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「友達に戻りたい」何かが違う。
しおりを挟むプリウスのフロントガラスを硬い雨が叩く。
みぞれ混じり。気温が低い。雪になるかもしれない。
日曜日。夕方18時過ぎの首都高は交通量も少ない。
横浜の客先からの帰り道。
いつもなら1時間の道のりが40分で帰ってこられる。
土日が意外と忙しい。
仕事は「建築デザイナー」だ。
2級建築士の資格しかなかった。
1級建築士の資格を持っていれば堂々と「建築士」を名乗ることができる。
しかし、2級ではできる仕事の領域が限られる。
それで「建築デザイナー」を名乗った。
仕事は地道なことだ。
多くは、オフィスの移転やオフィス内でのレイアウト変更に絡むことが多い。
最も重要なことは、その企業のコーポレートカラーや、各種のコーポレートデザインの決定だ。
企業には、必ずアイデンティティーが存在する。
経営理念であったり、その企業が設立された経緯、存在意義だ。
ボクの仕事は、それらに基づいてオフィスを仕上げてくことだ。
コーポレートカラー、各種・・・封筒であったり、名刺であったりのデザイン・・・そして、机など什器の設定。そしてオフィスのレイアウト。
企業イメージのトータルパッケージをデザインしていくことだ。
よく、この部分が、統一性がなくて、なんだかチグハグになっている企業が多い。
・・・例えば「IT企業」であるのに、いかにも旧態とした灰色の事務机を使っていたり、セキュリティ面で不備があったりとか・・・
格好良く言えば、そういった仕事になるが、個人的な下地として現場仕事に強いという側面があった。
簡単な職人仕事は自分で行うことができた。
2級建築士のほか、各種工事の資格を所持するため一通り勉強したからだ。・・・全てを職人さんに弟子入りして勉強した。
その工事面での知識と能力が、一番重宝されていた。
マンションの乱雑な駐車場に車を停めた。
エレベータで上がって玄関を開けた。真っ暗だ。
お嫁さんは出かけていた。
高校時代からの友人と食事に行くと言っていた。
喜んで送り出した。
・・・少しでも楽しんでほしかった・・・元気になってほしかった・・・
風呂から出て夕食にとりかかる。
冷蔵庫を見渡してチャーハンと決める。
冷凍ご飯が多くあったのと、買い置きのハムの賞味期限が近かったからだ。
家事に不自由はない。高校を卒業して東京に出てきた。最初は会社の寮。そこを出てからは一人暮らしだった。
・・・・料理は好きで小学校の頃から作っていた。
録り溜まっていた映画を観ながらチャーハンを食べた。
・・・やっぱり雪になった・・・
仕事部屋の窓から雪のチラつくのが見えた。
東京でも年に数回積雪になることがある。
それでも、2月の末に降るのは珍しい。
・・・そして、東京は雪に弱い。すぐに道路が渋滞する。電車が止まってしまう。
ピグの部屋にいた。・・・ボクの部屋だ。
「カズくん」がテーブルに座っていた。
ゆい への手紙を書いていた。
・・・・ふいに ゆい が入ってきた。
日曜日のこの時間、ピグに入ってくるのは珍しい。
・・・・リアル家族との団欒の時間帯だ。
ビックリした。
なんとなく固まった。
「大丈夫なの?」
「うん、旦那さんと娘ちゃん買い物に行った。ミニストップ。歩いて行ったから30分は戻ってこないんじゃないかな・・・」
「うん。会えると思わなかった。びっくりした(笑)」
「うん」
ピグで出会って仲良くなった。
毎日話すようになった。
・・・お互いのブログにパートナーの記事を書かなくなっていった・・・
暗黙の了解のようになっていた。
・・・・なのに、ゆい はバレンタインに、旦那さんとの仲良し記事をアップした。
そして、続けて、旦那さんの誕生日の記事がアップされた・・・
なんとなく気まずい。
「この前はゴメンね」
ゆい が言う。座りもしない。玄関先に立ったままだ。
「この前、ラブリンさんとの時・・・感じ悪かったよね。ゴメンね・・・」
この前、ゆい の部屋で ゆい の読者のラブリンさんに会った。
ボクとラブリンさんは、思わず「多肉植物」のことで夢中に話してしまった。
そのうちに ゆい のピグが寝てしまった。
ラブリンさんは、気まずいように出ていった。
「ヤキモチ焼いちゃったの。カズ君がラブリンさんと楽しそうに話してたから・・・」
そうなんだろうなとは思った・・・・
「でも、なんか違うなって・・・ピグで会って・・・仲良くなって・・・でも会ってもいないのに・・・それでヤキモチ焼くって・・・おかしいなって・・・」
ゆい・・・・ボクは、もっとおかしいよ。
ゆい・・・・愛してる・・・そこまでボクはおかしくなってるよ・・・
・・・お嫁さんより ゆい を愛してしまってる・・・
「こんなの変だって思う・・・・カズ君にも迷惑かけちゃう・・・だから、ちゃんとしようって、カズ君にこれ以上依存しないように・・・ラブリンさんにも謝ったの・・・」
そっか・・・・それが理由だったのか。
どこか ゆい に「線」を引かれていた。・・・それはお互いに「のめり込む」ことに怖さを感じて引いたものだった。
しかし、 ゆい の「線」は、大きな「壁」になろうとしていた。
ピグはピグ。
リアル世界はリアル世界。
決してリアル世界にピグの世界を持ちこまない。
「だから、カズ君も、いろんな人と仲良くなっていいよ。もう迷惑かけたりしないから。ラブリンさんとも仲良くしてあげて。多肉植物の相談したいらしいよ」
・・・・ちがう。
何か、論点がずれてる・・・
ボクは迷惑なんか感じていない。
もっと依存してくれればいい。・・・それが嬉しい。それがボクの望みなんだ。
ボクが仲良くしたいのはラブリンさんじゃない・・・他の誰でもない ゆい だけなんだ。
なんて言えばいいんだろう・・・・
どう言えばいいんだろう・・・・
これは ゆい からの決定的な宣言だ。
もう、これ以上は絶対に深入りしない、と。
・・・今までの距離にすら入らない、と。
距離を取ろうとしている。大きな壁を築こうとしている。
ピグに入る時間も抑えて、今までのように話してもいけない。
ちゃんとケジメをつけて・・・・そして、その他大勢の「ピグとも」と同じように接する。
・・・・なんて言えばいいんだろう・・・
・・・・少なくとも、ボクが「告白」する時は失ってしまった。
「ボクだっておかしくなってる・・・・いや、ボクの方が狂ってるんだ。
ゆい に狂ってる。愛してるんだ。愛しくて愛しくてしょうがないんだ!!」
恋愛偏差値の低いボクにでも、今それを言えば「火に油」、絶対に受け入れてくれない。もっと頑なに拒絶されることになるのはわかった。
・・・・・距離をとる・・・それでも「ピグとも」ではいてくれる。
・・・それだけでもいいじゃないか。
・・・それ以上何を望むのか・・・・
会いたいのか・・?
付き合いたい・・・?
無理に決まってる。
社会人だぞ、大人だぞ、既婚者同士だぞ。
常識を考えろ・・・
・・・・何か言わなければいけない・・・
ここで・・・このまま ゆい と別れたら、巨大な「壁」が完成してしまう。
何かを言わなければ・・・でも何を?弁明?弁解?釈明?・・・
「わかったよ」
そう応えるしかない。・・・しかし、その一言じゃない・・・
・・・そして、何かが違う気がしていた。 ゆい が別の答えを求めている気がしていた・・・
・・・何と言えばいいんだろう・・・「壁」を作らないでほしいと嘆願するのか・・・言葉を探す・・・
机の上の携帯が鳴った。
・・・・こんな時に・・・
心の中で舌打ちをした。逡巡。
着信は、お嫁さんからだった・・・
画面の中では、ゆい が玄関先に立っていた。
・・・なんだか、仁王立ちのように感じた。
・・・・何かを言わなければ・・・・何かを言わなければ、ゆい がいなくなってしまう・・・
窓から見えた。冷たい雪が見えた。吹雪いていた。
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