ハラスメントオーバー

なたり

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失望

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「弘通」

弘通が部屋の扉を開いて中に入ると、即座に矢弘の呼び声が飛んできた。
観ていたらしきテレビを消してソファから立ち上がり弘通に近づいてくる。
壁に凭れると不機嫌そうに弘通を見やった。

「……何?」

弘通も低いトーンで声を返した。


「朝ヤったのそんなキツかった訳?」

弘通の動きが止まる。
思いもしない言葉だった。
弘通は頭に血が上るのを感じながら上着を脱ぐ。

「お前に失望したんだよ」
「お前も結局上に乗ってきただろ」
「朝の事言ってんじゃねぇよ」


「今までの事だ」と言葉を吐いて、眉を寄せる矢弘を睨み付けた。





「何の話?」と矢弘は白々しいセリフを吐く。
憤りも虚しさも言いようのない感情も全部ぶつけたかった。
そんな奴だと思ってなかったと一纏めにして。

「彼女が出来たんだろ」
「あぁ……、だったら何?」
「いつ出来たんだよ」
「覚えてねぇよ。そんな事より……」
「かなり前って事か?じゃあ、彼女が出来てからも何回も俺を抱いたのか」
「は……、何の話してんの?」

「彼女が居るなら彼女とヤれよ」


いつもの軽口じゃないと矢弘は察した。弘通が心の底から思っている事をぶつけてきたのだと。


「もうお前とセックスしない」
「は?」
「同じベッドで寝ない」
「何で?」
「当然だろ」


弘通の態度は、彼女が出来たと言った事が原因だったのだと矢弘はやっと気が付いた。


「彼女とすればいい話だろ」
「俺に彼女が居るとかお前に関係あんの?」
「彼女の気持ち考えろよ」
「別にお前が考える必要ねぇだろ」


弘通は上手く口が回らなかった。
自分でも纏まってない感情を人に伝えるのは難しい。

「マジで嫌い。お前の事」


久しぶりに口にした言葉に収束した。


さっきテレビを消したから、部屋の中が静かだった。

弘通は俯いたまま何かを堪える。
俺は、何でこんなに、


「……お前と浮気してるって俺の彼女が知ったら可哀想だって言いたいの?」

それだけじゃなかった。
だけどそれに集約したのだ。

「俺ら相性良いんだからいいじゃん」

「俺はセックス係か?」

弘通に押し寄せたのは罪悪感とプライドと……あとは説明がつかなかった。


「テメェの彼女が受け切れない分の性欲を俺で充たそうとしてんじゃねぇよ」


そんな都合の良い役割を請け負うつもりはねぇ。


弘通が感情を吐く中、矢弘は昼と同じ理由で苛立っていた。
弘通がこっちを見ない。睨み付けてこない。挑発してこない。

ただ俺を拒絶してる。

弘通同様、矢弘も上手く口が回らなかった。
苛立ちだけでない何かが襲ってきていた。
頭の中で警報が鳴っている気がする。

こっち見ろ、と弘通を睨んだ。


「……風呂入ってくる。上がったら寝る。お前が上のベッドで寝るなら俺はソファで寝る」

今は冷静になれないと弘通は判断した。明日から徐々に距離を取ろうと決めて言葉を吐いた。

視線を床に向けたまま矢弘の横を通り過ぎようとした
が、


「ぅわっ」

物凄い力で腕を掴まれて弘通は思わず声を上げた。

矢弘が腕を掴んだのは無意識だった。
全身全霊で自分を拒絶する弘通を咄嗟に引き止めていた。


「こっち見ろ」

顎を持ち上げて強制的に視線を合わせた。
やっと自分を見た弘通は、思ったより苦しそうな顔をしていた。


「触んじゃねぇよ」

顎を持ち上げた腕を掴まれてまた俯かれる。
ああイライラする。

「彼女に触ればいいだろ」


俯いたまま弘通は言った。

俺に触れるこの手で、矢弘は彼女に触れるんだろう。
そんな手で触るな。



触れることも拒絶される。


我慢できなくなって矢弘は勢いよく言葉を吐いた。


「彼女なんか居ねぇよ」

彼女を大切にしない俺にそんなに失望したか?
都合よくセックス係にされたと思ってプライドを傷つけたか?

矢弘の想像はほとんど当たっていて少し足りなかった。


「……は?」

矢弘が「出来た」と言ったのは、弘通のどうせ出来てねぇだろ、という表情を崩してやりたかったからだった。
それだけのつもりだったのに、ここまで拒絶されるのは想定外であった。

弘通がやっと顔を上げて、矢弘はその瞳をじっと見つめる。


「お前が「絶対ない」とか言うから出来たって言っただけ」
「は……!?」

弘通は驚愕して、一気に体の力が抜けた。
彼女出来てねぇの……?



ポカンと口を開けて自分を見つめるアホ面を、矢弘は支配したくなった。

腕を掴んだ時、確かに思ったのだ。
絶対逃がさない、と。



「……っ、!」


静かに唇が重なった。
矢弘が顔を傾けて弘通の唇を塞いだのだ。

体は何度も重ねても、唇を重ねたことはなかった。

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