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「天使に求婚される」他に何もいらない。
しおりを挟む・・・・ああ、あの子か・・・
この前の派遣先で見た・・・国際展示場。場違いなスーツ集団にいた女の子だった。
・・・近所に住んでるのか・・?
それだけの話。
ボクは最近越してきた。
越してきてすぐは毎日、川に行った。
今は毎日、派遣先と、このスーパー・・・あとは100円ショップに行くくらいで、町の探索もしていない。興味もない。
・・・・全てに興味がない。何も・・・・生きることにすら興味がない。
・・・何回かスーパーで見かける。
駅の帰り道にある、営業時間の長いスーパー。
ある時、目が合った。・・・・なんとなく会釈をする。・・・わかるかわからないかの微かな。
・・・・そのうちに自然と会釈をするようになった。
彼女はいつも微笑んでいた。
いつも笑顔だった。
レジのオバチャンと何か話している。・・・人懐っこい笑顔だ。
卒業して何年目なんだろう・・・まだ新人ぽさが抜けてない感じがする。
電車に揺られていた。
仕事が終わった。夜。
どんよりとした空気。湿度が高い。
・・・今日は1日、湿気の多い日だった。
いつもながらの肉体労働。汗で濡れた作業服から自分の汗の匂いが上がってくる。
・・・別に大した問題じゃない。誰に会うわけでもない。
駅を出て、帰り道にスーパーに入る。
もう、食い物がなかった。今日の晩飯を買わなきゃなんない。
いつもどおりシシトウとモヤシ・・・・レトルトカレーが安かった・・・安いと言っても110円。100円ショップより10円高い。しかし、100円ショップとは違い、ちょっと高級なカレーだった。・・・・かなり迷った末に2個買った。
・・・店を出たら、スコールのような雨が降っていた・・・・最近の日本には多いよな。
傘を持ってない人が店の前で並んで空を見ている・・・・どうしたものかと思案の顔。
・・・その中に彼女がいた。彼女はカバンをゴソゴソ・・・・折り畳みの傘を出した・・・時に目が合った。彼女のビックリした顔。
思わず会釈した。
彼女が近づいてくる。ズンズンズンと。
「聞きたいことがあるんです・・・・」
真面目な顔をして彼女が言った。
・・・はい??
「ドブってなんですか?」
・・・はぁ?
彼女は化学系の財団法人に勤めていた。
各種の研究発表の場、会議、シンポジウムなんかがあり、それで会場の設営なんかもやるらしい。・・・・それで国際展示場だったわけだ。
今、野外でのイベントに携わっていて、そこでの業者とのミーティングの中で「ドブだから高くついてしまう・・・」と言われたらしい。
・・・・彼女以外は、先輩たちは意味がわかっているらしく、ミーティングはそのまま進行していった。
しかし、彼女にとっては「ドブ」という単語がひっかかり・・・「ドブって何??」とツボに入ってしまい可笑しくてしょうがなくなり、笑いを堪えるのに必死だった・・・他の皆が真面目な顔をしていればしているほど可笑しく、呼吸することすら苦しくなった・・・・そのため、頭から「ドブ」を消そうと必死になり、頭の中で、全く違うことを考えた・・・・そのため、意味を聞きそびれてしまった。
今さら先輩に聞くのも憚られ、それでボクに会った時に聞いてみようと思っていた・・・・ら、会ったのでビックリしました。と、嬉しそうに話す。
「ドブ」というのは、業界用語で「亜鉛メッキ処理」のことを言う。
・・・・話の全体がわからなかったけれど、野外のイベントということから、何かの使用機材だか、部材だかを外部で使うにあたって「亜鉛メッキ処理」を施したものじゃないとダメだから高価になりますよ・・・ってな話だったんだと思う。
「そうなんですね・・・」
感心したように彼女が聞いてる。
「私、専門の勉強してないからわからないことが多くて・・・・」
彼女は、新卒で入った会社・・・っても財団法人・・・が、経営母体が変わってしまいリストラ。・・・・ところが、先に転職していた上司の引きで転職。それが今の財団法人。
前の勤務先とは専門分野が異なってしまい戸惑うことばかりなんだそうだ。
もともと実家から通っていたが、転職した際に、勤務先に近いこの場所に引っ越してきたんだそうだ。
「大人だから、一人暮らしもしなきゃ・・・って」
・・・はぁ・・・
身長は150cm少しか。笑顔を絶やさない。・・・・微笑みというのか・・・練習した笑顔じゃない。人間としての基本が笑顔なんだろう。
黒のスーツに白のブラウス。・・・・財団法人・・・オフィシャルな仕事に似つかわしい恰好だ。
微かにブラウンが入った髪は染めたものじゃないだろう。
・・・学校の先生・・・表情は幼稚園の先生って感じだ。
「雨、止みそうにないですねぇ・・・・」
彼女が空を見上げて言う。
「行きます?一緒に?」
彼女が傘を開く。
入れてもらって一緒に歩き出す。
折り畳みだ。傘が小さい。ようやく頭が入るくらいだ。肩が出ている。濡れる。
「もうちょっと入ってください」
・・・いや、あの・・・汚れるから・・・
作業服の汚れが気になった。自分の汗の匂いも気になる。
・・・彼女は「作業服」に対して何ら嫌悪感のようなものを感じてないようだった。
ボクは長い間、作業服で現場作業をしてきた。
その職業病といっていいのか・・・相手が、作業服に、現場作業に対して、どういう感情を持っているのか瞬時に読み取れるようになっていた・・・被害妄想もあるんだろうけど・・・
「えー、作業服ってかっこいいじゃないですかー。ウチのお客さんなんて、ほとんど作業服・・・研究職ってほとんど作業服ですよ」
自然な笑顔で話す。
・・・いや、でも・・・それって、作業服ってか・・・白衣とかなんじゃないの・・・?
「・・・・それに、ウチの祖父、大工なんです。
子供の頃は、よく祖父の現場について行ったんです・・・・作業服姿で、皆に指示してる祖父がかっこよかったんです・・・・」
・・・なるほど、そういうことかぁ・・・
「祖母がよく言ってました。祖父が作業服汚して仕事してくれるおかげで、ウチはご飯が食べられたんだからねって」
・・・ボクの住んでいた世界では、作業服は一ランク下に見られる世界だった。
スーツで設計しているのが会社を背負っている人間たちで、作業服で現場をこなしている人間は下に見られていた。
会社では「スーツ組」と「作業服組」とで歴然としたヒエラルキーがあった。
ボクのアパートについた。
雨が止んでいた。やっぱりスコールのような通り雨だった。
・・・・あのさ・・・なんでボクだったの?
彼女は、迷わず、ボクに「ドブ」のことを聞いてきた。
ボクに聞こうと思っていたのは間違いないんだろう・・・でも、なんで?
彼女が、ちょっと考える顔になる。・・・すぐに、元の笑顔になる。
「あれ?なんでだろ??・・・あれ?・・・変ですねぇ・・・」
彼女が傘を閉じた。笑った。・・・いい笑顔だ。
・・・そっか・・・まぁ・・・いいけど・・・
ボクもつられて笑った。
お世辞でも「作業服がかっこいい」という彼女に好感をもった。
・・・・いや・・・それ以上だった。地獄で天使に出会ったようだった。
彼女の半径3mは世界に色があった。
ボクの真暗な・・・モノクロの世界の中で、彼女のまわりだけに彩があった。
・・・・自然と付き合うようになった。
彼女にはボクの身の上を全て打ち明けた。
彼女は気にしていない様子だった・・・・というより「3億円以上の借金」ってのが理解できてないように感じたけれど・・・
筋は通すべきだ。
彼女の両親のもとに交際の挨拶に伺った。
緊張しながら、彼女の実家の門をくぐった。ごく普通の一戸建て。
お義父さんは地元企業のサラリーマン。お義母さんは専業主婦。彼女は二人姉妹の妹だった。
リビングに通される。
お義父さん、お義母さん、そしてお義姉さん・・・家族全員が対面に座った。
・・・端から対決姿勢だった。
何が気に入らなかったのかはわからない。
彼女の両親は、とにかくボクが気に入らなかったようだ。
端から質問攻めにされた。仕事、実家の家族構成・・・
・・・ボクとしては「交際させていただいてます」という挨拶のつもりだったのが、話は予期せぬ方に走り出していた。
どうやら、娘の年齢も年齢だ。結婚する・・・真剣な交際じゃないなら認めない。
そういった考えのようだ。
最初のボタンの掛け違いは、さらにドンドンと拍車がかかっていった。
根掘り葉掘り、警察の取り調べのような雰囲気だった。その展開上・・・身の上全てを白状することになる・・・文字通りの白状。自白。・・・まぁ、隠すつもりもなかったけれど・・・
「それみたことか」
言わんばかりに反対された。
親としては当然だろう。
どこに「3億円以上の借金」を背負った男との交際を許す親がいるだろう。
・・・何時間におよぶ尋問だったのか・・・
這う這うの体で、実家を後にした。
・・・・打ちのめされた。
分かっていたつもりだった自分の立場を、社会的立場を再認識させられた。
・・・ボクには・・・人並みに生きる権利はないんだ・・・・ボクは社会的に不必要な人間なんだ・・・
・・・・しかし、彼女は別れなかった・・・・
駅から徒歩10分。今までよりも5分は近くなる。
2DKのマンションに、引っ越し荷物が運び込まれてくる。
4人の引っ越し業者の若者が、テキパキと荷物を運んでくる。
ボクと彼女が家具の置き場所を指示する。
彼女と付き合うことで「生きる気力」は湧いてきた。
ポツリポツリと昔の仲間内から仕事の依頼がきていた。
月の半分が、それで埋まるようになった。
家賃を折半してこのマンションを借りた。・・・・これまでの木造二階建てアパートとは違って、エレベーターのついたマンションだった。・・・・嬉しかった・・・・ようやく社会復帰ができたような気がした。
初め、日雇い派遣と半々だった請負仕事が、気がつけば、それだけで生活が成り立つようになっていた。
・・・・会社は潰した。
しかし、考えてみれば、仕事内容で失敗したわけじゃない。
以前の顧客からも、仕事の依頼が入ってきた。
・・・・車を買った。
建築業なのに色々な資材をリュックに背負って電車移動をしていた。どうしてもといった必要な時にだけレンタカーを借りていた。
・・・・それが自分の車でできるようになった・・・買ったのは走行距離4万kmを超えた、中古の軽自動車。・・・それでも嬉しかった。
彼女のおかげだと思った。
・・・・ボクにとって彼女は天使だった。
地獄の渦中で出会った天使だった。
まさしく神様からの使者だった。
彼女が「幸運」の全てを運んできた。
・・・・しかしボクには「3億円を超える借金」がある。
彼女の両親にも反対されている。
結婚はできないだろうな・・・・いつか、この生活は終わる・・・・そんな覚悟だけはしておかなければ・・・・
リビング。ソファーに並んでテレビを見ていた。
毎週予約録画をしている「水曜どうでしょう」
休みの日には、ふたりで見るのを楽しみにしていた。
関西芸人とは違った威圧感のない笑いがよかった。
心を痛々しく刺してくる笑いがない。
ばかばかしく・・・のんびりした笑い・・・どこかホッとする笑い。
ふたりで見て笑いあった。
「・・・して・・・・」
彼女が何か言った。・・・・よく聞こえなかった。
「結婚して」
今度は、もう少しちゃんとした声。
・・・・・え??
「結婚して!」
ちょっと大きめの声。振り向いてボクを見る。
「結婚して!」
ボクは、思わず、ウンウンウンと首を縦に3回振った。
彼女がニコっと笑って、またテレビを見出した。
そして何もなかったように、大泉洋を笑った。
・・・・毎日言われた。
最初微かな声だったのが、
「結婚しようよ」と大きくなり、最後には挨拶がわりに「おはよー」の代わりに
「結婚して!」と言われる毎日になった。
嬉しかった・・・・本当に嬉しかった。
・・・・でもさ、ボクのどこがいいんだ???
真面目に信じられなかった・・・・いつか、この魔法は解けるに違いない・・・・
良く晴れた土曜日。
ボクと彼女は手を繋いで歩いていた。
行先は役所だ。
・・・魔法は解けなかった。
結婚が認められた。
最後は御両親が根負けした。
「結婚させてやれ」
彼女の祖父、大工の祖父の鶴の一声だった。
一緒に住んで3年が経っていた。
婚姻届けを提出する。
証人には彼女の祖父のサイン。
「おめでとうございます」
休日窓口の担当者さんに言われた。
帰りに駅前でフグを食べた。・・・彼女が、まだフグを食べたことがないと言ったからだ。
この頃増えてきていた「フグ」専門のチェーン店だった。
「美味しいねぇーーーー!」
彼女が美味しそうに・・・本当に幸せそうに食べている。
・・・・この笑顔を愛した。
彼女の笑顔は見ている人を幸せにする笑顔だ。
思わず見ている人を笑顔にしてしまう。
この笑顔に人生を救われた。
彼女の笑顔がボクを救ってくれた。
暗い、モノクロの世界に生きていたボクを・・・極彩色の世界に引きだしてくれた。
彼女の笑顔を見ていれば幸せだった。
他には何もいらないと真剣に思った。
・・・この娘と生きていく。
彼女と・・・お嫁さんと生きていく。
人生最大の幸せを手に入れたと思った。
ボクは天使と結婚してもらった。
天使がボクのお嫁さんになってくれた。
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