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二章「動国の花」
第八話「桜ふふむ ーさくらふふむー」③
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十数分後、僕は控えてた侍女によって、瞬く間に巫女服へと着せ替えられた。僕のよく知る、あの紅白の巫女服だ。
すごく巫女っぽい。いや、巫女なんだけど。
(彩雲君がここにいたら、またオカマだとか言うんだろうな……)
かくいう僕も、巫女服を着ていることに少し抵抗があったりする。
それに正直、『巫女』と呼ばれることだって、未だに違和感が拭えない。どれもこれも慣れるしかないんだけど。
違和感を覚えつつ、李々さんにつれられて目的の部屋まで来た。
「少々お待ちください」
襖の前で、李々さんが恭しく微笑みかけてきた。さっきまで瘴気を放っていた人とは思えない、にこやかな笑顔だ。
「花鶯さま、李々でございます。葉月さまをお連れ致しました」
「そう。ご苦労様。入っていいわよ」
高らかな声を合図に、李々さんが襖を開いた。
(あれ?)
部屋の中心に花鶯さんが鎮座していた。僕と同じ巫女服姿だ。
そして花鶯さんと向き合うように、蛍さんが鎮座していた。彼女も巫女服姿だ。緊張しているのか、傍目で分かるくらい肩に力を入れている。
どうやら、蛍さんも僕と同じく花鶯さんに呼ばれたらしい。彼女の従者である李々さんが迎えにくるわけだ。
「それでは、わたしは野暮用があります故、これにて失礼致します」
李々さんは言うや否や、一秒も無駄にしたくないと言わんばかりに早足でその場を後にした。鹿男君とは別の意味で慌ただしい人だ。
それを知ってか知らずか、花鶯さんは特に突っ込むこともなく本題に入った。
「早速だけど、あなたたち二人は新入り同士、同じ授業を受けさせるから。滞りがないよう仲良くしておきなさい」
「よろしくお願いします」
「あ、はい! よりょしくお願いしま……あ」
蛍さんが思いっきり噛んだ。
たちまち、可愛らしい顔が茹で蛸みたいに真っ赤に染まっていく。
「すみません!」
「いえ、そんな。僕もそういうことありますし」
失礼致しますと、三人の侍女が何やら台のようなものを持って部屋に入ってきた。ペコペコし合っていた僕たちだったが、空気を読んで瞬時に口を閉ざした。
僕たち三人の前に、台が一つずつ置かれた。台には、鈴がたくさんついた短刀らしきものが、柄の部分を穴に入れる形で立て掛けられていた。
侍女たちが退室したところで、花鶯さんが再び口を開いた。
「まず、台に置いてある鉾鈴を手にとって」
言われた通りに、鉾鈴と呼ばれた短刀を手にする。見た目以上に重たい。
鍔の周りに付いた七個の鈴が、シャランと音を立てた。もう一方の手で、柄の先端にある紅白の細長い布を持つ。凶器というよりは、神具の類いなのだろう。
「へぇ……刃が付いてるんですね。お祭りで見た巫女も似たような小道具を持ってましたけど、あれは全部鈴でしたよ」
「あなたの世界の文化はともかく、刃があるのは当然よ。気を切るんだから」
「こんな小さな短刀でですか?」
「気を切るのに、大きさや切れ味はそれほど関係ないのよ。私たち巫女なら、その気になれば素手でも切れるんだから」
「えっ!?」
気を素手で切るってどういうことだろう。手刀とかだろうか。
「もっとも、切れ味は良いに越したことないわ。要は刃物であればいいの。それに、小ぶりな方が持ち運びに便利でしょう?」
「なるほど。でもそれなら、この鈴とか布って、邪魔になりませんか?」
鉾鈴を指さす動作に合わせ、またシャランと雅な音が鳴った。
「鈴は七国を表しているのよ。世の平和が保たれているのは、国が七つあるからこそ。多すぎても少なすぎても駄目。七つという今の状態が、もっとも気を均等に保てるのよ。鈴は、それを後世まで語り継ぐために必要なの」
「じゃあ、この布は……?」
「それは気の色よ。陰陽を表してるの」
とにかく、と鬼気迫る顔を向けられた。
「どんなに邪魔だろうと使いづらかろうと、鈴も布も絶対にとっちゃ駄目。絶対によ。意地でも道具に合わせなさい」
(そんな無茶な……)
でも、神具なのだから、むやみやたらに弄ったらいけないというのも確かだ。下手なことをしてバチがあたるのは勘弁願いたい。
「それじゃあ早速、授業に入るわよ」
「「はい」」
「視察で舞を披露するわけだけど、今回は、その舞の型を教えるわ」
「「はい」」
「本番では気を切りながら舞うけど、舞はあくまでも飾り。舞に気を取られて、気を切ることが疎かになったら元も子もないわ」
「「はい」」
「そういうわけだから、今日中に基本の型を完璧に覚えるわよ!」
「はい」
「え!?」
思わず、場の空気を乱す声を上げてしまった。
「どうかしたの?」
「あのー、今日といっても、既に日が落ち始めそうなんですけど。その……一日どころか半日もないのではないかと」
「気を見る練習もしないといけないのよ。舞にそこまで時間をかけられないわ」
「それは、そうですけど……」
花鶯さんが言うことは、もっともだ。舞はあくまでおまけなのだから。
分かっていても、不安が拭えない。踊りには苦手意識があるのだ。これまでの人生で、踊る機会なんてなかったから。
「心配しなくても、舞自体は難しくないわよ。同じ動作を繰り返すだけだから」
「え、そうなんですか?」
「目的は気を整えることなんだから、華美な舞を披露したって仕方ないでしょ」
「確かに……そうですね」
同じ動作を繰り返すだけ。それなら、僕でも何とかなるかもしれない。
「そういうわけだから、存分に励みなさい」
「はい!」
そう安堵した僕が……甘かった。
数時間後、僕は鉾鈴を手にしたまま、畳の上で死んでいた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「なんとか……」
確かに、舞自体は難しくない。先ほどの言葉通り、同じ動きを延々と繰り返すだけだ。形だけならすぐに覚えられた。
きついのは、鉾鈴を持ちながら踊るからだ。
短剣は小ぶりだとか言っていたけど、この鉾鈴は結構な重さがある。
ただ持つだけならともかく、柄の先に付いてる紅白の布をもう一方の手で持っていないといけないのだ。それも、畳に擦れないように。
つまり、舞の間は両手を常に掲げていないといけない上に、手首をひねって鈴を鳴らし続ける必要がある。腕と手首にダブルパンチだ。
そして意外にも、蛍さんはピンピンしていた。
すごく巫女っぽい。いや、巫女なんだけど。
(彩雲君がここにいたら、またオカマだとか言うんだろうな……)
かくいう僕も、巫女服を着ていることに少し抵抗があったりする。
それに正直、『巫女』と呼ばれることだって、未だに違和感が拭えない。どれもこれも慣れるしかないんだけど。
違和感を覚えつつ、李々さんにつれられて目的の部屋まで来た。
「少々お待ちください」
襖の前で、李々さんが恭しく微笑みかけてきた。さっきまで瘴気を放っていた人とは思えない、にこやかな笑顔だ。
「花鶯さま、李々でございます。葉月さまをお連れ致しました」
「そう。ご苦労様。入っていいわよ」
高らかな声を合図に、李々さんが襖を開いた。
(あれ?)
部屋の中心に花鶯さんが鎮座していた。僕と同じ巫女服姿だ。
そして花鶯さんと向き合うように、蛍さんが鎮座していた。彼女も巫女服姿だ。緊張しているのか、傍目で分かるくらい肩に力を入れている。
どうやら、蛍さんも僕と同じく花鶯さんに呼ばれたらしい。彼女の従者である李々さんが迎えにくるわけだ。
「それでは、わたしは野暮用があります故、これにて失礼致します」
李々さんは言うや否や、一秒も無駄にしたくないと言わんばかりに早足でその場を後にした。鹿男君とは別の意味で慌ただしい人だ。
それを知ってか知らずか、花鶯さんは特に突っ込むこともなく本題に入った。
「早速だけど、あなたたち二人は新入り同士、同じ授業を受けさせるから。滞りがないよう仲良くしておきなさい」
「よろしくお願いします」
「あ、はい! よりょしくお願いしま……あ」
蛍さんが思いっきり噛んだ。
たちまち、可愛らしい顔が茹で蛸みたいに真っ赤に染まっていく。
「すみません!」
「いえ、そんな。僕もそういうことありますし」
失礼致しますと、三人の侍女が何やら台のようなものを持って部屋に入ってきた。ペコペコし合っていた僕たちだったが、空気を読んで瞬時に口を閉ざした。
僕たち三人の前に、台が一つずつ置かれた。台には、鈴がたくさんついた短刀らしきものが、柄の部分を穴に入れる形で立て掛けられていた。
侍女たちが退室したところで、花鶯さんが再び口を開いた。
「まず、台に置いてある鉾鈴を手にとって」
言われた通りに、鉾鈴と呼ばれた短刀を手にする。見た目以上に重たい。
鍔の周りに付いた七個の鈴が、シャランと音を立てた。もう一方の手で、柄の先端にある紅白の細長い布を持つ。凶器というよりは、神具の類いなのだろう。
「へぇ……刃が付いてるんですね。お祭りで見た巫女も似たような小道具を持ってましたけど、あれは全部鈴でしたよ」
「あなたの世界の文化はともかく、刃があるのは当然よ。気を切るんだから」
「こんな小さな短刀でですか?」
「気を切るのに、大きさや切れ味はそれほど関係ないのよ。私たち巫女なら、その気になれば素手でも切れるんだから」
「えっ!?」
気を素手で切るってどういうことだろう。手刀とかだろうか。
「もっとも、切れ味は良いに越したことないわ。要は刃物であればいいの。それに、小ぶりな方が持ち運びに便利でしょう?」
「なるほど。でもそれなら、この鈴とか布って、邪魔になりませんか?」
鉾鈴を指さす動作に合わせ、またシャランと雅な音が鳴った。
「鈴は七国を表しているのよ。世の平和が保たれているのは、国が七つあるからこそ。多すぎても少なすぎても駄目。七つという今の状態が、もっとも気を均等に保てるのよ。鈴は、それを後世まで語り継ぐために必要なの」
「じゃあ、この布は……?」
「それは気の色よ。陰陽を表してるの」
とにかく、と鬼気迫る顔を向けられた。
「どんなに邪魔だろうと使いづらかろうと、鈴も布も絶対にとっちゃ駄目。絶対によ。意地でも道具に合わせなさい」
(そんな無茶な……)
でも、神具なのだから、むやみやたらに弄ったらいけないというのも確かだ。下手なことをしてバチがあたるのは勘弁願いたい。
「それじゃあ早速、授業に入るわよ」
「「はい」」
「視察で舞を披露するわけだけど、今回は、その舞の型を教えるわ」
「「はい」」
「本番では気を切りながら舞うけど、舞はあくまでも飾り。舞に気を取られて、気を切ることが疎かになったら元も子もないわ」
「「はい」」
「そういうわけだから、今日中に基本の型を完璧に覚えるわよ!」
「はい」
「え!?」
思わず、場の空気を乱す声を上げてしまった。
「どうかしたの?」
「あのー、今日といっても、既に日が落ち始めそうなんですけど。その……一日どころか半日もないのではないかと」
「気を見る練習もしないといけないのよ。舞にそこまで時間をかけられないわ」
「それは、そうですけど……」
花鶯さんが言うことは、もっともだ。舞はあくまでおまけなのだから。
分かっていても、不安が拭えない。踊りには苦手意識があるのだ。これまでの人生で、踊る機会なんてなかったから。
「心配しなくても、舞自体は難しくないわよ。同じ動作を繰り返すだけだから」
「え、そうなんですか?」
「目的は気を整えることなんだから、華美な舞を披露したって仕方ないでしょ」
「確かに……そうですね」
同じ動作を繰り返すだけ。それなら、僕でも何とかなるかもしれない。
「そういうわけだから、存分に励みなさい」
「はい!」
そう安堵した僕が……甘かった。
数時間後、僕は鉾鈴を手にしたまま、畳の上で死んでいた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「なんとか……」
確かに、舞自体は難しくない。先ほどの言葉通り、同じ動きを延々と繰り返すだけだ。形だけならすぐに覚えられた。
きついのは、鉾鈴を持ちながら踊るからだ。
短剣は小ぶりだとか言っていたけど、この鉾鈴は結構な重さがある。
ただ持つだけならともかく、柄の先に付いてる紅白の布をもう一方の手で持っていないといけないのだ。それも、畳に擦れないように。
つまり、舞の間は両手を常に掲げていないといけない上に、手首をひねって鈴を鳴らし続ける必要がある。腕と手首にダブルパンチだ。
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