「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

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「泣かれたかった」泣いた。

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道路には、微かに帰宅ラッシュの喧騒があった。
交通量が増えている感じだ。

運転席の亜貴の横顔を見ていた。

・・・・もうすぐ、また、見られなくなる。

会えない日々がやってくる。

焼き付けるように美しい横顔を眺めた。


東京へ帰る新幹線は仙台発だ。
・・・・だけど、仙台駅まで戻る意味はない。・・・ここからだと亜貴の生活圏、その中を通ることにもなる。
それで、新幹線の白石蔵王駅に送ってもらうことにした。


「白石蔵王」は、新幹線で仙台の隣の駅だ。・・・・停まらない列車もある。

小さなロータリーがあって・・・新幹線の駅とは思えない小さな駅だ。

駅に着いた時には、まだ時間があった。
ロータリーの隣の有料駐車場に車を入れた。

スムーズにバックで車を駐車した。

亜貴の運転はスムーズだ。
隣に乗っていて、何の不安も感じない。

ボクは、仕事柄、日々の移動が車だ。
1日に100kmを走ることもザラにある。
だから、他人の運転は気になる。・・・・・隣に乗ると、どうにも・・・小さなことが引っかかったりする。

亜貴の運転には「女の人」特有の不安を感じなかった。
「女の人」を除いても不安を感じない。


車の運転は「運動神経」と直結していると思う。・・・・あとは「生き方」かな・・・

強引に割り込む人間は・・・そういう生き方をしているんだろう。
自分勝手な運転は、自分勝手な人生を送っている証拠だろう。

ブレーキの遅い人間は判断力が弱いんだろうな・・・


亜貴の運転はスムーズだった。
周りときれいに同化していた。・・・・個を主張しない。
誰にもストレスを感じさせない。
集団の中をスムーズに泳いでいた。
そういう生き方ができる女の人なんだろう・・・



「あと10分・・・」


車内に笑い声が流れていた。

映画の話、ドラマの話・・・そして音楽の話・・・生きてきたバックボーンが違う。・・・だから話していて面白い。
国が違えば常識が違うように、県が変われば常識も全く違う。

違う場所で生きてくれば、培われた常識が違ってくる。

それを話し合った。
お互いに眼を輝かせて、笑い合って話しをした。


・・・・・手を握っていた。


明るい笑い声と不釣り合いなほど、しっかりと手を握っていた。

車の外から見れば、仲のいい友達同士が楽しそうに話してる。・・・そんな感じだろう。
見えないところで、ガッチリと指を絡ませてるなんて想像もつかない。
そんな、公明正大、天真爛漫な笑顔をお互いに向けている。


・・・・指を絡めあっていた。

見えないところで指を絡め合っていた。


離すもんか。
ギリギリまで離すもんか。
絡めた指から亜貴が流れ込んでくる。・・・・亜貴とボクが混じり合っていた・・・


車内のテレビがついている。

夕方のワイドショー「OH!バンデス」が流れている。

東京暮らしのボクにとっては、あの人は今・・・「青葉城恋唄」のさとう宗幸が司会をしている冠番組だ。・・・そういえば青葉城は宮城県だったんだな・・・

日本は東京だけじゃない。

地方出張で、その土地のローカルCMを見ることがある。
意外な人を意外なCMで見ることがある。・・・ローカル番組でも見たりする。

東京で全く見なくなった芸人を、行く地方・・・どこへ行ってもCMで見かけたりする。・・・黄色いスーツの芸人は、どの地方へ行ってもCМで登場する。
中央で全く見かけなくなったタレントが、地方の顔として活躍してるのを見ることもある。


人間の生き方は色々ある。

・・・・どこかに必ず自分の居場所はある。

どこかに必ず自分に合う職業はある。
どこかに必ず自分に合う相手は存在する。

地球は広い。
人類は70億人だ。

必ず居心地のいい場所・・・居心地のいい相手はいる・・・
多くは、出会えないで人生を終える。
日本も広い・・・世界は更に広い。


・・・いくつもの偶然が重なり亜貴に出会えた。
不思議な「縁」も感じていた・・・・


お互いのことを話す。
お互いの生きてきた路を、考えを・・・・

伝えたいんだろう。
知ってほしいんだろう。

この世界で、出会うはずのない一番の相手に出会えた。人生で一番愛してる・・・誰よりも・・・これまでの人生で比較にならないくらいの「愛してる」の相手だ。

自分を伝える。
相手を知りたい。

自分の全てを知ってほしい。
相手の全てを知りたい。


これまで「ひとりで生きてきた」・・・どこかでそんな孤独を抱えていた。
恋人を作り・・・家族を作り・・・

それでも、どこか孤独を抱えていた。

腑に落ちた。

ここまで孤独に生きてきたのは、貴女に出会うためだった。


車内。笑い声が響く。


距離を縮めているんだ・・・・

ここまでお互いの人生に存在してこなかった。
・・・・だから、息せき切って、その存在しなかった時間を埋めようとしてるんだ・・・・

懸命にお互いがお互いを伝えているんだ。



テレビ画面の隅・・・時計が変わった。

・・・時間だ・・・10分が経った。


亜貴から笑顔が消えた。


無言。

静寂。

今までの笑い声が噓だったほどに沈んだ。


硬い沈黙。


亜貴がさらにギュッとボクの手を握る。握り締める・・・俯く。


「ヤダ・・・・カズくん・・・ヤダ・・・・」


泣かれた。

別れ際に泣かれた。

初めての経験だった。


・・・・離れるのが嫌なのは、亜貴だけじゃない。
ボクだって同じだ・・・


亜貴・・・愛してる。

亜貴・・・愛してる。

亜貴・・・愛してる。


離れたくない。
もう、片時も離れたくない。


このまま、亜貴を掻攫ってしまいたい・・・・

・・・・どこかに・・・ふたりで逃げてしまいたい・・・・


ふたりで、「失踪者」として生きていきたい・・・そう思う。


・・・それでも、このまま、亜貴を泣き顔のまま帰すわけにはいかない。
今日の最後を「切ない想い」で終わらせたくはない。


・・・亜貴が、子供のように唇を尖らせて泣いている・・・
俯いた髪が揺れてる。

涙がジーンズに落ちた。・・・・スッと染み込んでいく。


「あーぁ・・・亜貴ちゃん、唇尖らせて・・・・」


笑って言った。
3歳児に話しかけるように、諭すように言った。
亜貴が吹き出した。


・・・・あれれ・・・?思った以上にウケたぞ。


「お母さんに、同じこと言われてた」


亜貴が笑顔で言う。

・・・え?そうなの?


「まーた、ムンつけてって・・・・こっちでは拗ねること「ムンつけ」って言うんだよね・・・・お母さん優しく言うの・・・・・まーたムンつけて・・・って」


「まーたムンつけて・・・」


笑顔で言った。
お母さんを真似たように言った。
優しく言った。


「そうそう・・・そんな感じ」


亜貴が笑顔だ。・・・・ボクの大好きな、ボクが愛した笑顔だ。



車を降りる。
亜貴が運転席のスイッチでスライドドアを開けてくれた。

後部座席のカバンを持った。
歩き出す。


・・・・亜貴に手を振る・・・駅に入っていく。・・・

亜貴が車内から手を振っている。
亜貴は車から降りてこない。・・・どこで誰に会うかわからないからだ。


・・・でも・・・それでいい。改札で別れるのは、なお一層寂しくなる。


自動改札をくぐる。
階段を上がっていく・・・・


・・・・嘘だ。


寂しくてもいい。
泣かれてもいい。

・・・・いや・・・・みんなの前で亜貴に泣いてほしかった。

亜貴に・・・美しい亜貴に、みんなの前で泣いてほしかった。


「また、すぐ帰ってくるから」


笑顔で、諭すように言えるようになりたかった。


ホーム・・・ベンチに座って新幹線を待つ。
ボクの他に乗客はいない。


アナウンスが流れて列車が入ってきた。


乗り込む。
車内には誰もいなかった。貸し切り状態だ。
震災から2ヵ月・・・新幹線に乗る客はいない。

指定席に座る。

列車が走り出す。

すぐに景色が走り出す。


・・・・遠ざかっていく。

夕闇・・・・東北の景色が遠ざかっていく。



「ヤダ・・・・カズくん・・・ヤダ・・・・」


泣かれた。
別れ際に泣かれた。
初めての経験だった。
人生で初めて言われた台詞だった。


「我慢できない、カズくん・・・早く欲しい!」


人生で初めて言われた。
人生で・・・他人に・・・女の人に、そんなに求められたことはない。



もうダメだ・・・

離れられない。


お互いが、お互いに呪縛をかけた。
お互いが、お互いを「虜」にした。


もうダメだ。
亜貴と離れて生きてはいけない。


亜貴と離れたら息ができない。


酸素不足と同じように。
水がなければ生きていけないように・・・
亜貴がいないと生きてはいけない。

お互いが、お互いの半身だ。
一緒に・・・溶けあっていないと生きていけない。

一緒に絡まり・・・ひとつじゃないと生きていけない・・・・

一緒じゃないと「亜貴不足」で、禁断症状を起こしてボクは死んでしまう・・・


・・・そして、亜貴もだ。


遠ざかっていく。
夕闇の中・・・・亜貴の住んでる東北が遠ざかっていく。


東北新幹線。

誰もいない車内。

ボクは泣いた。


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