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後編
しおりを挟む「その笛の音は…瑞潤さまではありませんか?」
「?」
何十年ぶりにあった万丈は最初はだれだかわからなかった。
「やはり瑞潤さま…少しもおかわりになっておられぬ…」
月詠の一族は年もとらず、若く美しいまま長い時を生きる一族。
「万丈…か!」
万丈は髪の毛に白いものがまじり、顔に深く苦労の後が刻まれていた。目鼻立ちは変わらず凛としている。
ぼくは嬉しくなって近づいたが、万丈は顔を背けて目だけでこちらを伺っている。
「迷子になられたのですか?」
「ご明察」
にこにこと気の抜けた愛嬌たっぷりの声で答えるぼくに万丈は目を細めて懐かしんでいるようだ。
「森の外までご案内いたしましょう」
「すまない」
万丈は黙って歩いた。時々振り返ってぼくをみる。
元々そんなにおしゃべりな方ではない。
いつもぼくの話をうんうん、ときいてくれていた。
ぼくはその紅葉の葉の色。
優雅について語りながら歩いた。
次第に万丈の心も和んでいるように思える。
「迷子になるまで紅葉狩りだったのですか?」
「ふふ…。奥州の秋は短い。すぐ冬がきてしまうから…。紅葉の赤に染まっておこうと思ったのですよ。」
「あなたさまらしい」
「ここの紅葉はほんとに見事だ!燃えるような赤…。いつまで歩いても飽きない。」
「…。」
「でも後、十日もすれば散ってしまうのでしょうねー」
「…瑞潤さま…あなたは覚えていらっしゃらないようですが、私と瑞潤さまは…ここで紅葉かりを楽しんだことがあるのですよ」
「え?そうなのですか?」
全く覚えてないがそんなことがあったのかもしれない。
「…私は…」
「?」
「私は歳をとり醜くなっていきます。あなたは変わらない…。私はだから…」
「??」
人が歳をとるのは当たり前で、年をとらない僕たちがどうかしているのだけど…。
「…私は変わらないあなたの前でひとり年をとっていくのが耐えられなかったのです。だからあなたの前から姿をけして…。記憶の中のあなたにここに逢いに来たのです。そうしたら…」
「星麗奈が導いたのですね」
「…瑞潤さま、どうか私を殺してください。」
突然、なにを?とは思わなかった。
ぼくのことが気にかかる様なのに顔を向けようとしない様子。
森の外に案内するといいながらたどり着けないだろうと思うほどにぐるぐると同じところを回っていたから。
「これ以上歳をとり、醜くなり…。それでもあなたを求める心を持て余して生きていたくないのです」
カスれた声がさらに掠れていっている。
このまま闇に沈んでしまいたいほど…。
陽の光の中にいるのが辛いなら…。
陽の光が今の姿を映し出してしまう前に。
「わかりました。では私と契約をしましょう。あなたはわたしになるのです。そして若く美しいまま、私と共に生きる」
そして、ぼくは古い衣は脱ぎ捨てて万丈とゆう新しい衣に乗換えた。
万丈の体にぼくのデータが入ると万丈のビジュアルは一新。
若く美しいままのミスズに。
もうずっと使っていた古い衣は万丈に移行すると枯葉のように闇に舞。
紅葉の山の霧になった。
そして、ぼくはわかったのだ。
僕の前から去って行ってしまった恋人たちは、ぼくを嫌いになったわけではなく、ぼくを愛しすぎたから…。
年をとり老いていく自分に耐えられず、ぼくの前から姿を消していったのだということが。
人は年をとり、年輪が嵩んでいくごとにその魂は深く美しさが増していく。
とぼくは思っている。
昨日より今日。今日より明日。
その変化の全くないぼくにしてみればなんておもしろいのだろう、と。
でもそんなことをいってもきっと耳をかさない。
自分が気づかないとその美しさには出会えない。
だから…。
ぼくの中に入って。
キミのなりたいものになればいい。
まあ、天慶や武尊にも、人々にも到底わかるまい。
これはぼくの美学さ。
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