「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

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「叶えられた夢」意思の指。

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「ホントに嫌だったんだからぁ・・・」

本当に、本当に嫌そうな顔をして笑った。

亜貴が運転している。
時折、助手席のボクを見ながら話す。

春の陽射し。
車内。長閑な時間が流れている。
お互いがいつだって笑っていた。


高校時代。部活の話だった。

バトミントン部。
県下ではそこそこ強かったらしい。
表彰台に上ったこともある。

大会の度、カメラ小僧たちに追いかけられて大変だったと言った。

話の趣旨は、亜貴が追いかけられていたということじゃなく、大会全体、今でも問題になる、女性アスリートに対しての「盗撮」被害の話だった。

しかし、カマをかけてみれば、どうやら、県下に亜貴のファンクラブがあったらしいのはわかった。

・・・・いや、亜貴は認めてないんだけど・・・話を聞いてみれば、どう考えてもファンクラブがあったとしか思えない。

まぁ、こんな可愛い娘がいれば・・・そりゃあ、ファンクラブもできるよな・・・

ボクの地元にも、そういう話はあった。

「どこどこ高校の誰々が可愛い・・・・」

学校では、そんな話で盛り上がったりする・・・・高校生にとっての「身近なアイドル」って存在なんだろう。
特に、ボクが通っていたのは工業高校・・・・言ってみれば「男子校」なわけで、学校の話題といえば、バイクと女の子のことしかなかった。
・・・あとは、乗れもしないのに車の話。

もちろん、ボクは、そういったアイドル話には興味がない。

テレビタレントの誰が可愛いからといって、いったい、それが、自分に何の関係があるというのか。
さらに、どこどこ高校の誰々が可愛い・・・それに、いったい何の意味があるのか。


そもそも、通っていたのは、地元では「悪の工業高校」として名高い学校だった。

低偏差値。ヤンキーの巣窟。
おかしな頭髪。おかしな学生服の集団。

世間の目は、全く好意的じゃなかった。むしろ、眉をひそめられることの方が多かった。

なんせ、「自転車が無くなった」・・・そうなれば、市民は、真っ先に工業高校の駐輪場を見に来る・・・そうまでされる学校だった。

だから、世間だけじゃなく、他校の生徒からも嫌われていた。
ましてや「女子高生」からは尚更だった。

町中。工業高校生が歩いていれば、行き交う女子高生たちは道を避けた。

「工業高校生」というだけで、地元の女子高生は、誰一人相手にしてくれなかった。


亜貴が懸命というほどに喋っている。
前を見ながらだけど・・・それでも、身振り手振りが入る。

助手席から亜貴を見つめていた。
・・・・綺麗だと思った。
なんて素敵な笑顔なんだろう・・・・そう思う。

・・・・そして、運転の度に動く手脚が魅力的だった。
長いジーンズの脚が動く様が堪らなかった。

・・・・さっきまで・・・あの中・・・生の脚を、思う存分に愛し続けていた・・・・指の一本一本までに・・・・

いつまででも見ていられる。・・・・このまま、ずっと、美しい亜貴の横顔を見続けていたい。


・・・・もし・・・過去に遡って・・・・あの頃・・・高校生の頃、亜貴と知り合ったとしても・・・亜貴は、ボクなんか、全く見向きもしなかっただろうな・・・



片道2車線の幹線道路を走る。

一般車両が少ない。乗用車が少なかった。
大型ダンプ。迷彩塗装の自衛隊車両が多い。
あとは「頑張ろう東北」断幕の張られたトラックが埃を上げるように走っている。

空気自体も埃っぽかった。
空も、なんだか黄ばんでいた・・・・これは、東京の空も同じだった。


道路サイドには閉店した店・・・営業してないだろう会社が並んでいる。
この前に来た時にも、ご飯を食べる店を見つけるのに苦労した。
前より「閉店」の文字が増えている気がする。

看板が倒れた店。
建物が壊れた店。
廃材が山積みになった駐車場・・・道路脇を流れていく・・・・

コンビニだけは、やっている。
コンビニだけが別世界のように営業していた。

・・・・やっぱり、中央の大きな会社は強いよな・・・

それに、今や、コンビニは、「街のインフラ」といった感じだ。
食事、休憩だけにとどまらず、銀行振り込み・・・各種支払・・・子供の駆け込み場所にすらなっている。

仕事は、日本全国への出張が多い。
どこへ行ってもコンビニに助けられる。

CMコピーそのまんま。
知らない土地で、見慣れたコンビニのロゴを見つけるとホッとする。安心する・・・・


潰れた会社・・・・

潰れた店舗・・・・

道路端を流れて行った。


木々が立ち並んでいる一角が現れる。
・・・公園・・・いや、神社とかか・・・

道路面に木々が立っている・・・奥側は見えない。


亜貴が不意にウインカーを出した。

ハンドルを切る。
その木々の脇を入っていった。

入って行けば店舗があった。
明らかに「閉店」といった感じ。
少し時代がかった雰囲気。高級和食といったところか。

まだ、震災から2ヵ月・・・それでも「荒れ放題」の雰囲気だ。
敷地周りを木々で囲まれている。・・・・「隠れ屋」をイメージした造りだったのか。
駐車場の脇には、倒れてしまった木々か・・・倒されたものか・・・そのままの状態に横たわっていた。

店舗の横手を通り抜け奥へと進んで行く・・・「林の中を行く」・・・そんな感じ。
駐車場が広がった。

人間の出入りが止まってしまった駐車場。
路面はゴミが散乱している・・・茶色く薄汚れている。


突き当りまで進んで行くと、一面、木々が途絶えた。
突然に林を出た。そんな演出を狙ったものか。

パン・・・と、視界が開けた。・・・・フロントガラスから一気に遠くまでが見渡せた。


・・・・思わず、風景に息を飲んだ。


車が停まる。
亜貴がエンジンを切った。降りていった。

すぐに戻ってきて乗り込む。

「ゴメンね・・・・ポッカだった」

笑顔だ。・・・少し申し訳なさそうに言った。
差し出された手に、コーヒー・・・小缶のブラック。
すぐそこに自動販売機が立っていた。

・・・・そう、ボクがジョージアブラックを好きなことを覚えてくれている。

・・・嬉しいなぁ・・・

ありがとう。
笑顔で受け取った。



亜貴が運転席でミルクティーを飲んでいる。
助手席でブラックコーヒーを飲んだ。

フロントガラス。
見開きのパノラマが広がっていた。

見渡せた。
ここは高台になっていた。

遠くに緑の山々。
すぐそこが川だった。河川敷。
その向こう側、川の土手。遊歩道が見渡せた。


満開の桜。

「一目千本桜」・・・桜の名所だった。


震災直後。
音信不通となった亜貴・・・
助けようと・・・捜し出そうと思った。

居てもたってもいられなかった。

繋がれない亜貴の存在が、どれだけ大きかったかを骨身に滲みた。

「好きだ・・・」

そんなことじゃなかった。

とにかく、生きていて欲しい・・・・

・・・安否を知りたいと思った。


亜貴の住んでる場所はわからない。
それでも、東北へ行こうと・・・被災地でボランティアをしながら亜貴を捜そうと思った。その住んでる場所の手掛かりが「一目千本桜」だった。
亜貴との会話の中で出てきた場所だった。

「毎年、お花見に行くんだよ」

それが、この桜並木だった。


全てが緑色の中。
鮮やかな桜色の帯が延々と続いている。

川だからか、空気も澄んでるように見えた。

舞っている。
穏やかな陽射しの中。桜が舞っていた。

もう、桜も散る時だ・・・・

春の風に舞う。

桜吹雪。


・・・・美しい・・・・


桜の舞う中、歩道を歩く人たちがいる。

・・・・ボクたちは、車から降りて歩くわけにはいかない。
ふたりで、コンビニに入るわけにもいかない。

ここは、亜貴の生活圏だ。誰に見られるかわからない。

亜貴の車は普通のミニバンだ。・・・しかし、足回りに旦那さんの趣味が見えた。すぐに亜貴の車だとわかる。

地方だと、車から誰だかがわかることが多い。

「昨日、あそこにいたでしょ?」

言われることがある。ボクも田舎育ちだ・・・そんな田舎が嫌いだったから逃げ出した。田舎を棄てた。


遊歩道。
家族連れが歩いている。
お父さん、お母さん・・・そして子供・・・3人が手を繋いで歩いている。

恋人たちが手を繋いで歩いている。

老夫婦が寄り添って歩いている。


車の中で手を繋いでいた。
指と指とを絡めていた。
しっかりと握っていた。・・・・そこから亜貴が浸透してくる。
亜貴の体温・・・そして亜貴の気持ち。

お互いの意志を持って指を絡め合っていた。


・・・・もう、絶対に離さない・・・離せない。


一緒に買い物に行きたかった。

イオンを手を繋いで歩きたかった。

フードコートに一緒に行きたかった。

「美味しいね」

笑いあって食べたかった。

日常で、手を繋いで歩きたかった。


・・・今は、コンビニすらふたりで入れない。


それでも出会えた。
亜貴に出会えた。


処女が欲しいと思った。

処女をあげたかったと言われた。


・・・そんな相手に出会えた。巡り合えた。


春の陽射し。
亜貴の横顔が輝いていた。


一緒に桜を見られた。
亜貴と一緒に桜を見ることができた。

満開の桜。
桜吹雪を一緒に見ることができた。


「一緒に手を繋いで桜を見る」


ふたりの夢がひとつ叶った。




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