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らぶこめ

第百三十三話 妹と朝食を

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「どう兄さん」
「すばらしいよ。マイシスター」
 多分に演技だけでも無い。
 こんがり小麦色に焼けたトースト上には、ほどよく火が通った厚切りベーコン、円を描く目玉焼きと重ねられ溢れたうまみを無駄なくトーストが吸収している。そしてアクセントに適度な間隔で撒かれた塩が味を引き締める。写真を撮ってインスタグラムで公開すればいいねが貰えるかも知れないが、残念ながら俺がそんなものをやっているわけが無い。
「昔父さんに良く作ってあげてたから」
 そうか、燦はシン世廻によって人工魔人の実験に使われたと聞いていたが、昔の記憶も残っているのか。
 それは辛いな。いっそない方が生まれ変わった魔人として生きていけるだろうに、普通の人としての記憶が魔人としての己を蝕むだろう。
「そりゃ幸せ者だ」
 それとも幸せな記憶が支えになるのだろうか?
「なら兄さんも幸せ者ね」
「そうだな」
 そういえば誰かと朝飯を一緒に食べるなんて久しぶりだな。これを幸せと言うなら幸せなのだろうが、俺はそこまで老けちゃいない。
「そういえば燦はどうやってこの部屋に入ったんだ? おにーさん合い鍵渡した記憶ないんだよ」
 今回は事なきを得られるかも知れないが、下手をすれば殺されていても可笑しくなかった。こんな雑魚退魔官を狙う物好きはいないと高を括り過ぎた。これからは防犯にも力を入れていかないといけないのか。スーツに武装、そしてセキュリティー、高い給料貰ってもその分羽が生えたように飛んでいくな必要経費。
 やはりこの商売プライマリーバランスを考えれば割に合わないんじゃ無いか? 長く続けるものじゃ無い。特別な理由が無ければ辞表を出すべきなのだが、特別な理由の為出せない自分が恨めしいが、色香に狂った自業自得とも言うな。
「兄さん不用心よ」
 燦は少し厳しい口調で言う。
「不用心?」
「幾ら男の一人ぐらいだからって鍵も掛けないなんて不用心ね。都会は怖い人が多いのよ、妹は心配だわ」
 燦は澄まし顔で俺を窘める。
 鍵をかけ忘れた。この俺が? そんなミスをするほど俺は疲れていたというのか。いやない、どんなに疲れていようともそんなミスだけはしないはず、そこまで平和ボケなどしていない。
「ほんとうか~兄さんちゃんと鍵は掛けたと思うけど」
「ほんとうよ~ノブを回したら簡単に回ったもの」
 もともと表情が乏しいこともあるが、しれっと言い切ったな。嘘じゃ無いが、真実はベールを一枚剥がした下にあるという。
「へ~ノブを回した時になんか金属音がしなかったかな~」
「そうね、何かきんって澄んだ音がしたわね。ノブを増すと音が鳴るなんておしゃれなのね」
「そうだよ~兄さんはこう見えておしゃれさんなんだ」
 ノブは完全に壊れたな。くっそ~大家に何て言えばいいんだよ。鍵の交換代だって馬鹿にならなんだぞ。しかもこの怒りを呑み込まなければならないのがまたストレス。
「おしゃれといえば、幾ら一人暮らしで他人の目が無いからって、いい年した男性がお人形さんを飾っているはどうかしら?
 オタクなの?」
 燦はなぜか年上の女、具体的には母か姉のように親身に心配そうに聞いてくる。
 まどかはちゃんと飾って可愛がれば福を呼び寄せ、逆に粗雑に扱えば不幸を呼び寄せる。俺がまどかの所有者になったとき弓流がもっともらしく忠告してくるので真に受け、それに俺の部屋に他人が入ることなどないからと特に気にすること無く飾っていた。
 今思えば、この俺がそんなオカルトを真に受けるなんてどうかしていたかもと思って振り返って飾ってあるまどかを見れば目が合う。私を捨てないよねと嘆願するような私を捨てたら恨むわよと脅迫するような、愛憎入り交じる何かいい知れぬものを感じる。
 マスターとなったのが運の尽き、どうにもならないこのままが無難だ。
「はっは、男には人に言えない趣味があるものなのさ」
 終わっていた。これが時雨やキョウだったら俺は終わっていた。寧ろ事前に判明して良かったじゃないか。まどかは人目に付かない、押し入れにでも・・・。
 ぶるっと寒気がした。
 このままにしておいて、いざという時だけ押し入れに退避して貰おう。
「そう、そうなのね。分かった妹はこれ以上触れないわ」
「ありがとう」
 微妙に視線を横に逸らしやがって。腫れ物扱いするな。
 そういえば何だかんだ会話をしつつ食べている内に食べ終わっていたな。
「おいしかったよ。ごちそうさま」
「じゃあ、片付けるわね」
 燦は甲斐甲斐しく食べ終わった食器を重ね出す。
「ああ頼むよ。その間に身支度を調えるよ」
「そうね、ちゃんと寝癖を直しなさいね」
「ああ」
 俺は自然に席を立ち自然に洗面所に行く。
 蛇口を捻って水を出し、ポケットをまさぐってスマフォを出す。ショートカットでクリック一発でコール。コール数回で如月さんが出た。
「おはようございます、果無です」
 少し声を落として挨拶する。
『どうしたの、今日はお休みじゃなかった。綺麗なおねーさんの声が聞きたかったのも分かるけど、今ちょっと忙しいのよ』
 此方もあまり時間を掛けられない、燦に怪しまれる前に終わらせないと。前置き無しで単刀直入に行く。
「早乙女 燦がいます。どう対応すればいいでしょうか?」
『早乙女 燦がいるの?』
 流石俺の上司これだけで事態の深刻さを理解してくれる。
「はい。今のところ落ち着いていますが、いつ暴発するか分かりません。応援をお願いします」
 自力で解決出来ないことで評価が下がるかも知れないが、元々は燦を逃がした機関の失態でもある。上手く立ち回ればプラマイゼロ、もしくはプラスに持って行ける。下手に格好付けて縊り殺されては元も子もない。
『この会話は』
「少し離れた隙にしていますが、そう長くは出来ません」
『なら切って。以後の連絡はメールで行います。まずは状況をメールで連絡して』
「分かりました」
 俺は片手でメールを打ちつつ、片手で歯を磨き身支度を調えていく。
 髭を剃り、髪を整え、顔を洗い終わった頃には状況説明のメールは送信していた。
 如月さんだって燦の恐ろしさは分かっているはず。忙しいと言っていたが、もしかして燦に関係していることかもしれない。それなら、旋律士もしくは機動隊の応援を取り付けてくるかも知れない。
 なんにせよ。あと少しこの均等を守れば解放される。
 そう思いつつ洗面所を後にして、部屋で服を着ている頃に如月さんからメールが来た。
『そのまま上手く説得して、指定の駅まで連れてきて❤』
 クソ上司が。
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