223 / 328
世界救済委員会
第222話 苦悩
しおりを挟む
「待ちやがれ」
「きゃあっ」
細い路地道を鹿のように駆けていく秋津に横道から表れた大男がタックルをするが、悲鳴を上げつつも秋津は頭上低く向かってくる大男を陸上のハードルのように飛び越え駆け抜けていく。
秋津は大人しそうな性格と裏腹にかなり敏捷性は高いようで、そこそこ鍛え上げているはずの男達の追跡を躱していく。単純な力押しの勝負に出ていたらあっさり逃げられていたかも知れない。
『慌てるな。ハンター1そのまま追跡。ハンター2はポイントCに向かって逃走路を抑えろ。ハンター2はさっさと起き上がってポイントDに向かえ』
走りながらも俺は送られてくる情報と印刷した地図を片手に照らし合わせ逃走路先を予測し先回りさせる。ここで大きく予想を外す失策を一度でもすれば秋津は包囲を抜けていってしまうだろう。
違和感。
幾ら人数が多少少ないとはいえ、此方は成年男子5人だぞ。並みの女性なら何も考えずに真っ直ぐ追いかけるだけで捕まえられる戦力。勝ちが確実じゃ無いとは言ったが、9割は勝てるゲームだというのに俺がここまでして五分だと。
何かカラクリがあると疑いたいが、秋津は何も不思議なことはしていない。単純に予想以上一流アスリート並みの身体能力を持っていたことだけ。何か引っ掛かるが、不思議なことは起きていない。
それに今は考えている場合じゃ無い。少し離れて指示するだけで俯瞰する積もりだった俺もガッツリ狩に参加して包囲の一角を担っている。正直、状況を把握しつつ指示を出して走るのは俺の処理能力を超えている。こんなことならあと一人、誰か雇えば良かったと思うが、そもそも予算が無いんだからしょうが無い。
それにこの綱渡りのような均衡も長くは続かない。
慣れて順応してきた。
秋津は俺の予想以上の身体能力を持ち、その意外性故に初動は対応が後手に成り、想定していた普通の女性用の包囲陣に綻びが生まれた。
だが、突破は辛うじてされなかった。そして徐々にだが秋津の身体能力の上方修正を行い加味した包囲陣が構築されていく。
想定通りに動きだし段々と俺の指示の間隔も広がっていき包囲の和は縮まっていく。
走りから歩きへと息を整えるように徐々に徐々に歩幅も落としていく。
俺は地図を畳みスマフォを内ポケットに仕舞い込む。
ここからは地図は必要ない一本道。
道と言うより伸び上がるビルに挟まれた隙間。
影と影が重なり闇が真っ直ぐと伸びる。
この闇を抜ければ、そこは四方をビルに囲まれ天からの星光りに照らされるぽっかりと空いた袋小路、人生のどん詰まりを暗喩する。
野を駆ける野生動物のように疾走していた秋津も追い込まれ追い詰められ、背中に壁を背負って立ち尽くす。
「こっこないで」
怯えて嘆願する女を楽しそうに取り囲むは大野達。
「はあはあ、手こずらせやがって」
「だが、おかげでいい具合にボルテージが上がっているぜ」
息が荒いのは走ったからなのか興奮しているからなのか。
こうなってしまえば多少はしっこかろうがどうにもならない。怒濤の雪崩の如くのし掛かってくる悪意に彼女は潰されるだろう。
今は暴虐の嵐の前の静けさ、何かの切っ掛けがあれば崩れ去る。
そうなれば秋津の女性としての人生は穢され終わってしまう。
だが事ここに到ってもポニーテールの女は現れない。
正義のヒロインが颯爽と登場するにはこれ以上無い舞台が整っているというのに表れる気配は無い。
嫌な汗が背中に滲み出てくる。
どうする?
秋津は関係なかったのか、紛れ込んだ部外者、いや紛れ込まされた部外者。
誰がそんなことをする。
思い当たる人物と言えば下膳。
これはあの女が仕組んだ罠。だとしたら意図は何だ?
もし秋津が何の関係も無く、その人生を潰したら・・・。
ここで作戦は中止するべきなのか。
それとも俺は疑心暗鬼に陥っている?
冷静になって合理たれ。
下膳がそんなことをして何になる?
彼女に取ってみれば俺は波柴に変わりうる絶好の後ろ盾。己の有能性を示すときであって俺を陥れてなんの得がある?
彼女だって女一人であんな商売を続けられないことは分かっているほどには利口。なら俺に変わりうる後ろ盾が見つかった?
それで俺を陥れようとする。
筋は通る。筋は通るがそれは一本のあり得る筋に過ぎない。軽々に飛び付けば後悔する。
熟考する時間が欲しい。
判断する情報が欲しい。
だが無常にもその二つは無く俺に判断を迫ってくる。
視界が歪むほどに脳が苛烈する。
確実に毛の何本かははらりと抜けたな。どうしてここまで悩まなくては成らないと放棄したくなる。
もう安全策を取って作戦を中止したくなる。時間も金も面子も無駄になるが、それがどうした。この苦悩から解放されるなら安いものだ。
だが秋津が無関係だとはどうしても思えない。
俺のような凡人が安全な道を通って怪物共が頂に辿り着けるとでも思っているのか、思い上がるな凡人と、心の奥底で囁く声がする。
だがこの声こそ損切りが出来ない投資家の心理なのでは無いのか?
俺みたいな凡人が損切りも出来ないで怪物共が頂に辿り着けるのか?
辞めるなら今がギリギリのタイミングに俺は目を瞑りファイナルアンサーを己に問い掛ける。
・
・
・
そして俺は無言を選んだ。
「きゃあっ」
細い路地道を鹿のように駆けていく秋津に横道から表れた大男がタックルをするが、悲鳴を上げつつも秋津は頭上低く向かってくる大男を陸上のハードルのように飛び越え駆け抜けていく。
秋津は大人しそうな性格と裏腹にかなり敏捷性は高いようで、そこそこ鍛え上げているはずの男達の追跡を躱していく。単純な力押しの勝負に出ていたらあっさり逃げられていたかも知れない。
『慌てるな。ハンター1そのまま追跡。ハンター2はポイントCに向かって逃走路を抑えろ。ハンター2はさっさと起き上がってポイントDに向かえ』
走りながらも俺は送られてくる情報と印刷した地図を片手に照らし合わせ逃走路先を予測し先回りさせる。ここで大きく予想を外す失策を一度でもすれば秋津は包囲を抜けていってしまうだろう。
違和感。
幾ら人数が多少少ないとはいえ、此方は成年男子5人だぞ。並みの女性なら何も考えずに真っ直ぐ追いかけるだけで捕まえられる戦力。勝ちが確実じゃ無いとは言ったが、9割は勝てるゲームだというのに俺がここまでして五分だと。
何かカラクリがあると疑いたいが、秋津は何も不思議なことはしていない。単純に予想以上一流アスリート並みの身体能力を持っていたことだけ。何か引っ掛かるが、不思議なことは起きていない。
それに今は考えている場合じゃ無い。少し離れて指示するだけで俯瞰する積もりだった俺もガッツリ狩に参加して包囲の一角を担っている。正直、状況を把握しつつ指示を出して走るのは俺の処理能力を超えている。こんなことならあと一人、誰か雇えば良かったと思うが、そもそも予算が無いんだからしょうが無い。
それにこの綱渡りのような均衡も長くは続かない。
慣れて順応してきた。
秋津は俺の予想以上の身体能力を持ち、その意外性故に初動は対応が後手に成り、想定していた普通の女性用の包囲陣に綻びが生まれた。
だが、突破は辛うじてされなかった。そして徐々にだが秋津の身体能力の上方修正を行い加味した包囲陣が構築されていく。
想定通りに動きだし段々と俺の指示の間隔も広がっていき包囲の和は縮まっていく。
走りから歩きへと息を整えるように徐々に徐々に歩幅も落としていく。
俺は地図を畳みスマフォを内ポケットに仕舞い込む。
ここからは地図は必要ない一本道。
道と言うより伸び上がるビルに挟まれた隙間。
影と影が重なり闇が真っ直ぐと伸びる。
この闇を抜ければ、そこは四方をビルに囲まれ天からの星光りに照らされるぽっかりと空いた袋小路、人生のどん詰まりを暗喩する。
野を駆ける野生動物のように疾走していた秋津も追い込まれ追い詰められ、背中に壁を背負って立ち尽くす。
「こっこないで」
怯えて嘆願する女を楽しそうに取り囲むは大野達。
「はあはあ、手こずらせやがって」
「だが、おかげでいい具合にボルテージが上がっているぜ」
息が荒いのは走ったからなのか興奮しているからなのか。
こうなってしまえば多少はしっこかろうがどうにもならない。怒濤の雪崩の如くのし掛かってくる悪意に彼女は潰されるだろう。
今は暴虐の嵐の前の静けさ、何かの切っ掛けがあれば崩れ去る。
そうなれば秋津の女性としての人生は穢され終わってしまう。
だが事ここに到ってもポニーテールの女は現れない。
正義のヒロインが颯爽と登場するにはこれ以上無い舞台が整っているというのに表れる気配は無い。
嫌な汗が背中に滲み出てくる。
どうする?
秋津は関係なかったのか、紛れ込んだ部外者、いや紛れ込まされた部外者。
誰がそんなことをする。
思い当たる人物と言えば下膳。
これはあの女が仕組んだ罠。だとしたら意図は何だ?
もし秋津が何の関係も無く、その人生を潰したら・・・。
ここで作戦は中止するべきなのか。
それとも俺は疑心暗鬼に陥っている?
冷静になって合理たれ。
下膳がそんなことをして何になる?
彼女に取ってみれば俺は波柴に変わりうる絶好の後ろ盾。己の有能性を示すときであって俺を陥れてなんの得がある?
彼女だって女一人であんな商売を続けられないことは分かっているほどには利口。なら俺に変わりうる後ろ盾が見つかった?
それで俺を陥れようとする。
筋は通る。筋は通るがそれは一本のあり得る筋に過ぎない。軽々に飛び付けば後悔する。
熟考する時間が欲しい。
判断する情報が欲しい。
だが無常にもその二つは無く俺に判断を迫ってくる。
視界が歪むほどに脳が苛烈する。
確実に毛の何本かははらりと抜けたな。どうしてここまで悩まなくては成らないと放棄したくなる。
もう安全策を取って作戦を中止したくなる。時間も金も面子も無駄になるが、それがどうした。この苦悩から解放されるなら安いものだ。
だが秋津が無関係だとはどうしても思えない。
俺のような凡人が安全な道を通って怪物共が頂に辿り着けるとでも思っているのか、思い上がるな凡人と、心の奥底で囁く声がする。
だがこの声こそ損切りが出来ない投資家の心理なのでは無いのか?
俺みたいな凡人が損切りも出来ないで怪物共が頂に辿り着けるのか?
辞めるなら今がギリギリのタイミングに俺は目を瞑りファイナルアンサーを己に問い掛ける。
・
・
・
そして俺は無言を選んだ。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
FLY ME TO THE MOON
如月 睦月
ホラー
いつもの日常は突然のゾンビ大量発生で壊された!ゾンビオタクの格闘系自称最強女子高生が、生き残りをかけて全力疾走!おかしくも壮絶なサバイバル物語!
車が引きずるもの、あれは……
鞠目
ホラー
高架下の歩道を歩いていた時、すぐ側の車道を黒いタクシーが走り抜けた。タクシーのトランクの下には紐でボールのようなものが繋がれていた。ボールのようなものは四つあって鈍い音を立てながら引きづられて行った。
10日後、再び同じタクシーを見た時に私は引きずられていたものがボールでないと気づいた。そうあれは……
【完結】呪いの館と名無しの霊たち(仮)
秋空花林
ホラー
夏休みに廃屋に肝試しに来た仲良し4人組は、怪しい洋館の中に閉じ込められた。
ここから出る方法は2つ。
ここで殺された住人に代わって、
ー復讐を果たすか。
ー殺された理由を突き止めるか。
はたして4人のとった行動はー。
ホラーという丼に、恋愛とコメディと鬱展開をよそおって、ちょっとの友情をふりかけました。
悩みましたが、いいタイトルが浮かばず無理矢理つけたので(仮)がついてます…(泣)
※惨虐なシーンにつけています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
コルチカム
白キツネ
ホラー
都会から遠く、遠く離れた自然が多い田舎町。そんな場所に父親の都合で転校することになった綾香は3人の友人ができる。
少し肌寒く感じるようになった季節、綾香は季節外れの肝試しに誘われた。
4人で旧校舎に足を踏み入れると、綾香たちに不思議な現象が襲い掛かる。
微ホラーです。
他小説投稿サイト様にも掲載しております。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる