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三章「堅国の花」
第十八話「花狩り ーはながりー」 (後編) ③
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「そっちは大丈夫?」
「あったり前だろ!! 耳の穴かっぽじってよーく見てやがれ!」
「恰好つけているところ悪いけど、耳の穴で見ることはできないわよ? 普通に『よく見とけ』でいいんじゃない?」
「う、うっせーな!! いいから見とけ!」
ゼンゴンテッカイ。やっぱコイツうぜぇ!!
そう遠くないところから、猿の鳴き声が聞こえてきた。女のヒステリーみたいな声が何十にも重なって、うるさいったらありゃしない。
三郎の姿は見えない。姿を隠して、猿どもをホンローしているのだろう。アイツもたまには役に立つじゃねぇか。
猿どもの表情が見えるほどに、距離が近くなった。声と同様に顔もうるさい。
ニヤリと笑った。馬鹿でうるさいヤツほど、潰し甲斐がある。
(せいぜい、わめいてろ)
猿の群れが近づいてくる。
何も知らないで、無防備にのこのこと。
(テメーらは、オレに勝てねぇ!!)
先頭の猿どもが、落ちた。
後ろの猿どもは、目の前に現れた穴を馬鹿丸出しの面で見ている。
さらに後ろから走ってきた猿どもが、馬鹿丸出しの猿どもにぶつかった。急な下り坂だから、止まろうにも止まれないのだ。
しかも密集した木で動きを封じられ、さらにぬかるんだ土で足を取られて、互いが互いの邪魔になっている。どいつもこいつも間抜けばっかだ。
間抜けな猿どもの足が、一斉に浮き上がった。猿どもの金切り声が上がる。
そこら中の木に、猿どもが逆さに吊られた。揃いも揃って、吊られたままみっともなく暴れてやがる。アホ猿ツリーの完成だ。
「こ、これは……」
三郎がどこからともなく下りてきた。木の上にでもいたのだろう。
「全部、お前がやったのか……?」
「他に誰がいんだよ、あ?」
信じられないものでも見たといった顔で、口をあんぐりと開けている。猿を一匹残らず捕まえてやったってのに、マジでうぜぇなコイツ。
(いっそコイツも、あの猿どもみたいに吊り上げてやろうか?)
「三郎はそう簡単に捕まえられないわよ?」
黄林の発言に、思わずドキッとした。
まるで心を読まれたみたいだ。タイミングがキモイんだよ、心臓に悪ぃ……!
「それにしても、彩雲君にこんな特技があったなんてね……路頭に迷うって分かっていて、しょっちゅう逃げ出そうとするだけあるわね」
「だから前から言ってんだろ。別にオレは、一人でも生きてけるって」
「誰かと生きた方が、人は生きやすいものよ」
「はっ! 知るか――」
黄林の背中越しに、見えた。
歯を剥き出して飛び掛かってくる、猿の姿が。
「えっ?」
オレは黄林を横に突き飛ばした。黄林が間抜けな声を上げて倒れるが、構わない。どうせ三郎がなんとかするだろ。
猿が真上から迫ってくる。
上等だ。真正面からの喧嘩だって、オレは――
「――――おいっ!!」
三郎の叫び声に反応しようとして、気付いた。
後ろに――何もない。
いや、川がある。
(あ、落ち――――)
恐怖とか覚悟とか、感じる暇はなかった。体が不自然に浮き上がったからだ。
しかも、目の前にいたはずの猿が、なぜか黄林たちの方へと飛んでいっている。ていうか、オレ……落ちてない?
「まったく、飛んだ無茶をするな。お前は」
耳慣れた声がして、思わず顔を上げた。
日の光に照らされた赤い髪が、オレの頬にかかっている。オレを見下ろす黄色がかった目は、相も変わらず余裕たっぷりだ。
ただ、ほんの少し苛立ったような声だけが、いつもの虹と違った。
「お前は自分のことだけ考えてればいいと、あれほど言ったのに」
「……うっせぇ」
言葉を吐き捨てるだけの余裕が戻って、ようやく虹に抱きかかえられていることに気が付いた。助けられたのだ。
(助けられた――マジかよ!!)
最悪だ。最悪すぎる。よりによって、この怪力女に恩を売ってしまった。
ていうか、ちょっと待て。
この体勢って、もしかして……!
「お姫様だっこかよこれ!?」
「ん? あぁ、これか」
「これか、じゃねぇよ! 今すぐ下ろせ!!」
「面白いからもう少しこのままな」
「はぁっ!?」
虹はオレを抱えたまま、黄林たちの方を見た。このまま話進めんのかよ!?
「そこの猿ども、半分もらってくよ」
「ふざけんなおい!!」
「三分の一でいいわ。彩雲君に助けてもらった分よ。ありがとうね」
「どーでもいいわそんなん!! テメーも勝手に話進めんなああぁ!!」
そんなこんなで黄林組と別れ、葉月たちにお姫様だっこを見られて今に至る。
「つうかテメー、オレに何しやがった!? 動けなかったし喋れなかったし!!」
「お前が暴れ出すと面倒そうだったから、黙っててもらっただけだよ。あ、具体的に何をしたかは秘密な。説明するの怠いだから」
「じゃあせめて下ろせや!!」
「下ろしただろ」
「もう遅ぇよタコ!!」
虹が「それもそっか」とほざいて、楽しそうにオレを見下ろしてくる。どれもこれも絶対わざとだろコイツ。マジで悪趣味すぎる。
「心配しなくても、葉月は見なかったことにするだろうし、李々に至ってはお前の痴態なんざ眼中にないよ。喜んでたのは蛍だけだ」
「はっ? よろこ……?」
「お子様は知らなくていいよ」
虹は意味不明なことを言ったかと思えば、腰の刀をオレに差し出してきた。
「それ、テメーの武器じゃねぇか」
「問題ないよ。私は凄く強いから」
そう言い放つ虹の目には、言葉通りの自信がみなぎっている。強者の自分が守ってやる。だから安心しろ。そう言わんばかりの力強さだ。
(なんだよ、それ)
そんな目でオレを見るな。
それじゃあオレが、弱者みたいだろ。
「……いらねぇ。オレは戦える」
「知ってる。あの罠、避けるのに手間がかかったよ。その年で大したもんだ」
頭を撫でられた。
ポンポンと、撫でられた。
くしゃくしゃと、撫でられた。
「――――っ!?」
思わずその手を払って後ずさった。
なんで今、頭を撫で……撫でられた!?
おかしいだろ。オレの頭なんか撫でたって何も出ねぇのに。大人にとってガキの頭なんて、手頃なサンドバッグでしかないってのに。
なのに、なんでコイツは笑ってんだよ。
そんな普通の親みたいな顔で、自分のことみたいに――嬉しそうに。
(マジで、意味分かんねぇ……っ!)
いきなり頭を撫でられたせいで、なんか体がふわふわするし、顔も熱い。それなのに、全然イライラしていない。
むしろ、もっと――――
(――って、何が『もっと』だよ!!)
これ以上余計なことをされないよう、目の前の女を睨み付けた。
いつものムカツク笑顔が、楽しそうにオレを見下ろしてくる。ほれみろ、やっぱあんなのは気のせいだ。あんな顔をするわけがねぇ。
「戦えるのなら、なおさら持っておけ。アイテムは拾えるだけ拾っておくに越したことない。いざって時に使えるからな」
虹が再度、刀を差し出してきた。
「…………」
コイツの考えていることは、分からない。
だけど、今言っていることに間違いはない。とりあえず貰っておくことにした。
「それと、さっき黄林を庇ったつもりだろうけど、あれは無駄な行為だ」
「あぁ?」
「巫女は基本的に、黒湖の加護によってあらゆる害から守られている。だから、お前がわざわざ体を張る必要なんてないんだよ。お前一人が無駄に傷つくだけだ」
「…………」
コイツに言われなくても分かってる。オレみたいなガキがしゃしゃり出なくても、アイツらだけでどうにかできたってことくらい。
分かってんだよ、そんなの。
「……別にオレが怪我しようが、どっかでくたばろうが、オレの勝手だろ」
「それは私が困る」
「なんでだよ」
「お前が好きだから」
「はぁっ!?」
予想斜め上の言葉に、思わず大声を上げた。
「いきなり何言ってんだよ!! ぜ、全然意味分かんねぇし!!」
「言葉通りの意味だよ。お前は面白い。見ていて飽きない。だから好きだ。五体満足で傍にいてもらわないと困る。理解したか?」
「できるかボケ!!」
「そうかそうか」
何がそんなにおかしいのか、虹がカラカラと笑い出した。しかも、また意味もなく頭を撫でようとしてやがる。
「そ……それや、止めろっ」
どうすればいいのか分からず、結局後ずさるしかなかった。あっさりと手を引いた虹を見て、なんでか心がモヤモヤした。
何を言うべきだ。
こういう時、どうすれば…………
(…………あ)
分かってしまった。今、言うべきこと。
なんかオレが負けたみたいで嫌だけど……これは、言わないといけない。
「虹、その……」
「ん?」
「…………さっきは、ありがとう。助かった」
虹が無駄にデカい目を丸めた。
どうせ「熱でもあるのか」とか言って馬鹿にしてくるに決まってる。そう思っていたのに、虹はまた親みたいな顔で笑った。
(なんだよ……マジで、調子狂う)
不意に、虹が背中を向けて歩き出した。
本当は今すぐこの場から走り去りたかったが、二人一組という決まりだし、孤立するのは危険だ。仕方なくその背を追った。
「お、おい! どこに行――」
「お前を黄林に預けている間、私がただ、ぶらぶらと散歩していたと思うか?」
「あ?」
「とっておきの狩場、見つけたよ」
足を止めずに、虹が振り返った。
その顔は、もういつもの虹だった。
「日当たりも足場も悪いが、果実や木の実が豊富で、猿が生活をする上で欠かせない場所だ。猿が集まりやすいのはもちろん、お前の特技を存分に生かせるぞ」
虹がニヤリと笑った。
獲物を狙う肉食獣の目だ。コイツは、こういう顔がよく似合う。
「……上等じゃねぇか。いいぜ、乗った!」
「そうこなくちゃな」
虹が再び前を向いた。このまま、コイツの後ろを歩き続けるのはシャクなので、意地でも隣を歩いてやると足を速める。
(日当たりも足場も悪いけど、猿が集まるとか、最高じゃねーか)
どうやって捕まえてやろうかと、今からワクワクしてくる。そういう所なら、使えるものだって山ほどあ――――
(…………ん?)
ふと、妙なことに気が付いた。
確か、ここは異世界だとか言っていた。とりあえず日本ではないらしい。確かにスマホとかゲームとか、そんなものはどこにもない。
じゃあコイツ……なんで『アイテム』なんて言葉、知ってんだ?
(……別にどうでもいいか)
難しいことを考えるのは、性に合わない。どうせ葉月から聞いたのだろう。確か、あいつも日本から来たとか言ってた。
それよりも、今は猿だ。
ガンガン捕まえて、今日こそコイツをギャフンと言わせてやる。
余裕かました面が崩れるのを想像しながら、狩場への足をさらに速めた。
「あったり前だろ!! 耳の穴かっぽじってよーく見てやがれ!」
「恰好つけているところ悪いけど、耳の穴で見ることはできないわよ? 普通に『よく見とけ』でいいんじゃない?」
「う、うっせーな!! いいから見とけ!」
ゼンゴンテッカイ。やっぱコイツうぜぇ!!
そう遠くないところから、猿の鳴き声が聞こえてきた。女のヒステリーみたいな声が何十にも重なって、うるさいったらありゃしない。
三郎の姿は見えない。姿を隠して、猿どもをホンローしているのだろう。アイツもたまには役に立つじゃねぇか。
猿どもの表情が見えるほどに、距離が近くなった。声と同様に顔もうるさい。
ニヤリと笑った。馬鹿でうるさいヤツほど、潰し甲斐がある。
(せいぜい、わめいてろ)
猿の群れが近づいてくる。
何も知らないで、無防備にのこのこと。
(テメーらは、オレに勝てねぇ!!)
先頭の猿どもが、落ちた。
後ろの猿どもは、目の前に現れた穴を馬鹿丸出しの面で見ている。
さらに後ろから走ってきた猿どもが、馬鹿丸出しの猿どもにぶつかった。急な下り坂だから、止まろうにも止まれないのだ。
しかも密集した木で動きを封じられ、さらにぬかるんだ土で足を取られて、互いが互いの邪魔になっている。どいつもこいつも間抜けばっかだ。
間抜けな猿どもの足が、一斉に浮き上がった。猿どもの金切り声が上がる。
そこら中の木に、猿どもが逆さに吊られた。揃いも揃って、吊られたままみっともなく暴れてやがる。アホ猿ツリーの完成だ。
「こ、これは……」
三郎がどこからともなく下りてきた。木の上にでもいたのだろう。
「全部、お前がやったのか……?」
「他に誰がいんだよ、あ?」
信じられないものでも見たといった顔で、口をあんぐりと開けている。猿を一匹残らず捕まえてやったってのに、マジでうぜぇなコイツ。
(いっそコイツも、あの猿どもみたいに吊り上げてやろうか?)
「三郎はそう簡単に捕まえられないわよ?」
黄林の発言に、思わずドキッとした。
まるで心を読まれたみたいだ。タイミングがキモイんだよ、心臓に悪ぃ……!
「それにしても、彩雲君にこんな特技があったなんてね……路頭に迷うって分かっていて、しょっちゅう逃げ出そうとするだけあるわね」
「だから前から言ってんだろ。別にオレは、一人でも生きてけるって」
「誰かと生きた方が、人は生きやすいものよ」
「はっ! 知るか――」
黄林の背中越しに、見えた。
歯を剥き出して飛び掛かってくる、猿の姿が。
「えっ?」
オレは黄林を横に突き飛ばした。黄林が間抜けな声を上げて倒れるが、構わない。どうせ三郎がなんとかするだろ。
猿が真上から迫ってくる。
上等だ。真正面からの喧嘩だって、オレは――
「――――おいっ!!」
三郎の叫び声に反応しようとして、気付いた。
後ろに――何もない。
いや、川がある。
(あ、落ち――――)
恐怖とか覚悟とか、感じる暇はなかった。体が不自然に浮き上がったからだ。
しかも、目の前にいたはずの猿が、なぜか黄林たちの方へと飛んでいっている。ていうか、オレ……落ちてない?
「まったく、飛んだ無茶をするな。お前は」
耳慣れた声がして、思わず顔を上げた。
日の光に照らされた赤い髪が、オレの頬にかかっている。オレを見下ろす黄色がかった目は、相も変わらず余裕たっぷりだ。
ただ、ほんの少し苛立ったような声だけが、いつもの虹と違った。
「お前は自分のことだけ考えてればいいと、あれほど言ったのに」
「……うっせぇ」
言葉を吐き捨てるだけの余裕が戻って、ようやく虹に抱きかかえられていることに気が付いた。助けられたのだ。
(助けられた――マジかよ!!)
最悪だ。最悪すぎる。よりによって、この怪力女に恩を売ってしまった。
ていうか、ちょっと待て。
この体勢って、もしかして……!
「お姫様だっこかよこれ!?」
「ん? あぁ、これか」
「これか、じゃねぇよ! 今すぐ下ろせ!!」
「面白いからもう少しこのままな」
「はぁっ!?」
虹はオレを抱えたまま、黄林たちの方を見た。このまま話進めんのかよ!?
「そこの猿ども、半分もらってくよ」
「ふざけんなおい!!」
「三分の一でいいわ。彩雲君に助けてもらった分よ。ありがとうね」
「どーでもいいわそんなん!! テメーも勝手に話進めんなああぁ!!」
そんなこんなで黄林組と別れ、葉月たちにお姫様だっこを見られて今に至る。
「つうかテメー、オレに何しやがった!? 動けなかったし喋れなかったし!!」
「お前が暴れ出すと面倒そうだったから、黙っててもらっただけだよ。あ、具体的に何をしたかは秘密な。説明するの怠いだから」
「じゃあせめて下ろせや!!」
「下ろしただろ」
「もう遅ぇよタコ!!」
虹が「それもそっか」とほざいて、楽しそうにオレを見下ろしてくる。どれもこれも絶対わざとだろコイツ。マジで悪趣味すぎる。
「心配しなくても、葉月は見なかったことにするだろうし、李々に至ってはお前の痴態なんざ眼中にないよ。喜んでたのは蛍だけだ」
「はっ? よろこ……?」
「お子様は知らなくていいよ」
虹は意味不明なことを言ったかと思えば、腰の刀をオレに差し出してきた。
「それ、テメーの武器じゃねぇか」
「問題ないよ。私は凄く強いから」
そう言い放つ虹の目には、言葉通りの自信がみなぎっている。強者の自分が守ってやる。だから安心しろ。そう言わんばかりの力強さだ。
(なんだよ、それ)
そんな目でオレを見るな。
それじゃあオレが、弱者みたいだろ。
「……いらねぇ。オレは戦える」
「知ってる。あの罠、避けるのに手間がかかったよ。その年で大したもんだ」
頭を撫でられた。
ポンポンと、撫でられた。
くしゃくしゃと、撫でられた。
「――――っ!?」
思わずその手を払って後ずさった。
なんで今、頭を撫で……撫でられた!?
おかしいだろ。オレの頭なんか撫でたって何も出ねぇのに。大人にとってガキの頭なんて、手頃なサンドバッグでしかないってのに。
なのに、なんでコイツは笑ってんだよ。
そんな普通の親みたいな顔で、自分のことみたいに――嬉しそうに。
(マジで、意味分かんねぇ……っ!)
いきなり頭を撫でられたせいで、なんか体がふわふわするし、顔も熱い。それなのに、全然イライラしていない。
むしろ、もっと――――
(――って、何が『もっと』だよ!!)
これ以上余計なことをされないよう、目の前の女を睨み付けた。
いつものムカツク笑顔が、楽しそうにオレを見下ろしてくる。ほれみろ、やっぱあんなのは気のせいだ。あんな顔をするわけがねぇ。
「戦えるのなら、なおさら持っておけ。アイテムは拾えるだけ拾っておくに越したことない。いざって時に使えるからな」
虹が再度、刀を差し出してきた。
「…………」
コイツの考えていることは、分からない。
だけど、今言っていることに間違いはない。とりあえず貰っておくことにした。
「それと、さっき黄林を庇ったつもりだろうけど、あれは無駄な行為だ」
「あぁ?」
「巫女は基本的に、黒湖の加護によってあらゆる害から守られている。だから、お前がわざわざ体を張る必要なんてないんだよ。お前一人が無駄に傷つくだけだ」
「…………」
コイツに言われなくても分かってる。オレみたいなガキがしゃしゃり出なくても、アイツらだけでどうにかできたってことくらい。
分かってんだよ、そんなの。
「……別にオレが怪我しようが、どっかでくたばろうが、オレの勝手だろ」
「それは私が困る」
「なんでだよ」
「お前が好きだから」
「はぁっ!?」
予想斜め上の言葉に、思わず大声を上げた。
「いきなり何言ってんだよ!! ぜ、全然意味分かんねぇし!!」
「言葉通りの意味だよ。お前は面白い。見ていて飽きない。だから好きだ。五体満足で傍にいてもらわないと困る。理解したか?」
「できるかボケ!!」
「そうかそうか」
何がそんなにおかしいのか、虹がカラカラと笑い出した。しかも、また意味もなく頭を撫でようとしてやがる。
「そ……それや、止めろっ」
どうすればいいのか分からず、結局後ずさるしかなかった。あっさりと手を引いた虹を見て、なんでか心がモヤモヤした。
何を言うべきだ。
こういう時、どうすれば…………
(…………あ)
分かってしまった。今、言うべきこと。
なんかオレが負けたみたいで嫌だけど……これは、言わないといけない。
「虹、その……」
「ん?」
「…………さっきは、ありがとう。助かった」
虹が無駄にデカい目を丸めた。
どうせ「熱でもあるのか」とか言って馬鹿にしてくるに決まってる。そう思っていたのに、虹はまた親みたいな顔で笑った。
(なんだよ……マジで、調子狂う)
不意に、虹が背中を向けて歩き出した。
本当は今すぐこの場から走り去りたかったが、二人一組という決まりだし、孤立するのは危険だ。仕方なくその背を追った。
「お、おい! どこに行――」
「お前を黄林に預けている間、私がただ、ぶらぶらと散歩していたと思うか?」
「あ?」
「とっておきの狩場、見つけたよ」
足を止めずに、虹が振り返った。
その顔は、もういつもの虹だった。
「日当たりも足場も悪いが、果実や木の実が豊富で、猿が生活をする上で欠かせない場所だ。猿が集まりやすいのはもちろん、お前の特技を存分に生かせるぞ」
虹がニヤリと笑った。
獲物を狙う肉食獣の目だ。コイツは、こういう顔がよく似合う。
「……上等じゃねぇか。いいぜ、乗った!」
「そうこなくちゃな」
虹が再び前を向いた。このまま、コイツの後ろを歩き続けるのはシャクなので、意地でも隣を歩いてやると足を速める。
(日当たりも足場も悪いけど、猿が集まるとか、最高じゃねーか)
どうやって捕まえてやろうかと、今からワクワクしてくる。そういう所なら、使えるものだって山ほどあ――――
(…………ん?)
ふと、妙なことに気が付いた。
確か、ここは異世界だとか言っていた。とりあえず日本ではないらしい。確かにスマホとかゲームとか、そんなものはどこにもない。
じゃあコイツ……なんで『アイテム』なんて言葉、知ってんだ?
(……別にどうでもいいか)
難しいことを考えるのは、性に合わない。どうせ葉月から聞いたのだろう。確か、あいつも日本から来たとか言ってた。
それよりも、今は猿だ。
ガンガン捕まえて、今日こそコイツをギャフンと言わせてやる。
余裕かました面が崩れるのを想像しながら、狩場への足をさらに速めた。
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