「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

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「君の名は」幽霊かと思った・・・

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不意に ゆい がピグに現れた。


「ゆい・・・」

「カズくん」


固まった。
画面の中でふたりのピグが固まっていた。ふたりとも立ったまま動けなかった。

小さく床が揺れている。毎日毎日余震が続いている。未だ治まる気配がない。
・・・いつ、また、ネットが落ちるかわからない。
それほどノンビリ話せる状況だとは思えない。


ゆい が話す。

地震直後に停電になった・・・・
家自体は、それほど損傷を受けていない。ただし、電気・・・水・・・ライフラインが止まった。それで避難所へ行った。
ようやく電気も復旧・・・・まだ断続的に停電になるけど・・・それで、家の様子を見に来た。またすぐに避難所に戻らなきゃならない、と。

・・・そうだったのか・・・
・・・やっぱり生きていてくれた。
そして、避難所生活だったんだ・・・思った通りだった・・・


床が揺れ続けてる・・・


工場の屋根が落ちた・・・エレベーターが緊急停止して閉じこめられた。・・・そんな話が身近で起こっていた。・・・ボクも危うく閉じこめられそうになったことがある。
ゆい だけじゃなかった・・・・ボクには連絡のとれない人が未だに何人もいた・・・・

・・・・ゆい は生きていてくれた。
良かった・・・・本当に良かった・・・
単純に嬉しかった・・・ホッとした・・・
でも、あまりにも突然のできごとで呆然としていた。

・・・なんと言えばいいのか・・・言いたいことはいっぱいある。言うべきこともいっぱいある・・・なのに言葉が出てこない。思いつかない。


ピグのふたりが無言で立っていた。
立ち尽くしているように見える。


「カズくん・・・手紙読んだよ・・・・」

ゆい の無言は、ボクの手紙を読んでいたからだった。
そこには、ボクの2週間以上、毎日毎日毎日・・・そして1日に何回も書いた ゆい への気持ちが綴られていた・・・

「うん・・・」

それしか言えない。
最初は ゆい の安否を心配する手紙だった。・・・また、すぐに会えると思っていた。
しかし、1日、2日・・・5日・・・ゆい は音信不通となった。・・・ゆい と、このまま会えなくなってしまうんじゃないか・・・「心配」から「不安」へと変わった。
・・・後悔していた。気持ちを言えなかったこと、気持ちを伝えなかったことを後悔していた。
受け入れられなくたっていい。
ボクが ゆい をこんなにも愛していると伝えておきたかった。
間違いなく、人生で一番の「恋」だった。
人生で一番の「愛してる」だった。
気持ちを伝えずに離れ離れに・・・この後、一生、離れ離れになってしまうという恐怖・・・そして、後悔・・・せめて気持ちを伝えておくべきだった。
ゆい の心の片隅に、ボクの気持ちを留めたかった・・・

・・・・切々と書き綴った。訴えた。
ゆい が・・・貴女が好きだと・・・人生で一番の恋だった、と・・・

10日を過ぎても ゆい からの返事はない・・・

「生きてる」

信じてはいた・・・・でも、それは「信じたい」という気持ちが、希望が含まれていた・・・ ゆい が死んだとは認めたくない・・・
だからこそ・・・いつからか手紙は、ボクの中で「読まれることのない手紙」へと昇華されていた。
・・・だから、素直に、言葉を飾ることなく、ありのままの言葉で綴った。

「生きていてほしい!」

「ゆい が、貴女が大好きなんだ!」

魂からの叫びをそこに綴った。

「愛している」・・・その言葉こそは使わなかったけれど・・・それ以上の気持ちと、ゆいに会えない泣きごとを綴った。

・・・・その手紙を ゆい が、今読んでいた。

気恥ずかしさ・・・しかし、読まれること、日の目を見たことの方が嬉しかった。
・・・・一生読まれない悲しさから比べれば、読まれる気恥ずかしさの方が良いに決まっている。

・・・それでも、何も言えなかった。何を言えばいいのかわからない・・・
そもそも、ゆい の反応がわからない。
これで「告白」をしてしまったことになる。
ふたりの関係に白黒をつけなければならなくなった。

・・・震災前にも、想いを伝えようとしたことはある・・・「告白」しようとしたことはある。
・・・できなかった・・・できなかったのは、絶対に ゆい は受け入れないと思ったからだ。
「告白」した段階で ゆい はボクの前からいなくなると思ったからだ。
ゆい を失うことが怖かった。
「告白」せずに ゆい と「ピグとも」で居続けることを選んだ。

「震災」が起こり、ゆい を失い、図らずも告白することになってしまった。
泣きながら告白した。綴った。訴えた。


・・・・ゆい は受け止めるのか。

・・・それとも・・・・


ピグの「カズくん」は、ランニングシャツ1枚で無言で立っている。
判決を待つように直立不動で立っている。

・・・ゆい の言葉を待つ。判決を待つ・・・


・・・・地震!
大きい!


東京、宮城、お互いの地面が揺れていた。


・・・・また会えなくなる。

停電になれば、ネットが落ちれば、また会えなくなる。
・・・嫌だ・・・・もう嫌だ。
これ以上 ゆい と会えない生活は耐えられない!
2週間会えなかっただけで憔悴し切った・・・ゆい をどれだけ愛しているかを思い知らされた。もう、片時だって ゆい と会えない生活は耐えられない!

地面は揺れている。大きい。本棚が軋んだ音をたてている・・・いつ停電になるか、いつ回線が遮断されるかわからない。


勇気を振り絞った。


ボクは言った。・・・キーボードを打った。


「名前教えて」


一瞬の間。躊躇。・・・・そして


「進藤亜貴子」

「電話番号教えて」


ゆい いや、亜貴子が電話番号を知らせた。
地面の揺れが止まらない。


「カズくん、行かなきゃ・・・・」

「うん」


亜貴子が消えた。



・・・・・漆黒の中で目覚める。

布団を抜け出す。

仕事部屋に入りPCを立ち上げる。

リビング。
窓の外は明るくなっている。
・・・ベランダに雀がいた。・・・たまに見かけることがある。鳩がいることもある。
今日はいい天気だ。快晴だ。

大きく伸びをした。

日経新聞を読みながら珈琲を飲む。



プリウスに乗り込み客先に向かう。
ミーティングは問題なく終了。

車をコンビニへと入れた。

食料品は少ない。
残っていたオニギリと、残っていた菓子パン、そして缶珈琲を買う。・・・今日は、お気に入りのジョージア・ブラックがあった。よかった。

プリウスに日差しが入る。

「今日はいい天気だよ あったかくなってきたしな」

オニギリを食べながらメールを打つ。

すぐに着信音がした。

「こっちもいい天気だよ まだ寒いけどねー 今お昼なの?」

亜貴からのメールだった。
・・・亜貴と呼んでいた。
長い間 ゆい と呼んでいた。そこから「亜貴子」とは呼びにくい。
省略して2文字で亜貴と呼んだ。


ピグで1日に何通も手紙を書いた。
その手紙が、1日に何通もの携帯メールになった。

食べ終わって、ゴミ袋を持ってプリウスから降りた。

今日はいい天気だ。
春らしく、暖かくなってきた。

・・・・地面は相変わらず揺れる。
のべつ幕なし緊急地震速報が鳴り響く。
原発は予断を許さない。・・・自衛隊ヘリが海水を浴びせていた。
イオンでも食料品は不足している。
ガソリンスタンドは給油制限だ。
計画停電で工場の操業が止まっていた。

被災は進行形。復旧のメドすら立たない毎日だ。

・・・・それでも春はやってくる。

亜貴が生きていた。
亜貴とメールで繋がった。
・・・メールをすれば返事がきた。

ゴミ箱に袋を棄てた。

大きく伸びをする。

・・・・亜貴の声が聞きたいなぁ・・・
まだ、声を聞いたことはなかった。


見上げれば青空だった。

なんだか埃っぽい。
放射能が混じっているかもな。


それでも、春の青空だった。


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