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「優しさのツボが同じ」絶句。
しおりを挟む「勝手にスキ―に行っちゃうんだよ。信じらんないよねー(笑)」
ゆい が言った。
せっかくの休みの日。旦那さんが勝手に友達とスキーに行ってしまったらしい。
「カズ君は、そんなことしないもんねー」
助手席のPCの中、ピグの部屋で ゆい が笑っていた。
ああ、しないよ・・・
せっかく一緒にいられる時に ゆい を残して一人で遊びに行くなんて信じられない。
今日は平日だ。娘さんは学校に行っている・・・ゆい と二人っきりになれる時じゃないか・・・
ゆい の旦那さんの休みは不定期だった。そして土日休みじゃない。
ボクも同じだった。休みが不定期って意味だけだけど。
建築デザイナー・・・格好つけた名刺でも、単なる「自営業」でしかない。
仕事がない日時が休みだ。
案件が始まれば土日・・・曜日は関係ない。
年中働いている。
「休みたい」などと言うのはサラリーマン、務め人の発想だ。
口を開けていれば仕事が降りてくる勤め人とは違って、自営業は待っていても仕事は降ってこない。
「仕事をもらう」という仕事をして、初めて仕事が手に入る。
その結果が受注であって、そうなって初めて「収入」となる。
「あなたにお願いします」
言われれば、九州だろうが、北陸だろうが・・・日本全国どこへでも喜んで飛んで行った。
勤め人と違ってタイムカードを押せば「仕事」があり、給料をもらえるという身分じゃない。
自分から何かをしなければ仕事はない。
そして、仕事がなければ収入はない。
発注してくるのは不特定多数だ。
・・・つまり、永続的に仕事があるわけじゃない。
必ず案件の終わりはやってくる。
案件と、次の案件の間「空く」という時間が必ずある。
そこが休みであって、・・・さらには、自営業にとって「空き」は恐怖の時間だ。・・・収入が一切ない状況だからだ。
勤め人にとっての「休み」は、給料を保証された上での、文字通りバカンスだが、自営業者にとっては収入のない「失業中」でしかない。
「休みが欲しい」などと世間に言えば・・・発注先に言えば「じゃあ別のところへ」と、休暇どころか、永遠の「お休み」永遠の失業になりかねない。
だから、休みが欲しいなどとは思ったことがない。
・・・それが自営業者の思考回路だ。
「うん。・・・カズ君優しいもんね・・・」
優しいかな・・・・
ただ ゆい が好きなだけだ。
・・・・なんたって「愛してる」ってとこまできてる・・・ピグでしか話したことがないのに。
・・・・しかも、大好きだった お嫁さん より「愛してる」って気づいた。
そんな ゆい に優しくなれるのは当然だろう・・・
「でも、それは ゆい が優しいからだけどね・・・・」
「わたし、優しいかな・・・?」
「優しさってさ、わかるヒトにじゃないと優しくしないと思う・・・
よく相性が良いってので「笑いのツボ」が同じっていうのがあるけど・・・「優しさのツボ」が同じってのも大事だと思うんだよ。
ゆい がボクを優しいって言うんなら「優しさのツボ」が同じなんだろうね」
「あ、わかるわかる。・・・確かに優しさのツボって大事だよね(笑)」
フロントガラスを雨が叩いていた。
朝から雨だった。数日続くらしい。
曇ったガラスからはセブンイレブンの文字が歪んで見えた。
顧客は不特定多数じゃない。固定客が多かった。・・・だから、客先近くのセブンイレブンが頭に入っていた。
「・・・・カズ君は優しいもん・・・奥さんと二人で旅行に行ってるの見てるとわかる。ちゃんと奥さんも・・・ふたりで楽しめるようにってしてるのわかるもん・・・」
言葉を失った。
「棘」は感じないけれど・・・
それでも、どう返事をすればいいか困った。言葉を探す・・・
「まぁ、スキーは寒いから行きたくないけどねー」
とりなすように・・・ボクの無言の意味を汲み取ったように ゆい が言った。
「え?そうなの??(笑)」
「冬って寒いからヤダ。毎日雪カキしなきゃいけないし・・・大変なんだよ雪カキ・・・東北の冬は大変なんだってば!(笑)」
自分の失言が原因とはいえ、ゆい がボクに気を使っているのを感じていた。
オーバー気味に話している。
おにぎり2個の昼食。
休憩中はエンジンを切っていた・・・・プリウスなので電源OFFか。
燃費がいいとはいえ、無駄なガソリンは一滴たりとも使わなかった。
日々の節約が染みついていた。
寒い・・・
気温は10度を切っていた。2月。冬本番の時期だ。
「・・・早く春にならないかなぁ・・・・」ゆい が呟く。
「春かぁ・・・桜って何月に咲く?・・・・桜の咲くのって地域で違うんだよね・・・」
「そうなの?桜って4月じゃないの?」
「南だと卒業の花だし、北へ行くと入学の花になるんだよ」
「ふ~~ん・・・・近くに桜で有名な土手があって・・・そこに毎年、お花見に行くの・・綺麗なんだよ・・・・」
「春が好きなんだ・・・?」
「誕生日だもん(笑)」
「えー?そうなの??」
「うん。・・・でも誕生日も嬉しくないけどね・・・・また歳とっちゃうって(笑)でも、冬は嫌い。スキーは寒いからヤダ(笑)お部屋でぬくぬくサクラとゴロゴロしてるのが幸せ(笑)」
サクラというのは、トイプードルだ。
娘さんへの誕生日プレゼント。・・・けっきょくは ゆい が日々の面倒をみることになる。 だから ゆい に懐いていた。
ブログにもよく登場していた。
娘さんと遊んでいる画像を見たことがある。
・・・・ボクが ゆい を好きになったのは「優しさのツボ」が同じだからだ。
話していて、何度もそう思った。
「優しさのツボ」が同じだということは、相手の気持ちを察するツボも同じということだ。
そして、自分がされて嫌なことのツボも同じということだ。
だから、自然と相手の嫌がることをしない。
・・・・それで「優しい」と思われる。
・・・・ブログで、お互いのパートナーの記事を書かなくなった。
プリウスの電源を入れる。
空調がフル回転する。窓の曇りが消えていく。
走り出す。
セブンイレブンを後にした。
・・・・いつものように真っ暗な中で目を覚ます。
仕事部屋へ。
窓を叩く雨。
天気予報は当たったらしい。
PCを立ち上げる。時計は6時前・・・いつもと同じ朝だ。
ピグの部屋に行く。
・・・話してみれば何も変わらない。
今まで通り、ピグで話してみれば何も変わりがなかった・・・・
楽しく話ができる。
毎日話すようになってお互いのブログにパートナーの記事を書かなくなった。
暗黙の了解のようになっていた。
・・・・なのに、バレンタインには、旦那さんとの仲良し記事がアップされた。
ゆい ・・・・なぜ・・・?
心にひっかかった。
心に「棘」が刺さっていた。
もちろん言えない。
旦那さんの記事を書いて悪い理由はない。
ふたりで、ちゃんと決めたわけじゃない。
毎日に変わりはない。
毎朝の「きたよ」のベルで1日が始まる。
ピグで話していれば楽しい。
それでも、なんとなくモヤモヤとした気分だった。
大きな壁を感じるようになった。
ピグで会う約束をしないようになっていた。・・・年末までは毎日、約束していた。
・・・それでも、約束をしなくても会えた。「ピグとも」だったのでINすれば会えた。
そして、なんとなくINする時間が一定していった。
・・・しかし、
まるで、ご近所づきあいのようだった。
会えば話をする。親しく話をする。だからといって時間を決めて話すほどじゃない。
・・・そして、一歩、家の中に入れば、その段階で、瞬時に関係が途切れた。
一歩外へ出た時だけの、取り繕ったような関係・・・絶対に必要だと思うほどの関係じゃない・・・
家と家には境界線があった。
許された者だけが入っていい「線」・・・それが、今は、絶対に踏み入れてはならない「線」だと主張していた。
・・・そして、家の中に入れば「壁」が立ちはだかった。
大きな壁・・・ゆい の気持ちは見えなかった。
ゆい のブログがアップされていた。
いつもに増しての綺麗な、そして豪華な料理が並んでいた。
ゆい が腕によりをかけたに違いない料理が並んでいた。
・・・・・そして、ひときわ美しいケーキ。
「HAPPY BIRTHDAY!」
大きなチョコレートのプレートが乗っていた。
2月は、旦那さんの誕生日だった。
仲良し夫婦の肖像が、そこにあった。
絶句した。
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