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第十二話 原罪

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 赤い荒野に巨人がいた。
 赤い空に、筋状に流れる白い雲。乾いた大地には、人人人、何十人という人と人とが積み上がり絡み合って構成された10m近い巨人が立っている。よく見ればその構成されている人の内、知った顔が幾つかあった。ここ数年で謎の失踪をした著名人達。有名コメンテーター、経済学者、サッカー選手、心理学者に宗教家など世間の注目を集めた者達、それがなぜここにいる? 
「ふっふ、流石刑事さん気付いたようですね。そう彼等は僕が人の殻を打ち破る為に一つに混じり合った者達です」
 巨人が話しかけてくる。その声は廻。巨人を構成するパーツの何処を見ても廻は見当たらないが、この巨人の意思は廻であると分かってしまう。そして奴の言っていることが理解できてしまう。本を読むとは訳が違う、文字通り自分とは違う別の人間の思考を手に入れることは、自分を劇的に変化させるだろう。ましてや凡人とは違う卓越した者達、そんな者達と混じり合っていけば確かに人を超えた思考・精神力を手に入れられるかも知れない。しかし、これだけの人と混じり合って廻本来の意思は維持できるものなのだろうか? もはや、廻とはこの巨人を構成する人達の統合意思なのかもしれない。
「それで神には到達できたのか?」
「意地悪ですね。分かっているくせに」
 そう奴が本当に神の力を手に入れたのならば、コソコソ闇に潜む必要は無い。さっさと世界を混沌に戻しているだろう。
 つまり奴は優れてはいるが、未だ人の枠に収まる範囲ということか。
「もはやこれ以上混じり合っても飛躍的な成長は望めない、つまり神には至れない」
「なのになぜお前は諦めていない」
「内的要因が限界なら、外的要因を求めるまで。すなわち人間社会を崩す。その為にアイドルたる彼等を狙っていった。しかし、駄目だった」
 人々の期待を集める人、夢を託される人、疲れた心を癒やしてくれる者、それがいなくなれば少なからず社会はダメージ受けるだろう。だが、崩壊には至らない、直ぐに代わりが顕れ開いた穴を塞いでしまう。昔と違って、億の人がいる現代社会だからこそ可能な力業。社会が強く、人の価値が低いとも言うがな。
「あれもこれも、駄目駄目じゃ無いか。諦めて自首したらどうだ」
 少なくてもそこにいる者達は望んで成ったわけではないだろう、生死は不明だが監禁罪は適用できる。
「手厳しいですね。ですが人間ですからね、失敗から学んだこともあります。社会を崩すには、アイドルだけでは駄目なのです要を崩さなくてはならない。
 そして神には至れてませんが、多少は人の殻を破れた自負はあります。それは実感してみてください」
 巨人が塵になっていく、俺自身も塵となっていく。塵と塵が螺旋を描いて混じり合っていく。こんな巨人と混じり合えば、バケツ一杯の珈琲に垂らされた水の如く、己の自我など希薄して消えてしまうだろう。
 俺の個人としての感覚が希薄になるにつれ、今までと違う神の視点とも言える感覚が覚醒してくる。例えるなら、いままで3DRPGゲームでゲームキャラと同じ視点だったのが、2DRPGゲームに切り替わり、遙か先まで見渡せる視点に変わり、今までの自分が2Dキャラの如く酷く単調なものに感じられてくる。
 俺の意識が俺を離れ俺を俯瞰し客観的に見るようになる神視点。
 俺が今まで拘ってきた原点とも言える過去も俯瞰し見返せる。

 プルルルルッルルルルル、電話が鳴る
 足の踏み場も無いほどに散らかった六畳間の隅でけたましく鳴る。
 受話器を取り耳に当てる。
「この人殺し。死ね、死んでお詫びしろ」
 ガチャ、一方的に呪詛を撒き散らかされ電話は一方的に切られた。
 どこから漏れたのか、自宅の電話にはひっきりなしに死ねと掛かってくる。
 分かっているなら電話線を切ればいいだろうに、俺は贖罪とでも思っているのか律儀に出る。
 テレビを付ければ。
「未成年者射殺。これはまさに官憲の横暴。戦前を彷彿させます」
「未来ある若者の尊い命が奪われました」
「この警官が未成年者を射殺するに至った動機に迫る過去の出来事が判明しましたので今日の特集でお知らせます」
 アナウンサー、コメンテイター、元検察官、元教師、宗教家、法律家、心理学者、こぞって俺が異常であると断言する。そしてと遠回しのオブラートに包んで俺が処刑されるべきだと言う。
 一億総国民が俺に死ねと言う。
 鏡を見れば、髭は伸び頬は痩け目の下は落ち込んだ幽鬼に出会える。
 こんな姿では出勤など出来ないが、上司からは出勤する必要は無いと命令されているので問題ない。
 事件後、出勤したとき俺はモーゼの気分を味わえた。俺が通る先に人が割れるようにいなくなる。そのまま上司のデスクに向かえば、一言別命あるまで自宅待機と言われた。
 慰められることも世間から庇われること無く俺は警察から切り捨てられた。
 それからは寮に閉じこもる日々。
  少女を救った俺は、正義のヒーローには成れなかった。待っていたのは少年の行為など無視した未成年者射殺という事実だけを切り取ったマスコミ・人権団代などによる総バッシングだった。連日の取材攻撃、マスコミに踊らされた自称正義による陰湿な嫌がらせ。
 だがこの苦しみももうすぐ終わる。
 魔女狩りの様相を呈してきた世間により裁判に掛けられることになった。ご丁寧にこの事件とは全く関係ない正義の団体が起訴してくれたのだ。
 一億総国民が俺に死刑を望んでいる。
 なら俺は死刑になるるのだろう。
 少女を救って死刑になる。
 あの時俺はどうすれば良かったんだ?
 たまたまパトロール中に路地裏から聞こえてきた悲鳴を無視すれば良かったのか?
 数人の少年に抑えられ服を剥ぎ取られる少女。
 白い乳房は晒され、股は開かれようとしている。
 俺は警告した。
 だが少年達は逃げるどころか目撃者を消すべく向かってきた。
 警告射撃を空に向かって放った。
 それに対して「日本の警察が撃てる訳ねえ」と金属バットを振り上げて襲い掛かってきた。
 応援など呼ぶ間すら無く迫り来る危機。
 ここで逃げれば良かったのか? 俺は逃げられたかも知れないが、少年達は間違いなく少女をそのままにはしない。連れ去り、どこかで分からないように処理するだろう。そのくらい狡猾さと残虐さを持っている。それが分かっていて逃げて、少女の人生が終わるのを見過ごせば良かったのか? きっと、俺の心は死んでいた。
 ここで無抵抗のまま撲殺されて名誉の殉職を遂げれば良かったのか?
 どちらも選べなかった。
 死にたくない、心も死にたくない、少女も救いたい、色々な思いが巡り俺は撃った。
 狙い通り少年の太股に命中、だがたまたま大動脈を傷つけてしまい出血多量で死亡。
 少女を救い、自分の命を救い、己の心を救い、俺の人生は死んだ。
 そして被告人席に立っている。
 傍聴人は死刑死刑の大合唱、咎める者などいやしない。
 やる気の無い弁護人は淡々と事実を述べて終わり、裁判官達に何の感銘も与えなかった。
 そして被告人の俺も何の希望も抱いてなかった。
 村社会日本の同調圧力により気持ちを一つにした一億人から死ねと言われて戦い抜けるほど俺は強くない。誰も味方がいないのに戦い抜けるほど俺は強くない。
 だがもうすぐこの魔女裁判も終わる。
 裁判長が今判決を述べる。俺に死刑と告げるだろう。
「法に照らして問題なし、無罪」
 天恵。
 全ての悪意が祓わた。
 その判決は、天啓に等しかった。一時はノイローゼ手前、警察をいや人生を辞めようかとすら思っていた心がすっと軽くなった。
 心が解放された。
 まじめな性格だったので、大学でも遊ばず勉強をしていたので受かってしまった国家公務員Ⅰ種、なんとなく選んだ警察だったが、この時から俺は法の守護者になると誓った。
 その誓いを守る為、辞職を勧める上司に逆らい、煙たがる同僚など無視して、あらゆる手を使って警察に残った。上中下に嫌われ、たった一人しかいない独立捜査官となったが、手柄を上げ続け存在を認めさせ続け、未だ警察に残っていられてる。
 俺は一人で一億人と戦える強さを手に入れた。
 その力で法を守るため命尽きるまで戦う。

 渦を巻き混じり合っていく塵、くるくる回っていく果の渦の中心に俺が俺の我が再び形作られていく。
「まっ混じらないだってっ!」
 俺の周りを回る渦から驚きの思念が伝わってくる。
「俺は一億人に死ねと言われた男だぜ。この程度温いぜ」
「この僕に飲み込まれないと言うのか」
「若造が、自惚れが過ぎたな」
「そこまで法という概念に固執するというのか」
「悪いかよ」
「僕はその法、道徳、社会などと言う目に見えない概念に縛られた人を解放したい。人はもっと自由に生きられるはず」
「律しない自由に意味は無いぞ」
「あなたが、いや弱い人間が自分を守るため必死にそう思い込んでいるだけですよ。解放させてこそ、人は心の強さを手に入れ、原罪から解放された真人に成れる。現に過去の偉人達は既存の概念をぶち壊し、真人へと至った。既存の概念を肯定して真人に至ったものなどいない」
「そうかもしれない。だが人はそんな強い者だけじゃ無い、ふとしたことで理性を失う。暴力に逆らえない者、暴力の魅力に取り込まれる者、欲に負ける者など皆弱い。そういった弱者は良き法で守られる必要があるんだよ」
「そんな過保護が人の解放を遅らせる。現に社会が成熟するにつれ真人に至った者はいなくなっていく」
「それでいいじゃないか、個にして全なんだろ」
「ふっ、あなたのような我の人がそれを言うか」
「俺だって社会に、法に守られている身だ。分は弁えているよ」
「それだけの我を持ちながら真人を目指さず。社会の要であることに満足してしまうと言うのか。
 所詮は名前の通り、鉄屑の犬に過ぎないということですか」
「犬であり鉄であろうとも、猟犬を目指し鋼鉄になるべく鍛えている。生まれながらにして黄金であり獅子であるお前等には分かるまい」
 黄金はただ黄金であるだけで輝く。鉄など赤焦げた石に過ぎない。
 獅子は生まれながらにして強者、犬など敵では無い。
 そのままでは、価値などない。
 だが、鍛え続けることで鉄は白銀に輝き黄金を両断する鋼と成り、犬はその技と知恵を磨き上げ獅子すら狩る猟犬となる。
「黄金の獅子があぐらをかいていると思う傲慢、打ち砕いてあげましょう」
 今まで緩やかに混ざろうとする動きから、俺の自我を削り取ろうとサンドブラストの如く無数の塵が突風となってぶつかってくる。そして、徐々に僅かにだが表面から削られていっている。そして僅かに削られた先から混じり合っていく。これはまずい、このまま何もしないでいたらボイルフラッグのごとく気がついたら混じり合っている羽目になる。
 時間を掛けた力押し、黄金の獅子の割には地道な手を使ってきやがる。
 何か打開策は無いのか?
 そもそもここは何処なんだ?
 最後の記憶は、正面から奴に顔を掴まれ、次の瞬間にはここにいた。
 何でもありの奴らだから異次元に引き込まれたと言われても納得するが、本当にそこまで何でもありなのか。
 毒されてないか、もう一度原点に戻って考え直したらどうなる?
 疑ってこそ俺じゃ無いか。
 ここが異次元で無いとしたら、他に何が考えられる。
 !
 もしかしてだが、そうなのか?
 異次元よりは、現実的だ。
 まあどのみち他に手は無し。
 なら試してみるか。
 俺は目を瞑り精神を済ます。
 そして拳に全感覚を集中する。
 思い出せ、拳に刻み込まれてき痛み。
 ずきっ。
 この世界にある拳じゃ無い、心の奥底に疼きを感じた。
 この疼きのままに、拳を突き上げろ。

「ごふっ」
 塵の動きが止まった。
「なっなにをした」
 この世界が歪み、光に切り裂かれていく。
「強い相手とは真正面から戦わない、弱者が編み出した兵法だよ」
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