ワイン風呂

士鯨 海遊

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 しばらくは叫び声と喘ぎ声が飛び合っていたが少しずつ少しずつ小さくなっていき、ついには静寂に包まれていた。
 頭をくっつけ合わせて沈黙する娼婦の女と無職の男、壁に寄り添って口をパクパクと開けたり閉じたり繰り返す盗賊の男。
 水欲も飲酒欲も睡眠欲も遊戯欲も性欲も何もかも満たされれば満たされるほど、欲望は積もり溜まって胃袋の中にどんどん膨張してゆく。理性という胃酸は抑えきれずに消えてしまい、やがて破裂したその先にあるのは壊れて終わりを待つ廃なのであります。

 ——何時間か経ったでしょうか。沈黙の中から突如一人の小さな声が聞こえました。

無職の男 「死なないか、——」

 気力の失せたその声で続いて言った。

無職の男 「もうここから出られない……、何もかもすることない……、生きることも……、神に願うことも……、意味が無くなったんだから……」

 盗賊の男は黙ったままだが、無職の男の横にいる娼婦の女は小さい声で返事をした。

娼婦の女 「ええ、——死にましょう……」と。

 そうして二人は廃人のような目を合わせ、接吻をしながらそのままワイン風呂の中へと沈むように消えてしまいました。
 部屋には盗賊の男ただ一人だけが残され、またさっきのような静寂に戻るのである。
 
 二人が消えてから数分後でしょうか、盗賊の男は小さく笑いました。

 「——ハハハハハ、あいつら……また接吻しやがって……、ハハハハハ——」

 すると小さな笑い声はすぐに大きく激しい咳へと変わる。

 「ゲホゲホゲホ! 、ゲホゲホゲホ!」

 盗賊の男は跪いて苦しみ、口から多くの血を吐き続け、壁に付いた血痕はゆっくりとワイン風呂へと流れてゆく。履いているその水着はもう赤紫色どころか恐ろしい真っ黒へとなっていたのです。
 
 咳が落ち付いてゆくと、盗賊の男はワイン風呂を廃の目でじっと眺めた。すると口元に笑みを浮かべた途端、ゆっくりと動いてワイン風呂に入り、歩いて浴槽の真ん中で棒立ちする。
 そしてその血だらけの顔で天井を見上げ、大きく両手を広げて言った。

 「——なぁ、神よ見ているか、これが答えだ……」

 盗賊の男はそのまま後ろへと倒れ、ワイン風呂のしぶきと共に消えてしまいました。

 部屋は誰もいなくなり、壁側の大きいワインボトルから流れて落ちるワインの音だけがひたすら響いているのです。
 
 部屋の外側で様子を見た神は頭を抱えて目を瞑りました。
 やはり人間は愚かでありました。そして我々も……と。

 終
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みんなの感想(1件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

士鯨 海遊
2021.09.15 士鯨 海遊

ありがとうございます、これからも書き続けるように頑張ります。

解除

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