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「夏に別れた」完全なる敗北。
しおりを挟む・・・さらに事態は悪化していった。
決定的なことが起こる。
父は、運送会社を始める時、トラックを購入するに当たって莫大な借金をしていた。・・・・そして、その担保に「屋敷」が入ってた。
商売は見事に失敗し、その「屋敷」を追い出されることになってしまった。
行き着く先は・・・・事務所にしていた・・・ボクたちが緊急避難として使っていた廃墟のような古民家やった。・・・・ここは借家だった。
その古民家に、一家は正式に引っ越すことになった。
・・・しかし狭い。平屋の2DKでしかない。
祖父は、勤め先の工場の独身寮へと入った・・・工場の隣の建物やった。
引っ越しは、祖父・・・そして、母の姉夫婦たちで行われた。
ボクは、自分の荷物を自転車で何回か往復して運んだ。
・・・・父は・・・父はいなかった。
引っ越し日は当然として、そのあとも姿を見なかった。
最初、離婚したのかと思ってた。
父の姿を見ないからといって、悲しいも、寂しいもない・・・どうなっているのかも知らない・・・別に知りたくもない・・・・
毎日が苦しかった。
緊張した「透明人間」と化した学校生活・・・・給食が食べられない毎日・・・・そんな、全く落ち着くことができない環境の中におった。
・・・・ただ、父を恨んでいた。父を憎んでいた。
全てが、父の撒いた種やった。・・・・全ては父の失敗のせいやった。父の「酒乱」のせいやった。
死んだ魚のような・・・感情のない目で暴れていた姿が脳裏に焼き付いている。2段ベッドのハシゴを振り回していた姿が焼き付いている。
会いたくなかった。見たくもなかった。
ただ、人間のクズ。 ゴミ。 クソ野郎。 負け犬・・・ありとあらゆる罵詈雑言を心で叫んでいた。
父だけを憎悪した。・・・・他の誰をも恨まない・・・ゴンを恨むこともない・・・・女の子グループを恨むこともない・・・・全ては父が原因やった。父さえちゃんとしていればこんなことにはならへんかった。・・・父が諸悪の根源やった。
・・・・だから、父だけを憎んだ。父だけを恨んだ。父だけを憎悪した。
・・・・祖父が働いていたのはゴンの家が経営する工場やった。・・・つまりは分家の従業員。
・・・・そして、父が借金をした先もゴンの家やった。
さらには、ボクたちが緊急避難で使っていた・・・・このあと住み続ける廃墟のような古民家もゴンの家の持ち物やった。
こうして、本家の威光は失墜した。
地に落ち、泥にまみれた。・・・だけにとどまらず全てを失った。「本家」の命運はこれで尽きた。完全に終わった。
農地解放によって財産である土地を奪われ、そこからの起死回生を狙った父の商売で息の根が止まった。
・・・・翻って、商工業を主な生業としていたゴンの家は、栄華を誇っていった。
家内手工業だった製糸業は「製糸工場」へ。
細々とした「瓦工場」は、碍子を手掛けて一気に近代工場へと発展していった。
戦後復興、高度成長の住宅需要・・・・もう一方の分家「山林」を生業としていた分家との共同事業・・・「材木工場」も、すぐに第二、第三の工場が建てられた・・・・そして、その全てを手に入れていった。
・・・・「山林」の分家には跡取りがおらんかった。だから、事業の全てがゴンの家のものになった。
同じように、本家の財産も、「借金のカタ」として、その全てがゴンの家の手へと落ちた。
こうして、この地は、ゴンの家が完全に支配する地となった。
学校でのゴタゴタは、その下克上が、子供社会にそのまま適応されたってだけのことや。
・・・・ボクは、どういうわけか、ゴンの兄ちゃんと仲が良かった。可愛がられた・・・・ゴンがヤキモチを焼いて泣くくらいに、ボクはゴンの兄ちゃんに可愛がられた。
最初に野球を教えてくれて・・・・ピッチャーとして育ててくれたのは兄ちゃんや。
・・・・そして、それは兄ちゃんだけやなかった。・・・・叔父さん・・・・ゴンの父も、ボクを可愛がった。
叔父さんは、ゴンと兄ちゃん・・・そして、ボクを、よく遊びにつれて行ってくれた・・・・ボクの父は、長距離運転手で家にいることが少ない。・・・・その日常の「父親代わり」を叔父さんが務めてくれていた。
・・・・ゴンは、ずっと悔しかったんやろうな・・・・
・・・・運悪く、古民家は通っていた小学校の校区外やった。
ボクは小学校を転校することになってしまった。
しかし、安堵していた。
もう、この小学校に居場所はない。この場所に居場所はない。
せめて転校できることに、新たな希望を見出していた。
・・・・たったひとつの心残りを除いては・・・
最後の日がやってきた。
・・・・今日を最後に、この小学校・・・・ずっと通ったこの小学校・・・・もう、このクラスに来ることはない・・・・・
全てが終わって掃除の時間。
ボクは黒板消し2個をもって教室を出た。
ボクは掃除といったところで、ホウキを持ったりはしたことがない。いつも、黒板消しを叩くとか、教壇の花瓶の水を入れ替えるとか、そんなことばかりをやっていた。その時も黒板消しをもって外階段で時間を潰す気やった。
建物から重い扉を開けて各階をつなぐ非常階段、外階段に出た。・・・重い扉が背中で閉まる。
その階段の踊り場。黒板消しを叩くのはそこと勝手に決めていた。
教室の閉塞感とは違って、空が見える解放感がいい。
重い扉で教室との繋がりも消えた。
教室に居場所がなかった。
ボクは、ひとりで、ここにいることが多かった。
初夏。風が気持ちいい。
黒板消しを1個づつ両手に持って、そのまま階段の手すりにバンバンバン!と叩きつけた。ボワッ!とチョークの粉が舞い上がり、手すりは真っ白になった。・・・それが風に流されていく。
「いけないんだ・・・・手すりが真っ白になるやん!・・・」
弟のいたずらを咎めるような言い方・・・・茜が立っていた。・・・その背中で、重い扉の閉まる音。
茜はボクに・・・「透明人間」と化したボクにも、唯一、これまでと変わらずに接してくれていた。
ふつーに喋り、ふつーに笑顔を向けてくれた。
ボクはいたずら小僧そのままに、また黒板消しを手すりに叩いた。
「あかんって・・・・」
茜は、持っていた雑巾で、手すりを拭いた。
誰もいない、二人きり。
教室の騒めきとも隔離された世界。
見つめ合った。茜の笑顔。ボクも笑っていた。
ボクはまた叩いた。
茜は黙ってまた拭いた。
ボクが叩く、茜が拭く、また・・・・
初夏の日差し、校舎の3階の風。
何度も見つめ合った・・・・・・
ボクが、この小学校に残した唯一の心残り・・・・
「好きだ」
結局言えずに、ボクは茜と別れた。
「お別れ会」すらしてもらえず、ボクは転校していった。
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