「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

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「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

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背中への衝撃で目が覚めた・・・地震だ・・・っても、いつもの日常の大きさ。震度2ってとこか。
・・・朝の陽が入っていた。
布団の中。頭側が一面サッシだ。そのまま外を窺う。
サッシに朝露なのか、雨の名残なのか、水滴が張り付いていた。

メール音。
7:30
亜貴からだ。


「おはよー
起きてたかな?
昨日ちゃんと寝れた?
今日は晴れてるね~」


起きてるよ亜貴・・・ちゃんと寝れたよ亜貴・・・


7:42
「ちゃんと寝れたなら良かった
寝てないと・・・帰り疲れちゃうでしょ・・・
お天気もいいし・・・運転もしやすいかな?
大きい余震もこなかったから・・・ちゃんと帰れるね・・・」


起きあがる。
窓の外・・・亜貴の言う通りだ。今日はいい天気になりそうだ。

地面は揺れてる。絶えず揺れている。

コテージの中。壁にはヒビが入り、扉は、建てつけが狂ってしまい閉まらなくなっていた。・・・これを直すのは大変だ・・・建築業に身を置く人間にはよくわかる。
・・・これと同じのが何棟あるのか・・・見渡す限りの広大な敷地だ・・・ひとつの村と言ってもいい規模だ。
いくつかの建物にはブルーシートが掛けられていた。
それでも、まだ被害が少ない場所なんだと思う。

「運」だな・・と思う。
・・・「運」と呼ぶには、あまりに過酷だけれど・・・
道路を走っていても、ブルーシートの町があれば、すぐそこに何ら被害のない町もある。
予測はできない。調べることも、ほぼ不可能だ。・・・・先祖代々住んできた家の場合が多いだろう。
「運」としか言いようがない。
たまたま住んでいた地域が被害にあった。それだけでしかない。防ぐこともできなかった。誰をも恨むことができない。だから、ただ、心に仕舞って立ち上がり、前を向くしかない。

人生は、人生は・・・人間にはどうにもならない「運」のようなもので左右されることがある。

ボクも「運」が悪かった・・・そう思ったことがある。
・・・そして、ボクは地面に突っ伏した。

気づけば、人生は、なんと「神の差配」という運に翻弄されるのかと気づいた。
順風満帆の人生が病で終わる。
順風満帆な人生が国家の経済破綻で終わる。
・・・・天災・・・人災・・・人生は、自分ではどうにもならないもので翻弄されることがある。


ガスは使えなかった。
電気は、1日に数回、停電した。
水だけは問題なく使えた。

冷たいシャワーを浴びる。
着替える。荷造りをした。


フロントの建物に行ってチェックアウトを済ませる。鍵を返した。

「ありがとう・・・ありがとう・・・」

管理人なのか、作業服姿の爺さんに何度も言われる。
ご飯が出せなくて・・・温かい風呂が使えなくて申し訳ない・・・小さな爺さんに何度も何度も頭を下げられた。


このコテージも、これから修理が大変だろう・・・莫大な費用がかかる・・・そして時間も・・・
「頑張ってください」・・・軽々しくそんな言葉は使えない。・・・みんな頑張ってる。
みんな、みんな頑張ってる。・・・これ以上ないほどに頑張っている。


「頑張れ」

「頑張ってください」


言うは容易い。
悪気はないかもしれない。


「頑張れ」

「頑張ってください」


しかし、その言葉には、さらなる努力を要求するという意味がある。
なお一層の努力をしろ。そう叩きつける言葉だ。
命ギリギリまで頑張ってる、張り詰めてる人間に、その言葉は「刃」だ。言葉の暴力だ。
この状況で、この地に根を張って戦っている人たちに言える言葉じゃない。・・・ましてや、ボクなんかが言っていい言葉じゃない。どの口が言うというのか。

言葉なんか思いつかない・・・ただ、笑顔を向けた。頭を下げた。・・・それが精一杯だ。


プリウスに乗り込む。
電源スイッチを入れた。見慣れたインパネが光る。・・・大丈夫だ。何の問題もない。ガソリンも十分にある。

シフトレバーをDレンジに入れて走り出す。

コテージを出た。
山道を下っていく。幹線道路に出た。
幹線道路には自衛隊車両、警察車両、そしてダンプ・・・すでに朝の作業が開始されている。復旧作業という慌ただしい日常が始まっていた。
どこか疎外感を感じた。自分だけが不要の人間のような感覚。


朝ごはん・・・せめてコーヒーが飲みたい。

コンビニに車を入れる。

パン、おにぎり、お弁当といった食料品はなかった。
缶コーヒーを買って車に乗り込む。

窓から見える景色は能天気な快晴だ。昨日の雨が粉塵を洗い流したように、清々しいまでに快晴だ。


亜貴・・・楽しかった・・・亜貴、嬉しかった。亜貴、ありがとう・・・


亜貴に電話する。
繋がった。
亜貴の・・・亜貴の・・・大好きな亜貴の明るい声が耳に心地いい。

「ありがとう」

会ってくれたこと。お弁当を買ってきてくれたこと・・・色々、全てに、ありがとうを伝えた。
とりとめのない話をした。・・・他に何と言えばいいのか。他愛のない話が続く・・・
肝心なことが言えない。・・・もっと他に言うことはあるはずだ。・・・もっと大事な話はあるはずだ。・・・それなのに、言葉が選べない。言葉が決まらない。何と言えばいい。何を言えばいいんだ・・・


「あーきぃー、愛してるよ・・・愛してるってば・・・世界で、お母さんの次に愛してる」


お母さんの次 そこを強調して冗談っぽく言った。亜貴が笑う。


「ありがとう。そう思う・・・私もカズくん愛してるよ・・・でも、私は「世界で一番に」だけどね」


亜貴も殊更に笑って言った。明るい笑い声。


・・・微かにオルガンの音が聞こえた。フロントガラスから見えた。道路を渡ったところ、すぐそこに幼稚園があった。微かに子供たちの歌声が聞こえてくる・・・

ブルーシートの家々・・・その奥に山々が並んでいる。
点在する鮮やかな色・・・・桜だ。


「カズくん、ありがとう・・・「生まれてきてくれて ありがとう」って、すごく嬉しかったの。びっくりしちゃった・・・何も言えなかった・・・」


・・・亜貴は黙って抱きしめてくれた。それで十分だった。

会えないと思った。・・・会ってはいけないとも思った。
音信が途絶えた。失った大きさに愕然とした。
亜貴に会えた。奇跡だと言っていい。
世界で一番愛した亜貴に会えた。
間違いなく、ボクの人生史上で一番愛してる亜貴に会えた。

亜貴に出会えて良かった。・・・・ボクの人生はそれだけで良かったと思えた。
ここまで生きてて良かったと思った。・・・何度も死にたいと思った人生だ。
心の中に大きな「氷塊」を抱えていた。決して溶けない氷の塊・・・

・・・・だから、亜貴が生きていてくれて良かった。本当に良かった。
何より、亜貴が、この世に・・・ボクが生きてる、同じ時代に生まれてきてくれて良かった。
同じ時代じゃなければ出会えなかった。会うことができなかった。
・・・亜貴に触ることができなかった。


「亜貴・・・生まれてきてくれて ありがとう」


・・・亜貴の言葉に涙が混じる。明るかった言葉に涙が滲む。


「・・・カズくん・・・寂しい・・・帰っちゃうんだね・・・カズくん・・ヤダ・・・」


亜貴の泣き声を聞いていた。亜貴の心は裸になっていた。素顔を晒していた。
もうボクにヤキモチを妬かせようとする必要もない。
会った。裸を晒し合った。愛しあった。お互いの心すら裸になった。
身体を重ねた。ひとつになった。ひとつの身体に溶け合った。
お互いの気持ちを十分に確認しあった。身体を通り越して魂すら確認し合った。

「愛してる」

どれだけ囁きあったか。どれだけ伝えあったか。どれだけ、この呪文を唱えたか。

信じあえた。

亜貴が、まるで子供のように泣いていた。グスグスと鼻を鳴らして泣いていた・・・

夢で、ピグで泣いてる亜貴を見た。
・・・その亜貴と同じだった。
たぶん、大きな目に涙をいっぱい溜めて泣いてる。唇を尖らして、駄々っ子のように泣いている。


ブルーシートの町が見えた。

・・・人生は理不尽だ。

全壊した家の隣の家が、何の問題もなく建っていたりする。
「因果応報」だという。
悪いことをすれば罰が下ると、したり顔で諭す奴らがいる。
じゃあ、あの建っている家の住人は善人で、全壊した家の住人は悪人だとでもいうのか。
震災で何万という人間が死んだ。
そのひとたちは、過去の何かの罰で死んだというのか。


人生は理不尽だ。
誰の人生も理不尽だ。
誰の人生も思い通りにはならない。

・・・そして人間は、常に正しい道を選ぶとは限らない。
人間は人間だ。機械じゃない。コンピューターじゃない。感情というものがある。
問題に対して出す答えは人間によって違う・・・同じ人間ですら日によって、時間によって違う答えを出すことがある。

しかし、人間が絶対に正しい道しか選ばないのであれば、世の中に多様性は生まれない。
世の中には色々な考えがあり、色々な正義がある。
世の中に「絶対善」は存在しない。「絶対悪」も存在しない。

この世の中に「絶対に正しい」というものはない。
「絶対的正義」など、この世に存在しない。
片方の「絶対的正義」に対して、反対方向に、ベクトルの異なる「絶対的正義」が存在する。
勝つのは・・・生き残るのは「正しい」からじゃない。
勝った方が、自分が「正しい」、そう宣言できるだけだ。

勝者には歴史を作る権利が与えられる。・・・それだけの話だ。
常に勝った方のみが、自分を正当化できる。それだけの話だ。
ある国家にとっての「善」も、ある国家にとっては「悪」である場合もある。


・・・・それが人間の世の中だ。そして人間社会の素晴らしさだ。


それでも、人生だけは、自分の意志で決められる。
勝った、負けた、正義、悪・・・結果はともかく、決めるのは自分だ。
自分の人生を決めるのは自分だ。
他人の尻馬には乗らない。決めるのはボクだ。


・・・ボクは、間違っている。

ボクは間違っている。

分かっている。


それでも、人生は1度きりだ。


「亜貴・・・亜貴・・・」


諭すように、言い聞かせるように話す。


「亜貴・・・亜貴・・・今度は、一緒に桜を見たい。手を繋いで、一緒に桜を見たい・・・」


亜貴の空気が変わった。


「・・・手を繋いで・・・うん、一緒に見たい・・・うん・・・カズくん、桜、見るなら来月だね・・・」


亜貴が応えた。・・・泣き止んでいく。



フロントガラスの向こうに山々が見えた。

缶コーヒーを飲んでいた。
桜を見ていた。
規則正しく並んでいるのは人が植えたものだろう。
農道に沿って綺麗に咲いている。山の中にあるのは自然の桜か。

美しい。
桜といってもいろんな種類がある。微妙に色が違う。
今でも新種の桜が発見されたりするらしい。

ブルーシートの町の中、山の緑の中、なんと美しい桜色か。


亜貴という美しい桜を見ていたい。


オルガンの音色に乗って子供たちの歌声が聞こえる。
小さな子供たちが・・・小さな子供たちが歌ってる。
震災の最中。小さな子供たちの歌声が流れてくる。

涙が零れてきた。

「東日本大震災」

こんな時にも桜は咲く。
子供たちの歌声もある。

ボクは、この風景を一生忘れない。いつでも思い出すことができる。


ブルーシートの町。
崩壊の街。
桜が美しかった。

亜貴が美しかった。

亜貴・・・愛してる。世界で一番愛してる・・・お母さんにも負けないよ。・・・喧嘩したくないから言わないけど・・・ボクの「愛してる」は、お母さんにも負けない。
世界で一番、亜貴を愛してる。
地球上の誰よりも、ボクは亜貴を愛してる。亜貴を愛する世界チャンピオンだ。絶対に誰にも負けない。


飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱に捨てた。

プリウスに乗り込む。

助手席の携帯。メール音。
携帯を開く。亜貴からだ。


「カズくん・・・ため息しかでないよ・・・
でも また会えるもんね・・・
カズくん・・・気をつけて帰ってね・・・」


走り出す。
ボクは東北を後にした。
また、来月、亜貴に会い来る。亜貴と約束した。


「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。


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