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第二百七話 酒は飲んでも飲まれるな

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 依頼で無くわざわざ試練というからには生半可な魔では無いのだろう、普通ならご遠慮願いたいところだ。
 だが果たせば雪月家に食い込める。
 それにだ、定番の展開だが強大な魔を前にして技極まる時雨の旋律が見れるかもしれない。ただでさえ美しく俺の魂を奪った時雨の旋律が、もしあれ以上の輝きを魅せるというなら、命を天秤に乗せて余裕で傾く。
 参加しないという選択肢は俺に残っていない。
 あるは命を失わないように知力を尽くして準備をすることだけだ。
 なかなかに面白いかな我が人生。
「おにーさん」
 思考に一区切り着き、このまま帰ってもいいのではないだろうかと思い始めた俺に声が掛かった。
 開けられた襖から顔をひょこっと出した顔からツインテールが揺れている。中学生くらいで人懐っこい笑みを浮かべている。
「君は誰だい?」
「私は雪月家期待の次女千雨、よろしくね」
 胸を張りドヤ顔で自己紹介する、奥床しい姉の時雨とは対照的な自己紹介。幼い故か、次女だからか、姉の時雨とは違い活発な性格のようだな。 
 時雨の妹か、やはりいたのか。まあ先程の呉さんの話しぶりから血を残すのが命題なら当然の結果か。
 彼女も旋律士なのだろうか? もしそうなら一度見てみたい気がする。
「俺は果無 迫。しがない大学生兼一等退魔官だ。
 よろしくな」
 一応俺の本分は学生で、一等退魔官を生涯の職にする気はない。例え周りの期待は逆だろうが変える気はない。必ず卒業し、上手くいけば修士博士とキャリアを積むつもりだ。
「ふ~ん、インテリって感じね」
 千雨は意味ありげな顔で俺を見てくる。
 人の顔をじろじろ見るとは不躾と言わざる得ないが、まあ中学生相手に怒るのも大人げない。見るというなら逆に此方も見させて貰う。
 顔立ちは時雨を少し幼くした感じだが、ツインテールにまとめた髪は時雨と違い栗色でふわふわと柔らかそうだった。
「なになに、私の顔見詰めちゃって。ほれちゃった?」
「時雨が居なかったら惚れていたかもな」
「このこの~惚気てくれますな。
 その様子じゃおねーちゃんで無くておにーさんの方が惚れたな」
 馬鹿っぽいけど意外と鋭い娘なのか。
「お父さんには内緒だよ」
「どうやっておねーちゃんを落としたの? お姉ちゃんのあんな顔始めてみたよ」
「あんな顔?」
「おねえちゃんってどっか優等生ぶっているからあんな人に甘えた顔普通見せないよ。
 そういった意味でもおにーさん、しがないってことはないね」
 あれが甘えた顔? あれは「あんたなんか大嫌いの顔」だろ。まあ、優しい時雨が俺なら何しても許されると思っている点では甘えていると言えば言えるか。
「その言葉で頑張れそうだ。
 ちょうどいい、雪月家団欒に招待されているんだ案内してくれないか?」
「いいわよ」
 千雨は立ち上がった俺に腕を絡ませてくる。
「姉と違って積極的だな」
「そりゃもちろん、優良物件には唾付けとかないと。おねーちゃんに振られたら私が付き合ってあげようか?」
 小悪魔が上目遣いで此方を見てくる。並みの男なら転ぶ可愛さに下手に承諾したら直ぐさま五月雨さんに言いつけそうな怖さを感じてしまう。
「そりゃ光栄だが、そんな事したら今度こそ呉さんに殺されそうだ」
「まったまた。まあ取り敢えず私にも媚びを売っておくと色々お得かもよ」
「具体的には?」
「おねーちゃんの秘密情報漏らしちゃうかも」
「ランチぐらいでいいのか?」
 敵の情報は多い方がいい。ランチ程度なら安い出費だ。
「ふふ~ん、期待してます」
 それでいいとは言わない狡猾さ。時雨より気が合うかもな。
「当ご期待」
「はいはい、じゃあそろそろ行きましょうか。
 それとこれは未来の妹からのアドバイス。お父さん以外とお酒好きよ」
「それは有力情報だ。本当だったら何か礼をするよ」
「おにーさん慎重ね。でもそれぐらいでないとね」
 ここで本当とも嘘とも言わない。知らなければ普通に対応出来たのに、俺はこの娘に翻弄されているな。
「君、そうやって同級生を手玉に取っちゃ駄目だよ」
「おにーさんぶるのはまだ早いわよ」
 俺は千雨に連れられて雪月家団欒という接待団欒をする嵌めになるのだった。

「では、果無君気を付けて帰りなさい」
「はい。送って頂きありがとうございます」
 足下が少しふわふわする。千雨の情報は意外と本当だった。酒好きの性か嫌いな相手でも晩酌に付き合ってやると少し胸襟を開いてくれる。女だらけの家で少し肩身が狭いとか愚痴も漏らしていたし。
 団欒が終わり流石にお泊まりとまでは行かなかったが俺は雪月家の車でアパートまで送って貰えることになった。
 一時家に火を付けて逃亡すら考えていた時に比べれば格段の待遇アップだ。
「では、頼むぞ雲霧」
「はい、お任せ下さい旦那様」
 最初に車の運転をしていた青年は雪月家執事で雲霧というらしい。
 鋭利な顔付きと180近い長身の青年で執事などしているのがもったい華があり、モデルでもすれば人気が出そうだ。
 車に乗り込むと発進時のGなど感じないほどにスムーズに車は動きだす。後部座席も行きは感じる余裕は無かったが、こうして落ち着いているとその包み込んでくる心地良さが高級車を感じさせてくれる。
 柄にも無く少し酒を飲み過ぎたこともあり夢心地で少しうとうとする。
 明日の仕事までに酔いは抜けるだろうか。
 装備も用意しないとと。
 波柴への報告も・・・。
「着きましたよ」
 雲隠れの声でたゆたっていた意識が覚醒した。
「そうか、ありがとう」
 この俺が知らない奴の傍で意識を失いそうになるなんて飲み過ぎたかと、少しバツが悪いのを誤魔化すように未だ少しぼーとする頭でドアを開け外に出ると、緑の香り混じる清涼な風が体に染みる。
「ん!?」
 都心で吹くはずのない清涼な風に覚醒すれば、そこはアパートのある住宅街では無く木々が生い茂る森の中であった。
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