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あーちゃん（夏の海）

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　毎日暑い日が続き、夏バテまで感じるほどに日差しが強い朝に、
　アパートの駐車場で会社への出勤準備をしていると、
　アパートの隣に住む藤間咲良さん（シングルマザー　３２歳）
　が声をかけてきた。

　彼女はキャバクラで働いていて、帰りはいつも朝方なので、
　私（浅見ひかり　２６歳）が出勤する時間帯とよく重なっていた。

　知り合いなので、顔を見たら挨拶を交わすことも多いし、
　たまには一緒に食事や買い物に行くこともあるけど、
　今日の雰囲気は少し違っていた。

「ひかりちゃん。あのさ。もうすぐ、夏休みじゃない？予定ある？」

　使い古されたワンピース姿のせいか、少し疲れているように見えたが、
　咲良さんはいつも通りに、明るく声をかけてくれた。

「はい、実家に帰ろうかと思っています。」

　私は軽く微笑んで返事をしたものの、
　実家への帰省準備や、帰ってからの知り合いへの対応を考えると、
　不安と脱力感でいっぱいだった。

「長野だっけ？」

　咲良さんが何かを話そうとしているのはわかったが、
　どこか言いづらそうに、袖を直しながら視線をそらしていた。

　その様子に、私は少し違和感を覚えていたが、
　相手が話してこなかったので、帰省先のことをはなし続けていた。

「長野の田舎なんです。最近は帰っていなかったので、
　おばに、おじいちゃんに顔を見せに来いって言われてて。はあァァ。」

　ひかりは、自然とため息が漏れていた。

　実家が嫌いなわけではないけれど、
　電車で行くには不便な場所なので、大渋滞覚悟で車で帰るしかない。

　そのことを思うだけで正直面倒だし、
　最近は夏バテ気味で、会社の夏休みは出来れば家で寝ていたかった。

「フゥ。。家族って大変よね。」

　咲良さんはしばらく黙った後、重く響くため息をついた。

　彼女がこういう話をするのは珍しかったが、
　何か困っていることがあるのかもしれないと思い、
　自分から思い切って尋ねてみた。

「お姉ちゃん、何か困りごと？」

「実はね、ひかりちゃんにお願いがあるの。」

　咲良さんが珍しくお願いを口にするのを聞いて、私は少し驚いた。

「うちの亮平を、海に連れて行ってもらえないかな？」
「亮平くん？」

「夏休みの宿題で、日記を書くことになっててさぁ。
　周りの子供と同じように、海に行きたいって言うのよ。
　でも、どうしても仕事が忙しくて、私は連れて行けないの。」
「海に？」

「本当に申し訳ないんだけど。。。。。
　お願いできる？ごめんねぇ。忙しいよ。。。。ねっ？」

　突然の頼みに少し戸惑ったけれど、気づけば私は頷いていた。

「そんなことなら頼ってください。大丈夫ですよ。」

「えっ。。本当？ありがとう、ひかり。ほんとうに、ありがとう。」

　咲良さんの顔がパッと明るくなったが、私は少し不安を感じた。

　友達の子どもを預かるという責任の重さと、
　海へ連れて行くということ自体が久しぶりで、
　よく考えてみれば、色々と心配事が多いと気付き悩んでいた。

「でも、夏休みの宿題で日記とか。。。本当に懐かしいですね。」

　無理に明るく返事をしたものの、心の中では少し後悔していた。

「ごめんね、無理にとは言わないけど、
　連れて行ってくれるなら、本当に助かるわ。
　今の時期って仕事が詰まっててさ。。。本当にごめんね、ひかり。」

　咲良さんが申し訳なさそうにしているのを見て、
　絶対に断ることはできなかった。

　もちろん、彼女が弱音を吐くのは少なく、
　いつも自分が聞いてもらっている事が多かったので、
　咲良さんに頼られたと気づくと嬉しくなってきた。

「本当に大丈夫です。そんなに謝らないでください。
　お姉ちゃんの頼みなら、何でも聞きますよ。うぅうん。お金以外はね。」

　そう冗談を言うと、咲良さんは少しだけ笑ってくれた。

「これ、ちょっとしたお礼。道が混んで遅くなったら泊まってもいいし。」

　咲良さんが渡してきた袋を受け取って中を覗くと、
　明らかに宿泊費や食費に使っても、余るほどのお金が入っていた。

「え？これって。。お姉ちゃん。多い！」
「無理を言っているのは私だし、いいから受け取って。」

　驚いて顔を上げると、
　咲良さんは軽く笑いながら、手を振って部屋に戻っていった。

　その背中を見送りながら、私はこの夏休みが、
　自分の思い描いていたものとは少し違う形で始まりそうだと感じていた。

　依頼

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