229 / 328
世界救済委員会
第228話 自己紹介
しおりを挟む
下界が遠ざかり天が近付く。
薄汚れたビルの背面を見せられるうんざりするカキワリが取り払われ一気に視界が広がった。
風が吹き体に纏わり付いた澱んだ空気が一掃される。
星の海が眼下に広がり、美女を片手に空の遊泳。
悪くない。
一瞬だが人生の勝者の気分に浸ってしまう。
そんな俺の余韻に構うこと無くドローンは仕事を果たす為四方を囲んでいたビルの屋上に降下していく。
五階程度だったので何とか俺の腕もドローンのバッテリーも保ってくれた。これが十階以上のビルとかだったら途中でイカロスの如く無謀な挑戦の代償に墜落しているところだった。
降りると同時に俺は最後の力を振り絞ってポニーテールの女を降ろし、ドローンから手を離す。
ドローンはバッテリーが切れかかったこともあり勝手にスリープモードに切り替わって屋上に着地すると機能を停止させた。後日これを持って帰るのかと溜息を吐きつつ俺は痺れた左腕を擦っていると、此方を睨むポニーテールの女に気付いた。
「そんなにあたしは重かったかしら?」
「いい肉付きだった、誇っていいぜ」
実際抱いた感触は適度な柔らかさと適度な弾力のブレンドが素晴らしかった。
「はあ~まあいいわ。
それであたしをどうするつもり?」
ポニーテールの女は俺と繋がれた右手を挙げつつ聞いてくる。取り敢えず今すぐ俺との縁を切るつもりは無く、今暫くは俺と付き合ってくれるようだ。
ここでここから戦いになったら先程のチャクラムを操る腕前を見るに、体術勝負では俺に勝ち目はなし策を絡めて互角といったところ、正直救われた。
俺に惚れた?訳は無く、俺と戦い疲弊したところで殻との連戦になるのを避けた計算なんだろうな。
「取り敢えず自己紹介でもしようか、お互い名前も知らないんじゃ親睦も深まらない」
「ほんと図太いわね。
まあいいわ」
ポニーテールの女は呆れつつもどこか興味が惹かれたように言う。
レディーの許可が下りた以上、男から名乗るのが礼儀だろうな。
「俺は一等退魔官 果無 迫。
魔の力を使い私的制裁を行った容疑でお前を連行するように言われた哀れな宮仕えだ」
「天影 セウ。
悪意を狩る者よ」
俺の嘘偽りの無い名乗りと身分を述べた誠意が伝わり、名前くらいは本名を言ってくれたと信じよう。勿論報告書には俺が別のいい名前をプレゼントしておく。悪いがセウは俺が独占しておきたい。
「悪いようにはしない。ここは大人しく俺に付いてきてくれないか」
この後波柴に出世の為身柄を引き渡すかギリギリの綱渡りをして手元に置くかはたまた意気投合して駆け落ちするか道を違えて不倶戴天の敵になるか未来は分からないが、まずは怖いオジサンから逃げて話し合ってみなければそんな未来も始まらない。
自律行動のドローンでいつまでも殻を抑えてられるとは思えない、今にも前回のようにビルを駆け上がってきても可笑しくない。時間は無い。
「男らしいこと。でも屋上なんかに逃げてこの後はどうするの?」
セウが挑発的に言う。
確かに普通に考えれば逃げ場の無いビルの屋上に逃げるのは悪手もいいところ。だが舐めて貰っては困る、策士が逃げ込む先が袋小路の訳が無い。
「安心しろ、退路を確保しておくのは策士の常識だぜ」
「じゃあその自信のほど見せて貰いましょうか。
今後はヘリでも迎えに来てくれるのかしら?」
そんな予算が何処にあると言えたらいいが、ここは紳士の態度でグッと呑み込む。
「まずはあっちのビルの屋上に飛び移る」
俺はこのビルの隣に立つ一段低いビルの屋上を指差す。
勿論その後のルートも考えてある。ランダムにこのビルを起点に選んだわけじゃ無い。この要領で忍者の如くビル群の屋上を駆け巡っていけば最後には用意しておいた縄梯子を使って無事に地上に降りられる。
「本気?」
セウは目を丸くして俺の正気を疑うように問い糾してくる。
「ビルの間は1メートルくらいしか無い上に此方の方が高い。
普通にしていれば何の問題も無い」
ここいらのボロビル達の屋上には作業員以外の人が出ることを想定していないのでフェンスが無いのが多い。おかげで助走した勢いで飛べるので1メートルくらい楽勝である、恐怖に飲まれなければの条件は付くが。だが、この女がそんな可愛い性格をしているわけが無く、実質ノープロブレム。
「普通ね~」
セウは嫌みったらしくまた右手を挙げてくる。俺とセウは左手と右手手錠で繋がれたままの二人四脚。ぶっつけ本番で息が合わなければ10メートル以上下に真っ逆さま。流石に無事じゃ済まない。
「俺が離れずいるんだ心強いだろ。安心して俺に合わせて飛べ」
俺はリズム感も良くなく人に合わせるのは苦手だが、セウは所作の端々に舞踊とかをやっていた者に見られる美しさとリズムを感じる。だったら合わせられないが故に独自になる俺にセウが合わせるのが合理的だろ。決して傲慢的じゃ無い。
「負けたわ」
セウは呆れ果てたように肩を落として言う。少々オーバーアクション気味な態度、やはり舞台で生えるように訓練されたのを感じる。
「快諾してくれと嬉しいよ」
セウの此方を見る目が冷たい気がするが気にしたら負け。俺は空気を読まない。
「ならさっさとしよう。もたもたしているとおっかないオッサンが追いかけてくる」
「そうね」
こうして俺とセウはビルの上を駆け巡る逃走劇を始めるのであった。
薄汚れたビルの背面を見せられるうんざりするカキワリが取り払われ一気に視界が広がった。
風が吹き体に纏わり付いた澱んだ空気が一掃される。
星の海が眼下に広がり、美女を片手に空の遊泳。
悪くない。
一瞬だが人生の勝者の気分に浸ってしまう。
そんな俺の余韻に構うこと無くドローンは仕事を果たす為四方を囲んでいたビルの屋上に降下していく。
五階程度だったので何とか俺の腕もドローンのバッテリーも保ってくれた。これが十階以上のビルとかだったら途中でイカロスの如く無謀な挑戦の代償に墜落しているところだった。
降りると同時に俺は最後の力を振り絞ってポニーテールの女を降ろし、ドローンから手を離す。
ドローンはバッテリーが切れかかったこともあり勝手にスリープモードに切り替わって屋上に着地すると機能を停止させた。後日これを持って帰るのかと溜息を吐きつつ俺は痺れた左腕を擦っていると、此方を睨むポニーテールの女に気付いた。
「そんなにあたしは重かったかしら?」
「いい肉付きだった、誇っていいぜ」
実際抱いた感触は適度な柔らかさと適度な弾力のブレンドが素晴らしかった。
「はあ~まあいいわ。
それであたしをどうするつもり?」
ポニーテールの女は俺と繋がれた右手を挙げつつ聞いてくる。取り敢えず今すぐ俺との縁を切るつもりは無く、今暫くは俺と付き合ってくれるようだ。
ここでここから戦いになったら先程のチャクラムを操る腕前を見るに、体術勝負では俺に勝ち目はなし策を絡めて互角といったところ、正直救われた。
俺に惚れた?訳は無く、俺と戦い疲弊したところで殻との連戦になるのを避けた計算なんだろうな。
「取り敢えず自己紹介でもしようか、お互い名前も知らないんじゃ親睦も深まらない」
「ほんと図太いわね。
まあいいわ」
ポニーテールの女は呆れつつもどこか興味が惹かれたように言う。
レディーの許可が下りた以上、男から名乗るのが礼儀だろうな。
「俺は一等退魔官 果無 迫。
魔の力を使い私的制裁を行った容疑でお前を連行するように言われた哀れな宮仕えだ」
「天影 セウ。
悪意を狩る者よ」
俺の嘘偽りの無い名乗りと身分を述べた誠意が伝わり、名前くらいは本名を言ってくれたと信じよう。勿論報告書には俺が別のいい名前をプレゼントしておく。悪いがセウは俺が独占しておきたい。
「悪いようにはしない。ここは大人しく俺に付いてきてくれないか」
この後波柴に出世の為身柄を引き渡すかギリギリの綱渡りをして手元に置くかはたまた意気投合して駆け落ちするか道を違えて不倶戴天の敵になるか未来は分からないが、まずは怖いオジサンから逃げて話し合ってみなければそんな未来も始まらない。
自律行動のドローンでいつまでも殻を抑えてられるとは思えない、今にも前回のようにビルを駆け上がってきても可笑しくない。時間は無い。
「男らしいこと。でも屋上なんかに逃げてこの後はどうするの?」
セウが挑発的に言う。
確かに普通に考えれば逃げ場の無いビルの屋上に逃げるのは悪手もいいところ。だが舐めて貰っては困る、策士が逃げ込む先が袋小路の訳が無い。
「安心しろ、退路を確保しておくのは策士の常識だぜ」
「じゃあその自信のほど見せて貰いましょうか。
今後はヘリでも迎えに来てくれるのかしら?」
そんな予算が何処にあると言えたらいいが、ここは紳士の態度でグッと呑み込む。
「まずはあっちのビルの屋上に飛び移る」
俺はこのビルの隣に立つ一段低いビルの屋上を指差す。
勿論その後のルートも考えてある。ランダムにこのビルを起点に選んだわけじゃ無い。この要領で忍者の如くビル群の屋上を駆け巡っていけば最後には用意しておいた縄梯子を使って無事に地上に降りられる。
「本気?」
セウは目を丸くして俺の正気を疑うように問い糾してくる。
「ビルの間は1メートルくらいしか無い上に此方の方が高い。
普通にしていれば何の問題も無い」
ここいらのボロビル達の屋上には作業員以外の人が出ることを想定していないのでフェンスが無いのが多い。おかげで助走した勢いで飛べるので1メートルくらい楽勝である、恐怖に飲まれなければの条件は付くが。だが、この女がそんな可愛い性格をしているわけが無く、実質ノープロブレム。
「普通ね~」
セウは嫌みったらしくまた右手を挙げてくる。俺とセウは左手と右手手錠で繋がれたままの二人四脚。ぶっつけ本番で息が合わなければ10メートル以上下に真っ逆さま。流石に無事じゃ済まない。
「俺が離れずいるんだ心強いだろ。安心して俺に合わせて飛べ」
俺はリズム感も良くなく人に合わせるのは苦手だが、セウは所作の端々に舞踊とかをやっていた者に見られる美しさとリズムを感じる。だったら合わせられないが故に独自になる俺にセウが合わせるのが合理的だろ。決して傲慢的じゃ無い。
「負けたわ」
セウは呆れ果てたように肩を落として言う。少々オーバーアクション気味な態度、やはり舞台で生えるように訓練されたのを感じる。
「快諾してくれと嬉しいよ」
セウの此方を見る目が冷たい気がするが気にしたら負け。俺は空気を読まない。
「ならさっさとしよう。もたもたしているとおっかないオッサンが追いかけてくる」
「そうね」
こうして俺とセウはビルの上を駆け巡る逃走劇を始めるのであった。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
FLY ME TO THE MOON
如月 睦月
ホラー
いつもの日常は突然のゾンビ大量発生で壊された!ゾンビオタクの格闘系自称最強女子高生が、生き残りをかけて全力疾走!おかしくも壮絶なサバイバル物語!
【完結】呪いの館と名無しの霊たち(仮)
秋空花林
ホラー
夏休みに廃屋に肝試しに来た仲良し4人組は、怪しい洋館の中に閉じ込められた。
ここから出る方法は2つ。
ここで殺された住人に代わって、
ー復讐を果たすか。
ー殺された理由を突き止めるか。
はたして4人のとった行動はー。
ホラーという丼に、恋愛とコメディと鬱展開をよそおって、ちょっとの友情をふりかけました。
悩みましたが、いいタイトルが浮かばず無理矢理つけたので(仮)がついてます…(泣)
※惨虐なシーンにつけています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
コルチカム
白キツネ
ホラー
都会から遠く、遠く離れた自然が多い田舎町。そんな場所に父親の都合で転校することになった綾香は3人の友人ができる。
少し肌寒く感じるようになった季節、綾香は季節外れの肝試しに誘われた。
4人で旧校舎に足を踏み入れると、綾香たちに不思議な現象が襲い掛かる。
微ホラーです。
他小説投稿サイト様にも掲載しております。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる