悪意の海を泳ぐ

コトナガレ ガク

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覚醒編

第32話 それぞれの決意

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 タクシーを三回、電車を二回乗り換えてフォビアの店まで逃げてきた。
「ほう、首尾良くお姫様の救出には成功したみたいだな」
 フォビアが煙管を吹かしながら出迎えてくれた。
 どうやら事前に大神から連絡が行っていたようである。
「何とかな」
 青息吐息で大神が答える。
「麝侯はどうした?」
「足止めだ」
「彼奴らしい。まあ、あの馬鹿の心配はするだけ無駄として」
 彼奴らしい? 
 あたしはフォビアさんの言葉に違和感を覚えた。でも今は違和感を追求するより気になることがあった。
「あの、飆は無事なんですか?」
 飆は麝候と違って手練手管が無い、正面からぶつかって正面から叩きのめされていた。素人目にもかなりの大怪我を負っていたように見える。
「全治一週間ってとこだが無事だ。全くあの馬鹿は隠れて何をこそこそしていると思えば」
 フォビアさんは苦笑しつつ答えた。その顔に大事にはなってないようだと安心した。
「良かった」
「ふっ後で飆の様子でも見に行ってくれ彼奴も喜ぶ」
「はい」
「まあ取り敢えずは、風邪を引く前にシャワーでも浴びてこい。下着もその間に用意してやるから。話はそれからだ」
「分かりました」
 言われれば走って逃げてきたので全身汗まみれで少し自分でも匂う。
 こんなあたしでもまだ女としての部分は残っているので助かった。

 シャワーを浴びた後、あたし達は一階の居間でフォビアさんに経緯を話した。ここまでで一時間くらいは過ぎたが麝侯からの連絡はなかった。
 それでもあたしは全く心配する気が起きなかった。あの麝候が窮地に陥るところがどうしても想像出来ないからかも知れない。
「麝侯からの連絡は無しか。彼奴のことなんぞ心配するだけ無駄として。
 そうなると、こちらはどうするか決めないとね。上で寝ている馬鹿とセウは顔が割れてしまったからね。暫く学校を休んでここに隠れているかい?」
 至極まっとうな提案がされた。暫くフォビアさんに迷惑を掛けてしまうが、それが一番いいと理論的には分かる。
「ご好意はありがたいですけど。あたしは学校に行こうかと思います」
「お前が行ってどうする気だ?」
 フォビアさんに揶揄する気持はない、純粋にあたしが行って何が出来るのかと尋ねている。
「友達を守ります」
「どういう意味だ?」
「怪士はあたしを知っています。逃げたらあたしをおびき出すために絶対に友達が狙われます」
 卑怯とかは恥とかそういった人間らしい拘りは怪士にはない。
 いや違う、ある欲求が大きすぎてその他のことがどうでもよくなっているとあたしは感じた。
「だが、お前が行ったところで二人仲良く捕まるのが落ちだぞ」
「だからといってあたし一人がぬくぬくとしてられません」
 あたしはきっぱりと言い切った。あたしにはまだ人間らしい拘りがある。たとえ復讐の足かせになろうとも、あたしはこの拘りを大事にしたい。
「その気概や良し。だが、こういうのはキッチリ大人が責任を取るもんだ。なあ大神」
 フォビアさんは隣で我関せずとしていた大神に非難の視線を向ける。
「ああ、そうだな。
 そうさ俺が依頼された仕事だ。俺が何とかする。その友達も何とかして守る」
 大神が何処かやけっぱちそれでも覚悟を決めたように言う。今まで黙っていたのは覚悟を決めようと自問していたから?
 しかし麝侯は怪士を倒してあたしを守れなんて依頼してない。
 もう大神は麝侯の依頼とは関係なく決着を付ける気だ。
 負けた腹いせか、食人に怒ったのか。
 ふふっ、この人も飄々としているようで意外と熱いんだな。
「だが飆ですら破れた相手に、どうするんだ? お前の探偵としての能力は買うが、戦闘力は常人並みだろ」
 そうだ殺されなかったとはいえ、大神と麝侯の二人がかり、それも銃を持っていて手も足も出せなかった。麝侯の怪しい術がなかったら確実にあの場で4人喰われていただろう。
「そこは大人の対応をする。確かに俺に戦闘力はない。なら戦闘力のある奴を雇えばいいだけのことだ」
 大神は不敵に笑いながら人差し指と親指を繋げて輪っかを作る。
 この人も自分の出来ることを弁えて拘らない。でもあたしは・・・。
「なるほど。どうだこれでセウも安心出来るだろ」
「でも怪士が学校の中で行動を起こしたらどうするんですか? 大神さんでは学園の中には入れないでしょ?」
「確かにそうだが。そこはそれ色々やりようはある」
「直ぐに対応できるんですか? 怪士は明日にも動くかも知れないんですよ」
「明日の昼までには何とかする」
「だったら、それまでの間はあたしが・・・」
「何ができるってんだっ」
 あたしの反論に大神は何処か苛立ったようにあたしの言葉を断ち切った。
「君はまだ何の力もないんだろ。もし学園内で襲われたらどうやって抵抗するつもりだ。人質にされて却って足を引っ張る確率の方が高い」
「友達を逃がすくらい」
「無理だね」
 大神に冷徹に断言された。
「今の君では経験知力体力、どれを取っても役者不足だ。せいぜいゾンビ映画で襲われる通行人Aがいいところだ。
 大人しくここに隠れていろ。反論はなしだ。麝侯の馬鹿がいない以上、俺が君に対して監督責任を持つんだからな」
 いつそんなことが決まったんだ? 思わず反論をしそうになったが、この人は出会ったときからあたしの身を案じてくれていたことを思い出す。
 それを言ったらあたしは人の優しさすら踏みにじる女に成る。
 あたしが口籠もったのを見計らい、フォビアさんが割って入ってくる。
「良し話は決まりだ。ところで大神、誰を呼ぶ気だ?」
 強引に話を締めてしまった。
 フォビアさんもあたしを介入させない気だ。
「俺の知り合いの旋律士、京極だな」
「旋律士かい。しかも最強と噂が高い雷光の能楽師か」
 麝候に魔術の講義を受けているときにその存在だけは聞いている。
 魔が世界の理を歪める力なら旋律は世界の理を正す力。
 見たことは無いが、大抵魔術師と旋律士は仲が悪いらしい。
「まあお前等魔術師とは仲が悪いが、京極は頭の固い奴じゃない。問答無用でお前等を倒そうとはしないさ」
 二人のやりとりに隙は無くあたしは口が挟めない。
「まあ教会の連中でないだけマシか。しかしなんだね。水くさくないかね大神」
「いや別に」
 大神は知っていてしれっと誤魔化した感じがした。
「堅苦しい律に縛られた旋律士何かに頼まなくても、ここにいるじゃないか」
「誰が」
「腐れ縁の麝侯と部下の敵討ちも兼ねて私が一肌脱ごうじゃないか。料金もロハだ」
 フォビアは遊園地を待ちわびる子供のような笑顔で言う。
「いや、お前にはここで飆とセウを守ってやって欲しい。敵がここを襲撃しないとも限らないからな。言っておくが俺では守れないぞ」
「え~そんなの雇った旋律士にやらせろよ」
「他人がここをいじってもいいのか?」
「ちぇっ分かったよ」
 フォビアさんはブー垂れた顔で渋々納得したようだ。
 しかし大神にはフォビアさんに介入して欲しくない理由があるのだろうか、巧みにかわしていたように思える。
「話は終わりだ。俺は早速旋律士とコンタクトを取ってくる。セウも今日はもう寝てしまえ、疲れが顔に出て折角の美少女が台無しだぞ」
「それってセクハラです」
「はっは、うちの事務員みたいなこと言うなよ。まあ精々飆には優しくしてやれよ。お前の為にあんなに頑張ったんだからな」
「余計なお世話です」
 その後、あたしは大神の言うとおり用意して貰った寝間着に着替えて布団に入った。途端に疲労から眠気が襲ってくる。でもまだあたしは意識を沈めるわけにはいかない。あたしはまだ何も納得してないし結論を出していない。
 このままでいいのセウ?
 昔のあたしは両親に守って貰うだけの存在だった。
 その結果が、突然奪われた日常だった。今度もこれでいいの?
 あたしが何も知らない内に誰かが解決してくれて、いつの間にかまた黄金の黄昏でウェイトレスをしていたり、学校に行っていったりしている日常を誰からに与えられる。
 別に無理な話じゃない。大神に頼れば、大人の狡さで、なんだかんだで何とかしてくれるだろう。
 飆に甘えたっていい。彼なら少年らしい正義感で現状を打破してくれる。甘い陶酔に浸って落ちていける。一時目を閉じ耳を塞ぎ、時とともに忘れてしまえばいい。
 ・・・
 忘れられるわけがない、あの弄ばれた地獄。塞いだって聞こえてくる世界の不条理に軋む人の悲鳴。
 見据えてしまう、この世の悪を。
 何より目覚めた怒りが、そんな自分を許せない。
 今のあたしを生きるしかない。結果、何も出来なかった無惨な死であったとしても、あたしは世界と関わっていく。覚悟が決めるとはこういうものなのか、恐怖も不安も引き潮のように引いていき、残ったのは滑らかな砂浜のごとき心。あたしは穏やかに眠りについたのであった。

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