機械の森

連鎖

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⑤サクラ(優美な女性。売り子。)

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「ドッドッド。はなちゃん。コッチこっち。こっち来てぇえ。」

 アパートの前に路駐している黄色いスポーツカーから、
 須藤が手を振って花子を呼んでいたのだが、
 車体が黄色かったせいで、チカチカと目に映り、
 彼女には全てが良く見えていなかった。

「バタン。ドン。。」
「ぼォォオオオ。。どう。気に入った?。。これってさぁあ。」

 さっきまでの、楽しかった気持ちを台無しにするような、
 よく聞く話。よく聞く話題。よく耳にした曲。が、耳を通過していた。

「あはは。そうね。」「それでさぁあ。」「ああ。そうなんだぁあ。」
「それでね。そいつがぁああ」「あはは。へぇぇぇ。ふううん。」

(こうでしょ?こうよ。。ああ、こういえばいいのよね。こうよね。)

 昔によく聞いた言葉が、車の中で踊っていた。

 もちろん、須藤の視線がある場所に止まらないように、
 いつもの様に、色々な場所に視線を誘導する事も忘れていなかった。

 。

 大きなビルの中にある駐車場に車を止めて、

「ドン。。じゃあ、行こうか。はなちゃん。」「。。。。」

(どうして、そう思ったんだろう。なぜ付いて来たの?
 昔と何か変わった?何かあるかも。何か進めるかも。本当に進めるの?)

 会場まで来てしまった以上、もう逃げることはできないので、
 楽しむしかないと、必死に自分に言い聞かせて心を殺していた。

「ブウン。。大きな会場じゃないから、そんなに緊張しないでいいよ。
 みんな、仲間達ぐらいしかいないし、みんな、優しいよ。」

「。。。」

「それにさぁぁ、
 はなちゃんの格好を見せれば、喜んでくれるって、
 だから緊張しないでいいよ。はなちゃん。
 ピン。。ガアァアアア。ガチャン。
 さあ、行こうよ。はなちゃん。早く。早くぅぅ。グイグイ。」

 無遠慮にグイグイと手を取られて、無理矢理先へ歩かされると、
 手に感じる生温い汗の感触に身がすくみ、全身が拒絶反応を起こして、
 何も見えなくなったように感じて戸惑っていた。

(しねしね。。。しんじまえ。死ねばいいのよ。みんな死んじまえぇえ。)

 やっぱり、昔の自分に戻って、素直な気持ちを周りに振りまいていた。

 。

「ごめん。会場設営をするから、出来るまで適当に見てて。」

 花子が特に興味が出る訳でも無く、
 コスプレしている姿を目で追いながら適当に歩いていると、

「カシャ。」「んっ。。」「お前。。お前だ!」「あいつを捕まえろ!」

 昔もよく当たる人に撮影されたので、笑って見ていた。

「ああ、別にいいですよ。。どうぞ、私で良かったら。撮影して。」

「。。あの。。いいですか?」「どうぞ。」「あの壁でお願いします。」

 そんな優しい彼女の態度に、遠巻きで見ていた男達も近づいてきて、
 コスプレイヤーが並んで撮影している場所に、彼女を誘っていた。

「僕もいいですか?」「もちろん。」「カシャ。。」「カシャカシャ。」
「パシャ。パパっパパ。」

 複数の男達に、巨大なカメラを向けられている花子の格好は、
 濃い紺色のタイトミニスーツのジャケットから、
 白シャツの襟と袖口を覗かせ、
 胸元のボタンは、弾けそうな位に盛り上がっていた。

 大きな胸の膨らみも、彼女の美しさを引き立たせていたが、
 彼女が身に着けているスカートは、皮膚のようにお尻に貼り付き、
 長さもアニメだから許されるという言い訳で、ギリギリまでしかなく、
 その美しいお尻の谷間の位置や、膨らみまで魅せていた。

 もちろん、奇麗なお尻から伸びていく脚は、
 彼女の美しさを、惜しみなくアピール出来るように、
 ブラックのパンティストッキングと、
 同色のコーンヒールパンプスが、鮮烈な美しさを表していた。

(まあ。いいけど。はぁああ。ここかなぁ。こういうのかなぁ?
 さあ、私を記憶に写して。さあ、みんなで私を壊して。)

 周りにいる撮影者は、必死にスカートの中を覗きたい人もいるし、
 ポーズを指定して、アニメのシーンを撮影しようとする人もいたが、
 誰が撮影したとしても、何処を撮影していたとしても、
 数人で取り囲んで撮影しても、少しも心が動かなかった。

(はああ。どうせなら。この場所で。アハ。。ハハハハハハ。いやぁ。)

 そんな花子の気持ちを知っているのか、
 つまらなそうに思っている事が、彼にバレているのなら救いがあったが、
 多分、この男が考えている事など違っていた。

「はーなちゃぁあああん。こっち、こっちぃいいぃぃ。」
「はーーーい。」「カチャ。カチャカシャカシャ。」
「あっ。。ごめんなさい。仕事なの。ごめんなさいね。カツカツ。」

 須藤の気持ち悪い笑顔に誘われるまま、花子も撮影をやめて貰っていた。

 須藤が座っている長テーブルには、
 十冊程度の薄い本と、パイプ椅子が二脚に、
 足元には、よく見た紙袋とダンボールが置いてあった。

「そっちそっち、そこに座ってて。 」「ギィイイイ。何をするの?」
「そこに座って、売れたら本を渡してあげればイイよ。」

 花子と一緒にいるだけで嬉しいのに、
 さっきは、コスプレ部屋で着替えをタップリ覗いて、
 その姿も複数のカメラで録画済みだし、バックアップも完璧だった。

「はなちゃん。渡して。」「はい、ドーゾ。」

 須藤の友達なのか、馴れ馴れしい目線と話し方に鳥肌がたっているが、
 もちろん、よくある笑顔を貼り付けて対応していた。

「アハハハ。凄いでしょ。そっくりだぞぉおお。アハハハ。」
「ねえ、はなさん。こんなやつじゃなく、今度は俺の売り子を。。」
「そうですね。今度来た時に、話を聞きます。ウフフ。」
「そういう訳だから、すまんなあぁ。アハハハ。」

 彼等に連絡済みだったのだろうか、
 何度も嘗め回すように見てくる男に、麗華は昔のように対処していた。

 。

「次は。。」「ありがとうございます。ドーゾ。」
「あのぉぉ。そのぉぉ。」「(ほら。。花子さん)」

 これが楽しみなのだろうか、

「直に、コクるだけの根性もねぇのかぁぁぁ?」
「えっ。。。あ。はい、握手してください。じゅんこ様。」
「言えるじゃないか。ぐい。。ガシッ。いい男になるんだよぉ。」
「はい、ありがとうございました。」

 アニメに出ていた人を演じながら、その後は昔の自分を演じていた。

 もちろん、そんな姿や机の下で脚を何度も組みかえる姿は、
 男達を吸い寄せる密の香りがして、身体は昔の記憶に戻り始めていた。

 。

 須藤は、全ての本が売れた嬉しさよりも、

「ドッドッド。はなちゃん。コッチこっち。帰るよぉ。はなちゃぁあん。」
「はーい。須藤さん。いきまぁぁす。コツコツ。コツコツ。」
「先行っちゃうよ。はやく。はやくぅぅう。」
「いやぁぁぁ。。まってよぉぉ。須藤さあぁぁん。ちょっとぉお。」

 憧れていた人と、友達のように話している事が楽しかった。

 花子の目には、来るときには見えていなかった車体の色が、
 薄暗くなった世界では、昔も見たな程度には見えていた。

「バタン。ドン。。」
「ぼォォオオオ。。どう。楽しめた?。。こんかいさぁあ。」

 こんな話も、
 気持ちが悪くなる事も、気持ちを台無しにする事も無かった。

 よく聞く話。よく聞く話題。よく耳にした曲。が、心を動かす事も無く、

「あはは。そうね。」「それでさぁあ。」「ああ。そうなんだぁあ。」
「それでね。そいつがぁああ」「あはは。へぇぇぇ。ふううん。」

 ただ機械が返事をするように、反応していた。

 そんな花子も、

(もう桜って。。ああ、もう終わったのね。。もう祭りも終わったのね。)

 人通りも無く、散った事さえも忘れられている桜並木が、
 生き生きとした新緑に染まって、世代が変わったと世界を照らしていた。

 。

 また須藤の家に戻り、
 借りていた服を、リビング前のコスプレ部屋で脱いでいた。

 リビングの扉は開いていたので、

「ドシン。。ふぅううう。本当にありがとう。花子さん。」

 須藤の声は、花子にも聞こえていた。

「スルスル。私も昔を思い出して楽しかったわ。アハハハ。」

(何をやっているんだろう。。私、喜んでいたの?むにゅむにゅ。)

 久しぶりに着たタイトな服を脱ぐと、
 今も身体を締め付けられているように感じて、
 下着姿のまま、全身を揉みほぐしたりストレッチをしていた。

(もうちょい。。おっと。このアングル。うぅぅ。。)

 複数の画面で、色々な角度から見る花子の身体は極上で、
 今すぐに、花子の声を聴きながら欲望を発散したかったが、

「うっ。。。また頼んでもいい?」

(この。。しわが。うううう。。。この食い込み。柔らかそうな。)

 必死な男の気持ちなど、汲む理由も無いので、

「うーん、もういいや。もうわかったし、もうイイかなぁ。ごめんネェ。」

(こっちの服でも良かったかなぁァ。アハハハ。これなら。。)

 さっき着ていた服よりも、フリフリで可愛らしいピンク色の服が、
 衣装ダンスに並んでいるのを見て、

(ブン。。。こうだっけ。。ブルルン。。あはははは。こうだわ。)

 昔を思い出して、
 そのキャラクターがしていたポーズを、真似して楽しんでいた。

 もちろん、この男は見ているので、

「そうだ。。あのキャラもいいけど、まどかさんのコスプレって、どう?」

(こっち押しだったのか。。さすがに、あのサイズだと着れないが、
 今度はそれに着替えて貰って。ふうふうふふう。
 それに、あのコスプレは、下着も変えないといけないしな。。)

 今回のは下着まで変える必要が無いが、
 まどかのコスプレなら、一度全裸になる必要があると喜んでいた。

「まどかちゃん。そうねぇぇ。。」

(こうかなあ。。こうこう。あっ。。そうよ。弓。。ああ、杖も。)

 膝を曲げたり、手をひねって傾けたり、弓を打つポーズをしたり、
 だんだんと記憶が戻ってきて、
 下着姿なのも忘れて、全身鏡の前でポーズを取っていた。

「こんなオバサンじゃあ。。やっぱり。浮いちゃっていたしぃぃ。」

(あはははは。そうだったわ。そうよねぇぇ。。あはははは。)

 鮮明に思い出す記憶。。代わりに、少しだけ軽くなる記憶。
 どんどんと記憶が麗華に入れ替わっていくたびに、自分が変わっていた。

「残念です。友達も、次は、いつって、さっきから連絡がくるんでっす。」
「じゃあ、気が向いたらって連絡してあげてね。アハハハハハ。」
「そんなぁぁぁ。。花子さーん。お願いしますよぉぉ」「アハハハハハ。」

 今日の経験が、心を軽くする事につながっているように感じでいた。
 ただの地獄へ繋がっている道とも知らずに、嬉しそうに笑っていた。


 ⑤サクラ(優美な女性。売り子。)
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