桜吹雪の後に

片隅シズカ

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一章「旅立ちの花」

第三話「残花 ーざんかー」③

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 今から七年前。月国は記録的な干ばつに見舞われた。事件の数か月前のことだ。
 作物も水もろくに採れず、人々の生活は厳しくなった。貧しさに喘ぐ日々が続き、村人たちの関係も冷え切っていった。


 事件の発端となったのは、衣瀬村に住む、十二人の少年少女たちだった。


 子供たちは貧困による不満や不安を紛らわすためか、はたまた子供らしい純粋な好奇心からか、降霊術で鬼を呼び出そうとした。
 大将の口ぶりから、コックリさんのようなものだと思う。鬼を降霊術で呼び出すとか違和感が半端ないけど、子供のすることだ。深く考えなくていいだろう。

 当然、鬼なんて現れなかったけど、翌日二人の少女に異変が生じた。

 突然叫んだり、体を痙攣させたり、四つん這いで暴れ回ったりと、常人には理解しがたい奇妙な行動を取り始めた。

 次第に、他の少年少女たちにも同様の異変が生じていった。

 大人たちは医者や薬師に診せたが、身体的な異常は見られなかった。
 そんな中で大人たちは、子供たちが降霊術を行っていたことを知った。


 そして、子供たちは口にした。

 自分たちは、鬼に苦しめられていると。


 村に鬼が潜んでいるといううわさは、瞬く間に村全体に行き渡った。
 干ばつと飢えで荒みきった村の中で、殺伐とした空気が芽生え始めるのに、そう時間はかからなかった。

 ある日、子供たちが三人の村人を指名した。
 そしてあろうことか「自分たちを苦しめている鬼だ」と告発した。

 子供たちの告発を真に受けた村人たちは、三人を『鬼』として裁判にかけた。

 一人は縛り首にされ、一人は獄死した。生き残ったのは、嘘の告発で代わりの『鬼』を差し出した者だけだった。

 事件はここから、さらに泥沼と化していった。
 子供たちが、次々と『鬼』を指名したからだ。

 鬼として捕まった者もまた、死から逃れようと別の村人を告発した。
 衣瀬村の鬼狩りは、次第に周辺の村や町にも及んでいき、ついには月国全体に鬼狩りの恐怖が復活した。

 人々の暴走は止まらず、鬼狩りを否定した住職でさえ『鬼』とされた。

 鬼狩りの手は、ついに隣町の有力者の妻にまで及んだ。そして、有力者が権力を使って動き出したことで、鬼狩りに終止符を打った。

 最終的には二百人以上が『鬼』の嫌疑をかけられ、三十人以上が死亡した。
 月国全体が恐怖したとはいえ、実際に被害が出たのは衣瀬村及び、その周辺の村や町のみで、鬼狩り全体の歴史としては小規模な被害だった。

 だけど、廃止されたはずの鬼狩りが一時的とはいえ復活したこと、大人が子供の言葉をみにしてさつりくに及んだこと、何より十歳前後の子供たちが鬼狩りを主導したことで、鬼狩りの歴史にその名を刻んだ。

 発端となった衣瀬村は、事件の最中に原因不明の山火事に見舞われ、二人の少女を除く村人が全滅した。







「…………」
「信じられねぇよな。子供が告発して、大人を吊るしまくったなんてよ」

(多分、集団ヒステリーだ)

 それにしても、度が過ぎる話だ。同じ村の大人たちを次々と告発していく。見方を変えれば、殺人をしているも同然なのに。

 恐怖のあまり、本当に鬼だと思い込んだのか。
 あるいは、日頃から大人たちに不満があって、それが一気に爆発したのか。

「何が、子供たちをそうさせたんでしょうね」
「そこだよ」
「え?」
「夜長姫が、子供らを操ったんだよ」
「操った?」
「夜長姫に気をいじられたから、子供らは疑心暗鬼になっちまったんだ。まったく恐ろしい話だぜ。巫女になる前の十歳の子供がやることじゃねぇ」
「…………」



 確か、夜長姫は月国の巫女だ。

 そして陽国と月国の巫女は、一際強い力を持つという。その気になれば、国を滅ぼすことも可能だって、桜さんは言っていた。



(もしかして、その実例ってこと……?)

 想像して、背筋が凍り付いた。

「……もしかして僕、自分で思ってる以上にヤバい立場だったりします?」
「なに、心配いらねぇよ。お前は顔こそ夜長姫に似ているが、言動は似ても似つかねぇからよ。実際、別になんともねぇだろ?」
「まぁ、そうですけど」
「仮に何かあったとしても、桜がいるし、俺もできる範囲で力を貸すからよ」
「ははは、ありがとうございます」

 笑いながら、僕は席を立った。

「そろそろ帰ります。ご馳走さまでした」
「もう夜遅いし、せっかくだから泊ってけよ」
「いえ。明日は早いんで」
「おい大丈夫か? 男とはいえ、その見た目だ。夜遅くに出歩くもんじゃないぜ」
「餅屋まで大した距離じゃありませんから。遅くまでありがとうございました」
「おぉ、そうか。気ぃつけてな」
「はい。お休みなさい」

 店の戸を閉め、前を向く。
 ようやく、作り笑いを解けた。

(……なんか、悪いことした気分だ)

 実のところ、今日の約束のことを伝えた際、桜さんや餅屋の主人には「泊まらせてもらえ」と言われたし、最初はそのつもりで来た。

 だけど、思っていた以上にこたえた。話の内容も、町の人たちの視線の意味も。
 

 今は、一人になりたい気分だった。


 実際、帰っても一人ではないけど、桜さんは必要以上に踏み込んでこない人だから、大将といるよりはまだ気が楽だ。

(それにしても、暗いな……)

 人通りはおろか、灯りさえもない。
 しかも今夜は曇り空だから、冗談抜きで暗い。病院の廊下で暗さには慣れているつもりだったけど、これはちょっと怖い。

(鬼狩りの発端となった少女と、瓜二つ……)

 月国にかつての恐怖をもたらした、衣瀬村鬼狩り再来事件。子供たちが巻き起こした、現代の鬼狩り。その事件から、まだ七年しか経っていない。

(もし犠牲者の遺族が、この町にいたら……)

 寒くもないのに、鳥肌が立った。
 首をブンブンと横に振る。考え過ぎだ。杞憂だ。あくまでも可能性でしかない。そもそも夜長姫は、もう死んで――――



「姫様!」



 後ろから声がして、思わず肩が跳ね上がる。事件と夜長姫のことで頭がいっぱいで、人の気配に全く気付かなかった。

(……ん? 『姫様』?)

 辺りを見回すが、誰もいない。
 とりあえず、振り返ることにした。

「やっぱり……姫様だ……っ」

 暗闇の中だというのに、なんとなくその人物像をうかがえるほどに異質だった。

 薄汚れた着物、手入れもなく伸びきった髪と髭、年齢が判別できないくらいに痩せこけた顔。おそらく浮浪者なのだろう。

 それだけならまだしも、目が尋常じゃない。
 暗くてよく見えない中でも、雰囲気だけで分かるくらいに目が見開かれていた。光の下で見たら、おそらく血走って見えるだろう。

 加えて、やけに荒い息に涙声。明らかに、初対面の人間に向けるものではない。

「あぁ……姫様……!」

 この世界のことはまだよく知らないし、なんで僕を『姫様』なんて言っているのか分からないけど、一つだけ確かなことがある。


 この人は、関わってはいけないたぐいの人間だ。


「すみません。人違いです」
「いいえ! その御姿、御声、そして清らかな気!! 間違いなく姫様です!!」
「……気?」

(この人、『気の流れ』が見える人なのか?)

 見えるのは巫女だけだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。
 それよりも、確認すべきことがある。

「えっと……姫様というのは?」
「夜長姫様に決まっているではありませんか!」
「…………」

(訳が分からないけど、これ以上関わるのは……多分、不味い)

「あの、やっぱり人違いです。それに僕はおと」
「姫様の気にまぎれた異物の正体は『お前』か?」

 とうとつに、男の様子が変わった。
 血走った目も荒い息もそのままだが、そこに、鋭い何かが加わった。

「ずっと……ずっと、声をかけられなかった。別の気が交じっていたせいで、確証を持てなかったからな。一週間も……っ!」
「一週間……?」

 その言葉には、思い当たる節があった。僕がこの世界に来て、そしてこの町で過ごすようになってから、ちょうど一週間なのだ。

(まさか、この人……)

 多分どころじゃない。
 今すぐ離れないと、絶対にヤバい。

「すみません、急ぐので――」

 早々に離れるべく、僕は男に背を向けた。
 その瞬間、後ろから強い衝撃が走った。

「…………え?」

 違和感を覚えて、視線を下ろす。信じられない光景に、言葉を失う。



 胸から、赤く染まった刃物が出ていた。


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