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「貴女は桜」別れの時。
しおりを挟む布団の中にいた。裸のまま抱き合っていた。・・・東北の春だ。まだ肌寒い。抱き合っていれば心地良かった。
これまでに経験したことのないSEXをした。・・・身体がひとつに溶けた。
亜貴は、ボクの胸に顔を埋めている・・・髪の毛を優しく撫でていた。
・・・離したくなかった。片時も離したくなかった。髪の毛を撫で続けた。
・・・・でも、どうすればいいんだろう。
・・・こうなるとは思わなかった。
フラれることしか考えてなかった。
もちろん、フラれないことも考えた・・・考えてはいた。
でも、それ以上は考えなかった。
考えてもしょうがないからだ。
上手くはいかない人生だった。
虐げられてきた人生だった。
虐められ・・・そして、騙されてきた人生だ。・・・今度こそは上手くいくかもしれない・・・それでも、最後には、いつも奈落に落とされた。・・・いつからか、物事が上手くいくことを想像しなくなった。
上手くいくと思っていて、奈落に落とされた時にはショックが大きい・・・そして、ほとんど全ての事が上手くはいかない・・・だったら「夢」を見ないことだ。上手くいくなどと皮算用をしないことだ。・・・そうすれば余計なショックを受けなくて済む。人生に必要以上の失望をしなくて済む。
・・・だから、フラれることしか考えていなかった。
・・・フラれなかった。
亜貴を抱いた。心も身体もひとつになった。
・・・離したくない・・・旦那さんにも渡したくない。
でも、どうすればいいんだろう・・・一緒にいたい。・・・でも、どうすればいいんだろう・・・
なんと言えばいいんだろう。
「付き合ってください」かなぁ・・・・
「一緒にいてください」かなぁ・・・
・・・でも、亜貴は、どう思ってるんだろう・・・
付き合うといっても、どうすればいいんだろう・・・まさか、亜貴が東京に来るってことはできないだろう・・・だとしたら、やっぱりボクが東北に来るってことになるんだよな・・・1ヵ月に1回?・・・2ヵ月に1度?・・・ボクは大丈夫だけど・・・亜貴は、それでいいのかな・・・受け入れてくれるのかなぁ・・・
「付き合ってください」かなぁ・・・
「一緒にいてください」かなぁ・・・
それとも
「離したくない」かなぁ・・・
話し合おう。
亜貴と話し合おう。
・・・・今日しかない。一緒にいられるのは今日だけしかない。・・・今日、ふたりのことを話し合おう。
・・・窓が揺れていた。風が出ていた。風の音。窓が鳴る。
腕の中でピクっと亜貴が動く。寝落ちする寸前だったよね?風で助かったよね?。胸の中でクスクスと笑った。
「オヤツにしよっか・・・」
亜貴が起きだす。
・・・たぶん、このままだと、また寝ちゃうって思ったんだろう。
さっき寝ちゃったことが、相当にショックだったようだ。
ボクは、腕の中で寝てくれるのは嬉しい。信頼されてる証拠だと思う。
・・・車を運転していて、助手席で寝られるのも嬉しい。信頼されてる証だし、眠くなるほど安心できる運転だってことだろう。
亜貴がジーンズを履いて、シャツを着て、台所に行くのを確認してから、起きだした。
ズボンを履いて、Tシャツを被って居間の方に行った。
座卓には、亜貴が「好きなんだぁ」と言いながらコンビニで買ってきてくれた、ロールケーキとシフォンケーキが乗っていた。
亜貴がコーヒーを入れてくれている。
・・・・亜貴と、このあとを話し合わなきゃ・・・でも、なんて言えばいいんだろう・・・
ボクの前にコーヒーを置く。亜貴は紅茶のティーパッグ。
ロールケーキ。シフォンケーキを半分ずつ食べる。・・・半分ほど食べたところで交換した。
座る場所はこれまでの通り、ボクの正面にテレビがあった。その隣が窓・・・風が強くなってる。陽の光が消えている。
・・・テレビから「桜」の映像が流れていた。
地元の桜情報だ。満開にはまだ早い。4月下旬から5月上旬といったところか・・・
「亜貴ってボクにとって桜のイメージなんだよな・・・」
正面のテレビを見ながら言った。斜め左に亜貴がいる。亜貴が笑顔でボクを見ている。見つめているって言った方が正しい。
・・・亜貴の視線に慣れない。直視できないよ・・・
・・・なんだろう。
亜貴は、いつからか「桜」のイメージ。ボクの中で、そういうイメージがあった。
東北に入ってから、ブルーシートの街のなか、桜の鮮やかな色が目についた。
・・・・わけもなく涙が流れた。
もちろん、感傷的になっている。
「震災」の最中ということ。何より恋焦がれた亜貴に会えたという事。
・・・しかし、それ以前から・・・いつからかボクは、亜貴を桜のイメージでとらえていた。
「凛とした」「気高さ」
そんな雰囲気を感じていた。
夢で、ピグで泣きながらボクの名前を呼ぶ亜貴を見た。
上手く言えないけれど、それすら桜をイメージした。
そして会った時の美しさ・・・・パッと周りの空気の色すら変えた。
・・・それが、桜色だった。
そして、吹雪に咲く桜。
ボクにとって、あの桜は、間違いなく亜貴そのものだった。
懸命に熱弁をふるっていた。・・・上手く伝わるかな・・・
懸命に話しているボクを、亜貴が真剣に聞いている・・・・いや、そこに驚きの顔・・・
・・・・???・・・・やっぱり変かなぁ・・・?
「私、サクラちゃんだったの・・・」
亜貴が微笑む。
・・・・???・・・え?
「お母さんがね・・・・」
うん・・・ボクの母と同じ誕生日のお母さんね。
「お母さん、桜が好きで・・・私が生まれるとき「サクラちゃん」って名前つけるつもりだったんだって・・・・」
お母さんは「さくら」「桜」「櫻」・・・どの字にするかを迷いながら過ごしたらしい。
お腹の亜貴に「さくらちゃん」と話かけていたそうだ。
そして亜貴が生まれる。
しかし、命名の段階で、父方の祖父が言った。
「そりゃ、寅さんの妹じゃねぇか。今時流行らねぇ、学校で虐められちまうぞ」
この一言で白紙撤回。「亜貴子」と命名された。
「だから、私、さくらちゃん だったの」
亜貴が笑う。ボクも笑う。他に言葉もない。
だから、犬の名前もサクラ。
・・・ボクには亜貴の事がよくわかった。
ピグで泣いてボクの名前を呼んでいた亜貴。・・・夢か現かわからない中で見た。
・・・・あれは事実だったと亜貴から聞いた。
頭に亜貴の泣き顔が浮かぶ・・・・その時、必ず亜貴は泣いていた。
もちろん二人の事だったら泣き顔が浮かぶのは当然だと思う・・・喧嘩したとか・・でも、そうじゃなく、なぜか、頭に亜貴の泣き顔が浮かぶ・・・そんな時、亜貴は何かの理由で泣いていた。
・・・・知人のお葬式、誰かとの諍い・・・
・・・ボクは、亜貴の考えていることが手に取るようにわかった。亜貴のSOSを、すぐに受信した。・・・SOSじゃなくてもわかった。なんたって「優しさのツボ」が同じだ。
話していて、何か引っかかる・・・お互い、同じところで引っかかる・・・だから、その場で解決ができた。その場で説明ができた。その場で確認ができた。
不思議な縁に引き寄せられるように出会った。そして、絡まって・・・あまりの縁の強さに尻込みした。深入りするのが怖かった。そして失った。・・・それでも会えた。
・・・会ってしまった。
・・・この後のことを話さなきゃ・・・でも、なんて言えばいいんだろう・・・
画面の桜を見ていた。
亜貴は携帯を確認していた。その顏が小さく曇った。
「どうしたの?」
・・・亜貴が逡巡している。
「大丈夫?」
「電車止まっちゃったんだって・・・」
強風で電車が止まった。・・・娘さんからのメール。・・・この後、塾がある。
亜貴が玄関先で靴を履いている。
電車が止まってしまった。運転再開は未定。塾に間に合わなくなる。・・・それで、急ぎ、途中の駅まで亜貴が迎えに行くことになった・・・まさか「行けない」とは返事できない。
・・・そうだ・・・亜貴は「お母さん」だった。「人妻」だった。
勝手な、自由な時間があるわけじゃない。
昨日は、旦那さんが休みで会えなかった。
あと1時間は一緒にいられるはずだった。
・・・・二人だけの時間から、一気に現実の時間に引き戻された。
・・・靴を履く亜貴の後姿を見ていた。ことさらボクに背を向けて履いてる。
両脚の靴が履けた・・・
亜貴が振り返る。涙が光っている。
思わず抱きしめた。・・・ボクは部屋内だ。亜貴は玄関・・・亜貴の方が5cmは下にいる。抱き締めても様になった。
「亜貴・・・生まれてきてくれて、ありがとう」
・・・亜貴に強く抱き締められた。
本当にそう思った。この世界に亜貴がいてくれてよかった。
亜貴が生まれてきてくれてよかった。同じ時代に生まれてきてくれてよかった。会えてよかった。
「愛してる」・・・・伝えられてよかった。
「愛してる」・・・・受け入れられてよかった。
「愛してる」・・・・言われて嬉しかった。
愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。亜貴を愛してる!
離す。・・・もう、時間がない。
キスはしない。
してしまったら離れられなくなる。
後ろ髪を引かれる。
・・・遠い昔、同じように切ない別れの場面を経験したことがある・・・幼かった弟と生き別れになったことがある・・・後ろ髪を引かれた。・・・後ろ髪を引かれるという言葉が良くわかった。
「じゃあね」
涙目で、それでも笑顔で亜貴が扉を開ける。出る。扉が閉まる。
窓際に向かった。
窓の外。亜貴の車。運転席に亜貴。窓を風が叩く。
エンジンがかかる。
運転席で手を振る亜貴。ボクの愛する笑顔だ。
ボクも小さく手を振る。もちろん笑顔だ。・・・笑顔を作った。ぎこちなく。イケメンでもない。
亜貴の車が、Uターンをして走り出す。
コテージの門を出て行った・・・・・・
・・・行ってしまった。亜貴が帰ってしまった。
何もできなかった。座椅子に座ったまま、何もできなかった。
座卓にコーヒーカップがふたつ。
ロールケーキとシフォンケーキの残骸。
亜貴は片付けようとした・・・制した。亜貴のいた痕跡がきれいサッパリなくなるのが嫌だったからだ。夢だったみたいに亜貴がいなくなるのが嫌だったからだ。痕跡が残ってなければ2日間の夢だったんじゃないかと思ってしまう。
メール音。
亜貴からだった。
「今 塾に送ってきたよ・・・泣くの我慢してたから酷い顏・・・いつもしないのにサングラスしてた・・・
今カズくんのメール見て泣いてる
カズくん・・・寂しい・・・私もカズくんだけが大好きだよ 」
亜貴だけが大好きだとメールしていた・・・
・・・もう、今日は何もする気にもなれない。外に出る気にもなれない。
晩御飯の分も、亜貴はお弁当を買ってきてくれていた。
亜貴を想ってお弁当を食べた。
「私も・・・今日は何もする気にもなれない・・・
カズくんのこと考えると、寂しくて泣きたくなる・・・ていうか・・・メールしてるだけで、泣いちゃうんだけど
カズくん、会いにきてくれたのに・・・あんまり一緒にいれなくてごめんね
もっといっぱい一緒にいたかったね・・・
カズくん大好き 大好き過ぎる」
亜貴が大好きだと返事をした。
・・・大好きしか言葉がない。・・・いや、愛してるもいっぱい言った、書いた。
晩御飯も終わり、1日の終わりが近い。家事の時間は終わりだ。メールのラリーが続く。
「メールしてると寝れないでしょ(笑)疲れてると思うから、早く寝ないとダメだよ・・・でも・・・まだ、おやすみなさいは言わな~い(笑)」
メールをしてる間に亜貴が元気になっていくのがわかった。
・・・ちゃんと言おう。・・・メールで言うのはどうかと思う。・・・でも、明日まで待てない。メールで言って、明日、声を聞いて、電話でちゃんと言おう。
「亜貴・・・愛してる。地球上で一番愛してる・・・だから付き合って欲しい。亜貴を離したくない。ずっとずっと一緒にいて欲しい・・・亜貴が欲しい・・・もう誰にも渡したくない。旦那さんにも渡したくない」
・・・伝えようと思った。・・・そして、明日、電話で声を聞いて、もう一度ちゃんと伝える。
メールが鳴った。
開く。
「旦那さまぁー 早く明日にならないかなぁ・・・明日気をつけて帰ってきてくださいねー もうキリンさんになって待ってますからねー」
お嫁さんからだった。
・・・そうだ・・・亜貴が「お母さん」であって「人妻」であるのと同じ。
ボクは「旦那さま」だった。
亜貴へのメールは打てなかった・・・
携帯を閉じた。
畳の上に転がした。
窓の外は漆黒だった。
降っていた。雨が窓を叩く。雨が流れる。風が窓を叩く。
・・・床が揺れた。常に地面が揺れた。
震災の真っ只中、震災の中心地にいた。
漆黒の闇夜の中。震災の最中。敢て震災の地に飛び込んだ。
夜が明ければ、東京に帰る。
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