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「優しさの街」ボランティアで行く。
しおりを挟むプリウスのフロントガラスから見える街並み。
喧騒が消えていた。人通りは少なく、交通量も少ない。
静かだ・・・何かを押し殺したような、重い静けさだった。
ガソリンスタンドに行列ができていた。
横をプリウスですり抜ける。
道路から客先へと入っていく。
ここは介護ヘルパーの事業所だ。
駐車場に軽自動車が数台停まっている。
空いている場所に停めた。勝手知ったるなんとやらだ。
ボクの仕事は「建築デザイナー」だ。オフィスや店舗の設計をやっている。・・・そして簡単な工事ならできる。
職人さんほど手際よくはできないが、大工仕事、電気工事・・・全て職人について習った。・・・資格も持っている。
お客さんでも被災したところは数多い。
東京中・・・いや関東中を走り回って復旧に当たっていた。
福島原発が停止したために電力需給がひっ迫。関東全域で計画停電が行われていた。
計画停電はしょうがない。
・・・しかし、今のオフィスは電気製品だらけだ。電話すらも停電すれば使えない。
介護事業所では、ひっきりなしに電話が入る。
場合によっては、命の危険に関わる電話もある。
計画停電で、それが受けられないのは困る。
・・・・せめて、電話だけは受けられるようにしたい。
1階が倉庫だ。2階の事務所に上がって行き、所長への挨拶もそこそこに作業を開始する。
トランクを開け小型の発電機を下す。
・・・昨日、大阪の知り合いから届いた。
日本全国で発電機の争奪戦が行われていた。
メーカーには一切の在庫がない。
あったところで、全ては売却済みだ。新品は手に入らない。
・・・・発電機だけじゃない。
全ての物資・・・資材が手に入らなかった。
名古屋、大阪、九州・・・全国の知り合いに頼んで資材を調達した。
・・・これまで日本全国で仕事をしてきた。日本各地に工事業者の知り合いがいる。
そこから、なんとか中古の小型発電機を4台手に入れた。
電話機の電源回路を、停電時には発電機へと切り替えられるようにする。
それほど難しいことじゃない。・・・・こんな時は難しいことをする方が問題が出る。誰にでも扱えるように、きわめて単純な仕組みにする。
ついでに、いくつかの・・・大事なPCも、そこに繋げるようにする。
これで、最低限の事業所機能が計画停電中でも稼働できるようになる。
理屈は単純な仕組みでも、実作業は簡単にはいかない。ひとりだと1日がかりになる。
腰道具・・・・ベルトにペンチやドライバーといった工具がぶら下がっている・・・をして、作業に取りかかる。
昼は、車の中で、ひとりで自分で作ってきたおにぎりを食べた。
・・・未だ、店もやっていないところが多い。コンビニでお弁当が買えるとも限らない。
水も、お茶も、車の中に買い置きをしていた。
ありがたいことにエントランス脇の自動販売機は動いていた。
温かい缶珈琲が飲める。
一人で作業をして、一人で休憩をする。
・・・・2階の事業所では忙しそうに人が動いていた。
軽自動車がひっきりなしに出入りをしている。
・・・・ボクを気にとめる人は誰もいない・・・
全ての作業が終われば夕方になっていた。
事業所の担当者に使い方を説明する。
2階の事業所の人達は忙しそうだ。・・・所長も慌ただしく動いている。
震災の最中。
それでも介護は待ってくれない。むしろ、震災だからこその問題が山積みなんだろう。
一言挨拶をして階段を降りる・・・・事業所を出た。
・・・・車に乗り込む・・・・後ろから呼び止められた。
振り返ると所長が走ってきていた。
「これ・・・」
手渡されたのは大福だった。・・・コンビニで売っている大福。・・・・それでも、今は貴重品だ。
「ありがとうね・・・ごめんね・・・おかまいもできなくて・・・車で食べて」
ボクより10歳年上の女性所長だった。
疲れているだろう。それでも気力の入った顔をしている。
一言で言えば「パワフルウーマン」
シングルマザーの看護師さんだった彼女の、この「仕事」に対しての、この介護事業所を立ち上げた時の熱い思いを知っている・・・
彼女がこの事業所を立ち上げていった時からの付き合いだ。
「ありがとうね」
何度も何度も言われた。
・・・ここだけじゃなかった。
誰もがボクが来てくれたことを喜んでくれ、ボクはお客さんの無事を喜んだ。
金額の話は後だ。・・・いや、綺麗事じゃなくボクはお金のことは一切考えていなかった。
・・・・今のお客さんたちは、ボクが3億円からの借金を背負い、生きる気力を失っていたのを助けてくれた人たちだ。
これまで仕事をさせてもらい糊口をしのいできた。その恩返しの気持ちでしかない。今、恩返しをせずしていつ恩返しをするというのか。
「ありがとう」
何度も何度も、その言葉を聞いて車に乗り込んだ。
会釈をして走り出す。
幸い、車はプリウスだ。
1回の満タンで上手くいけば1200kmが走れる。
ガソリン不足の今、この車にどれだけ助けられたことか。
客先。
その時、持っている、プリウスに積んであるありあわせの資材で仮設の復旧をしていく。
倒壊の恐れのあるもの。
火災の恐れのあるものを優先した。
・・・・そして、計画停電対策。
被害の全貌は未だ見えない。
原発は未だ予断を許さない。
火災が未だ消火されていない場所がある。
救助隊が未だ入れない場所がある。
イオンで買い物をする。
食料品があまりない。
・・・・あるもので賄うしかない。
レジに並ぶ。
長い行列ができていた。
それでも、誰ひとり文句を言わず粛々と列が進んだ。
ガソリンスタンドにも長い列・・・給油制限の措置・・・それでも誰ひとり文句を言わず粛々と列が進んだ。
街では「計画停電」が実地されていた。
地面は相変わらず揺れていた。
・・・・それでも、これほど優しさに満ちている街をボクは初めてみていた。
恨みがましい怒号や、不満の声を聞いたことがなかった。
・・・それどころか、これほど「ありがとう」という言葉を聞いたことがなかった。
何かをして「ありがとう」と言われ、何かをしてもらい「ありがとう」と心の底から言えた。
生活の全てに行列ができている。誰も文句や、横入りをしない。自分勝手な行動に走らない。
・・・自分勝手は「甘え」や「自己顕示欲」の表れだ。
世間でカッコをつけてる「ヤンキー」と言われるクソガキどもの行動の根底は「甘え」でしかない。
そんな「甘え」を許さない、有無を言わさない現実があった。
ライフラインの復旧は未だメドすらたたない。
メドもたたずに、さらに地面は揺れ続け火災は収まらない・・・・絶えず命の危険を感じていた。
安全神話の筆頭だった原発が爆発した。
国家存亡の危機といってもいい状況だ。
責任問題は後だ。
まずは被害者を救出すること、火災を止めること。ライフラインを復旧させること。
それぞれの人が、その場、その場、自分の持ち場を粛々とこなしていく・・・・その行動ひとつひとつが誰かの助けに繋がっている。
全ての職業は、全ての「仕事」は、世間にとって必要だから「仕事」として存在している。
それぞれの与えられた「仕事」を粛々とこなしていく日本人の姿があった。
世界各国が、この日本の風景を賞賛していた。
・・・・他の国なら暴動が起こる、と。
日本人は耐える民族だ。
良くも悪くも耐える民族だ。
権利や、文句を言うのはあとだ。
今は、ただ耐えて凌ぐ。
暗い部屋に帰ってきた。
・・・・お嫁さんの体調は優れなかった。
ボクは、お嫁さんが眠っている間に出かけ・・・・帰ってくれば、お嫁さんは眠っていた。
リビングの電気を点ける。
音を小さくしてテレビを見ていた。
アメリカ海軍が救助にやってきた「トモダチ作戦」と命名されていた。
福島原発では「Fukusima50」が文字通り命をかけて戦っていた。
被災地に取り残された「サンドウィッチマン」がそのまま現地からのリポートを送っていた。
感動することもない。ボクたちは「震災」の真っ只中にいた。当事者だ。・・・東北から比べれば被害は大きくない。・・・・それでも、物資はない。地面は絶えず揺れていた。明日をも知れない命の中を必死に生きていた。
画面に被災地の映像・・・・避難所の映像・・・・雪がちらついている・・・
水が無い・・・食料が無い・・・・衣服が不足している・・・
それでも耐えている毅然とした被災者の姿・・・・
・・・・この中に ゆい がいる。
ゆい がいるに違いない・・・・
立ち上がった。
仕事部屋に入る。
PCを立ち上げる。
ブログを立ち上げ、ピグの部屋に入る・・・
毎朝起きて ゆい の部屋に行く。「きたよ」のベルを鳴らして1日が始まった。
・・・今日も ゆい が入った形跡はない。
「おはよー 今日も大好きだからね・・・世界一大好きなんだからな!!」
手紙を残した。
1日に何回も入った。1日に何回も手紙を書いた。
・・・・ゆい はいない・・・10日が経った・・・
ゆい を愛していた。
会ったことはない。
ピグで出会っただけの「ピグとも」でしかない。
・・・・おかしいと思う。
・・・そんなことがあるのか・・・・?
ピグで出会っただけで、話しただけで・・・・話したと言っても文字だけの世界だ。声を聞いたことすらない。・・・・勿論、容姿はまったくわからない。
・・・・それなのに、愛してしまった。
・・・「愛しい」と思う。
ゆい の全てが欲しい・・・・そんな風に思ってしまっていた。
・・・勿論「震災」で会えなくなったという要素が大きいとは思う。その程度の冷静な判断はできる。
・・・・しかし・・・しかし、こうも考える・・・
ピグだけで愛する。
それは、究極の「相性の良さ」なんじゃないのか。
相手の容姿も見ず、声も聞かず、文字だけのやりとりで「愛する」・・・・まったく性格だけで「愛する」ということなんだろう。それは、他には存在しない、奇跡といっていい「相性の良さ」だとも言えなくはないのか・・・
決めた。助けに行く。
ゆい が生きているのを確認できればいい。・・・それだけだ。
東北へ、宮城県へ行こう。
ボランティアで行こう。
仕事は建物の設計だ。建築業だ。仕事はいくらでもある。いくらでも手助けができるはずだ。
ボランティアで東北に入って ゆい を捜そう。
ボランティアをやりながら ゆい を捜そう。そう決めた。
たぶん ゆい は家族と一緒に避難しているはずだ。
ボクの嫉妬の対象の旦那さんも一緒のはずだ。
・・・・そんなことはどうでもいい。
ゆい が無事ならそれでいい。
ゆい が生きていてくれればそれでいい。
・・・・安否がわからない今の状況は辛すぎる・・・
幸い・・・ゆい とボクは会ったことがない。
ピグで話していただけの「ピグとも」でしかない。
・・・・だから、もし会えても、ボクが名乗らなければ、ただのボランティアの一人でしかない。
ゆい の無事を確認したなら、それで東京に戻ればいい。
・・・・ゆい はどこにいる・・・・?
ボランティアで入るにしても、ただ闇雲に行ったところで絶対に会えるはずはない。
・・・ゆい が住んでいるのはどこだ・・・?
ボクは宮城県の地図をA3で印刷した。
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