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三章「堅国の花」
第十七話「花狩り ーはながりー」 (前編)③
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獣の臭いが、濃くなった。
湿気でむせ返るような木々の青臭さと混ざって、思わず眉をひそめる。
猿たちの緊張が極限まで高まっている時の臭いだ。警戒し、恐怖を抱いている。
今では鬼女と呼ばれる夜長と瓜二つの、得体の知れない男に対して。
「喋れる?」
傍らでは、鹿男がうつ伏せで倒れていた。
「……にゃ……とか」
(痺れ薬か)
予想通りなので問題ない。
それに鹿男は、自分の『時』を動かして回復を早めることができる。薬が切れるまで、このまま寝かせておけばいい。
「葉月組の分断は成功したよ。葉月は今、猿どもに取り囲まれている」
「そ……です……か。ちょ……心配……けど」
「黒湖の加護があるから心配いらないよ。棄権だってできるんだし」
この試合における不安要素の一つが、葉月だ。
猿どもが警戒するあまり身を隠して試合にならない上に、力の詳細が依然不明。当の本人ですら把握していないという有り様だ。邪魔者以外の何ものでもない。
だけど、それは『鬼』としての話。
葉月個人には、力を使った経験も技術もない。しかも――甘い。
あいつからは、外敵に攻撃されることなく、ぬくぬくと温室の中で守られながら育ってきた人間特有の臭いがする。いざという時は、桜に頼るしかないだろう。
桜さえ引き離せば、あいつは潰せる。
そのために、鹿男の力を餌にした。
鹿男の表向きの力を知る桜がいたからこそ、ありもしない罠を警戒して、来た道を戻るよう誘導することができた。
鹿男が力を使って、二人に近づける距離まで。
近づきさえすれば、後はこっちのものだ。
生物の『時』に干渉する鹿男の力で、まずは二人の時間を止める。それから葉月を猿の群れに放り込み、桜を拘束する。
今の葉月に、大勢の猿どもを一人で捌く力はない。遅かれ早かれ、棄権するほかなくなるだろう。多少、獲物をくれてやる形になるのは癪だがやむを得まい。
不安要素は、芽吹く前に駆除するに限る。
「それにしても、鹿男の馬鹿っぷりが、まさかこんな形で役に立つとは……」
「ん……俺……えっと……?」
「あぁ、ただの独り言。脳の無駄遣いだから考えなくていいよ」
鹿男は説明が下手くそだ。
だから、隠しているわけでもないのに、鹿男の力を正確に把握している者は一握りしかいない。鹿男が馬鹿なおかげで成功したと言っていい。
(まぁ、無傷では済まなかったけど)
桜には、毒という武器がある。
加えて、黒湖の加護を掻い潜って一国の巫女を殺し、巫女たちの前に引っ立てられて死刑を宣告されても涼しい顔をしていた女だ。拘束されようが時を止められようが、大人しく攫われる玉であるはずがない。
そんな女に喧嘩を売る以上、鹿男には毒を受ける前提で動いてもらうほかなかった。殺傷が禁じられているお遊びだからこそできたことだ。
こうなることは、分かり切っていた。
「だから止めとけって言ったのに」
思わず呟いた。なんの意味のないぼやきだ。
それを律儀に受け取った鹿男が、回らない口で「ずみ……ばせ」と謝ってきた。
「でも……ほし……んです。どう……ても……温泉……たま……」
「いや、俺も温泉卵は食べたいけど。何もそこまでする必要ないだろ」
「ぞ……かも……だけど……たいから」
「え?」
「落葉様と……一緒に……たべ……たいから」
一瞬、頭が馬鹿になってしまった。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、込み上げてくる呆れを抑えられない。
「――ほんとに馬鹿だな。お前は」
「へへ……」
鹿男がぎこちない動きで顔を上げ、間抜けな笑顔を見せてきた。痺れで歪だけど、屈託のないその笑顔は、紛れもなくいつもの鹿男だ。
他の組を出し抜いて猿を捕獲する。
そんな非日常の真っただ中だというのに、いつもと変わらず、この笑顔を前におかしくなる自分がいる。頬の筋肉が緩む自分がいる。
(俺の馬鹿さ加減も、大概だよな)
こいつといる時の自分が馬鹿なのもいつものことなので、この際どうでもいい。
問題は、この現状だ。
「それで、桜はどこにいる?」
「え? ここに――」
鹿男がうつ伏せのまま、上体を起こした。痺れが切れてきたのだろう。ぎこちなさは残っているものの、その動きに頼りなさはもうない。
当の本人は、それどころではない様子だった。
察しの悪い子供でも分かるくらいに、顔全体を青ざめている。
「え、あれ! なんで!?」
叫びたいのはこっちだ。慌てふためく鹿男に苛立ちをぶつけても仕方ないので、溜め息にしてゆっくりと吐き出す。
二人を引き離す作戦は、間違いなく成功した。
現に葉月の傍に、桜の臭いはない。だからこそ、あり得ない状況だ。
鹿男が毒を受けてまで捕獲したはずの桜が、どこにもいない。
「申し訳ありません落葉様!!」
鹿男が馬鹿みたいな勢いで土下座してきた。誰も得しない絵面だ。
「顔上げればいいから、ここに戻ってくるまでの状況を教えて」
「状況、ですか?」
顔を上げた鹿男が目を丸めた。
「そう。できるだけ、詳しく」
「うーん……」
鹿男が体を起こし、聞き返すこともせず素直に考え始める。この愚直さは、従者としてはもちろん、社で平和に生きるための美点だ。
「体がぐわってなって、頭が熱くなって、触れたら二人とも固まって、またぐわってなって、途中で腕がちくってしたけど、他はいつもと変わりなかったかと――」
黙って手で制した。愚直な鹿男は、それだけで簡単に口を閉ざす。
「うん。力を使った際の感覚だね。桜からほんの一瞬だけ手を離した隙に、腕を毒針で刺された以外は特に変わらないと……いつも通り、通訳が必要な語彙力だ」
「説明って難しいですね」
「鹿男の語彙力が粕すぎるだけだよ。変な臭いとかはしなかった?」
「え? いえ、特には。どんな臭いですか?」
「焦げ臭い」
「え」
「お前から、焼死体の臭いがする」
咳き込みたくなるような、不愉快な臭い。
焼死体と言ったが、これは本物の焼死体の臭いでも、気の臭いでもない。
唯一無二の、人ならざる力の臭いだ。
その力がどういうものかは不明だけど、誰のものかは分かる。
夜長と並ぶ、猿たちにとっての『要注意人物』である、あの人――――
「落葉さん」
背後から、抑揚のない声が降り注いだ。
冷水でも浴びせられたような驚愕で、体が硬直する。振り返って、もう一人の要注意人物ではないとすぐに分かった。
「……炭か」
「炭様! ご無事で何よりです!」
「そちらも、お元気そうで何よりです」
子犬のように尻尾を振る鹿男に、炭が当たり障りのない言葉を放つ。鹿男の緊張感のなさは、今に始まったことじゃない。
「やほー」
炭の後ろには、当然ながら従者の小春もいた。特に意味もなくへらへら笑う軽薄さは、試合中においても通常通りだ。
「普通に近づいただけなのですが、驚かせてしまったみたいですね」
炭がじっと見つめてくる。上目遣いなのは、単純に小柄である故だろう。
存在感の薄い地味な少女だが、こういう時の眼差しと臭いには、徹底的に相手を知り尽くしてやろうとする貪欲さがある。不快だけど、その姿勢は嫌いじゃない。
「私たちの存在に気付けなかったのは、虹さんのせいですか?」
「どうしてそう思う?」
「肉を焼くような音がしましたので。あれは、虹さんが力を使う時の音です」
「……あんたには、そう聞こえるか」
「生まれつき耳が良いので。あなたは確か、臭いに敏感でしたよね。周囲の状況に気付けないほど、強い臭いだったということでしょうか」
「うん。それで?」
「私たちと組んでください」
「…………」
確かに、結論を言えと促した。
促したけど、さすがにこれはないだろう。
「なんで?」
「協力者がほしいからです」
「俺たちじゃなきゃ駄目?」
「いえ、たまたま一番近くにいたのが落葉さんたちというだけで、別に誰でもいいです。だけど、今は互いに組むのが最善かと」
「……話が見えないんだけど」
「でも、臭いがきつくなってきたでしょう?」
「…………」
さっきから濃くなっていく、猿たちの臭い。
葉月を囲んでいる猿たちだと思っていたが、それにしては臭いが強すぎる。
「落葉様、あれ!!」
鹿男がわざわざ指差さなくても分かる。
木々の揺れる音と鼻息の荒い鳴き声が、糞みたいな勢いで迫ってきている。
「……なんでこんなことに?」
「猿たちが小春を奪い合っているからです」
「は?」
「小春は顔だけ無駄に整っているので、良い餌になるかもと思って猿の集団に放り込んでみたら、猿たちによる奪い合いにまで発展しました。しかも雄雌問わずに」
「誤解のないよう言っておきますけど、俺は被害者ですよ。女の子でもさすがに猿は趣味じゃありませんし、雄に至っては論外ですから」
小春が物凄くどうでもいいことをほざき出した。お前の趣味など知るか。
「何それすご!! 小春さん色男じゃん!」
「全然嬉しくなーい。色男なのは事実だけど」
呑気に感心する鹿男に対して、小春は心の底から帰りたそうな顔をしている。そのくせ色男を自称する頭の軽さが腹立たしい。
「――というわけです。さすがに小春を置き去りにするわけにもいきませんし、私たちだけでは手に負えませんので、今から一緒に猿の集団を迎え撃ってください」
呆れを通り越して、眩暈を覚えた。
(異常なまでに、猿の姿を見かけないとは思っていたけど……)
まさかこの軽薄男が原因などと、誰が思い至れるだろう。運良く見つけた猿どもを、葉月を潰すために使った自分が滑稽に思えてきた。あまりにふざけている。
「もちろん、ただでとは言いません。捕らえた猿は折半にしますし――」
「取引をしている余裕はなさそうだよ」
くだらない話し合いをしている間に、鼻息を荒げる猿の集団に囲まれた。
「続きは、こいつらを片づけた後だ」
(あぁ、嫌だ)
どいつもこいつも、臭くてかなわない。
苛立ちを込めて腰元の柄を握り、抜き払った。
燻る心情を具現化したような突風が、鈍色の刀身から放たれる。最前列にいた五匹が、風に呑まれて宙に巻き上げられた。
五匹は成す術もなく荒ぶる風に煽られ、揺さぶられ、振り回されている。さながら、嵐に嬲られる桜の花のように。
嵐が去る頃には、五匹の姿はなかった。
目の前で仲間を消された猿たちから、荒い鼻息が止んだ。はた迷惑な下心から一転、警戒心を露に静まり返っている。
「――――五匹、確保」
緊迫した静寂の中で、自分の枯れた声だけが耳にこびりついた。
湿気でむせ返るような木々の青臭さと混ざって、思わず眉をひそめる。
猿たちの緊張が極限まで高まっている時の臭いだ。警戒し、恐怖を抱いている。
今では鬼女と呼ばれる夜長と瓜二つの、得体の知れない男に対して。
「喋れる?」
傍らでは、鹿男がうつ伏せで倒れていた。
「……にゃ……とか」
(痺れ薬か)
予想通りなので問題ない。
それに鹿男は、自分の『時』を動かして回復を早めることができる。薬が切れるまで、このまま寝かせておけばいい。
「葉月組の分断は成功したよ。葉月は今、猿どもに取り囲まれている」
「そ……です……か。ちょ……心配……けど」
「黒湖の加護があるから心配いらないよ。棄権だってできるんだし」
この試合における不安要素の一つが、葉月だ。
猿どもが警戒するあまり身を隠して試合にならない上に、力の詳細が依然不明。当の本人ですら把握していないという有り様だ。邪魔者以外の何ものでもない。
だけど、それは『鬼』としての話。
葉月個人には、力を使った経験も技術もない。しかも――甘い。
あいつからは、外敵に攻撃されることなく、ぬくぬくと温室の中で守られながら育ってきた人間特有の臭いがする。いざという時は、桜に頼るしかないだろう。
桜さえ引き離せば、あいつは潰せる。
そのために、鹿男の力を餌にした。
鹿男の表向きの力を知る桜がいたからこそ、ありもしない罠を警戒して、来た道を戻るよう誘導することができた。
鹿男が力を使って、二人に近づける距離まで。
近づきさえすれば、後はこっちのものだ。
生物の『時』に干渉する鹿男の力で、まずは二人の時間を止める。それから葉月を猿の群れに放り込み、桜を拘束する。
今の葉月に、大勢の猿どもを一人で捌く力はない。遅かれ早かれ、棄権するほかなくなるだろう。多少、獲物をくれてやる形になるのは癪だがやむを得まい。
不安要素は、芽吹く前に駆除するに限る。
「それにしても、鹿男の馬鹿っぷりが、まさかこんな形で役に立つとは……」
「ん……俺……えっと……?」
「あぁ、ただの独り言。脳の無駄遣いだから考えなくていいよ」
鹿男は説明が下手くそだ。
だから、隠しているわけでもないのに、鹿男の力を正確に把握している者は一握りしかいない。鹿男が馬鹿なおかげで成功したと言っていい。
(まぁ、無傷では済まなかったけど)
桜には、毒という武器がある。
加えて、黒湖の加護を掻い潜って一国の巫女を殺し、巫女たちの前に引っ立てられて死刑を宣告されても涼しい顔をしていた女だ。拘束されようが時を止められようが、大人しく攫われる玉であるはずがない。
そんな女に喧嘩を売る以上、鹿男には毒を受ける前提で動いてもらうほかなかった。殺傷が禁じられているお遊びだからこそできたことだ。
こうなることは、分かり切っていた。
「だから止めとけって言ったのに」
思わず呟いた。なんの意味のないぼやきだ。
それを律儀に受け取った鹿男が、回らない口で「ずみ……ばせ」と謝ってきた。
「でも……ほし……んです。どう……ても……温泉……たま……」
「いや、俺も温泉卵は食べたいけど。何もそこまでする必要ないだろ」
「ぞ……かも……だけど……たいから」
「え?」
「落葉様と……一緒に……たべ……たいから」
一瞬、頭が馬鹿になってしまった。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、込み上げてくる呆れを抑えられない。
「――ほんとに馬鹿だな。お前は」
「へへ……」
鹿男がぎこちない動きで顔を上げ、間抜けな笑顔を見せてきた。痺れで歪だけど、屈託のないその笑顔は、紛れもなくいつもの鹿男だ。
他の組を出し抜いて猿を捕獲する。
そんな非日常の真っただ中だというのに、いつもと変わらず、この笑顔を前におかしくなる自分がいる。頬の筋肉が緩む自分がいる。
(俺の馬鹿さ加減も、大概だよな)
こいつといる時の自分が馬鹿なのもいつものことなので、この際どうでもいい。
問題は、この現状だ。
「それで、桜はどこにいる?」
「え? ここに――」
鹿男がうつ伏せのまま、上体を起こした。痺れが切れてきたのだろう。ぎこちなさは残っているものの、その動きに頼りなさはもうない。
当の本人は、それどころではない様子だった。
察しの悪い子供でも分かるくらいに、顔全体を青ざめている。
「え、あれ! なんで!?」
叫びたいのはこっちだ。慌てふためく鹿男に苛立ちをぶつけても仕方ないので、溜め息にしてゆっくりと吐き出す。
二人を引き離す作戦は、間違いなく成功した。
現に葉月の傍に、桜の臭いはない。だからこそ、あり得ない状況だ。
鹿男が毒を受けてまで捕獲したはずの桜が、どこにもいない。
「申し訳ありません落葉様!!」
鹿男が馬鹿みたいな勢いで土下座してきた。誰も得しない絵面だ。
「顔上げればいいから、ここに戻ってくるまでの状況を教えて」
「状況、ですか?」
顔を上げた鹿男が目を丸めた。
「そう。できるだけ、詳しく」
「うーん……」
鹿男が体を起こし、聞き返すこともせず素直に考え始める。この愚直さは、従者としてはもちろん、社で平和に生きるための美点だ。
「体がぐわってなって、頭が熱くなって、触れたら二人とも固まって、またぐわってなって、途中で腕がちくってしたけど、他はいつもと変わりなかったかと――」
黙って手で制した。愚直な鹿男は、それだけで簡単に口を閉ざす。
「うん。力を使った際の感覚だね。桜からほんの一瞬だけ手を離した隙に、腕を毒針で刺された以外は特に変わらないと……いつも通り、通訳が必要な語彙力だ」
「説明って難しいですね」
「鹿男の語彙力が粕すぎるだけだよ。変な臭いとかはしなかった?」
「え? いえ、特には。どんな臭いですか?」
「焦げ臭い」
「え」
「お前から、焼死体の臭いがする」
咳き込みたくなるような、不愉快な臭い。
焼死体と言ったが、これは本物の焼死体の臭いでも、気の臭いでもない。
唯一無二の、人ならざる力の臭いだ。
その力がどういうものかは不明だけど、誰のものかは分かる。
夜長と並ぶ、猿たちにとっての『要注意人物』である、あの人――――
「落葉さん」
背後から、抑揚のない声が降り注いだ。
冷水でも浴びせられたような驚愕で、体が硬直する。振り返って、もう一人の要注意人物ではないとすぐに分かった。
「……炭か」
「炭様! ご無事で何よりです!」
「そちらも、お元気そうで何よりです」
子犬のように尻尾を振る鹿男に、炭が当たり障りのない言葉を放つ。鹿男の緊張感のなさは、今に始まったことじゃない。
「やほー」
炭の後ろには、当然ながら従者の小春もいた。特に意味もなくへらへら笑う軽薄さは、試合中においても通常通りだ。
「普通に近づいただけなのですが、驚かせてしまったみたいですね」
炭がじっと見つめてくる。上目遣いなのは、単純に小柄である故だろう。
存在感の薄い地味な少女だが、こういう時の眼差しと臭いには、徹底的に相手を知り尽くしてやろうとする貪欲さがある。不快だけど、その姿勢は嫌いじゃない。
「私たちの存在に気付けなかったのは、虹さんのせいですか?」
「どうしてそう思う?」
「肉を焼くような音がしましたので。あれは、虹さんが力を使う時の音です」
「……あんたには、そう聞こえるか」
「生まれつき耳が良いので。あなたは確か、臭いに敏感でしたよね。周囲の状況に気付けないほど、強い臭いだったということでしょうか」
「うん。それで?」
「私たちと組んでください」
「…………」
確かに、結論を言えと促した。
促したけど、さすがにこれはないだろう。
「なんで?」
「協力者がほしいからです」
「俺たちじゃなきゃ駄目?」
「いえ、たまたま一番近くにいたのが落葉さんたちというだけで、別に誰でもいいです。だけど、今は互いに組むのが最善かと」
「……話が見えないんだけど」
「でも、臭いがきつくなってきたでしょう?」
「…………」
さっきから濃くなっていく、猿たちの臭い。
葉月を囲んでいる猿たちだと思っていたが、それにしては臭いが強すぎる。
「落葉様、あれ!!」
鹿男がわざわざ指差さなくても分かる。
木々の揺れる音と鼻息の荒い鳴き声が、糞みたいな勢いで迫ってきている。
「……なんでこんなことに?」
「猿たちが小春を奪い合っているからです」
「は?」
「小春は顔だけ無駄に整っているので、良い餌になるかもと思って猿の集団に放り込んでみたら、猿たちによる奪い合いにまで発展しました。しかも雄雌問わずに」
「誤解のないよう言っておきますけど、俺は被害者ですよ。女の子でもさすがに猿は趣味じゃありませんし、雄に至っては論外ですから」
小春が物凄くどうでもいいことをほざき出した。お前の趣味など知るか。
「何それすご!! 小春さん色男じゃん!」
「全然嬉しくなーい。色男なのは事実だけど」
呑気に感心する鹿男に対して、小春は心の底から帰りたそうな顔をしている。そのくせ色男を自称する頭の軽さが腹立たしい。
「――というわけです。さすがに小春を置き去りにするわけにもいきませんし、私たちだけでは手に負えませんので、今から一緒に猿の集団を迎え撃ってください」
呆れを通り越して、眩暈を覚えた。
(異常なまでに、猿の姿を見かけないとは思っていたけど……)
まさかこの軽薄男が原因などと、誰が思い至れるだろう。運良く見つけた猿どもを、葉月を潰すために使った自分が滑稽に思えてきた。あまりにふざけている。
「もちろん、ただでとは言いません。捕らえた猿は折半にしますし――」
「取引をしている余裕はなさそうだよ」
くだらない話し合いをしている間に、鼻息を荒げる猿の集団に囲まれた。
「続きは、こいつらを片づけた後だ」
(あぁ、嫌だ)
どいつもこいつも、臭くてかなわない。
苛立ちを込めて腰元の柄を握り、抜き払った。
燻る心情を具現化したような突風が、鈍色の刀身から放たれる。最前列にいた五匹が、風に呑まれて宙に巻き上げられた。
五匹は成す術もなく荒ぶる風に煽られ、揺さぶられ、振り回されている。さながら、嵐に嬲られる桜の花のように。
嵐が去る頃には、五匹の姿はなかった。
目の前で仲間を消された猿たちから、荒い鼻息が止んだ。はた迷惑な下心から一転、警戒心を露に静まり返っている。
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