度こそ失敗は出来ない」
「はい」
 黒田が二人の部下を引き連れ歩いている。流石出世頭の黒田さん肩で風切る姿が様になる。どこかに向かうのか止めてある車に向かって歩いて行くその前に俺は立ち塞がった。
「よう」
「果無か」
 俺が表れるのを何処か予想していたのか、あまり驚いてくれない。代わりに部下達の方が浮き足立つ。
「貴様、どうやって忍び込んだ?」
「失礼な。堂々と入口から入ってきたぜ。
 いいな~力があるってのは楽しいな~。魔人共がはしゃぐ気持ちが分かるぜ」
 ここまでに二~三人ほど出会ったが、みんないい夢をプレゼントしてやった。今頃ゲーゲー吐きながらぐっすり魘されているだろう。
「それで何しに来た?
 自首しに来たというなら多少は口添えしてやってもいいぞ」
 己の優位を確信している黒田が居丈高に言う。
「まさか。シンプルにお礼参りさ」
「逆恨みの間違いじゃ無いのか?」
 俺を小馬鹿にした笑みを浮かべて黒田は言う。
 自信の根源は後ろの部下二人か? 護衛として連れているのか体格が良く引き締まった体をしている。普通に戦えば俺では勝ち目はないのが、その隙の無い動きから分かる。
「俺を嵌めてくれた礼をしないとな」
「何を言っているか分からないな」
「取調室では世話になった。危うく死ぬところだったぜ」
「自業自得じゃないのか?」
 ここで優位を確信して実は俺が黒幕でしたと言ってくれるほど軽挙じゃない。
 まあいいけどな。
「俺の作戦を知っていて大野を唆せる奴はお前しかいないんだよ」
 黒田なら俺から作戦の概要を聞いて大野に接触、罪を揉み消してやるとでも取引を持ちかけることも可能。可能というだけで証拠はなく推理も穴だらけの暴論なのも何となく朦朧としている頭でも感じている。ただ頭が冴えていた頃に多くの仮説を立てたような気がするが痴呆で忘れて、これしか思い出せない。
「それはどうかな? 俺でなくても波柴さんも条件に当てはまると思うが、それに君の上司の如月君もじゃないのか。
 どうしたけっこういるぞ」
 予想通り推理ともいえない俺の推理に黒田が指摘をしてくる。
 だからもうそういうのはどうでもいい。
「波柴のオッサンが主犯ならその部下であるお前も連帯責任だ、問題ない」
 そもそも波柴が黒幕ならその一の部下の此奴が嚙んでいないわけがない。
「横暴だな」
「好きだろ日本人は連帯責任」
「如月君は?」
「あの人は俺を裏切らない」
「麗しい信頼関係だな」
「情じゃないんだな~合理だ。
 俺にはまだ利用価値がある。この時点で俺を切るほど馬鹿な女じゃない」
 推理が出来る頃の俺はそう推測していて疑ってなかった。
「浅いな。それ以上のメリットがあったかも知れないぞ」
 そんなもん今の俺では思いつきもしない。
「それならそれで後でお礼参りすればいいだけさ」
 そう疑わしきは罰する。シンプルイズベストがいい。
「その場合俺は冤罪か?」
「残念だったな。俺は名探偵をしに来たわけじゃない。
 俺がそっち側だった頃なら必要だったかも知れないが、おかげさまでこっち側に来てしまったんでね。
 証拠は入らない主観で十分、それで十分俺の気が晴れる」
 そうこれはこの気持ち悪さを吐き出せる相手が欲しかっただけのこと。
 当たりなら復讐で外れなら八つ当たりだ。
 まあ、どっちでもいいさ。何せ俺は今や悪の側。
「会話をするだけ無駄か」
 今更俺が説き伏せられるとでも思っていたのか、なら意外と甘いな黒田さん。
「黒田さん」
「射殺許可を出す」
 部下の問い掛けにあっさりと射殺許可を出す黒田。
 やっぱ甘くない。会話は敗者をいたぶる強者の余裕か。
「「はっ」」
 部下達が一斉に銃を引き抜いた時には俺の腕は振り払われ赤い霧が男達を包み込む。
 流石に銃を懐から抜いて構えて狙いを付けて引き金を引くより俺の一振りの方が早い。
「目眩まし・・・。
 うげえええええええええええええええええっ」
 男達は立ったままにゲロをマーライオンのように吐き出した。
 蹲らないだけ今まであった連中より上か?
 男達は込み上がるゲロと戦いつつも俺に銃の照準を付けようとするが、俺はパチンと指を鳴らして容赦なく赤い霧の濃度を上げる。
 ここで何か技名を言った方が格好良かったかもな、失敗失敗。
「げひょっ」
 これには耐えられなかったようで二人はその場に倒れた。
 だらしない、俺はその数百万倍の悪意に晒されているというのに。
 こんなのちょっと吐き出しただけ、早くもっともっと吐き出したいと横目に映せば、ちゃっかり赤い霧を掻い潜った黒田がいる。
「頭脳派かと思えば意外とやるな」
 椅子を尻で磨いているだけの男では無いようだ。
「それが神になる力か」
「神の成り損ないの力だ。それでも凡人が持つには身に余る。
 黒田~、同じ苦しみを味わって貰うぜ」
 俺独りが苦しむのは納得いかない一人でも多くの道連れを、完全に悪党いやゲスの思考だな。
「素晴らしい力だ。どうだ取引をしないか?」
「お前に取引出来る材料があるのかよ」
 黒田は頼みの綱の部下二人があっさり倒されても動揺するどころか堂々と俺と再度取引を持ちかける。
 思った以上に根性がある想像以上の大物か?
 舐めてかかれば痛い目に合いそうだ。チートを手に入れても調子に乗れない生来の慎重さが俺に会話をさせて様子を伺わせる。
「指名手配を取り消して表舞台に戻してやる。
 俺なら手配を取り消せる」
「そんなの元に戻るだけじゃないか、取引になってないぜ」
 拍子抜け苦し紛れに過ぎなかったかと落胆しかけて楽観しかければ黒田が更に口を開いていく。
「勿論+αがある。 
 取引に応じれば・・・」
「そこまでよ」
 折角の所を邪魔してくれた乱入者の方を見れば、そこには如月さんと時雨がいるのであった。

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