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無限エスカレーター

第百六十二話 上には上に苦労がある

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 透明で見えないが、慎重に調べた結果下の階が二畳ほどなら、このフロアは一畳ほどの広さしか無いことが分かった。頂点に行くほど狭くなるという意味なのだろう。
 頂点への道のりに果ては無い。
 だがそれは概念上でのこと。
 以上を踏まえた作戦をこの狭いフロアで吐息が互いに掛かるほどの距離で伝えた。
「要領は分かったな」
「はい」
「ねえ、うまくいったとしてどうなるの? 墜落して蛙のように潰れるのは嫌よ」
 尤もな意見。流石時々正論を吐く女。
 この状況下でユガミを調律したらどうなるのか?
①何事も無く元の空間に戻れて一件落着。
 可能性として無くも無いが、根拠も無い。
②ユガミの消滅と共に上がった分落下する。
 当然その先の未来は六本木の正論通りだ。本来ならそうなっていいようにパラシュートを用意しておいたんだが、パラシュートは突風に煽られパラシュートだけで飛んでいってしまった。この高さから装備無しで落ちて助かる方法など限りなく無い。
 ①となるか②となるか、出たとこ勝負の運任せ。
 だが留まったところでどうする?
 助けが来るのを待つか? 冗談だな。帰ったこれなかったことで、俺達は死亡扱いになる。生存に僅かな望みを掛けて救助隊を結成するほど公安は甘くなく、俺以外の誰がここまで辿り着けると言うんだ。
 次策として考えられるのは、居るかどうか知らないが戦略核並みに広範囲を調律できる旋律士を探し出してこの空間ごと調律、その場合俺達もついでに始末されてしまうがな。さもなけば政治的解決で天空のエスカレーターの封鎖が精々だろう。
 つまり助けは来ない。
 それでも留まるか?
 幸いここは空気もある強風も吹かない。燦も居て六本木も居る、一人寂しく孤独に潰されることも無い。眼下に広がる絶景を眺め支配者にでも成った気分で美少女と美女を両脇に恐怖を忘れるように肉欲に溺れて過ごすことだって出来る。
 唾液を絡め合い、愛液を互いに注ぎ込み、肉と肉をぶつけて混ぜ合う。
 求める心と求められたい心。
 肉も心も混ざり合い、三人で肉団子になる。
 もう裏切られることも別れることも無く永遠を共に過ごすカップルの究極の姿。
 このユガミの玩具として遊ばれ飾られる。
 死ぬよりマシかも知れないが、俺にとっては死んだ方がマシなほど気持ち悪い。
 ここで民主的に二人に意見を聞いてもいいが、二人が何を言おうと俺は意見を変える気は全くない。悪いが部下は上司の意向に沿って貰う。それが責任を背負い上に上がった者の特権よ。 
「俺がそんなことも考えない馬鹿に見えるか。お前達は俺の指示に従っていればいい」
 俺は横暴に微塵の震えなく言い切る。
 こんな戦記物で俺が一番嫌いな独断横暴な上官を演じなくてはいけない時が来るとは思わなかったぜ。
 生き残る道もあるが知らせず、己の趣味で無謀な半丁博打に打って出る。我ながら酷い上官だが、どうせやることを変える気はない。なら下手に惑わせず、希望を抱かせて気持ちよく踊って貰う。
 上に立つ者は敢えて愚者となり暴君と成り詐欺師に成らないときがある。
「そうね。計算高いあんたが勝算無く動くわけ無いか」
 辞書には自棄という言葉があることを生きて帰れたら教えてあげよう。
「そうですよ。兄さんは本当に計算高いんですから。ね」
 燦の此方を見る目、もしかしたら薄々気付いているのかな。それでも何も言わないところを見ると、燦も他の打開策を見いだせていないのと俺を信じたい未練かな。
「待ったところで事態は進展しないわ。やりましょう」
「そうね。やってやるわよ。その代わりお手当弾んでね」
「善処しよう。始めるぞ」
 俺は燦の背後に回りその小さい背を見下ろす。大きく頼りになる背じゃ無い、人形のように小さく抱きつけばそのまま砕いてしまいそうな儚さ。俺は膝を付いてその儚さを実感するように首に手を回してしがみつく。
 鼻を擽る甘い微香に何か少女を背後から襲っているような背徳の気分になる。
「腕だけで大丈夫ですか? 恥ずかしがらないで足も絡ませたらどうですか?」
 燦は俺に背後から抱きつかれたことなど歯牙にも掛けないいつもの平淡さで聞いてくる。
「いや却って姿勢が辛い、腕だけで何とかする」
「分かりました。
 それでは六本木さん」
 燦が合図と共に片手を水平に掲げれば、その掌の上に六本木が小鳥のようにふわっと飛び乗った。だが実際には小動物なんて可愛いもんじゃ無い成人女性、それでも燦の手が震える様子は無い。
 さり気なく凄いのが六本木、幾ら安定しているとはいえ小さい掌の上に危なげなく乗れている。腐っても旋律士、バランス感覚は俺と比較にならないな。
 六本木はインナーに鞭状にして巻き付かせておいた旋律具を外してループ状にする。
 これで準備万端だ。
「よし、ミッションスタート」
「OK、奏でるわ。私に惚れるなよ」
 馬鹿を言っている六本木は俺にウィンクすると燦の掌の上で旋律を舞い出す。
「行きますよ。兄さん振り落とされないでね」
 片手で六本木を支えたままに燦は飛び上がった。
 俺は振り落とされないように必死にしがみつき、六本木は美しく乱れることと無く腰を扇情的に揺らしてループが煌びやかに回って音を奏でる。
 飛び上がる燦に俺は落とされないように必死にしがみつくだけだというのに、六本木は燦の掌から零れれば下まで真っ逆さまに墜落するというのに、全く恐れが無い。逆に前より攻めて旋律の切れがいい。
 ほんといい性格してる、土壇場での踏ん切りの良さと度胸認めてやるよ。
 舞姫奏でる旋律に彩られ次の頂点に燦は辿り着く。
 そして更に次の頂点へと一呼吸で飛び上がっていく。
 果て無き頂点を目指して、次々に飛んでいく。
 足場はピラミッド型にドンドン狭くなるが、燦は恐れることなく踏み込んでいく。
 果て無き頂点を目指して、次々に飛んでいく。
 上に行く限り道を作るのが今回のユガミ、次々と上が生まれていく。
 頂点に果ては無いが、いつしか能力の限界という壁は表れる。
 どれほど飛んだか分からなくなったとき、俺は悲鳴を聞いて感じた。
「きゃあっ」
 ギシッ
 燦の限界か、飛び乗ったが今までのように燦は飛び上がれず足首から血が噴き出した。
 ピラミッド型に小さくなっていきついにフロアが槍の穂先ほどに鋭く尖り踏み込んだ勢いのままに燦の足裏を貫いたようだ。燦は咄嗟に筋肉を引き締めて辛うじて貫かせる事は阻止して落下することだけは防いだ。
 気付いた六本木の顔が心配げになる。
 少女の苦痛に歪む顔、誰も心を痛める顔を前にして俺は感じた悲鳴に歓喜していた。
 確かに俺はこの空間が軋んだ悲鳴を感じた。
 獲物に食らい付く虎の如き口角を上げ俺は燦を案じる言葉無く命じる。
「ここだっ。
 燦、六本木を上に飛ばせっ。六本木、そこが果てだ」
 燦は苦痛に歪めた顔のままに俺の命令通りに六本木を上に放り投げた。
 燦を案じているが流石にここが正念場だと言うことを分かっている。俺の命令に従い放り投げられた六本木は旋律具のループを解いて鞭にする。
「六本木流、情熱の鳴動」
 六本木は何もない天に向かって鞭を放った。
 そして、鞭の一撃は何も無いはずの空間を叩いた。
 ピシッ
 何かに致命的なクラックが走った音が空間中に鳴り響き、木霊していく。
 頂点には果ては無いが、頂点を作り出すユガミには限界があった。
 ここがユガミの限界点。
 燦とユガミ、どちらが先に限界に到達するかの勝負は互角。
 限界まで伸びきった空間の先端に針刺すような一撃は、もはやは致命的。ほどなくユガミは生み出したこの空間ごと調律され消えるだろう。
 燦に六本木、俺の期待に応え仕事を果たしてくれた。
 さあ、さあここからがギャンブル。
 半丁博打で出目はどっちだ?
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