ハラスメントオーバー

なたり

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二年

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「弘通ってさ、もう矢弘のこと嫌いじゃなくなったの?」


秋が終わりかけていた頃に、佑霧は思い出したように弘通に問いかけた。

「え?そう見えんの?」
「うん。嫌いには見えねえ」
「あー、そういや佑霧に話してなかったけど、俺アイツと色々あって」


当初弘通が予想していた通り佑霧と矢弘は馬が合ったようで、矢弘の弘通に対する嫌がらせから始まったものの、あれから三人でいることは多かった。


「ああ、まぁなんかあんだろうなとは思ってた。初めから」
「なんか悪ィな、何も言ってなくて」
「んや、今話してくれるんだろ?」

佑霧が缶の酒の残り3分の1くらいを一気に飲み干していく。
弘通はその上下に動く喉仏をぼうっと無心で見つめていた。
今日は佑霧の部屋で呑んでいる。
飲みといっても度数の低い缶の酒のみ。

「おー……つか、俺がなんとなくずっと矢弘のこと嫌ってたのはお前知ってんじゃん」
「うん。だからあの最初の食堂の時俺ビックリした」
「本っ当にあん時は……矢弘ぶっ殺してやると思ってた」

弘通の目はどこか遠くを見ている。
佑霧は腹を抱えて笑った。
お互い少し酔っているようだ。

「あ、やっぱなんかあったの?あん時」
「俺はあの日脅されてアイツと飯食うようになったんだよ。」
「え何?何をネタに脅された訳」

弘通は少し悩んだ。
もう綺麗に消えてなくなったあの傷跡の話を佑霧にするかどうか。
ただこの話を隠したままだと話が先に進まないだろうし、もう完治した傷の話をいつまでも恥ずかしがる必要もないと思った。

「あん時さぁ、矢弘の首に歯形ついてたじゃん」
「付いてたな。もう消えたけど」
「アレ俺が付けたんだよね」

「え?」

佑霧は目を丸くした。
思わぬ事実だったのだろう。そりゃそうだ。

だけど弘通はそこまで話してからふと、矢弘が俺のこと脅して嫌がらせしてきたなんて言ったら、友達のこいつはショックを受けたりするのか?と考えた。
もしこの話をしたことで、矢弘と佑霧の関係が悪くなったりしたら、と。
それを考えるにはもう遅いのだが。

「お前何してんの?」
「違う違う。俺がヤべぇ奴みたいになってんじゃん」
「お前ヤベぇよ」
「違ぇよ。俺も首にガーゼ貼ってたじゃんそん時」

佑霧の白い目が痛くて思わず早口になる。
数少ない友人に引かれたくない。

「……あぁ、確かに。」
「俺の首のガーゼは……矢弘に付けられた歯形隠してたんだよ」

「……は?」

心底理解不能だとでも言うような顔で見られて、何だか居た堪れなくなる。
あの佑霧がこんな顔をするなんて珍しい。

「お前ら何してんの?」
「なんつーか……戯れ合いで?」
「ヤベぇな。……え、だってアレ部屋替えしてすぐだったよな?」
「そうだよ。顔合わせて二日目?」

「二年目でも噛まねぇよ」
佑霧は苦笑した。
入学してすぐ仲良くなったから、佑霧とはもう二年の仲なのか。未だよく分からない所もあるけれど。

「で、それきっかけに……」
「そういやさぁ、」
「何?」
「お前ら一緒のベッドで寝てたって矢弘言ってたけどマジなの?」
「あぁ……そう、それも嫌がらせで……」

それは現在も続いているとは流石に言えなかった。

佑霧は密かに、(だからなんかこの二人いつも距離近いのね)と納得した。
実際初日から一つのベッドで眠ったことで互いのパーソナルスペースを侵し、二人の距離感は少し通常とズレていた。


「で、そういうのきっかけに何つうかちゃんとコミュニケーション取るようになって、」
「取り方ね」
「で、矢弘は俺に嫌がらせしてその反応を面白がるのが好きみたいだったから」
「捻くれてんな」
「俺は嫌がらないようにしたんだよ」

「……はぁ」

佑霧は少し首を傾げた。

「つうか、俺も矢弘が嫌がることしてやりたいと思って、俺が嫌がらないのが矢弘からしたらつまんねぇかなと思って、」
「なるほどね」
「そう」
「無反応で返したんだ、嫌がらせに対して」
「……うーん」

弘通は曖昧な返事をした。無反応というよりは……

佑霧は日頃の二人の様子を思い浮かべる。

「……いやけどさ、なんか分かるよ。その矢弘がしてた嫌がらせっていうのはなんとなく。」
「だろ?」
「お前に嫌なこと言ったりするのよくあったもんな」
「そうそう。俺はアイツが嫌がらせしてきてんだって知ってたけど、お前よくあんな奴と仲良くできたな」
「いや、だって、お前ら……」
「ん?」


佑霧は二人のそういう絡み方を、楽しんでやっているものだと思っていた。

「例えば、矢弘お前に小さいって言うじゃん」
「言われるな、よく」

三人で図書館で資料を探した時も、並んで歩いている時も、矢弘が5センチ下の弘通を見下ろすタイミングがあれば、その都度矢弘は嫌味を言った。
実は三人の中だと佑霧が一番身長が低いのだが、矢弘は佑霧には何も言わない。

「そん時お前、いつも「可愛いだろ?」って言うじゃん」
「いや本気で思ってねぇよ?」
「それは分かるけど」
「最初アイツちょっと動揺してただろ?アレは俺の勝ちだったな」


悪餓鬼のように笑う弘通を見て、何が勝ち?と佑霧は思った。

「お前そんなキャラだったっけ?」
「え?」


弘通は目を丸くした。

「矢弘に嫌がらせされんの、なんか寧ろ嬉しそうじゃん今は」
「それでいいんだよ。嫌がる姿が見たいのに嬉しそうにしてたらがっかりすんだろ」

佑霧はここ最近の矢弘のことを思い返して、がっかりしてる様子はないけどな……と思った。
寧ろ矢弘の皮肉に好戦的に言い返す姿を楽しんでいるように見える。つまり二人とも楽しそうなのだ。

「実際はどうなの?」
「ん?」
「矢弘に馬鹿にされたりすんの」
「いやウゼぇよ。」
「本当に?」
「え?……あーでも、なんか嫌なこと言われても、俺の嫌がる顔が見たいから言うんだって知ってるから本気にしないというか……、本気で嫌だと思うことはねぇな」
「……なるほどねえ」

なんかおかしくね?と佑霧は思ったが、
けどまぁ仲良くしてんならいいや、と思って新しい缶を開けた。


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