不思議体験・外伝。

ポンポコポーン

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「腹を裂かれる」また、ひとり。

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親父さんは、・・・親娘は、


全ての借金は返せない・・・そもそも、親父さんも、仲間内の「連帯保証人」として、背負ったって借金だ。

災難のように背負った借金だ。


全額返す義務はないように感じる・・・・少なくとも、当人には、そう感じる。


しかし、「ヤクザ」への返済を怠れば、命にかかわる。


だから、

「ヤクザ」への返済が完了すれば、

「自己破産」するつもりだった・・・・もちろん、「親父さん」がって意味だ。



・・・・しかし、

地元の仲間内、銀行も手をこまねいているだけじゃなかった。


何しろ「数億円」って借金だ。

そう簡単に諦められる金額じゃない。


債権者たちは、血眼になって親父さんの行方を追っていた。


親父さんを探しさえすれば・・・

手紙が届く住所さえ見つけられれば、


「借金」はなくならない。消えない。


たとえ、これまで一円も返済されていなかったとしても、

相手の住所がわかっていて・・・連絡がつくのであれば・・・つまり「督促状」が届くのであれば、「借金」そのものはなくならない。


・・・・連絡がつかずに、10年が経過すれば、

「借金」そのものが消滅する。

「時効」が成立する。


そのため、

債権者たちは、

何よりも、住所を・・・親父さんの居場所を突き止めたいわけだ。


しかし、

警察に届けても、警察は何もしてくれない。


「借金を返してくれない」


それだけでは、警察は動いてくれない。


「借金」という民事では警察は動かない。・・・・警察の捜査によって相手を探すことはできない。


・・・・ただし、

「刑事事件」となれば話は別だ。


債権者たちは、


「横領」

「文書偽造」

「詐欺」


・・・・可能な限りの罪状を訴え、刑事告訴に踏み切った。・・・・誰も、罪状が事実だとは思っていない。


「刑事事件」として、告訴するためだけの罪状だ・・・「警察権力」によって、親父さんを見つけ出そうという魂胆だった。



・・・・その結果、

警察が、

刑事が、

会社にまでやってきたんだった。


・・・そして、明菜さんは解雇となった。



女が「困り顏」で話している。

眉を八の字にして、

深刻そうに・・・心配顏で・・・


そのくせ、煙草の吸い方は、まるで「男」のソレだ、

深く吸い込み、ニコチンを最大限に身体に染み込ませ、そして、煙を吐き出す。


心配顏の独演会は続く。

時折、紅茶で喉を潤して独演会が続いた。



「・・・・明菜さんが可愛そうよね・・・」



イラついていた。


女の顏には「真実」がなかった。

こいつは、嘘の仮面を被ってる。


心配顏をしながら、他人の不幸を悦んでる顏だ。



・・・・そうか、

この女は「猫」だ・・・・それも、「性悪猫」だ。


腹も減っていないのに、

ただ、

ネズミを転がし、玩んで楽しむ「性悪猫」の顔だ。


綺麗な女だ。「美しい」と言っても十分だ・・・ウチの田舎村なら、

「村一番の美人さん」って存在だろう。


・・・・しかし、東京に出てきてみれば、


東京は、


男も、女も、


「地方予選」を勝ち上がってきた者たちが集まる場所だ。


「頭の良さ」・・・「美しさ」・・・其々の地方予選を勝ち抜いてきた者が集う場所だ。

生半可な「優秀さ」や、「可愛さ」など、


その他大勢に埋没してしまう。


この「埋没した女」は、悔しかったんだろう。・・・・それでも「秘書課」・・・

上場企業の秘書課に勤務しているというのは、この女の、唯一のプライドだったんだろう。


「会計」グループ。

女たちを率いていた、明菜さんには、

心の中で、強烈な「敵対心」「嫉妬心」を持っていた・・・・

この女から比べれば、

明菜さんは、格段に「才色兼備」だ。

・・・・しかし、たかが短大卒の女が。

たかが、「経理」の女が。


エラソーに。



「秘書課」の女。

4年制大学卒の女。

プライドが許さない・・・


・・・そんな微かな心情が・・・ふとした拍子に顔に出る・・・「滲み出てくる」

それが、ボクには鼻についたんだろう。

滲み出る「臭気」に嫌悪感を抱いたんだろう。



・・・・もういい。

聞くに耐えない。


特別、新たな話が聞けたわけでもない。


親父さんの借金から、明菜さんが水商売に入ったであろうことは容易に想像がついた。・・・さらには、「ヤクザ」の存在も。


小学校の頃「ヤクザ」と生活していた。

奴らの生業、

奴らのやり口。

こんな話以上に、
もっと生々しい話を知っている・・・見てきた。


席を立とうとしていた。



女の臭気に鼻が曲がる。

ボクが抱えていた「ヘドロ」と同じドブの匂いだ。

身体全体が、糞の匂いに塗れる。



・・・立ち去る口実を探していた。


まさか、


「アンタ、性格クソブスだな」  とは言えない。


煙草を吸い終われば席を立つか・・・

もう、女の話は上の空だ。



「明菜さん可愛そう」

「親の借金を背負うなんて・・・」

「親の借金で会社をクビになるなんて・・・・」



無視したように煙を吐いた。

煙草をバケツに落とした。


ジュっと音がする。水が入っている。


席を立とう・・・・



「課長は庇っていたわ・・・とても・・・クビなんて、やり過ぎだ・・・

一時は、それで話が決まりかけていたのよ」



悲しそうな仮面。・・・・どっかのアイドル歌手のように、インチキ涙すら流しそうだ。



・・・・どう・・・?・・・この話は?・・・聞きたくない?



ほくそ笑んだ素顔が透けた。



女の眼を見た。

腹は立つ。

・・・・それでも・・・


「言えよ」


目で促した。




「課長は、部長に食ってかかった。

職務規定違反が、すぐにクビってわけじゃないわ。

減給・・・謹慎・・・


・・・・だいたい、

部長だって、お酒を飲まれるんじゃないですか?

遊びだけじゃない。

営業・・・接待・・・

部長だって、領収書を会社の経費で落としてますよね。・・・仕事の席でもありますよね?


確かに、アルバイトは、重大な職務規定違反です。しかし、即時解雇は度が過ぎます。

「水商売」だからクビなんですか?


それは、職業蔑視でしかありませんよね?



私たちも課長にお願いしたの。


明菜さんを辞めさせないでって・・・みんなでお願いしたのよ。


・・・それで、


「厳重注意」

「減給」


すぐに、アルバイトは辞める・・・それで、決着がつこうとしたのよ。

足らない金額は、

会社からの「貸し付け」で賄う・・・給料からの長期返済でいい。

そこまで話が出来上がっていたのよ・・・」



女は、そこで、言葉を切った。

上目使い。

見定めている。

ボクを見定めている。



・・・どう?・・・続き、聞きたいんでしょ?



女の心の声が透けた。

それでも、女の術中に落ちた。

その意思表示として、座り直した。

新たな煙草を咥えた。


「勝った」


女が笑みを湛えて、紅茶をひとくち飲む。


「性悪猫」が、

ボクというネズミを玩ぶ。

最後の仕上げにとりかかる・・・



「・・・・ところが、


貸付金の金額が決まらない。


明菜さんからの要望は、数千万って単位だったらしいの。


不審に思った会社は、部長は、

明菜さんの身辺を洗った。外部の興信所を使ってね。


「やっぱりクビだ」


部長が言ったわ。

勝ち誇った顔でね。

課長に、報告書を投げたわ。


明菜さんは・・・

明菜さんが働いていたのは「風俗店」だったんですって・・・・」



「性悪猫」がボクを転がす。

右に転がし・・・左に転がす・・・・



・・・・そっか・・・

「風俗」だったのかぁ・・・

「水商売」ってだけじゃなかったのか・・・・



「・・・・それも、

バックには暴力団がついてる店なんですって・・・」



さらなるパンチが繰り出される。

負けた。



「こんな女・・・・

会社で客をとられたらどうするんだ?

部長が言った」



崩れ落ちた。

硬いベンチに背中を預けた。




「それ以来、課長は沈黙したわ。・・・・私たちも課長の意向に沿うしかなかった・・・」



マットに沈んだ。

身体から力が抜けていく・・・



「カズくん・・・ソープランドって・・・・売春するお店なの?

・・・・私・・・そういうのぜんぜん知らなくて・・・・」



止めの一撃。

メス猫の爪が、倒れたボクの腹を裂いた。


上目使い。

男に媚を売る、汚らしい女の顏。



女を呼ぶ声がした。・・・・どこか尖った声だ。

少し離れたところ、

桐原先輩の彼女さんが立っている。



「そんなとこで、サボってないで手伝ってよ」


窘める口調だ。

性悪猫が、ハーイと鳴き声をあげて立ち上がった。

小走りに去って行く。


桐原先輩の彼女さん、
微かにボクに頭を下げた。


そして、ふたりはいなくなった・・・



・・・・静かだ。



「カズくん許して・・・」



明菜さんが、ボクに抱かれようとしなかった理由。


・・・何より、キスをさせなかった理由。


・・・そして、


最後にボクに抱かれた理由。



「許して・・・・許して・・・カズくん許して・・・」



明菜さんの声が頭に響く。


本当の意味を理解した。


ボクは・・・

もう明菜さんには会えないんだ。

絶対に、捜しちゃいけないんだ・・・・



もうすぐ春がやってくる。



・・・・ボクは、


また、


ひとりぼっちにされてしまった。


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