ハラヘリヴィーナス

雅誅

文字の大きさ
上 下
44 / 57

【44】2006年6月8日 0:51・山頂付近・晴れ。輪(レン視点)。

しおりを挟む

「うぅぅ・・・、何か寒くなってきた」


6月と言っても深夜の山頂付近で薄着というのはいくらなんでも無理があった。はっきり言って山を舐めていた。というか、山頂付近に来るなんて思いもしなかったし、仕方のないことだけど・・・。



「でしたら、もうココでつけてしまったらいかがでしょう?」


ユアルに促された途端にゴクリと1回ツバを飲みこむ。この情けない条件反射はどうにも回避することができないらしい。


「そ、そうだね」

《数カ月ぶりだからか、ちょっと緊張するな》

「もし無理な場合は私が引きずり出しますので、いつでも仰ってくださいね?」

「う、うん分かった」

ユアルは爽やかな微笑みで恐ろしいことを平気で口にした。

「でも、大丈夫だと思う。今日はできる限り1人でやってみたいし」



「えぇ、もちろんです。危険な状況に陥ったりレンがギブアップしない限り私は何もしませんので思う存分やってみてください」


「ありがとう。じゃ、ちょっと集中させてもらうね」

「はい」


ユアルはそれっきり黙ってしまった。


《えーっとたしか、ユアルの説明では普段は四肢にパーツみたいなモノがバラバラに散らばっているから、それらを引き寄せて組み合わせるイメージだったけ?》


「アォォォォオン」

どこからか時折、猪なのか狼なのか鹿なのか熊なのか分からない獣の鳴き声が聞こえてくるが、私は意識をさらに集中した。そのうち周りの雑音が聞こえなくなるほどに。


《身体に散らばっているパーツをイメージ。あ・・・なるほど。異物として認識できてるみたい。たしかに、ある。少しずつ移動してる?》

私は右手を前へ突き出し、手の平を天に向けた。


《四肢から集まったそれぞれのパーツを今回は手の平を目標に組み合わせてみよう》

ズゾゾゾゾと異物が体内で蠢いている感じが脳にダイレクトに伝わってくる。

この感覚は決して気持ちのいいモノではなくどちらかと言うと不快だった。


「・・・ッ」

この不快な感覚に意識を奪われないようにさらに集中する。


「・・・・・・」

尚も異物が体内を移動する不快な違和感はありつつもまるで自分の中にある神経がジワジワと身体の至る所から外へ広がって、周囲を完全に覆っているような不思議な感覚に包まれた。


聴覚・嗅覚などの五感が一つにまとめられ細分化されておらず、かと言って一度に襲ってくる五感の波がそこまで不快でもなく、いつの間にか体内を移動している異物への不快さも薄れていく。そしてバラバラだったパーツ同士が互いに引かれ合いながら融合を始め組み上がっていくようなイメージがうっすら見えてきた。

それこそが合図だった。

《できた》

私は目を開けるとそれは音もなく右手に現れていた。

「ふぅぅ」

右手の数十センチ上をフワフワと宙に浮く物体。大きさは私の頭部より少し大きく冠というか兜というかそんな形をしたオブジェクトだった。



「・・・」

ユアルは何も言わずにそのオブジェクトをしばらく無言で見ている。

「ど、どうかな?」


私は恐る恐るユアルに感想を聞いてみた。


「レン。とっても良いと思います」

どうやらユアルのお眼鏡にはかなったようだ。

「気のせいかな?『魔天の輪』、数ヶ月前の形状よりちょっと変化してない?大きくなった?」


「確かに少し形状が変化してサイズも大きくなったと思います。レン、その魔創具は使用者とともに成長します。レンの成長と呼びかけに魔天の輪はその形状を以って見事に応えてくれたということですね」


「まるで生き物みたいだね」


「今はまだ慣れて頂くことを優先しますので難しいことは敢えて省きますが呼び出す感覚は忘れないでくださいね?」

「う、うん。分かった」

「それではレンそろそろ」

「・・・うん」

私は深呼吸を数回繰り返し気持ちを落ち着かせてから魔天の輪を頭に乗せた。



「んぐぅぅぅッ!!」

一瞬で視界がブラックアウトしユアルも景色も見えなくなった。


「うんぬぐぐぐぐぐぐ・・・ぅああああぁ」


まるで真上から強力な圧でもかけられているみたいに身体が重たくなる。とてもじゃないけど目なんて開けていられない。

後頭部が焼かれるように熱くなり瞼(まぶた)の裏にピカピカとついては消える火花のような光が煌めいている。穏やかな心とか善悪の判断といった理性が少しずつ壊されていくような感覚が鈍く脳内を駆け巡る。

それはやがて脳みそでは飽き足らず脳から全身に何かの生き物のように神経や血管を這って広がっていく。


「う゛う゛う゛!!」


とんでもない痛みが全身を襲い破壊の二文字しか考えられなくなる。それはまるで善を全否定されているような簡単に誰かを殺せるような、もっと言えば殺すというより『殺してあげなきゃ』という感情に染め上げられていく感じだろうか。そして『全てを破壊したい』という衝動がピークに達したとき、それまでの痛みが嘘のように消えて今度は全身に多幸感が満ちていく。


後頭部の焼かれるような激痛も消えそれと同時に理性も少しずつ戻ってくる感じがした。


「フゥゥゥ、フゥゥゥぅぅ。・・・この感じ久しぶり」

「レン?気分はいかがですか?」

「身体中に活力がみなぎる。幸せ。ただただ幸せ。早くアレがほし」

「フフフ。では、今回はどちらへ行きます?それもレンが決めますか?」


「そうだね、フゥゥゥ。惺璃(さとるり)市で問題起こすのはちょっとマズイから市外かな。フゥゥゥ、今回は隣の八恩慈(はちおんじ)市に出向いてみようかなって」


「良いでしょう。私はレンのあとを追っていきますからどうぞ好きな所まで私を連れて行ってください。どこまででもお供しますよ?」

「ありがと、ユアル。それじゃあ行こう」

ダムッ!!!


私は思いきり地面を蹴り上げると勢いそのままに手足の感触を確かめながら山中を走り始めた。山頂付近で見えた街並みは恐らく惺璃市の中心街だと思う。


あの中心街の光と平行に山中を突っ切れば隣の八恩慈市に出るはずだ。

「あッ!!!」


余計なことを考えながら走っていたせいか10メートル以上はある崖から足を踏み外して落ちてしまった。普通の人間なら骨折や最悪の場合、死んでしまうかもしれない。しかし、魔天の輪を装着した私はそのまま空中で体勢を整えて目に入った木の枝を掴み次の木の枝へと猿のように移動していく。



例え落ちてしまっても今の私なら特にダメージはないだろう。魔天の輪を装着中の私は人間なんて軽く超えた存在なのだから。さっきまで寒さに震えていたのが嘘みたいに身体が火照ってアツい。さすがに空は飛べないにしても深夜の真っ暗な山中を何の躊躇も恐怖心もなく全速力で走ったり飛び跳ねたりするくらいなら軽くやってのける。



《あぁ、この感覚がたまらなく好き。人間なんかいとも簡単に超越してしまうこの躍動感と身体能力に高揚感、全てが素敵》


私は勢いを殺さず、猛スピードで山中を爆走した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

調教専門学校の奴隷…

ノノ
恋愛
調教師を育てるこの学校で、教材の奴隷として売られ、調教師訓練生徒に調教されていくお話

【R18】幼馴染の男3人にノリで乳首当てゲームされて思わず感じてしまい、次々と告白されて予想外の展開に…【短縮版】

うすい
恋愛
【ストーリー】 幼馴染の男3人と久しぶりに飲みに集まったななか。自分だけ異性であることを意識しないくらい仲がよく、久しぶりに4人で集まれたことを嬉しく思っていた。 そんな中、幼馴染のうちの1人が乳首当てゲームにハマっていると言い出し、ななか以外の3人が実際にゲームをして盛り上がる。 3人のやり取りを微笑ましく眺めるななかだったが、自分も参加させられ、思わず感じてしまい―――。 さらにその後、幼馴染たちから次々と衝撃の事実を伝えられ、事態は思わぬ方向に発展していく。 【登場人物】 ・ななか 広告マーケターとして働く新社会人。純粋で素直だが流されやすい。大学時代に一度だけ彼氏がいたが、身体の相性が微妙で別れた。 ・かつや 不動産の営業マンとして働く新社会人。社交的な性格で男女問わず友達が多い。ななかと同じ大学出身。 ・よしひこ 飲食店経営者。クールで口数が少ない。頭も顔も要領もいいため学生時代はモテた。短期留学経験者。 ・しんじ 工場勤務の社会人。控えめな性格だがしっかり者。みんなよりも社会人歴が長い。最近同棲中の彼女と別れた。 【注意】 ※一度全作品を削除されてしまったため、本番シーンはカットしての投稿となります。 そのため読みにくい点や把握しにくい点が多いかと思いますがご了承ください。 フルバージョンはpixivやFantiaで配信させていただいております。 ※男数人で女を取り合うなど、くっさい乙女ゲーム感満載です。 ※フィクションとしてお楽しみいただきますようお願い申し上げます。

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

悪役令嬢の無念はわたしが晴らします

カナリア55
ファンタジー
【完結】同棲中の彼の浮気現場を見てしまい、気が動転してアパートの階段から落ちた、こはる。目が覚めると、昔プレイした乙女ゲームの中で、しかも、王太子の婚約者、悪役令嬢のエリザベートになっていた。誰かに毒を盛られて一度心臓が止まった状態から生き返ったエリザベート。このままでは断罪され、破滅してしまう運命だ。『悪役にされて復讐する事も出来ずに死ぬのは悔しかったでしょう。わたしがあなたの無念を晴らすわ。絶対に幸せになってやる!』自分を裏切る事のない獣人の奴隷を買い、言いたい事は言い、王太子との婚約破棄を求め……破滅を回避する為の日々が始まる。  誤字脱字、気をつけているのですが、何度見直しても見落としがちです、申し訳ございません。12月11日から全体の見直し作業に入ります。大きな変更がある場合は近況ボードでお知らせします。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

処理中です...