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「旦那さんには勝てないと思った」地元名士。
しおりを挟むまだ、夜が明けていない。真っ暗だ。
プリウスの時計は5時前。
ようやく首都高を抜けた。東名高速に入った。
助手席には、お嫁さんが乗っている。
・・・電車や、車で使う首枕をして、すでに寝落ちしていた。
お嫁さんは、助手席に乗ると、すぐに気持ちよさそうに眠った。
助手席で寝られるのは嫌じゃない。
眠れるほど安心している証拠だと思った。
それでいい。
・・・それに、今日は、まだまだ先が長い。
年末年始はリアル家族のイベントがいっぱいだ。
クリスマスにお正月。・・・子供たちには冬休みだ。
ゆい の家でも、これまでは娘さんは学校に行っていた。
冬休みになれば、娘さんの前で、そんなに頻繁にピグには入れない。
ボクにとっても年末はやってくる。
仕事も年末モードになり慌ただしくなっていく。
必然的に会える回数が減っていった。
・・・・ちょうど良かったのかもしれない。
11月に出会ってから、毎日、毎日、毎日・・・ホントに毎日、ピグで話していた。
お互いの家族と話すより多くの時間を共に過ごした。
楽しかった。
ただ、楽しかった。
ボクは ゆい と話したくてしょうがなかった。
・・・・それは、お互い同じだったんだろう。
海老名サービスエリアに入る。
外に出て、車の周りを一周する。
異常がないかを目視する。
特にタイヤ・・・空気圧を確認する。
長距離に出るときのルーティーンだった。
ゆい もボクも、お互い既婚者だ。
家族があった。
リアル世界のほうが大事に決まっている。
リアル世界を優先するに決まっている。
そうしなければならないに決まっている
だから、自分勝手に会いたい時間に会えるわけじゃない。
自分が会いたいと思っても、相手の都合で会えない。
それは当たり前だった。しかし・・・
「会いたい時に会えない」
そんなフラストレーションから、話していても言葉に「棘」があるようになっていた。
話すたびに「棘」が刺さった。
単純に、仲良く、楽しく話ができないようになっていた。
・・・だから、年末の忙しさで会えないのは好都合だと思えた・・・・
自然な冷却期間だった。
浜名湖サービスエリアで昼食休憩をとる。
名物の鰻を食べた。
お嫁さんは、ニコニコしながら売店を見て回っている。
楽しそうに、ご当地スナックを買っていた。
結婚して7年・・・付き合ってからなら10年近くが経っている。・・・その間に他の女性と「恋」どころか、浮気のひとつもしたことはない。
ゆい に対しての気持ち・・・
こんな感情は久しぶりだった。
だから、心の防御方法がわからないのかもしれない・・・
一気に火が点いてしまうような感じだった・・・いや、すでに火は点いていた・・・なんとか燃え上がらないように抑えているだけだ。
・・・ゆい は、どう思っているんだろう・・・
・・・このままでは、良くないんじゃないか・・・
楽しく話していたい・・・でも、その先は、どうするんだ・・・・?
関ケ原を超えていく。
東京を出てから5時間近くが経過している。フロントガラスに雨が落ちていた。
お嫁さんは、隣で寝息を立てていた。
年末の渋滞だ。
日本の風物詩。
テレビで毎年恒例のニュースになる真っ只中にボクはいた。
関ケ原。日本の運命を決めた場所だ。
東名高速の中では厳しい天候となる場所だった。
冬は、ここだけが雪になることがあった。
さいわい、今日は冷たい雨だけだ。
外気温は10度を切っている・・・プリウスの計器が告げていた。それでも、これなら雪にはならないだろう。
ノロノロと関ケ原を抜けていく。
ゆい は長男の嫁だった。
宮城県、地方都市の長男の嫁だ。
年末年始は義実家での「長男の嫁」としての務めが待っていた。
結婚当初は旦那さんの実家での同居だった・・・それが結婚の条件。地方都市では当たり前のことだ。
ところが、義母との折り合いが悪く家を出ることになった。
・・・・凄いと思った。
嫁と母の折り合いが悪いからと、家を出る旦那さんが凄いと思った。
家の「長」である長男が家を出る。
そして、家を建ててしまう旦那さん。
旦那さんの ゆい へのもの凄い愛情を感じた。
ボクは、東京に住んでいる。
東京の生活に「家」という意識は全くない。・・・・もちろん意識しなければならない「家系」もあるだろうけど。
「家柄」や「長男」といったものに特別な意識はない。
しかし、地方都市は違う。
長男とは、脈々と続く、その家系の「長」だ。
代々「家」を守り「墓」を守り、そして「親」を守っていく。
それが代々の長男が背負う宿命だ。
そして、長男の「嫁」になるということは、・・・長男に嫁ぐということは、長男の嫁というだけでなく、相手の「家」に嫁ぐということだ。
ゆい は、義実家での同居で、義母との折り合いが上手くいかず、精神的に追い詰められていったらしい。
ゆい は決して義母のことを悪く言わなかった。
「全部、私が悪いんだけどね・・・」
・・・・おそらく・・・そして当たっているだろう。
旦那さんは地元名士の家系だ。
高身長でスポーツマン。・・・そして ゆい から聞く、旦那さん、建設業を営む義実家・・・一族の話・・・
それは、地方名士そのものだった。
・・・・ボクも田舎の出身だ。
地方都市を仕切る・・・牛耳る「地元名士」の存在はよくわかる。
ボクの地元でも、同級生にいた。
バスケ部のキャプテンで、生徒会長。
・・・・それが今は、一族の家業である「建設会社」を継ぎ、学校美少女No1だった、テニス部のアイドルを嫁としていた。
・・・もうひとり似たようなヤツがいた。そいつは市会議員の職を継いでいた。・・・「継いでいた」だ。地方では、議員すら家業だ。世襲の職業だ。
・・・そいつらと、ゆい の旦那さんとは、見事に一致した。
一族を束ねていくのは「長」長男だ。
「長」の嫁には、学ぶべきことが数多くある。
・・・義母から厳しく教えられた話を ゆい から聞いた。・・・「料理」「しきたり」・・・
「私・・・だんだん、お義母さん怖くなってきちゃって・・・耐えられなくなっていったの・・・」
・・・元々、義両親は、結婚には反対だったらしい。
おそらく、 ゆい の家庭が決して恵まれたものではなかったこと・・・もっと「良いところのお嬢さん」を嫁とすべし・・・そんな義両親の思惑があったとみてとれた。
追い詰められていく ゆい ・・・
旦那さんは、当主として「家」を取るか「愛する女」を取るかの究極の二者択一を迫られたに違いない。・・・親からは、相当に責められたと想像できる。
「嫁の教育がなっていない」
それでも、旦那さんは「愛する女」を選んだ。
それが ゆい だった。
「この女がオレの嫁であって、絶対に手放すことはない」
そして、その意思表示として・・・・つまり、今後「家」に戻ることはない、との決意を示すために、自分の家を構えたに違いない。
一旦「家」を出たとしても、住む場所が「賃貸」であれば、誰の目にも「仮住まい」であって、やがては「家」に戻る。そう思われるはずだ。
・・・そして、それは ゆい もそう感じるに違いない。・・・それでは精神的に落ち着かない。
だからこその「自分の家」だったに違いない。
旦那さんの凄まじいまでの ゆい への愛情を感じた・・・・
男として勝てない相手だと思った。
・・・なんだか敗北感に打ちのめされた。
実家にいた。
実家は、四国の徳島だ。片田舎の山村だった。
今日で3日目になる。
年末年始は実家で過ごすことに決めていた。
年末年始くらいは・・・ということだ。
それ以外に帰省はしない。
帰省を、お嫁さんとの家族旅行としていた。
「彼女、彼氏」だった時からの恒例行事だった。お嫁さんは、それを楽しみにしていた。
車で旅行するのが楽しい。
徳島の美味しい魚介類が楽しい。
・・・・そして、お義母さんと、お話するのが楽しい。
ボクの母も、お嫁さんを実の娘のように可愛がっていた。
・・・・長男の「嫁」とは、そういうものらしい。
・・・そう、ボクも長男だった。
同居している弟の嫁との扱いがあからさまに違っていた。逆にボクが気を使うほどに、母はお嫁さんを可愛がっていた。
父はすでに亡くなっていた。
ゆい の旦那さんと違い、ボクは、田舎から逃げ出して東京に住んでいる。
弟が、そんなボクに代わって親を守り、墓を守っていた・・・
母とお嫁さんが、仲良く台所に立っていた。
ボクはPCを立ち上げブログを書いたり、他人のブログを読んだりしていた・・・
毎日のルーティーンは変わらない。
朝起きてPCを立ち上げ、ゆい の部屋に行って「きたよ」のベルを鳴らす。
・・・・しかし、ゆい が入ってくることはない。
ほとんどピグで話すことはなかった。
たまに、会うことはある。
それでも、10分くらいの立ち話・・・ピグだけどね(笑)をするくらいだった。
・・・・そのぶん、手紙は多くなっていた。
しかし、手紙でのやりとりは、それこそ他愛もないものだった。
天気だのといった当たり障りのないそんなこと・・・・逆に、なんと書けばいいのかわからなかった。
言葉に「棘」があるような毎日になっていた。・・・そのまま年末を迎えてしまった。
謝るというわけにもいかず・・・ケンカをしているわけじゃないから・・・だからといって、楽しく、仲良くといった手紙も書けなかった。
だから、ギクシャクしたような、なんの意味もない手紙のやりとりを続けていた・・・・
それでも、毎日繋がっていたい・・・・そんな思いからの、精一杯の気持ちが「意味のない手紙の往来」だったんだと思う。
・・・・
・・・・・・・・
不意にピグに ゆい が現れた。
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