「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

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「ボクはヒトであってヒトでなかった」日雇い派遣。

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30代で人生が詰んだ。

会社を潰した。
騙されたように背負った借金は3億円以上。


毎日布団に突っ伏した。・・・・ひたすら突っ伏した。起き上がることができなかった・・・

現実感のない身体を引きずって土手に行った。
川を見ていた。・・・・ただ、ぼーっと、川を見ていた。ホームレスの釣りを見ていた。



都内。国際展示場。
広い。学校の普通の体育館がいくつ入るのか。
所狭しと人が動く喧騒。人が作業をする体温。電動工具の金切音が響く。
もうすぐ夏が終わる。それでも、窓のない建物内は熱気が充満している。


肩に鉄パイプ2本をかついで歩く。
「足場パイプ」だ。直径5cm。長さ4m。重さは8kg。
ヘルメットの額に汗が流れる。
作業服は汗でびっしょりだ。

指定された置き場所に崩れ落ちるように置く。派手な金属音がする。・・・周りの騒音にかき消される。

「2本しか持てねぇのかよ・・・」

脇に立っている20代中ば、鳶の兄ちゃんに吐き捨てられた。ヘルメットから茶髪がのぞく。

「すいません・・・」

消え入りそうな声で言った。

茶髪は、軽々と3本を肩に担ぐと、少し離れた組み立て場所に持って行った。
ニッカを履いた鳶職人たちが見事に組み上げていた。・・・ステージか。
半袖シャツから剥き出しの腕が太い。
筋肉の落ちた、ボクの腕の倍はあろうかという太さだ。


息を切らせて建物の外のトラックに戻る。
荷台に足場パイプが山積だ。

ボクの仕事は、茶髪の指示した場所に、パイプをトラックから運ぶことだ。
広い会場内のあちこちで足場が組まれていた。
ボクを含めて3人がパイプを運んでいる。


・・・・約1ヶ月引きこもった。

・・・・死ぬことは考えた。
しかし死ねなかった。・・・・その気力がなかった。それだけ。
誰か借金取りが殺しに来れば、喜んで、笑って殺されてやった。

実家が借金の担保に入っていた。
可愛がってくれた叔父が借金の保証人になっていた。
・・・・だから、自殺どころか、自己破産すらできない。
自殺すれば、・・・・自己破産すれば、すぐに実家が取り上げられる。
叔父に借金の追い込みがかかる。

銀行との話し合いの結果「リスケ」が認められた。
毎月の返済額は100,000円。
・・・・もちろん「暫定」ということ「最低限」ということ。
最低10万円を支払い続ければ、実家は取り上げない。叔父への追い込みをかけないと言われた。
・・・・ただし、口約束、担当者レベルでの決め事。銀行の気が変わればそれまでの約束。


・・・・ボクは、一生返済しても返せない借金・・・・それどころか、増え続けていく借金を背負った。
人生は詰んだ。
「アリ地獄」の人生だ。・・・・もがいてももがいても這い上がれはしない。


それでも、いつまでも布団に突っ伏しているわけにもいかない。
働かなければならない。
最低、毎月10万円を銀行に返済しなければ・・・払ったところで借金が減るわけじゃない、むしろ増えてく、だから返済とは言えない・・・それでも、払わなければ実家が取り上げられる。叔父に借金の追い込みがかかる。
・・・・保証人のついた借金以外にも、いくつかの借金先があった。
それらとの話はまだついていない。
・・・・それらを含めて、総額、毎月の返済額は15万円といったところだろう。


四の五のはなかった。
考えたってラチがあかない。考えても答の出ない問題は考えない。


人生は詰んでしまった。「アリ地獄」に落ちた。
人生に夢も希望もなかった。

考えれば苦しくなる。
ただ、毎月15万円を返済することだけを考えた。

返済15万円、家賃が6万円・・・・なんとか25万円を稼げれば生きていける・・・

就職は考えなかった。
・・・・もう生きる気力を失っていた。真面目に働く気もなかった。
今更、サラリーマンがつとまるとは思えない。

日雇い派遣に登録した。

25万円・・・・1日10,000円の稼ぎで25日働けばなんとかなる。
1日10,000円は軽作業では無理だ。力仕事の重労働しかない。
・・・・それでいい。
下手に考える時間があれば、よけいなことを考えてしまう。

単純で、そして肉体労働がいい。

日雇い派遣が気楽でよかった。
集合場所を指示され、作業服を着て、そこに行く。
工場だったり、なんらかのイベント会場だったり、そこでの重労働。

言われた作業を行う。

「運べ」

言われれば、黙々と運ぶ。

1人で行うこともあれば、30人の時もある。

ボクは、たんなる「労働力」だ。
手足を使って何か作業をする。・・・・頭は必要ない。
・・・・もう頭も使えない。
・・・・ここ2年で、頭は一生分使った。・・・・もう何も残っていない。


与えられた15分の休憩。
作業の喧騒から離れた廊下。
自動販売機コーナー。
缶珈琲を黙って飲む。
同じ派遣会社の、他の2人と一緒だ。
ひとりは若い。・・・地方から出てきた大学生といった感じか。
・・・もうひとりは、ボクより少し年下か。
・・・なんとなく、なんとなくサラリーマンじゃないかと思った。
肉体労働をするように見えなかったからだ。
平成大不況だ。サラリーマンの給料も減っていた。
・・・なんとなく、生活費を補填するためのバイトなんじゃないかと思った。
結婚して、子どもがいるのか。
誰も何も喋らない。

日雇い派遣の現場では誰もが言葉少ない。
・・・・おそらく、それぞれに、ここに落ちてきた経緯があるはずだ。
誰も、それに触れられたくないに違いない。
だから喋らない。
休憩時間は黙って缶珈琲を飲む。黙って煙草を吸う。・・・ボクは吸わない。それだけ。
・・・・それだけでいい。よけいなことは聞かれたくない。言いたくない。


15分キッチリ休憩して現場に戻る。
また、トラックからパイプを茶髪の指定された場所に運ぶ。

現場は各種の職人が作業をしている。足の踏み場にも気を使う。
その中を4mのパイプを担いで運ぶ・・・しかも2本・・・前に2m、後ろに2mの長さがあるわけで、かなりの神経を使う。
神経を使うことが、さらにパイプを重くする。重さで足がふらつく。汗で前はよく見えず・・・

髪の毛は丸坊主にした。
散髪代をケチるためだ。それが災いした。ヘルメットが滑る。・・・・何をやっても裏目に出る・・・・そのボクの前を、後ろを、職人たちが横切る。通る。


・・・・その作業服が跋扈する会場に、似つかわしくないスーツ姿の集団があった。・・・女の子も3人ほど。・・・笑顔の女の子がいる。とってつけたようにヘルメットを被っている。
・・・・違う星の住人のように感じた。
世の中は、仕切る方と仕切られる方に分かれる。
世の中は、管理する方と管理される方に分かれる。
世の中は、仕事を発注する方と仕事をもらう方に分かれる。
・・・おそらく発注側の人間、イベント主催側の人間だろう。
スーツの住人は人生が楽しそうに見えた。

パイプを運ぶ動線の関係上、何度もそこを通った。
「どいてください」とも言えず、何度もそこを通る。
運んでいるパイプをぶつけないかとヒヤヒヤしながら通った・・・


仕事が終われば作業服のまま電車に乗って帰った。

駅から帰る途中のスーパーで買い出し。
晩飯はもっぱら「ししとう」だった。1パックに数が多い。1日5本程度焼いてメシを食う。
あとは「もやし炒め」か・・・・

帰る途中で100円ショップもあった。
乾麺、レトルトは100円ショップだ。
100円ショップのスパゲティーを買い、100円ショップの蕎麦を買う。100円ショップのウドンを買って、100円ショップのレトルトカレーをかけて食った。
100円ショップのハヤシライスもある。


何も感じなかった。・・・感じないようにした。
何も考えずに日々を過ごした。
ただ、朝起きて筋肉痛の身体を引きずって派遣先に向かった。
言われたとおりの作業をする。そして帰った。
飯を食って寝た。

・・・・何も考えない。
考えれば・・・・考えてしまえば「15万円」が払えなくなる。
・・・・悔いや、怒り、憤り・・・・考えてしまえば動けなくなる。
だから考えない。

ボクはヒトであってヒトじゃなかった。

ただ、手足の付いた安価な日雇いの労働力でしかなかった。
気持ちもない。感情もない。怒りもない。
笑うことも泣くこともなかった。
能面をつけて毎日を過ごした。


・・・千葉県の駅で降りた。
指示されたロータリー側の出口に出る。時間は朝8時半。
・・・それらしいのが4人いた。・・・ボクを含め5人ということか。

それらしいハイエースが入ってきた。

60歳くらいの小柄な男が降りてきた。
派遣会社の名前で呼ばれた。
・・・・ボクの名前は必要ない。

思ったとおりの5人で、ハイエースに乗り込む。

連れていかれたのは郊外の工業団地の敷地。更地だ。微かに何かの化学臭がした。

リュックからヘルメットを取り出し被る。
幸か不幸か晴天だ。
朝9時。作業開始。

今日の作業は穴掘りだ。・・・・日差しが強い。
5人で穴を掘らされた。・・・・何用の穴かは知らない。聞いたところで意味はない。
おそらくは電線を埋設するための穴だろうとは思った・・・それだけ。
それを知ったところで意味はない。
糞尿を流し込む穴だろうが、光ファイバーを通すための穴だろうが、ボクにとっては同じことだ。
光ファイバー用だからといって名誉に思うこともない。
1日、ただ穴を掘って10,000円をもらう。それだけのことだ。

1時間も穴を掘れば、作業服はべったりと張り付いた。

10時に15分の休憩が与えられた。用意された500mlの水を飲む。
また穴を掘る。
誰も喋らない。4人とは、これが初対面だ・・・・どこかで会ってはいるかもしれないが・・・
12時ちょうどに弁当が配られる。・・・お茶が用意されていた。
・・・・まわりにコンビニはない。自動販売機もない。珈琲が飲めない。
13時から、また穴を掘り始め、15時に15分の休憩が与えられた。・・・また水だった。
知らないメーカーだった・・・・安価ということか?

17時に作業終了を言い渡された。

発注元が17時までの契約で頼んでいるんだろう。まだ、穴掘りは途中だった・・・・作業のキリは全くよくないが、作業終了を言い渡された。
・・・・下手に作業をすれば、派遣先から超過料金が取られるんだろう。

ハイエースで、集合場所の駅に降ろされた。

現場には、まだ水道が引かれていなかった。
手も洗っていない。

・・・・駅のトイレで小便をして、手を洗う。

作業服は汗まみれだ。重たくなってる。
絞れば汗が滴りそうだ。
新しいシャツに着替えて、新しい作業服に変えた。・・・ズボンは重たいから持ってきていない。
新しいシャツに着替えたとはいえ汗の匂いがした・・・下は、泥にまみれた作業ズボンだ。

電車に乗る。

流行りのファッションに身を包んだOLが顔をそむけた。
・・・・知ったことか。
流行りのファッションとはいえシャネルだとは思えない。どうせファストファッションだろう。腹の中で毒づいてやった。

・・・・何も考えない。
考えたくない。
目を瞑って電車の揺れに身を任せた。


駅で降りる。
いつものスーパーに寄った。

店内。
・・・・スーツ姿の女の子がいた。

・・・どこかで見たことがあった・・・・

・・・どこで見た?・・・・記憶を呼び戻す・・・・使ってない頭はサビついて動かない・・・


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