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嫉妬の群衆

第百三十一話 姦しい

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 気付けば、月光が肌に刺さり夜気の香りに包まれる。
瞼を開けば、大きく剔れたクレーターが目に入る。爆撃でもされたかのような惨状で戦場にでも迷い込んだと錯覚しそうになるが、背後の光景には覚えがある。ここは運動公園で間違いない。
返事は聞けなかったが、これが答えということだろう。
しかし誰の指揮でやったか知らないが、どうやって隠蔽するのか修復費はどうやって都合付けるのか、これの後始末は大変そうだな。助けて貰っておいて何だが、ご愁傷様。
 さて指揮官殿に挨拶でもするかと視線を巡らせば、ここにいる理由が分からない意外な人物がいた。
なぜだろう、嫌な予感がする。
このまま語らず立ち去りたいが、それもまた不幸の先延ばしに過ぎない。
勇気を出して口を開く。
「弓流、なぜお前がここにいる?」
「それが心配になって見に来てあげた女に対する言葉。
 それに今は私なんかより声を掛けてあげるべき娘がいるんじゃないの?」
「良かった」
 声の方を向けば泣きそうな顔をした火凜がいた。
「火凜、お前もいたのか」
 弓流も意外だったか、火凜がいたことも予想外。服装も変わって無く、この寒空にランニング姿のまま。伸びる手足の素肌には汗は引き鳥肌が立っている。
 少なくても一日は経っていると思っていたが、もしかして時間はほとんど経ってないのか?
それにしたって仇を果たして、もうここに用はないはず。成し遂げた気分で家に帰って風呂にでも入って冷えた体を温めているべきじゃないのか? 火凜がここにいる理由が分からない。
「いたのかじゃないよ。あんなことされて、一人帰れるわけ無いじゃないか」
 火凜はダッシュで俺の懐に潜り込むと素晴らしいボディーブローに俺に叩き込んだ。
「うごっ」
「なんでなんで貴方はそうなの」
 何で殴られなくてはならない? 八つ当たりか? ヒステリーか?
理不尽に怒りが湧き上がるが、今この場でそれを言ったらいけない何かを感じて口を閉じてしまう。しかし閉じれば閉じるで何か言えと弓流が睨み付けてくる。
何を言う? 俺が謝るのはどう考えても筋違いだろ。それでも何か言わなくてはならないプレッシャーが口を開かせる。
「兎に角、体を冷やすな。大会前の大事な体だろうに」
「ははっ君は何でそんなにずれてるの」
 俺に台詞に火凜は笑うとそのまま俺の胸に枝垂れ掛かってきた。
「へっいや」
「馬鹿ッ」
 火凜は俺に胸にしがみついて動かなくなってしまった。仕方が無いので俺は火凜をコートで包み込む。
 コートの中で火凜の温もりが籠もり俺も火凜で暖められる。
 何かもどかしく、どうすればいいか分からないが、この状況を判断するに火凜は俺を心配していたのか?
 だが俺が火凜にしたことといえば囮にしたこと死ねと特攻を命じたことくらい、どう合理的に考えても好かれる要素は無い。これで好かれると思えるのは、世界が自分中心に回っていると錯覚しているDNQ並みの思考回路を持っている奴だけ。
 色仕掛けで油断させて意趣返しとは、何となく思えない。取り敢えず考えても分からないなら、一旦放置するのも手。火凜は暫くこのままにしておこう。
 俺には他に確かめなければならないことがある
「おい、そこでにやにや見ている馬鹿。このクレーターはお前がやったのか」
「なによっ。このユリ様が華麗な旋律で助けてあげたのよ。この借りは大きいわよ」
 此奴のへぼい旋律じゃ嫉妬の群衆が脅威を感じさせることは出来ないはず。だが嫉妬の群衆は脅威を感じ、交渉のテーブルに乗った。
なぜだ?
 そうか弓流か。弓流が手を貸したのか。
 超感覚計算で効果的なポイントを指摘すれば脅すことくらいは出来る可能性はある。っというか現に嫉妬の群衆の核とも言える完全平等は俺の中に退避した。だがそれでも脅すのが限界だろう。つまり嫉妬の群衆自体は未だ健在であの空間で己を嫉妬し続けているということか。放っておけば再び完全平等が生まれ、いずれ現界する。早めの善後策を立案する必要がある。
 嫌な予感が当たってしまいそうだが、最後の希望を託して確認する。
「もう一度確認するが、お前がやったんだな」
「そうよ。凄いでしょ」
「じゃあ始末書な」
「はああああああああああああああっ、ちょっちょとなんで私が?」
 柳眉を逆立て六本木は俺に迫ってくるが、それはこっちの台詞だ。
 六本木が応援を呼んで、そいつの指揮の下行ったことなら俺に関係は無い、感謝をしつつ高みの見物が出来る。だが、応援も呼ばず。六本木が弓流の指示で行ったというなら、六本木はまだ俺の指揮下にあるということで、それは俺が責任をとるということ。
「この惨状を見れば当然だろ」
「あんたを助けるためじゃない」
 それは分かっている分かっているが、この込み上がる気持ち。どうしても時雨やキョウならと思わずにはいられない。だがそれを言ったら指揮官失格なのは分かっている。だから胃がチクチクするがグッとそれは呑み込んでおこう。だからこれは意趣返しでは決して無い、指揮官として当然の罰を与えているだけだ。
「それは感謝しよう。個人的にディナーぐらいは奢ってやってもいい。
 だがそれはそれ、仕事は仕事だ。けじめは付けろ」
「ええ~そんな~。
 あっ私のことユリって呼んでもいいわよ」
「俺に何の得がある」
 まあ六本木よりは短くて済む、怒鳴りつけやすくなるな。
「じゃあ、デートしてあげる。それでちゃいちゃいで」
「駄目だ」
 どうせ費用全部俺持ちで集られまくるのは目に見えているデートなんぞ、罰ゲームだ。
「ぐっこの堅物、その若さでそんなに堅いと年を取ったらどうなっちゃうの」
「ふっ男なら堅い方がいいだろ」
「うわっ最低オヤジギャグ、言っておくけどそれセクハラよ。精神的苦痛を訴えます~」
「如月さんが味方になってくれるといいな」
「く~もういい、始末書は始末書、後あと。こうなったら約束通り超豪華な食事の奢って貰うから、逃がさないわよ」
 ユリは俺の左手に腕を絡ませ、その胸を押しつけてくる。
「おい」
「さっきの台詞もう忘れたとは言わせないわよ」
 覚えている、超豪華なんていつ言った。
「あらモテモテで羨ましいこと」
 弓流が当然のように俺の右手に手を絡ませてきた。
「当然私にも借りは返してくれるんでしょ」
 流し目で言う弓流には何も言えません。
 これで前後左右を女に囲まれ世に言うハーレム主人公状態。
 だが嬉しくない。
 此奴等キャバクラでプレゼントをねだるおねーさんと何が違う?
 それでも性欲に食欲も刺激されかなり腹が減っていることに気付いてしまった。
 嫉妬の群衆の本体の始末とか隠蔽工作とか、今はもうどうでもいい。
 腹が減った、兎に角何か食いたい、食わねば動けない。
「こんな時間でやっている店を知っているのか?」
「おねーさんに、任せなさい。
 じゃあ、早速タクシー呼ぶね」
 弓流は俺から離れスマフォでタクシーを呼ぶ。
「ねえねえ、どんな店なの?」
「それは着いてからのお楽しみ」
 女二人はキャッキャ楽しみだしている。
「そういう訳だ。火凜も取り敢えず着替えろ」
 俺はコートの中の火凜に呼び掛ける。
 まさか一人置いていくわけにはいかず、ランニング姿で連れて行くわけにもいくまい。
「うん。これからもよろしくね、果無さん」
 火凜は俺を見上げニッコリと笑った。
「えっ」
 これから後何をよろしくしていくんだ? もう関係ないだろ。
「報酬払わないとね」
 ああ、そういう意味か。律儀だな。
「別にいいと言っただろ」
「ふっふ~ん、そんな台詞もう言わせないようにしないとね。
 取り敢えず、土下座してでも報酬を下さいって言わせてみせるんだから」
 なんじゃそりゃ、可笑しな娘だ。
 久方ぶりの可笑しさに俺の思考も可笑しくなる。
「そりゃ楽しみだ」
「ふっふ覚悟しなさい。
 よーし、まずはご馳走だ~」
 火凜は元気よく弓流の方に駆けていく。
 火凜、弓流、ユリ、女三人で姦しいと言う。
 まあたまにはいいか。
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