20 / 86
「震災の日常」フリーになって10年。
しおりを挟む仕事は「建築デザイナー」を名乗っている。
具体的には、オフィス、テナントの設計だ。・・・施工まで責任を持つ。
都内でも被害にあった顧客は多い。
東京中を走り回っていた・・・いや、東京だけじゃない。関東中を走り回っていた。
「フリー」になって10年が経つ。
ボクはごく普通のサラリーマンだった。可もなく不可もない・・・いや、不可の方が多い人間だろう。
人間関係が苦手だ。
高校を卒業して大手のゼネコンに就職した。・・・・不景気ではなかったので、大手に就職できただけだ。
ボクの仕事は「施工管理」だった。
・・・・いわゆる「現場監督」といったやつだ。
ゼネコンでは、大きな建物を設計、施工する。
設計は大学卒の一級建築士が担当する。
それの施工現場を管理するのが「高卒」であるボクたちの仕事だ。
いわゆる3K・・・・キツイ、キタナイ、キケンと呼ばれる現場がボクの職場だ。
工業高校の建築科を卒業した。2級建築士の資格は持っている。
もちろん「設計」の仕事をしたいという希望はあった。
しかし、ゼネコンでは、高卒では・・・1級建築士の資格がなければ設計部門には配属されなかった。
それで「現場監督」になった。
荒くれ男たちを、なだめ、すかし、酒を飲んで現場を円滑にして、納期を守って竣工させる。それがボクたちの仕事だ。
・・・・・ところが、意外と向いていた。
もともと人間関係は得意じゃない。
しかし、現場の職人たちの、腹を割ったストレートな人間関係・・・・腹芸を必要としない人間関係はボクには向いていたようだ。
・・・そして半人前の時に「阪神淡路大震災」が発生。現場責任者として被災地に送り込まれた。
復旧作業を終えた時には、いっぱしの「現場監督」になっていた。
・・・そんな時に、1級建築士の桐原先輩が独立。
一緒にやろうと誘われた。
会社には目に見えない壁があった。
「設計」と「現場」では、目に見えない壁があった。
もとより、それは
「大学卒」と「高校卒」の壁でもある。
社内で唯一、その垣根を超えて可愛がってくれたのが桐原先輩だった。
設計組3人。ボクを含めた現場組3人とで独立した。
仕事は建物の設計。・・・・設計事務所ということになる。
建物を設計。施工は外部の提携工務店などに発注・・・その施工管理がボクたち「現場組」の仕事だった。それまでのゼネコン時代と仕事内容は変わらない。
大手ゼネコンの仕事はビジネスライクだ。
大型のオフィスビル。橋。プラント建設・・・・建物はコンクリートの塊。プラントは鉄の塊。無機質でしかない。
「血の通った」コンクリート建物の仕事がしたい。
それが、桐原先輩の独立趣旨だった。
・・・・「血の通った」コンクリート建物・・・・
コンクリート建築でも、住宅には「血の通った」温かさが求められる・・・・「血の通った」設計が求められる。・・・マンションってことだ。
マンションには独自の難しさ、ノウハウがあり、だからマンションデベロッパーというひとつの確立したジャンルであって、多くの専門メーカー、多くの企業が存在する。
そこに新規参入するには莫大な資金が必要になってくる。多大なリスクを覚悟しなければならない。
・・・しかし、住宅ではなくとも「血の通った」建物はある。
公共施設の図書館や、学校関係、医療現場・・・・意外と「血の通った」・・・温かさの必要なコンクリート建築はある。
大きなビルはゼネコンがやる。
マンションは専門デベロッパーがやる。
地域の住宅は町の工務店がやる。
そのどこもが専業とはしない、できない「血の通った」温かさの必要なコンクリート建物・・・
見事なニッチマーケットだった。見事にハマった。
最初は、設計して、施工は地元の工務店などに発注していた。
しかし、社外に発注すれば、そこでコストが発生する。
発注先の利益が必要になるからだ。
・・・・社内に「工事部隊」を設立した。
設計のみならず、工事も「内製化」を図った。
内製化すれば、発注先とのミーティングとなっていたものが「社内会議」で済む。
コミュニケーションが深まり、より良い建物ができる。
そして、内製化によってコストダウンも実現できる。
6人で始めた会社は見事にまわった。
気がつけば従業員が100名規模の会社になっていた。
施工を内製化したことで、職人の人数が膨大なものになったからだ。
設計事務所から総合建築業へと変貌していった。
ボクは「取締役・工事本部長」の肩書きをもっていた。
・・・・・・・全てが、上手くまわっていた。
プリウスを駐車場に停め、エレベータ―で上がって行く。
玄関を開け、部屋に入った。
・・・・・真暗な部屋。
そっと寝室を開けた。
お嫁さんは眠っている・・・・
・・・・余震は続いている。
地面は常に揺れていた。
身体が「船酔い」のような感覚に襲われていた。
福島原発が日々の不安を増長していた。
「スピッツ」が活動中止を発表した。
他にも多くのアーティストが活動中止を発表した。
来日アーティストは次々と公演を中止・・・・
お嫁さんの体調も悪化の一途をたどっていた。
少し前なら、ボクが帰ってくれば気づいて起きてきた。
・・・今では、それもなくなっていた。
・・・・だからといってボクにできることはなかった。
医師に言われた。
「ただ、優しく話を聞いてあげてください」
・・・・それに徹していた。
お嫁さんの話を相槌を打ちながら聞いていた。
時に肯定し、時に驚き、ちゃんと聞いているよと反応を示しながら聞いていた。
・・・・でも、ボクの話は誰が聞いてくれるんだろう・・・・
毎日の中で起こる、日々の何気ないことを聞いて欲しいという思いはあった。・・・・それが夫婦の会話、家族の会話というものだろう。
お嫁さんの病気が発覚してから、夫婦の会話は、ボクが聞くだけの一方通行になってしまった。・・・・しかも、否定は当然として、意見も言ってはいけない。
ただ、サンドバッグのように逃げも隠れも、防御すらせず言葉を受け止めるだけだ。
1日、2日・・・1ヶ月なら耐えられる、凌げることも、半年、1年と経っていけば苦しくなってくるのは事実だ。
手の出せない、受け止めるだけのサンドバッグは辛い。
・・・・どうしてボクだけ・・・
そんな思いにとらわれるのも事実だ。
・・・・しかし、それをぶつけることはできない。ぶつける場所はない。
ボクとて生身の人間であって、日々の生活の中で、理不尽なことにもブチ当たる。悲しい事にも出会う。・・・・もちろん喜びもある。
・・・・しかし、それを吐露・・・話合える相手、場所がなかった。
喜びは、お嫁さんに話してもいいんじゃないのか?
・・・・そうでもないらしい。
他人の喜びは、自分の無力さの再確認になってしまう。
だから、なるべくなら言わない方がいい。
言うのであれば、細心の言葉選びが必要だ。
お嫁さんの陥っている病は、自らの自信のなさ、無力感、自己肯定感の欠如だ。
たとえ配偶者とはいえ、その喜びは、成功は、病の増長を生んでしまうものらしい。
・・・・だから、ただ「優しく話を聞く」・・・それしかなかった。
・・・そのボクの話の吐き出し場所、聞いてくれて、時に肯定し、褒めてくれ、時に意見を言ってくれる・・・・それが ゆい だったのではないか。
なんでもない、日々の会話のピンポンを、見事にラリーを続けてくれたのが ゆい だったんだと思う。
・・・・おそらくは、それはお互いだったんだろう。
ゆい も、何気ない会話のピンポンが旦那さんとできなかったんじゃないか・・・義理家族の問題とかであればなおさらだ・・・
「優しさのツボ」が同じだった。
だから、会話に嫌な部分がなかった。興味のポイントも同じ。
相手の言いたいことを理解することも簡単だった。
・・・・だから、あっという間に、お互いに火が点いたように求めてしまったんだろう。
・・・このままでは危険だと感じるほど、お互いにのめり込んでしまったんだろう。
仕事部屋に入る。
ピグの部屋に入った。
ゆい からの手紙はない。
ゆい がピグに入った形跡もない。
毎日毎日、何回も何回も手紙を書いた。
心配している・・・
大好きなんだ・・・
気持ちを伝えなかったことを本気で後悔してる・・・
今度会えたら「大好き」だって伝える・・・
会いたいなんて大それたことは考えてないよ。
ただ気持ちを伝えたいんだ。
気持ちを知って欲しいんだ。
一生会えなくていい。
この地球上に、貴女の事が大好きだったボクという人間がいる。
それを知って欲しいだけなんだ。
貴女の心の片隅に、貴女のことを好きだと言ったボクを、ほんの少しでもいさせてほしい。
貴女に気持ちを伝えたい。
・・・だから無事でいて・・・
貴女の無事だけを祈ってる。
世界で一番大好きだからね。
地球上で、貴女の事が一番大好きなんだ。
2
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる