桜吹雪の後に

片隅シズカ

文字の大きさ
上 下
12 / 72
一章「旅立ちの花」

第四話「花の宴 ーはなのえんー」 (前編) ③

しおりを挟む
「はじめまして。私はりん、この中つ国の巫女を務めております」

 見惚れたのではない。
 目を離してはいけないような気がしたのだ。

 笑っているのに笑っていない。そんな笑顔は嫌というほど見てきた。僕がそうであるように、多くの人にとって笑顔は生活必需品だ。



 だけど、これは違う。

 この人の笑顔は、なんか……怖い。



「あなたの名前を教えてくれる?」
「僕……あ、私ですか?」
「いつものように話しても大丈夫よ。まずは、肩の力を抜いてみましょうか」
「あ、はい……」

 緊張をほぐそうと、少し深呼吸をしてみる。
 気を取り直して口を開いた。できる限り、平静を保つことを心掛けながら。

「……葉月です。葉っぱと月で、葉月です」
「まぁ、綺麗な名前。殿方なのよね?」
「はい。見えないかもしれませんが」
「見えないわね」

(即答ですか……)

 綺麗な微笑みで、容赦なくバッサリと斬られてしまった。僕自身がそう感じるから、なおのことグサッとくる。

「お久しぶり、桜ちゃん」

 黄林姫の視線が、今度は桜さんへと向いた。
 心臓の鼓動が、一気に跳ね上がった。
 
「ごしております。黄林様」

 丁寧に挨拶するその姿からは、町で見せた大胆さも、自身の命がおびやかされるかもしれない恐怖もない。至って冷静だ。

(桜さん、黄林姫とも知り合いなのか)

 夜長姫と面識があるのなら、不思議な話ではないだろうけど、それでも驚きを隠せなかった。僕からしたら、ついこの間まで、雲の上の存在だった人たちだ。

「連絡が取れなくてずっと心配していたのよ? どう、元気にしてる?」
「おかげさまで」
「相変わらず、口数の少ないこと。遠慮せずにもっと話していいのよ。積もる話も、たくさんあるでしょうし――」
「黄林。前置きが長すぎるわよ」

 鎮座する巫女の一人から鶴の一声が上がる。
 僕と同じ年くらいの少女だ。少し離れているところから見ても分かるくらい、苛立ちを露わにしている。感情豊かな人なのだろう。


 顔だけでもう、勝ち気な少女だった。


 華やかな顔立ちに、夜長姫や桜さんと同じく大きな目だけど、作り物のような愛らしさもなければ、相手を怯ませる鋭さや迫力もない。なんとも年頃の少女らしい幼さと生気に満ち溢れている。

 みなぎる生気に相応ふさわしい豊かな髪は少し茶色がかっているけど、元の世界でいえば東洋人のはんちゅうに収まる程度だ。鮮やかな色の着物もよく似合っている。

 少女らしさが見受けられる一方で、巫女というより貴族的な空気をまとっていた。人を見下ろすことに慣れたたたずまいからは、生まれながらの気品を思わせる。

「その娘には、言わないといけないことが他にあるでしょう」
「あら、せっかちねぇ。かおちゃんは」
「その呼び方止めろって言ってるでしょ!!」
「この子はおう。花とうぐいすのお姫様よ。可愛らしいでしょう?」
「勝手に人のこと紹介するな!!」

 公式の場であることも忘れて怒鳴る彼女を、隣の大人しそうな巫女がおどおどしながら引き留めた。どうやら、相当気が短いらしい。

 『かおちゃん』こと花鶯姫が、不意に睨みつけてきた。思い切り睨まれているのに、全然怖くない。なんでだろう。

「改めて紹介させてもらうわ。私は花鶯。どうこくの巫女よ。『かおちゃん』なんて呼んだら、絶対に許さないから」
「あ、はい……」

 彼女は怖くないけど、下手に恨みを買うつもりはない。ここは大人しく素直に頷いておいた。かおちゃんって、可愛いと思うけどな。

「さてと……せっかくの流れを切っちゃうのもあれだものね。この際、全員に自己紹介をしてもらおうかしら」

(この状況で自己紹介!?)

 もっと緊迫した雰囲気を想像していただけに、少し拍子抜けした。

 いや、この後のことを考えると油断は禁物だ。気を引き締め、巫女たちの人となりを把握することに努める。

「じゃあ、けいちゃんからお願い」
「え、え!? あ、ははい!!」

 小さな肩が、遠目からでも分かるくらいに跳ね上がった。花鶯姫を引き留めようとした、おどおどした巫女だ。
 並び順的に彼女だろうと思ったけど、大人しそうな彼女にとっては不意打ちも同然だったのかもしれない。ご愁傷様です。


 見るからに小柄で、小動物っぽい。


 真っ直ぐで柔らかそうな髪、今にも震え上がりそうな声、自信なさげに下がった眉尻など、貴族的かつ堂々とした花鶯姫とは正反対だ。
 朱色の着物を身にまとっているけど、緊張している上に小柄だからか、豪勢な着物に押し潰されそうにすら見える。

「わ、私は……っ」

 しかも極度のあがり症らしい。ほおどころか、顔全体がりんのように真っ赤だ。

(大丈夫かな……?)

 初対面の相手なのに、なんだか心配になってくる。僕も小さい頃、似たような面があったからかもしれない。

「け、蛍です。け、けんこくの……巫女、です」

 たどたどしいながらも、けいはなんとか言い切った。たった一言だけど、息が切れている。僕までホッとした。

「今のが自己紹介? もっとちゃんとしなさいよ。みっともない」
「すみません、こんなで……っ」

 容赦のない花鶯姫に、蛍姫が平謝りする。もう泣きそうだ。顔なんかさらに赤くなって、遠目から見ても沸騰しそうなくらいだ。

「……背筋を伸ばして、もっと胸を張りなさい。あんたは一国の巫女なんだから」
「え……? あ、はい!」

 花鶯姫がぷいとそっぽを向く。どうやら、気は強いけど面倒見のいい人らしい。

(……きいちゃんに似てる)

 妹もすぐ怒るけど、かなりの世話焼きなのだ。どうりで、睨まれても全然怖くないわけだ。それどころか、気の強い巫女が可愛く見えてきた。


「次は俺か」


(…………え?)

 次に口を開いたのは、平安貴族の男性のような恰好をした巫女だった。

 黒髪を僕と同じく一つにまとめている。他の巫女たちより一回りほど大きいけど、背が高いだけで全体としては細身だ。
 肌は死人のように白く、顔色が悪い上に目が死んでいる。顔自体は整っているのに目付きがだるげなのが少しもったいない。

 細身に白い肌のせいか病人が無理して鎮座しているようで、蛍姫とは別の意味で心配になってくる。灰色がかった白い着物も、あの巫女がまとうと死装束のようだ。


 その巫女の声が、あり得ないほど低かった。


(巫女……なんだよね?)

 驚愕のあまりその巫女から目を離せず、がっつりと目が合ってしまった。巫女がちょっと不快そうに目を細める。

「……なに?」
「あ、いえ、その……」
「彼、男ですよ」

 気怠げな巫女の隣から、声が上がる。
 あまりにもとうとつな発言に、思わず「へ?」と変な声を上げてしまった。
 
「よく勘違いされますが、巫女は女性だけではありませんよ。まぁ、基本的に女性なので、総称としては『巫女』や『姫』になりますが」
「――――!!」
「男性の場合、個人を指す場合のみ『女』の代わりに『子』の字がてられますが、読みは同じく『巫子みこ』です。そして、敬称は『姫』ではなく『殿どの』です」
「――――!?」

 さらに唐突すぎて、僕は返す言葉を失った。たった今、僕が疑問に思って口にしようとしたことだったのだ。

 『巫女は女性のみじゃないのか?』と。
 『姫と呼ばれているんじゃないのか?』と。

「横槍を入れてしまい、失礼しました。どうぞ続けてください」
「……おちやわらかの巫子」

 気怠げな自己紹介を聞いて、確信した。変声期とかじゃない、少年の声だ。
 声だけじゃない。細くて白いけど、男と言われた方がしっくりとくる。

(そりゃあ、違和感があるはずだ……)

 そういえば、高札にも『落葉殿』と書かれていた。赤線が引かれた『夜長姫』のインパクトが強すぎて、すっかり忘れていたけど。

「もういい? じゃあ、次」

(いや、自己紹介終わるの早っ!?)

 落葉殿は特に了承を取ることもなく、隣の巫女にさっさとバトンタッチした。たった今『巫子』の説明をしてくれた巫女だ。


 一言で表すなら、黒い巫女だった。


 他の巫女たちと同様の着物だろうけど、黒い。花の模様が申し訳程度にあしらわれているものの、喪服感が歪めない。髪も真っ黒でもはや全身黒ずくめだ。

 容姿に関しては、可もなく不可もない。もっと言えば、これといった特徴がない。せいぜい蛍姫の次に小柄そうというくらいだ。服と装飾を変えてしまえば、なんの違和感もなく町中に紛れてしまえるだろう。

 ただ、表情の変化がまるでなく、何を考えているのか全く分からない。

 黄林姫のような、得体の知れない怖さはない。だからこそ、警戒すればいいのかすら分からなくて逆に怖い。

 黒い巫女の唇が開いた。
 その様子を、固唾を呑んで見つめる。

「私はすみ。静国の巫女をしています。以上」

 自己紹介が、まさかの三言で終わった。
 落葉殿以上の圧倒的早さだ。なんというか……無駄に緊張してしまった。

(公式の場じゃなかったら、無言になって気まずくなるタイプだな)

 さっきの落葉殿についての説明といい、良くも悪くも淡白な巫女だ。一番掴みどころがないというか、不思議な感じがする。



「黄林様、一つおうかがいしても宜しいですか?」



 桜さんの凛とした声が、賑わっていたこの場の空気を塗り替えた。とても縛られている側とは思えないくらい、堂々としている。

(やっぱり、カッコいい……)

 僕に、こんなに強い人を守る力が果たしてあるのだろうか。

 いや、あるかどうかじゃない。
 絶対に守るんだ。そう、決めたんだから。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...