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「お嫁さんの代用品」奔走。

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夕方。
まだ陽は落ちていない。
プリウスで洋菓子店の駐車場に入っていく。
車を降りる・・・

入口に「臨時休業」の張り紙。

・・・・やっぱり休業か・・・

和洋菓子の大手チェーン店だった。
ちょっとした時に、ちょっと甘いものが食べたいといった時に寄る。
値段のわりに全ての商品が良かった。美しくて、そして美味しかった。
今は、流通が壊滅している・・・ましてや、生活必需品じゃない。
営業は無理なんだろう。

車に乗り込み店を後にした。


「震災」から2週間が過ぎた。

地面は相変わらず揺れる。
原発は予断を許さない。
停電で信号が消えている。
・・・・それでもガソリン不足から交通量も少ない。
それに、皆が譲り合って運転をしていた。
横暴な運転をする人間はいない。


イオンに入っていく。

スーパーにも品物はない。
食料品が不足していた。
選ぶ自由はない。売っているものを・・・売っている食料品を買う。

・・・・普通の食料品すら不足している。
乳製品の棚には全く品物がない。・・・・ましてや生菓子なんてあるはずがない。

・・・溜息をついた。

プリウスに乗り込む。走らせる。
・・・考える。・・・・あとはどこだ・・・?

目についたコンビニに車を入れる。

生菓子のコーナーへ。
ロールケーキが1個あった。買う。

・・・・コンビニの配送はジャストインタイムだ。
最も優れた配送システムだ。
こういう時はコンビニが、もっとも頼りか。

プリウスに乗って走り出す。


仕事は車移動だ。
休憩、昼食・・・いろんな局面でコンビニを使う。
そのため、使い勝手のいいコンビニは頭に入っている・・・・駐車場が大きい・・・トイレが綺麗だとか・・・

少し郊外までプリウスを走らせる。
陽が落ちてきた。

幹線道路から外れた、それでも大きなセブンイレブン。

駐車場に車を停めた。
・・・・ちょうど配送のトラックが停まっていた。

店内に入る。配送されたばっかりだ。そのケースの中にイチゴのショートケーキ2個を見つけた。・・・・2個ともカゴに入れた。
さらに、チョコレートケーキとモンブランを1個づつカゴに入れる。



帰路につく。
マンションの駐車場にプリウスを入れる。
静かだ・・・なんだか、駐車場の照明もくすんで見える。

玄関の扉を開けたら真っ暗だった。
お嫁さんはいつものように眠っているんだろう・・・

冷蔵庫に買い物をしまって珈琲を淹れる。
テレビをつける。小さな音で見る。

津波の映像。コンビナートの火災・・・避難所・・・・原発・・・

窓の外は真っ暗だった。
世の中の全てが闇に閉ざされていた。
「節電」の掛け声のもと、そして「計画停電」・・・街から電気が消えた。漆黒の闇だった。


仕事部屋に入ってPCを立ち上げる。

ピグの部屋に入る。ゆい の部屋に行く。
今日も ゆい が入った形跡はない。

手紙を書く。
毎日毎日手紙を書いた。
・・・・想いは書き尽くせない。書くことも尽きない。

思えば、この5ヶ月、毎日毎日、時間の許す限りピグで一緒にいた。話した。
ピグでしか一緒にいなかったけれど、それでも「思い出」というものは存在する。
二人だけの思い出は確かに存在する。

毎日毎日手紙を書いた。

ゆい は避難所にいると確信していた。
・・・・根拠はない。ただそう思っただけ。

ゆい の夢を見た。
真っ暗な中で、ボクの名前を呼んで泣いていた。・・・・ピグの姿で泣いていた。
・・・・だから ゆい は生きている。

手紙を書くことが祈ることだった。
お百度参りだ。
手紙を書くことが、ボクにとって ゆい の無事を祈ることだった。

今日も ゆい が大好きだからね。
・・・昨日も・・・明日も・・・・ずーーーっと、ずーーーっと大好きなんだからね!!
・・・どうか無事でいて・・・・貴女の無事だけを祈ってるからね・・・



リビングに戻る・・・寝室を少し開ける・・・真っ暗な部屋で、お嫁さんが眠っていた。

パート先は無期限休業。
ボクは、お嫁さんが眠っている間に仕事に行き、帰ってきたら、お嫁さんは眠っていた。

景気が悪い。失われた20年・・・
お嫁さんは数回のリストラを受けた。・・・・お嫁さんに非はない。運が悪かっただけのこと。・・・人間の運命は、生まれた、生きた時代によって左右される。
平成大不況の時代に就職を迎えた、お嫁さんの運が悪かっただけだ。
・・・就活が上手くいかず、とりあえずのバイトすらクビになったことがある。

2回目のリストラで、お嫁さんから笑顔が消えていた・・・・
だんだんと体調を崩していった。

・・・・震災で、さらに体調を崩したようだ。
皆がそうだった。
多くのアーティストが活動を中止した。

常に地面が揺れている・・・・身体は「船酔い」のような状態になっていた。
いつ復旧するかわからない生活・・・・誰だっておかしくなる。

・・・・ボクも・・・毎日、気分が重かった。
先の見えないストレス・・・・未だ被害の全貌は見えてこない・・・むしろ被害は増えていくだけだ。
津波での巨大な被害。先の見えない避難所の状態・・・原発は、このあといったいどうなるのか?


・・・・・結婚すると「幸せ太り」ってのがある・・・通常は旦那さんがなる。
ウチの場合はお嫁さんがなった。

もともと「ぽっちゃり」体型だった。
・・・でも、世の中で、女の人が言う「太ってる」は、男にとってはちょうどよかったりする。
なので「ぽっちゃり」のお嫁さんは、ボクにとって普通でしかなかった。

お嫁さんは忙しかった両親に代わって、近くに住んでいた祖父母によって育てられた。・・・そう大工の祖父。ボクたちを結婚させてくれた祖父。
祖父母は孫を甘やかす。
最大の甘やかしは「美味しいものを食べさせる」だった。なんせ戦中世代だ、食べられない時代のヒトたちだ。
孫に美味しいものを沢山与えた。
もともと食べることが大好きな子だった。
また、食べてる時の顔が堪らなく可愛い。
見事に健康優良児に育った。「ぽっちゃり」の原型ができた。

・・・・ボクも同じだった。
お嫁さんの食べてる顔を見ているのが好きだった。なんとも言えない幸せな顔をする・・・
ボクにとってお嫁さんは天使だった。
ふたりでご飯を食べている時が一番の幸せだった。
・・・何をしていても幸せだったけどさ。

自分の人生に、こんな幸せな時がくるなんて考えてもみなかった。
・・・・今までの全ての逆境が、3億円を超える借金を背負ったことさえ、今の、この幸せを得るための対価だったんだと思った。それなら3億円の価値はある。・・・いや、5億円だって価値がある。
・・・・そう本当に、心の底から思った。

お嫁さんが大好きだった。・・・本当に、本当に大好きだった。
「ぽっちゃり」なんてことは、まったく気にしなかった。

・・・・もともと恋愛偏差値は低い。・・・・からなのかどうなのか、容姿を気にしたことがない。
好きになる相手を容姿で選んだことがない。
ボクが好きになるのは・・・・どこか変わっている女の子が多かった。
適切な言葉が思いつかないけれど・・・個性的というのか、そんな傾向があった。
間違っても「学校美少女No1!」だとか、そんな娘を好きになることはなかった。
・・・もちろん臆病だからかもしれない。
「学校美少女No1!」を好きになったとて、100%恋愛が成就する可能性はない。100%失恋の可能性しかない。

絶対に成就しない恋愛などしたくない。
・・・無意識に、100%の失恋を避けていたのかもしれない。


結婚した時に60kg台だったお嫁さんの体重が70kgを突破した。
・・・・いやいや、ぜんぜん平気だから。
ふたりでご飯を美味しく食べて笑っていた。

なんだか、お嫁さんが幸せに見えて、とても嬉しかったんだ。
・・・とっても、とっても幸せだったんだ。

なにより「優しさのツボ」が同じだった。それが一番の幸せだった。

よく「笑いのツボ」が同じ、だから相性が良いって言う。
それと同じで、ボクは「優しさのツボ」が同じことが幸せの条件だと思っている。
「優しさのツボ」が同じということは「嫌なことのツボ」も同じだ。
だから、相手に嫌なことをしない。

「相手の嫌がることをしてはいけません」
よく言う。・・・・でも「嫌がるツボ」が違ってたらどうなんだろうって思う。そこに反故が生まれる。諍いの原因になる。

だから「優しさのツボ」が同じなのは重要だって思う。

・・・・・そうなんだよな・・・そうなんだ・・・ ゆい も「優しさのツボ」が同じだった・・・・だから好きになったんだ・・・「愛してる」ってくらい・・・

・・・そうなんだ ゆい と、お嫁さんは似ていた。
そう思う時がよくあった。
生活や家事、主婦としての能力は違っても、どこか性格に似たものがある・・・
何より「優しさのツボ」が同じだった。

お嫁さんが体調を崩して、ほとんど寝て過ごすような日常になっていた。
・・・・そこからボクはブログに逃げた。
・・・ボクは寂しかったんだろう・・・今まで何をするにも、お嫁さんと一緒だった。
お嫁さんの抜けた穴を ゆい で埋めてたのかもしれないな・・・

ゆい はボクにとって健康なお嫁さんだったのかもしれないな・・・


・・・・もう、お嫁さんと、どう接していいかわからなくなっていた・・・
医者からは「ただ、優しく話を聞いてあげてください」と言われていた。
・・・じゃあ、眠っていたらどうすればいいんだろう・・・?

お嫁さんの生活は昼夜逆転してるように思う。
ボクが寝入ってから、なんだか起きだしてDVDを観ていたりする。
・・・それは、やっぱり良い事だとは思えない。
だからといって、じゃあ、どうすればいいんだろう・・・

規則正しい生活をすることを考えるべきなのか・・・しかし、そうしたいと望んでいるのは・・・それができなくて、一番苦しんでいるのは、お嫁さんなんだと思う・・・
お嫁さんの言葉の中に「自己嫌悪」が多く見られる。

・・・・ボクは、どうすればいいんだろう・・・
黙って見守るべきなのか・・・それともやっぱり、規則正しく起こすべきなのか・・・・

・・・・どうしていいか、わからなかった・・・
どう接すればいいのかわからなかった・・・・


寝室が開いた。
・・・・お嫁さんが起きてきた。


「ごめんなさい寝ちゃってた・・・・」

「大丈夫だよ」


ボクはニッコリ笑って、お嫁さんをソファーに座らせた。
眠気眼で、少しぼうっとしたお嫁さん。

冷蔵庫から買ってきたものを出す。

ちゃぶ台に並べる。

・・・お嫁さんの顔がパッと輝く。


「ハッピバースデーツーユー♪ハッピバースデーツーユー♪」


ちゃぶ台にケーキが4個、そしてロールケーキが並んだ。
今日は、お嫁さんの誕生日だった。


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