21 / 30
「戦艦長門」父の詫び状。
しおりを挟む夕食には「鱧」が出た。
たまにしか顔を出さないボクのための心尽くしだろう。
「鱧」は徳島の夏の食べ物だ。
ボクは、父の影響のため酒を飲まない。
「鱧」は「骨切」が命の魚だ。
小骨が多い。
その小骨を細かく包丁を入れて切る作業だ。
魚屋の腕が試される魚だ。
古くから付き合いのある魚屋から買ってきたと母が言った。
流石という仕上がりだった。
鱧だけじゃない、アジ、イサキもある。
・・・・食べているとアジもイサキも身が繋がっていた。
これは、母が切ったものだろう。
何も言わずに笑って食べた。
弟は、どんぶり飯に刺身を乗せてかき込んでいた。
今日も、阪神を応援しながらメシを食う。
風呂からあがれば、深夜1時を過ぎていた。
弟は2段ベッドの下の段で寝ている。
祭壇の前の段ボールの山・・・・父の遺品。
・・・箱を開けていく・・・・ほとんどが洋服だ・・・・
いらない・・・・センスが・・・時代が合わない・・・さらには体形も合わない。
父の方が背が高かった・・・足が長かった。・・・・ボクは、母方に似たんだろう。
・・・・・腕時計が出てきた。
「RADO」・・・スイスの高級時計だ。
父が羽振りの良かった時に手に入れたものだ。
父は片時も離さず身に着けていた。
・・・・病院でも置いてあったな・・・・
「持って行くか・・・?」
いつの間にか、隣に座っていた母が言った。
「RADO」は秒針が動いていない・・・・時間が止まっていた。
「いや、いい・・・」
・・・・そのまま段ボールに戻した。
高級時計に興味がない・・・・いや、父の「遺品」というものに興味がなかった。
何かを持って行こう・・・・何かを形見として貰おう・・・そんな感情が動かない。
酒乱。 クズ。 クソ野郎。 負け犬・・・それが、ボクにとっての父だ。
次の小さな箱を開けた。
ミニカーやら、マンガ本が入っている。
「それは、カァくんの荷物や。・・・・整理したら出てきたからまとめといた」
確かにボクのものだ。
ミニかー、雑誌・・・押入れの奥に入ってたようなやつだ。
これは、このまま持って帰ればいい。
・・・・次の箱を開けて手が止まる。
プラモデル・・・・戦艦模型が詰まっていた。・・・・丁寧に塗装が施された模型が何隻もあった。
昔、部屋には、父の模型専用の飾り棚があった。・・・・ガラス戸には鍵が掛かって開かないようになっていた。
戦艦大和・・・・武蔵・・・長門・・・空母飛竜・・・蒼竜・・・・
子供だったボクは、それを飽きもせず眺めていた・・・・ボクがプラモデルを作るようになったのは、その影響だ。
父は、ボクが寝ている間に仕事に出かけ、寝ている間に仕事から帰ってきた。
一度家を出れば一週間くらい帰ってこない。
飾り棚には、作りかけのプラモデルも置いてあって・・・その進み具合で、父が帰ってきたのを知った。
ボクも、作りかけのプラモデルはそこに置くようになった。
・・・・ある時、ボクの作りかけのプラモデルが直されていた・・・・ボクが間違えて設計図と左右逆に部品を取り付けていた・・・・それが直されていた。
いつしか、作りかけのプラモデルは父子の会話になっていた。
会えなくても、言葉を交わさなくても、プラモデルの飾り棚が、父子の会話の場所になっていた。
箱の中に、小さめの戦艦があった・・・・
父が作っていたのは1/350という大型のプラモデルだった・・・・その中に1隻だけ小さなプラモデルがある・・・1/700のプラモデルだ・・・・父が作っていた記憶はない。・・・・1/700は、ボクが作っていたシリーズだ。
1/350は、小学生のボクには、まだ早いと・・・父が買い与えてくれたシリーズだ。
取り出す・・・・綺麗に塗装が施されている。・・・・父の手によるものだ。ボクには、これだけの塗装技術はない。
・・・・手に取ってみれば・・・割れている・・・ところどころ破損しているのがわかった・・・・それを補修した跡がある・・・・パテで、塗料で巧妙に隠してはいるが、破損、ヒビ・・・それに欠損した部品があることもわかる・・・・
・・・・・記憶を手繰り寄せる・・・・細い糸の記憶・・・・徐々に大きな記憶へと繋がっていく・・・・
・・・・ボクが作ったものだ。
ボクが作っていた1/700の戦艦長門だ。・・・・・そして破損の跡・・・・
「お父さん・・・直しとったわ・・・・」
母が言った。
・・・やっぱりだ・・・あの時のやつだ・・・・
父の運送会社が失敗に終わり、この廃墟のような家に引っ越してきた・・・・毎日毎日、弟の面倒を見る日々・・・・母が仕事から帰ってきたときにプラモデルを作っていて怒られたことがある・・・・その時に、感情を爆発させたボクは、全てを掴んで、裏の縁側に投げ棄てた・・・・・あの時のプラモデルだ。戦艦長門だ。
・・・・・もちろん、ボクは、そのあと拾ってはいない。片付けてもいない・・・・
・・・あの時・・・確かに壊れた音がした。割れた音がした。
「それ直すの、時間かかっとったわ・・・毎日直しとったわ・・・」
母が呟くように言う。
割れた跡が補修されていた・・・・裏からプラバンで繋いで補修していた・・・・パテで巧妙に直している・・・・欠損した部品も、それらしくプラ棒で自作されている・・・・そして丁寧に塗装されていた。・・・父らしい、丁寧な仕上がりだ。
父は、トラック運転手という「荒くれ者」といったイメージの仕事をしていたが、繊細な、細やかな仕事のできる人だった。たまに見せる包丁さばき・・・・家で刺身を作る・・・魚を捌くのは父の役割だった・・・・盛り付けの美しさからして、見事な出来栄えだった。
・・・・丁寧に、丁寧に、ボクの戦艦長門は修復されていた。
丁寧に、丁寧に塗装がされていた。・・・・そして、見事に完成されていた。
・・・・いったい、どんな気持ちで父はこれを直したのか・・・・ただの気まぐれだったのか・・・・それとも、ボクへの詫び状のような気持ちがあったのか・・・
・・・・父が死んだ今となってはわからない・・・
戦艦長門を手に取り、右にして・・・左にして・・・・上から・・・下から・・・隅々まで眺めた・・・
・・・それでも・・・・それでも・・・愛しむように直されていること・・・・愛しむように塗装がされてることはわかる・・・・
本物の船の甲板は木でできている。木材でできている。・・・・その一枚一枚を「木」として塗り分けていた。
一枚の甲板の大きさは、わずか2mmほどだ。・・・その一枚一枚を、微妙に色を変え、塗り分け、木の質感を表現している。・・・気の遠くなるような作業だ。
・・・さらには、その木板一枚一枚に「木目」すら描いている。
とてもプラスチックでできているとは思えない表現だ。溜息がでるほどの仕上がりだ。
幼い日、プラモデルを造り続けた。
・・・・だから、わかる。
どれだけに根気、時間が必要な作業か・・・・父の・・・父の・・・プラモデル造りの・・・いや・・・父の持つ、全ての能力を注ぎ込んだような作品に仕上がっている・・・
幼い日、父のプラモデルは「憧れ」だった。
どうして、こんなにかっこよく・・・・美しく・・・本物のように造ることができるんだろう・・・
プラモデルは、プラモデルでしかない。・・・・プラスチックでしかない。
それなのに、父の造る戦艦は、重たい鉄に見えた。
・・・・甲板は、木材に見えた。
翻っている旗は布に見えた。
・・・・全体が、戦艦・・・・本物の、鉄でできた戦艦に見えた。
写真に撮ったなら、本物の戦艦にしか見えない。見事な出来栄えだった。
なんとかして父の戦艦に近づきたかった。父から技術を懸命に学んだ。
父に全てを教えてもらった。
少しでも、上手に憧れの戦艦を造りたかった
・・・・父と子の会話だった。
プラモデル造りは、父と子の、男同士の会話の場だった。
戦艦長門は、縁側に投げ捨てた時にバラバラに割れて、壊れていた。
・・・・修復してある。懸命に修復してある。懸命に塗装で修復してある。
・・・・それでも、物理的に割れてしまった個所は、どうしようもない・・・・修復しても「壊れている」とわかる個所がある。
・・・・そこには「バトルダメージ」を入れていた。
「壊れている」・・・・ならば、壊したままの表現をすればいい。
戦闘で傷ついた態を表現していた。
砲弾を受けたように表現していた。
工具で「砲弾跡」を表現し、細心の塗装を施していた。被弾し、弾け、焦げ・・・・剥き出しになった鉄骨の表現を施していた。
・・・・なんという技術だろう・・・なんという根気強さだ・・・・
ボクが壊した戦艦長門を、歴戦の勇士の・・・・傷だらけの「日本海軍旗艦」に仕上げていた。
戦艦長門が好きだった。
普通の子供なら「戦艦大和」や「戦艦武蔵」・・・・日本海軍を代表する巨大戦艦を好きになる。
しかし、ボクは長門が好きだった。
太平洋戦争初期の「日本帝国海軍旗艦」
大和や武蔵から比べればはるかに小さい。・・・・だから、その後は大和に旗艦の座を譲る。
それでも懸命に戦った。
太平洋戦争を生き抜いた。
沈没させられることなく歴戦の戦闘を戦い抜いた。
・・・・戦争を生き抜き退役・・・・しかし、その後・・・・終戦後・・・・占領軍、米軍に接収される。
そして、原子力爆弾の実験材料とされ沈められた。
父が教えてくれた物語だ。
儚さに泣けてしまった。
戦争の悲惨さ、横暴さ、そして、人間という存在の儚さに泣けてきてしまった。
戦艦長門が好きだった。
華麗さや、華のある存在じゃない。
それでも、与えられた仕事を、任務を、実直に、堅実にこなす、こなした戦艦長門が好きだった。
・・・・その長門を・・・ボクが壊した長門を、父が懸命に修復していた。
幼い日・・・父と子の記憶が蘇る・・・
プラモデルを一緒に造った。
阿波踊りを一緒に見に行った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ガラスの森
菊池昭仁
現代文学
自由奔放な女、木ノ葉(このは)と死の淵を彷徨う絵描き、伊吹雅彦は那須の別荘で静かに暮らしていた。
死を待ちながら生きることの矛盾と苦悩。愛することの不条理。
明日が不確実な男は女を愛してもいいのだろうか? 愛と死の物語です。
機織姫
ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる