「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

文字の大きさ
上 下
25 / 86

「優しさの街」ボランティアで行く。

しおりを挟む


プリウスのフロントガラスから見える街並み。
喧騒が消えていた。人通りは少なく、交通量も少ない。
静かだ・・・何かを押し殺したような、重い静けさだった。

ガソリンスタンドに行列ができていた。
横をプリウスですり抜ける。

道路から客先へと入っていく。
ここは介護ヘルパーの事業所だ。
駐車場に軽自動車が数台停まっている。
空いている場所に停めた。勝手知ったるなんとやらだ。


ボクの仕事は「建築デザイナー」だ。オフィスや店舗の設計をやっている。・・・そして簡単な工事ならできる。
職人さんほど手際よくはできないが、大工仕事、電気工事・・・全て職人について習った。・・・資格も持っている。

お客さんでも被災したところは数多い。
東京中・・・いや関東中を走り回って復旧に当たっていた。


福島原発が停止したために電力需給がひっ迫。関東全域で計画停電が行われていた。
計画停電はしょうがない。
・・・しかし、今のオフィスは電気製品だらけだ。電話すらも停電すれば使えない。

介護事業所では、ひっきりなしに電話が入る。
場合によっては、命の危険に関わる電話もある。

計画停電で、それが受けられないのは困る。
・・・・せめて、電話だけは受けられるようにしたい。

1階が倉庫だ。2階の事務所に上がって行き、所長への挨拶もそこそこに作業を開始する。

トランクを開け小型の発電機を下す。
・・・昨日、大阪の知り合いから届いた。

日本全国で発電機の争奪戦が行われていた。
メーカーには一切の在庫がない。
あったところで、全ては売却済みだ。新品は手に入らない。

・・・・発電機だけじゃない。
全ての物資・・・資材が手に入らなかった。

名古屋、大阪、九州・・・全国の知り合いに頼んで資材を調達した。
・・・これまで日本全国で仕事をしてきた。日本各地に工事業者の知り合いがいる。
そこから、なんとか中古の小型発電機を4台手に入れた。


電話機の電源回路を、停電時には発電機へと切り替えられるようにする。
それほど難しいことじゃない。・・・・こんな時は難しいことをする方が問題が出る。誰にでも扱えるように、きわめて単純な仕組みにする。
ついでに、いくつかの・・・大事なPCも、そこに繋げるようにする。

これで、最低限の事業所機能が計画停電中でも稼働できるようになる。

理屈は単純な仕組みでも、実作業は簡単にはいかない。ひとりだと1日がかりになる。

腰道具・・・・ベルトにペンチやドライバーといった工具がぶら下がっている・・・をして、作業に取りかかる。


昼は、車の中で、ひとりで自分で作ってきたおにぎりを食べた。
・・・未だ、店もやっていないところが多い。コンビニでお弁当が買えるとも限らない。
水も、お茶も、車の中に買い置きをしていた。

ありがたいことにエントランス脇の自動販売機は動いていた。
温かい缶珈琲が飲める。

一人で作業をして、一人で休憩をする。

・・・・2階の事業所では忙しそうに人が動いていた。
軽自動車がひっきりなしに出入りをしている。

・・・・ボクを気にとめる人は誰もいない・・・


全ての作業が終われば夕方になっていた。

事業所の担当者に使い方を説明する。

2階の事業所の人達は忙しそうだ。・・・所長も慌ただしく動いている。

震災の最中。
それでも介護は待ってくれない。むしろ、震災だからこその問題が山積みなんだろう。

一言挨拶をして階段を降りる・・・・事業所を出た。
・・・・車に乗り込む・・・・後ろから呼び止められた。

振り返ると所長が走ってきていた。

「これ・・・」

手渡されたのは大福だった。・・・コンビニで売っている大福。・・・・それでも、今は貴重品だ。

「ありがとうね・・・ごめんね・・・おかまいもできなくて・・・車で食べて」

ボクより10歳年上の女性所長だった。
疲れているだろう。それでも気力の入った顔をしている。
一言で言えば「パワフルウーマン」
シングルマザーの看護師さんだった彼女の、この「仕事」に対しての、この介護事業所を立ち上げた時の熱い思いを知っている・・・
彼女がこの事業所を立ち上げていった時からの付き合いだ。

「ありがとうね」

何度も何度も言われた。

・・・ここだけじゃなかった。
誰もがボクが来てくれたことを喜んでくれ、ボクはお客さんの無事を喜んだ。
金額の話は後だ。・・・いや、綺麗事じゃなくボクはお金のことは一切考えていなかった。

・・・・今のお客さんたちは、ボクが3億円からの借金を背負い、生きる気力を失っていたのを助けてくれた人たちだ。
これまで仕事をさせてもらい糊口をしのいできた。その恩返しの気持ちでしかない。今、恩返しをせずしていつ恩返しをするというのか。

「ありがとう」

何度も何度も、その言葉を聞いて車に乗り込んだ。
会釈をして走り出す。

幸い、車はプリウスだ。
1回の満タンで上手くいけば1200kmが走れる。
ガソリン不足の今、この車にどれだけ助けられたことか。

客先。
その時、持っている、プリウスに積んであるありあわせの資材で仮設の復旧をしていく。
倒壊の恐れのあるもの。
火災の恐れのあるものを優先した。
・・・・そして、計画停電対策。


被害の全貌は未だ見えない。
原発は未だ予断を許さない。
火災が未だ消火されていない場所がある。
救助隊が未だ入れない場所がある。


イオンで買い物をする。
食料品があまりない。
・・・・あるもので賄うしかない。

レジに並ぶ。

長い行列ができていた。
それでも、誰ひとり文句を言わず粛々と列が進んだ。
ガソリンスタンドにも長い列・・・給油制限の措置・・・それでも誰ひとり文句を言わず粛々と列が進んだ。
街では「計画停電」が実地されていた。
地面は相変わらず揺れていた。

・・・・それでも、これほど優しさに満ちている街をボクは初めてみていた。


恨みがましい怒号や、不満の声を聞いたことがなかった。
・・・それどころか、これほど「ありがとう」という言葉を聞いたことがなかった。

何かをして「ありがとう」と言われ、何かをしてもらい「ありがとう」と心の底から言えた。

生活の全てに行列ができている。誰も文句や、横入りをしない。自分勝手な行動に走らない。
・・・自分勝手は「甘え」や「自己顕示欲」の表れだ。
世間でカッコをつけてる「ヤンキー」と言われるクソガキどもの行動の根底は「甘え」でしかない。
そんな「甘え」を許さない、有無を言わさない現実があった。
ライフラインの復旧は未だメドすらたたない。
メドもたたずに、さらに地面は揺れ続け火災は収まらない・・・・絶えず命の危険を感じていた。
安全神話の筆頭だった原発が爆発した。
国家存亡の危機といってもいい状況だ。

責任問題は後だ。
まずは被害者を救出すること、火災を止めること。ライフラインを復旧させること。

それぞれの人が、その場、その場、自分の持ち場を粛々とこなしていく・・・・その行動ひとつひとつが誰かの助けに繋がっている。
全ての職業は、全ての「仕事」は、世間にとって必要だから「仕事」として存在している。

それぞれの与えられた「仕事」を粛々とこなしていく日本人の姿があった。

世界各国が、この日本の風景を賞賛していた。
・・・・他の国なら暴動が起こる、と。
日本人は耐える民族だ。
良くも悪くも耐える民族だ。

権利や、文句を言うのはあとだ。
今は、ただ耐えて凌ぐ。


暗い部屋に帰ってきた。

・・・・お嫁さんの体調は優れなかった。
ボクは、お嫁さんが眠っている間に出かけ・・・・帰ってくれば、お嫁さんは眠っていた。

リビングの電気を点ける。


音を小さくしてテレビを見ていた。

アメリカ海軍が救助にやってきた「トモダチ作戦」と命名されていた。
福島原発では「Fukusima50」が文字通り命をかけて戦っていた。
被災地に取り残された「サンドウィッチマン」がそのまま現地からのリポートを送っていた。

感動することもない。ボクたちは「震災」の真っ只中にいた。当事者だ。・・・東北から比べれば被害は大きくない。・・・・それでも、物資はない。地面は絶えず揺れていた。明日をも知れない命の中を必死に生きていた。


画面に被災地の映像・・・・避難所の映像・・・・雪がちらついている・・・

水が無い・・・食料が無い・・・・衣服が不足している・・・

それでも耐えている毅然とした被災者の姿・・・・

・・・・この中に ゆい がいる。
ゆい がいるに違いない・・・・


立ち上がった。
仕事部屋に入る。
PCを立ち上げる。
ブログを立ち上げ、ピグの部屋に入る・・・


毎朝起きて ゆい の部屋に行く。「きたよ」のベルを鳴らして1日が始まった。
・・・今日も ゆい が入った形跡はない。

「おはよー 今日も大好きだからね・・・世界一大好きなんだからな!!」

手紙を残した。
1日に何回も入った。1日に何回も手紙を書いた。
・・・・ゆい はいない・・・10日が経った・・・


ゆい を愛していた。
会ったことはない。
ピグで出会っただけの「ピグとも」でしかない。

・・・・おかしいと思う。
・・・そんなことがあるのか・・・・?
ピグで出会っただけで、話しただけで・・・・話したと言っても文字だけの世界だ。声を聞いたことすらない。・・・・勿論、容姿はまったくわからない。
・・・・それなのに、愛してしまった。
・・・「愛しい」と思う。
ゆい の全てが欲しい・・・・そんな風に思ってしまっていた。
・・・勿論「震災」で会えなくなったという要素が大きいとは思う。その程度の冷静な判断はできる。


・・・・しかし・・・しかし、こうも考える・・・
ピグだけで愛する。
それは、究極の「相性の良さ」なんじゃないのか。

相手の容姿も見ず、声も聞かず、文字だけのやりとりで「愛する」・・・・まったく性格だけで「愛する」ということなんだろう。それは、他には存在しない、奇跡といっていい「相性の良さ」だとも言えなくはないのか・・・



決めた。助けに行く。
ゆい が生きているのを確認できればいい。・・・それだけだ。



東北へ、宮城県へ行こう。
ボランティアで行こう。

仕事は建物の設計だ。建築業だ。仕事はいくらでもある。いくらでも手助けができるはずだ。

ボランティアで東北に入って ゆい を捜そう。
ボランティアをやりながら ゆい を捜そう。そう決めた。

たぶん ゆい は家族と一緒に避難しているはずだ。
ボクの嫉妬の対象の旦那さんも一緒のはずだ。
・・・・そんなことはどうでもいい。

ゆい が無事ならそれでいい。
ゆい が生きていてくれればそれでいい。


・・・・安否がわからない今の状況は辛すぎる・・・


幸い・・・ゆい とボクは会ったことがない。
ピグで話していただけの「ピグとも」でしかない。

・・・・だから、もし会えても、ボクが名乗らなければ、ただのボランティアの一人でしかない。

ゆい の無事を確認したなら、それで東京に戻ればいい。


・・・・ゆい はどこにいる・・・・?


ボランティアで入るにしても、ただ闇雲に行ったところで絶対に会えるはずはない。


・・・ゆい が住んでいるのはどこだ・・・?


ボクは宮城県の地図をA3で印刷した。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...