「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

文字の大きさ
上 下
19 / 86

「・・・行こう・・・彼女へ」ブログに逃げた。

しおりを挟む


プリウスの運転席から見える東京は灰色だ。
震災の影響からか・・・粉塵が舞っているためか空がどんよりとしていた。常に霞がかかったようだった。
・・・もうすぐ陽が暮れようとしている。

首都高を走っていた。
神奈川の客先からの帰り道。

前に走る車はいない。
ルームミラーに写る車もいなかった。
・・・・前後に車が1台もいない。
見渡す限り車が1台も走っていなかった。
まるでSF映画のシーンのような景色だ。


世界が一変していた。


「震災」から1週間。
地震は治まる気配がない。
震度3は常に起こり、震度5ですら珍しくもなかった。
絶えず地面は揺れていた。
足元が絶えず揺れることは、かなりのストレスだ。
さらには放射能の影響も未知数だった。
天気だけでなく、気持ちもどんよりとしていた。滅入ってた。

湾岸地区が壊滅。
ガソリンの備蓄基地にも甚大な被害を生んでいた。
ガソリンスタンドからガソリンが無くなった。
1週間という期間で、ほとんどの車のガソリンが底をついたんだろう。
道路から車が消えた。

プリウスの本領発揮だった。

夕方の・・・普段であれば、ラッシュ時を迎えようというこの時間、首都高は貸し切りのサーキットになっていた。

・・・・もちろん、タイムトライアルをする気にもなれない。
今度、いつ給油できるかのメドも立たない。
燃費走行に徹した。


震災後3日。電話が繋がるようになってから顧客からの「レスキューコール」が次々と入ってきた。

漏電の心配のあるもの・・・火災の原因になる。
壁などの倒壊の恐れのあるもの・・・人災を引き起こす。

緊急性の高い案件から手当てをしていった。


・・・・ゆい の姿が、常に頭にあった。
真っ暗な中・・・泣いてる ゆい を見た。
ゆい はピグの姿だった。
・・・そう リアルの ゆい を知らない・・・


プリウスをマンションの駐車場に停めた。

エレベーターに乗る。・・・エレベーターに閉じこめられての119番が頻発していた。
このエレベーターが緊急停止しているのも何度か見ていた。
自宅でエレベーターに乗るのさえ緊張感を強いられる。

真っ暗な玄関を開ける。
・・・・お嫁さんのスニーカーがキチンと揃えられていた。
震災によってパート先のお弁当屋さんは無期限の休業になっていた。

真っ暗な通路を進んで、寝室を開けた。
お嫁さんが寝ている。
起こさないように扉を閉めてリビングで電気をつけた。

寝かしておいてあげればいい・・・・

テレビを点ける。音は消してある。

珈琲を入れる。

音を消したテレビを見るには映画がいい。・・・・海外ドラマ・・・要するに字幕ものがいい。
録り溜めた海外ドラマを1本観た。

時間は夜、20時を過ぎた。

お嫁さんを放っておいてご飯を食べるわけにもいかず、かといって起こすのも可愛そうな気がして・・・

テレビをニュースに変えた。
PCを開いてブログを書き始める。

・・・・ブログに逃げていた。

ボクがブログに逃げたのは、これが原因だった。



お嫁さんは、新卒で普通に就職していた。
・・・・ところが、就職先の経営母体が変わってしまいリストラにあった。
しかし運良く、転職していた元上司からの引きがあって再就職。
それも束の間、さらに上司は転職してしまい、またリストラにあってしまった。

・・・・その後は、何度も就職試験に落ちる。何度も何度も何度も・・・

バブル崩壊から10年が過ぎた。右肩下がり。大不況の波に飲みこまれていた。

人生は生まれた時代に翻弄される。
その人間、個人の力では、どうにもならないことがある。
好景気に卒業が当たれば簡単に就職できる。しかし、不景気に卒業を迎えれば、就職するだけでも大変な能力を必要とされる。

個々の努力や、個々の能力では、どうにもならないものが人生を左右する。
人間の世は理不尽に満ちている。

・・・その時代の理不尽に、お嫁さんは飲みこまれてしまっていた。

お嫁さんに何も責任はない。
ただ、生まれた・・・就職、転職に差しかかった時代が悪かっただけだ。

お嫁さんから笑顔が消えた。

とりあえずのバイト生活を始めるも、そこでもリストラ・・・要はクビ・・・

・・・お嫁さんの第一印象・・・それは笑顔でしかなかった。
これほど天真爛漫な笑顔を見せる女の子を見たことがなかった。

それが、すっかり自信を無くし、笑顔が消えた。
能面のように表情を無くした顔になっていた。


ただ事ではないと、付き添って心療内科の門をくぐった・・・・

診察室は、温かみのある小さな応接室のようだった。

温厚そうな、ボクより少し年上だと思える医師の質問に、お嫁さんは能面のまま答えていた。

自分の情けなさ・・・自分が社会から必要とされていない・・・仕事ができず、リストラされた情景を訴えていた。

・・・・その時、スッと・・・お嫁さんの頬に涙が一筋流れた。
泣くのではなく・・・本人の意思ではないように涙だけが一筋流れた。

約1時間の問診のあと、お嫁さんは退出。
医師と二人きりになった。

夫として医師から言われたのは、

「頑張れはNGワードです。本人は頑張っていますから・・・励ましも本人には苦痛になります。
なので意見も言ってはダメです。ディスカッションといったもの・・・指示や指摘・・・そういったものも本人の苦痛になります」

「・・・・どうすればいいですか・・・・?」

「ただ、優しく話を聞いてあげてください」


プリウスに乗って診療所を後にした。
助手席のお嫁さんには表情が戻っていた。

医師に話を聞いてもらい、気持ちが楽になったようだ。

本人にも、わからなかったんだろう・・・病気であるということが。

内科的な病には発熱、下痢といったいかにも病気といった症状がある。外科的なものであれば目に見える。・・・しかし、精神的な病は心の傷だ。目には見えない。
病的なものなのか、ただ気分が落ち込んでいるだけなのか、その判断もつきにくい。

だから本人は訴えにくい。また周りの人間にとっては気づきにくい。

夫婦で「病気」だと認めたことで、前に進める気がしていた。改善・・・治癒するんだと思った。


もともと家事は・・・・ご飯はボクが作ることが多かった。洗濯もボクがすることが多かった。
・・・ボクは一人暮らしが長かった。
・・・ひとり暮らしが長かったために家事は一通り全部できる。そして、苦にもならない。
それに、家で仕事をすることが多かった。だから家事もやる。それだけの理由だ。


医師から言われたこと。

励ましも意見もダメ。

本人は苦しんでいる。

その通りだと思い、なるべく負担をかけないようにした。

・・・・寝ていれば・・・・眠っているのが本人にとって一番幸せのように思えた。
・・・それに、薬には、そういう成分も入っているんだろう。とにかくよく寝ていた。

やはり気が乗らないんだろう。
外出は極端になくなった。

以前は、ふたりでよく買い物に行った。
・・・イオンに買い物に行くだけで幸せだった。

ご飯も食べに行った。
・・・ファミレスに行くだけで楽しかった。

旅行にも行った。
・・・ボクの出張によくついてきた。
それでも、ボクたち夫婦にとっては充分に素敵な旅行だった。


決して恵まれた人生とは言えなかったボクにとっての、とても・・・・とても楽しかった日々だった・・・

そんな日々がなくなった。
・・・・当然、SEXもなくなってしまった・・・

買い物は、ボクが仕事帰りにするようになり、ボクが帰ってくれば寝ている。
・・・・だからと言って、起こすわけにもいかず、起きるまで手持無沙汰になる。


・・・・それは・・・それは・・・寂しい日々だった。


・・・そんな寂しさを紛らわすために、埋めるためにブログをやり始めた。
・・・そして ゆい に出会ってしまった・・・



マンションの床は常に揺れていた。

テレビには被災地の映像。
避難所の人々・・・・

・・・・この中に ゆい がいる。
・・・・・この中に ゆい はいるに違いない・・・・


ピグに入る。
ゆい の部屋に入る。

・・・・ゆい が入った形跡はない。

ゆい ・・・・心配してるからね。
でも、生きてることは信じてる。・・・・夢を見たよ。ゆい の。
だから生きてるってわかってる。

・・・ゆい が好きだ。
世界で一番好きだ。

貴女の無事だけを祈ってる。
もう会えなくてもいい。
貴女が無事だったら、それだけでいい。



毎日手紙を書いた。
毎日、何回も手紙を書いた。
ただひたすら ゆい の無事を祈った。
ゆい を大好きだと綴った。

ゆい からの返事はない。

ゆい が入った形跡すらなかった。


泣いてる ゆい が頭から離れない。

ゆい は泣いていた。真暗な中で泣いていた。
クリッとした大きな目。ピグの笑顔そのまま・・・なのに涙を流してボクの名前を呼んで泣いていた。

・・・それでも・・・だからこそ ゆい は生きている。そう確信した。根拠はない。ただ、そう思った。


心に大きな焦燥感があった。後悔があった。

・・・・・助けに行こうと思った。

東北まで、宮城県まで、ゆい を助けに行こうと思った。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...