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「最後のハードル」返ってこないメール。
しおりを挟むコンビニのトイレで手を洗う。鏡にムスっとした自分の顔があった。・・・震災以降、ことさら笑うことが少なくなったような気がする。
まぁ、毎日、必死に生きてる。とてもじゃないが笑ってらんない日常だ。
鏡に向かって微笑む。・・・口角を変え、映る角度を変え・・・
棚には、サンドイッチも、おにぎりも、パンも・・・品揃えは充実してきた。食べたいものが食べられるようになっていた。
プリウスに乗り込む。
今日はホットドッグとクロワッサン、そしてジョージア・ブラックにした。
「声聞ける?」
亜貴にメールする。すぐに返信が来た。
「ゴメン・・・ひとりじゃないの・・・」
娘さんがいるってことだろう・・・
・・・最後のハードルを考えながらホットドッグをパクつく。
・・・亜貴に会いに行く・・・そう決めた。
しかし、その前に、ひとつ、ハードルを超えなきゃなんない・・・
食べ終えてデジカメを取り出す。
普段は作業服だ。
客先にも作業服で向かう。・・・ましてや、震災以降は作業が多い。汚れることが多い。常に作業服でいた。
その作業服を脱いでボタンダウンのシャツを着る。・・・下は作業ズボンのままだ。
ルームミラーでさっき作った笑顔を確認する・・・引きつった笑顔を作ってカメラを自分に向けた。角度を変えて・・・表情を変えて何枚か・・・・画面で確認して消して・・・また数枚・・・アホみたいだ。
・・・しかし、真剣だった。
本当に真剣に笑顔を作った。
「フラれるために会いたい・・・」
滑稽なほどの被害妄想なのかもしれない。
・・・しかし、被害妄想と笑えない現実があった。
30代で人生は詰んだ。
騙されて3億円を超える借金を背負った。
この後は、毎月毎月、最低限15万円の返済を続けていく人生だ。
・・・・それでも借金はなくならない。それどころか金利によって永遠に増えていく人生だ。
・・・・自己破産をすれば親の自宅が取り上げられ、可愛がってくれた叔父に借金の追い込みがかかる・・・・
だから、永遠に支払い続けるしかない・・・
・・・・3億円を超える借金が・・・金利を含めれば、すでに4億円か?・・・それが、永遠とはいえ毎月15万円の支払で凌げるのは、ある意味では幸運と言えなくもない。・・・しかし、おかげで、国民年金、国民健康保険・・・その他の支払いは滞った・・・絶えず各種の督促状が山積だった。
・・・考えない。
考えれば、理不尽だと自分の不運を嘆きたくなる。
裏切った先輩や、裏切った後輩に怨嗟の思いを持つ。
考えても借金は減らない。
考えても結果は同じだ。・・・・どうにもならない。
だったら考えない。時間の無駄だ。
与えられた環境で目立たず、ひっそりと生きていけばいい。
・・・・そんなボクと亜貴とでは住む世界が全く違う。
亜貴の旦那さんとボクを比べれば、人間としてのスペックで完敗だ。
・・・おそらく・・・おそらく・・・
こんな想像に意味はないけれど・・・・
学生時代でも、存在する世界は全く違っていたんだと思う。
亜貴は・・・そして亜貴の旦那さんは、スクールカースト上位の生徒だ。
同じ学校にいるクラスメイトだったとしたら、亜貴は、全くボクなんかに興味を持たなかったに違いない。
全く口を聞くこともなかったに違いない。
成績は当然として、運動神経も、そして容姿には殊更・・・全くもって自信がない。
・・・・「容姿」というものが介在しない「ピグ」だったからこそ、ボクは亜貴に話かけることができて、そして亜貴も話してくれたんだ。
ピグの恩恵を一番に受けたのはボクなんだ。
PCを立ち上げ、デジカメの画像を取り込んだ。
30枚からなる自撮り画像を選別する。
角度、表情・・・何を、どうしたところで元の顔が元の顔だ。何をしたところで高が知れてる。
・・・それでも、少しでもマシな写真に仕上げたい。
納得できなかった。もう一度撮り直した。
PCに取り込む・・・・撮り直す・・・何度も何度も撮り直した。
ボクの中でもそうなんだろうけど・・・亜貴の中でもボクが「美化」されているのは感じていた。
そのために写真を送ろうと思った。
1時間をかけて、「一番マシ」と思える顔写真ができた。
・・・意を決して亜貴に送った。
・・・・こんなんだけどいいの??との意味を込めて。
初めて会った時に、亜貴のガッカリした顔を見たくなかった。
予備知識として・・・予防線として写真を送ろうと思った。
・・・・最悪、何か理由をつけて「やっぱり会うの止めようか・・・」亜貴から、そう返事がくるかもしれないとは思った。
それならそれでいい。会った瞬間・・・東北まで時間をかけて行って・・・その挙句に亜貴のガッカリした顔を見ることから比べれば、今のうちに断られた方がいい。そのほうが傷は浅くてすむ。
日が暮れていた。
マンションの駐車場にプリウスを入れた。
・・・シートに深く身体を沈めた。
小さく溜息をついた。
・・・・やっぱりか・・・
・・・・昼に写真を送ってから、亜貴からメールが来なくなっていた。
もう、6時間近くメールが来ない・・・
メールのやり取りをしてから、こんなに時間が空いたことはなかった。
やっぱり、写真で拒否られた・・・・
仕事部屋で図面を描いていた。窓の外は漆黒だ。
・・・・写真を送ってから亜貴からメールが来ない・・・もう時間は8時に近い・・・
やっぱり写真でフラれたか・・・写真を送るんじゃなかった・・・でも、会って亜貴のガッカリした顔は見たくなかった・・・・だから会う前でよかった・・・
そんな堂々巡りをしていた。
机の上の携帯が鳴った。メールの着信音だ。
慌てて開く。亜貴からだ。
「写真ありがとう・・・メールできなくてごめんね・・・今日 旦那さんが休みで・・・」
・・・そういうことだったのか・・・
そこから数回のやりとり。
・・・亜貴から写真が送られてくることはなかった。
そんなものは全く期待していなかった。
・・・・ホッとしていた。
今日1日緊張していた。昼に写真を送ってから緊張し続けていた。・・・いや、写真を送ると決めてから緊張し続けていた。
写真で拒否られるんじゃないかと・・・だったら送らない方がいいんじゃないか・・・そんな堂々巡りの果てに送ると決めた。
・・・そして送ってからは、拒否られるんじゃないかと、本当に、本気でドキドキしていた。
よかった・・・亜貴からメールが来た・・・
どうやら写真で拒否られはしなかったらしい。本当にホッとした。肩の力が抜けた。緊張が解けた。
「カズくん寂しい・・・話したくなる・・・」
声を聞くようになって・・・・「会う」と決めてしまってから、もうタガが外れたようになっていた。
声を聞けない家族の団欒の時間・・・この時間が一番寂しかった。
「亜貴が大好きだってば!」
「カズくんが大好きだってば!」
ひっきりなしにメールをして、時間を作っては声を聞いた。
写真を送った今日も・・・旦那さんが休みだという今日の夜も、それにかわりはなかった。
本当にホッとしていた。
写真で拒否られることはなかった。
ようやく、ボクの中で、本気の本気で亜貴と会うことを決めた。・・・・写真で拒否られるって考えが拭えなかったから。
・・・さっさとフラれて「思い出」にする。
宮城県に行こう・・・亜貴に会いに行こう・・・
PCで宿を探す。
営業しているところがなかった。
ライフラインが止まっている。
ホテルが見つからない・・・特に仙台市内は全滅だ。
おそらく、災害支援の公的機関の拠点になってるんじゃないかと思う。
・・・・どこでもいい。
ホテル・・・民宿・・・コテージ・・・・
・・・・あった・・・1件だけ・・・
宮城県と福島県の県境。白石蔵王。山の中にコテージを見つけた。・・・メモを取った。
翌日。
仕事の合間にコテージに問い合わせの電話を入れる。
「水は出るんですがガスは止まっています・・・だからお湯が使えないんです・・・電気はほとんど大丈夫です・・・でも1日に数時間停電になりますが・・・・」
申し訳なさそうな声で対応された。
・・・・本当は営業できるような状態じゃない。
しかし、ボランティアの人たちの泊まる施設も不足している。・・・それが申し訳なく営業することにしたんです。
食事も出せない。
近所の食堂も営業してるところはないという。
それでもいい。夜露が凌げればそれでいい。
4泊で申し込んだ。
リビング。
お嫁さんとご飯を食べていた。
もう時間は21時を回っている。
テレビからは、ようやく再開されてきたバラエティ番組が流れている。
今日のメニューは、ボクが作ったオムレツだ。ありもののハムやウィンナー、ありものの野菜で作るだけの晩御飯だ。
世間も・・・東京はって意味だけど、ようやく落ち着いてきた。・・・有感地震も減ってきていた。前までの、のべつ幕なしに地面が揺れるって状況ではなくなってきた。
それに比例して、お嫁さんの状態も少しづつ回復してきたようだ。少なくとも1日中寝てるってことはなくなってきた。晩御飯の時間には起きているようになっていた。
「高速も再開されたから名古屋に顔出してくるよ・・・なんだか来てほしいらしいんだ」
テレビを見ながら言った。
名古屋には大事にしてもらっている顧客がある。
月一回のペースで顔を出していた。
震災から以降、顔が出せていなかった。
「気をつけてね。ホントにホントに気をつけてね」
お嫁さんの顔は不安げだ。そして心配な顔・・・・ボクの袖を掴んでいる。
・・・すまない・・・お嫁さんに嘘をつくのは初めてだと思った・・・・
漆黒の中で目覚めた。
そっと寝室を抜け出す。
窓の外は、まだ闇の中だ。・・・リビングの電気は点けない。お嫁さんを起こしたくなかった。
静かに顔を洗う。
仕事部屋で着替えた。
荷物は前日にプリウスに積み込んでいた。
真っ暗な廊下から寝室を見る・・・お嫁さんが起きてくる気配はない。
良かった・・・見送りなんか絶対にされたくない。どんな顔で見送られるというのか。
静かに玄関を開けた。
扉を閉めて、静かに鍵をかけた。
エレベータで降りる。
プリウスに乗り込んだ。
電源スイッチを入れる。エンジン音が鳴ることもない。
ガソリン残量は3/4といったところ。
静かにマンションの駐車場を後にする・・・
漆黒だった。街はまだ漆黒だ。
行きつけのセルフのガソリンスタンドに入る。・・・ここは24時間営業は休止したものの早朝からやっている。
スタンドに面した道路の交通量は少ない。空に星が見えた。
スタンドを後にした。
しばらく走れば、漆黒に浮かぶ首都高速の高架が見えてきた。・・・・そして入口。
・・・・複雑だった。
・・・・フラれるために亜貴に会いに行く・・・
お嫁さんに戻りたい・・・
その気持ちに嘘はない・・・
でも・・・
ボクは・・・・ボクは・・・・
ボクは・・・もう、お嫁さんに嫌悪感を抱くようになっていたんだ・・・・
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